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エリート官僚にトラックドライバーの気持ちはわからない…「長時間労働の禁止令」に運転手たちが猛反発のワケ

プレジデントオンライン / 2024年7月26日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/paylessimages

トラックドライバーの労働環境は、なぜ改善されないのか。元トラックドライバーの橋本愛喜さんは「過労死に関する労災請求件数のうち、運輸業の『自動車運転従事者』が15年連続で最も多い。国は『働き方改革』で長時間労働を規制したが、これでは逆効果になりかねない」という――。

■トラック運送業は「ブルーカラーの花形」だった

トラックドライバーの間では、誰が言い始めたか「航海」という言葉がよく使われる。「トラックが自身の会社を出発して帰ってくるまでの運行」のことだ。

一度地元を離れ、日本という“大海原”に出ると、時に1週間近く家族や友人らと離れ、ひとり愛車を走らせながら全国の見知らぬ地を漂い続ける。

「航海」は、そんな過酷で切なくありながらも、彼らの誇り高さを見事に表した言葉だと思う。

高度経済成長を経てバブルを迎えたころ、日本では過重労働が年々激化。「24時間戦えますか」と挑戦的に問いかけるCMのフレーズは、当時流行語大賞の候補にもなった。

その頃、トラック運転業は「ブルーカラーの花形」だった。「3年走れば家が建ち、5年走れば墓が立つ」と言われるほど過酷ではあったが、その分頑張れば稼げたのだ。

かの居酒屋チェーン店「ワタミ」の渡邉美樹社長も、当時佐川急便のドライバーとして起業資金を貯めたのは有名な話だ。

同氏と同じように、様々な夢や事情、過去を背負い、「稼ぎたい」と思った当時の多くの若者たちも、そんなCMの問いかけに「はい、戦えます」と高く手を上げ、自ら過酷な現場に足を踏み入れた。

■働き方改革、誰得なのか

しかし1990年、業界の未来を大きく変えた事件が起きる。物流2法における「規制緩和」だ。国は、運送事業者として新規参入するための条件を大きく緩和したのだ。

その結果、4万社だった事業者は6万3千社に激増。これにより運送事業者たちは、運賃の値下げや、ドライバーによる検品やラベル貼り、棚入れといった"サービス業務(附帯作業)"の提供など、身を削っての「荷物の奪い合い」を余儀なくされる。

追い打ちをかけるように、その翌年にはバブルが崩壊。結果、運送業界は「他に変わりはいくらでもいる」と脅される完全な「荷主至上主義」となり、「ブルーカラーの花形業」は、一気に「稼げずキツイ仕事」に様変わりしたのだ。

あれから30年余り――。先の若かりしドライバーたちが現在の現場の約半分を占める50代以上のベテラン層となって迎えた2024年4月1日、他業種に5年遅れてドライバーの現場にも「働き方改革」が施行。現場からは、自身の「航海」に対する様々な「変化」の声が集まってくるようになった。それらの多くは、残念ながらいい報告ではない。

先日SNSでドライバーに行った簡易アンケート(n=262)では、「働きやすくなった」と答えたドライバーはわずか6.5%。逆に働きにくくなったと答えたドライバーは37.8%にも及んだ。

そんなドライバーの声はじめ、業界の各現場を取材していると常にこんな思いにさせられる。――この「働き方改革」は、一体誰得なのだろうか。

■長時間労働を規制しても「過労死」はなくならない

国が推し進める「働き方改革」の根拠の1つが「過労死」だ。

国は、発症前の1カ月に100時間、2~6カ月の月平均が80時間の時間外労働を「過労死ライン」とし、一般則の時間外労働を原則「年間720時間」(月60時間まで)としたが、ドライバーに対しては、「年間960時間」(月平均80時間)とした。

これに対し、違反する運送事業者には「6カ月以下の懲役、30万円以下の罰金」という法的措置を取るとしているが、施行直前2023年10月の段階では、この年間960時間が守れない事業者が25.1%も存在している。

過労死はトラックドライバーにおいて深刻な問題で、2023年の脳・心疾患における労災支給決定件数は64件。

2001年の統計開始から「運輸業」は、2005年に製造を抜きワーストに。2009年にデータが「運転従事者」に細分化されて以降も、ワーストが15年更新されている。

【図表1】脳・心臓疾患の支給決定件数の多い職種(中分類の上位15職種)
厚生労働省 令和5年度「過労死等の労災補償状況」より

ドライバーや道路使用者の命を守るためにも、過労死対策は「人手不足」や「物流の停滞」以上の急務だ。しかし、長年彼らの現場を見てきた筆者は、働き方改革が「時間」ばかりを是正したり変更したりしていることに、施行前から懸念してきた。

この方法では労働環境改善には直接繋がらず、場合によってはむしろ状況を悪化させることにもなるからだ。

■問題なのは「労働時間」ではなく「拘束時間」

過労死の議論の中で、よく「トラックドライバーは他業種に比べて労働時間が長いから過労死が多い」という言説を耳にする。

もちろん無駄な長時間労働は是正されるべきだし、過労死の一因でもあるだろう。が、トラックドライバーの“働く時間”と他業種のそれは、単純に比較できるものではない。

「単位」が違うからだ。トラックドライバーの“働く時間”は実質、一般則の「労働時間」だけではなく、「拘束時間」で定められている。

拘束時間とは、「実務労働時間(実際に働いている時間)」と「休憩時間」を合わせたもの。

その名の通り「拘束されている時間」のことを指す。トラックドライバーの1日、1カ月、1年の労働体系は、「改善基準告示」というルールによって、この「拘束時間」と「休息期間(翌日までの完全自由な時間)」で構成されているのだ。

つまり、他業種とドライバーの働く時間を単純に比較することは、例えるなら「体重で身長を測っている」のと同義なのである。

夜間に高速道路を走行する貨物トラック
写真=iStock.com/hirohito takada
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hirohito takada

■運転時間より長い「待機時間」

そんなドライバーの拘束時間に対して特筆すべきは、そのうちの「実労働時間」には、彼らの主業である「運転」や「付帯作業」はもちろん、「荷待ち時間」や「時間調整」といった、「待機時間」が含まれていることだ。

言い換えれば、この待機は「休憩」ではなく、原則「仕事扱い」になる。

のちほど詳説するが、トラックドライバーにはこの待機が非常に長い。なかには運転している時間より待つ時間のほうが長いケースもある。

その間は運転業をするでもなく、体力を酷使しなければならない時間でもなく、ひたすら呼ばれるのを、または時間になるのを待つ。

こちらも後述するが、その待機時間は決して楽なものではない。が、トラックドライバーの拘束時間は、世間一般が想像するような「肉体労働」や「運転」がその長時間労働の間続いているわけではないのだ。

これらのことから、ただ拘束時間が長いからドライバーは過労死が多い、とする考えは安直だといえるのだ。

■荷主から指示される「荷役」と「荷待ち」の理不尽

トラックドライバーの働く時間が実質「拘束時間」で定められているのは、「働く時間」があまりにも不安定だからだ。天候や事故、渋滞によって道路状況が日々変わるため、1日のスケジュールを立てることすらままならない。

しかし、何よりも彼らの働く時間を不安定にさせているのは、荷主から指示される「荷役」と「荷待ち」だ。

「荷役」は、荷主先での荷物の積み降ろし作業のことを、「荷待ち」は、その積み降ろし作業をするまでの待機時間のことをいう。荷役には、フォークリフトではなく、手で1つ1つ荷物を積み降ろしする「手荷役」を強いる荷主も非常に多い。

先述した90年の規制緩和で荷主至上主義になった現場では、必要なものを必要な時に必要な分だけ荷物を受け入れる「ジャストインタイム方式」によって、トラックの荷台をいわば“倉庫代わり”にする動きが活発化した。

こうして荷主が自身の効率化ばかり追い求めた結果、いくらドライバーが早めに出発して指定された時間を死守しても、「まだ準備できていないから、呼ばれたらすぐ入れるところで待機していろ」という荷主のひと声で、その努力が一瞬で吹き飛ぶ状態になる。

筆者が取材してきた中で最も長い荷待ち時間は21時間半。ドライバーは「荷主至上主義」のせいで、「無駄な長時間拘束」から脱却できないでいるのだ。

倉庫で荷物を運ぶ作業員
写真=iStock.com/Hakase_
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Hakase_

■働きにくくなった原因

冒頭で「働きにくくなった」と答えたドライバーが37.8%いたと紹介したが、その要因を聞くと、「効率性を求められるようになった」、「ギリギリのスケジュールを余儀なくされるようになった」とする声が非常に多い。

国が令和3年(2021年)に行ったアンケートでは、荷待ちと荷役の平均はそれぞれ約1.5時間ずつの約3時間。

本来は、この"運ばせる側の3時間"を解消して長時間労働を是正すべきなのだが、現場では、施行後も依然として「6時間の荷待ち」、「30kgのコメ袋数百個を手荷役」を強いられている"運ぶ側"のドライバーにまで「効率」を求めるようになったのだ。

そのせいで、なかには出勤時間が昼夜逆転したり、あと1時間走れば会社に戻れる(退勤できる)のに、SA・PA(サービスエリア・パーキングエリア)で1日走れる制限がきてしまい、車中泊して翌日帰庫するケースも。

何よりも懸念すべきは、運転中、眠くなったら素直に仮眠できるような「安全運転上のゆとり時間」が消えたことだろう。

つまり、「過労死対策だ」と闇雲に拘束時間を短くしたことで、ドライバーの労働環境を悪化させる原因にもなっているのである。

■「賃金減って副業」の本末転倒

こうして長時間労働に対して言及すると、毎度「長時間労働を肯定しているのか」という声が聞こえるのだが、全くそんなことは思っていない。

誰しも長くは働きたくない。しかし、トラックドライバーが長く働こうとするのには理由がある。「賃金」だ。

労働時間が減った分、賃金が保証されるならばいいが、多くが歩合制の現場では、現状そうなっていない。ましてや先述したとおり、今の物流を支える50代以上のドライバーたちは、稼ぎたくてこの業界に入ってきた人たちが多い。

施行後最初の給料日直後、SNSで取った簡易アンケート(n=491)では、30.1%のドライバーが「給料が下がった」と回答。ただでさえ長時間労働と低賃金が表裏一体化しているのに、働き方改革で労働時間が短くなったことで、いままで出られていた「航海」の本数が減り、給料が月10万円下がったケースもある。

これで一部のドライバーが始めようとしているのが「副業」だ。簡易アンケート(n=503)では、60%超のドライバーが副業を前向きに考えているとした。

本来、荷主側が強いてきた無償の荷待ちや付帯作業を排除、または有料化を義務化し、ドライバーの"無駄な"拘束時間が淘汰されるべきなのに、「長時間労働こそ過労死の主因」と一律で全ドライバーの拘束時間を制限したため、ゆとりをなくしたドライバーが増加したり、給料が減ったドライバーが副業を始め、むしろ労働時間が増えたりするという、本末転倒の極みのようなことも起きているのだ。

荷物を運ぶ男性
写真=iStock.com/b-bee
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/b-bee

■過労死がなくならない本当の原因

冒頭、「長時間拘束のためドライバーの過労死が多い、とする考えは安直だ」、としたが、では他の要因は何なのか。それは、労働環境に起因するドライバーたちの「悪習慣」だ。

先述したように、ドライバーは常に過酷な肉体労働をしているわけではない。運転はもちろん、前出の「時間調整」や「荷待ち」も、車内で座っていることが大半だ。

しかし、この荷待ちが楽というわけでは決してない。

「呼ばれたらすぐに入れるところで待っていろ」と指示しておきながら、待機所を用意してもいないため、トラックは必然的に路上駐車になる。

この路上での待機は、ドライバーの精神状態を悪くする要因でしかない。

仮眠中、周囲がどれだけうるさくても起きないのに、たった2回窓を叩く「コンコン」音で飛び起きるのは、潜在的に罪悪感があるからだ。その「コンコン」が警察だった場合、無論切符を切られるのは、待たせている荷主ではなくドライバーである。

そんな待機中、環境問題や近所迷惑だからと「アイドリングストップ」を指示してくる荷主もいる。今日のような外気温40度の中でもだ。筆者は夏が近づくたび、「今年は熱中症で何名が犠牲になるのか」と憂いている。

暑さに耐えきれず、冷蔵冷凍車のドライバーは荷台に駆け込み運んできた食品と並んで涼を取ったり、なかには「地面は冷たいから」とクルマの下に潜り込んで待つドライバーまでいる。

■トイレも、大型車を止める場所もない

路上には当然、トイレがない、「尿入りのペットボトル」を外に投げ捨てるドライバーが社会問題化しているが、そんなドライバーはごく僅か。多くのドライバーは様々に工夫をしており、摂取する水分を少なくし、トイレに行かなくてもいいようにする人も。

そんな状態で長時間座り続けるため、エコノミークラス症候群は彼らの職業病の王道だ。こうして長時間座ったままの待機後にさせられるのが、先にも説明した「荷役作業」。既述通り、重い荷物を手荷役する現場もある。

これを「トレーニング」や「ダイエット」とポジティブに捉えるドライバーがいるが、長時間座り続けた体でこのような作業をするのは、ただの「体の酷使」だ。

とはいえ、荷役時間は座っている時間ほど長くはない。先述通り国のアンケート調査では平均は約1.5時間だ。時間という変数で見れば、他のブルーカラーの現場よりも肉体労働時間は短い。にもかかわらず、ドライバーのなかには「体が資本だ」「トラック飯だ」と、野菜もほとんど摂らず大盛りで高カロリー・高塩分な食事を好む人が少なくない。

時間もなく、大型車を止める場所もないため、路駐して定食屋に入れば必然と「早食い」になり、肥満や高血圧のリスクはより高まる。

全国各地を走るトラックドライバーにとって、食事は最大の楽しみの1つであるし、手荷役になればより腹は減るだろうが、それでも偏った食生活を正当化できる理由にはならない。

トラックが走る高速道路
写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

■「労働時間を短くすれば過労死がなくなる」は大間違い

睡眠も非常に不安定になりがちだ。日によって昼夜逆転したり、繁忙期には3時間しか眠れず、常に睡眠不足の状態で走っているドライバーは世間が思う以上に多い。

また、こうした眠気やストレス、長い待機時間に手が伸びやすいのが、「たばこ」だ。

世間の喫煙率は直近の数値では男性25.4%、女性7.7%だが、SNSで行ったトラックドライバーへの簡易アンケート(n=395)では、男女合わせて48.2%だった(トラックドライバーの97%は男性)。

筆者が何よりも懸念しているのが、「酒」だ。トラックドライバーには世界的にも酒好きが多く、これだけアルコールチェックに厳しいなかでもトラックドライバーによる飲酒事故・飲酒問題のニュースは立ち消えない。

暑い中での待機やストレス、航海中の孤独、不安定な睡眠時間のなか、酒の力を借りるなどでアルコール依存症になる割合も高く、「前職までは一滴も飲まなかった弟が、トラックに乗り始めて毎晩飲むようになった」という話も。

言わずもがな、これらに挙げたものは、すべて脳・心疾患、精神疾患に直結する因子ばかりだ。こんな状態で、過労死がワーストにならないほうがおかしいのだ。

これが、筆者が「労働時間を短くすれば過労死がなくなると思ったら大間違いだ」とする理由である。

■ドライバーの労働環境改善のために必要なコト

ドライバーの生活習慣がここまでひどくなった根源は、先述したジャストインタイム方式による「理不尽な時間制約」、そして「劣悪な待機環境」にある。

縦にも横にも長い日本。モーダルシフトや中継輸送を取り入れたとしても、ドライバーの長時間拘束はこの先も当分解消されることはない。

2024年問題において、荷物ではなくドライバーの「過労死」を本気で心配するのならば、「時間の削減」よりも先に、「待たせる環境の改善」や「健康的な生活の促進」、「健康管理ができるほどの賃金の保証」をするべきではないのか。

「休憩所」や「待機所」など、彼らが長い航海のなかで使用できる施設やサービスを作ることが、本当の“働き方”改革なのではないのか。

先に述べた通り、仕事が終わったあとの「休息期間」というのは「完全自由な時間」でなければならないが、一度「航海」に出ると、必然的にトラックの周辺から離れることはできないため、“完全自由”になることは実質不可能だ。

家に毎日帰れる仕事ならば、近くのカラオケや映画、ジムなどで心身ともにリフレッシュもできるが、航海が長くなるほど彼らの生活はリフレッシュから遠ざかり、歯医者にすらまともに行けない。

■「荷物が届かなくなる」と心配している場合ではない

健康食を食べたくても、SA・PAなど大型車が止められる場所にはこってり大盛りメニューばかりが豊富にそろい、栄養管理も難しくなる。

それだけではない。仕事中、あれだけ待機した彼らに待っているのは、コインシャワーの順番待ちだ。貴重な仕事終わりの時間、彼らはなおも「待たされる」のだ。

コレの何が働き方改革なのか。労働時間よりもやるべきことは、その避けられない「長い航海」のなかで、いかに「オアシス」を提供するかではないのか。

一方、今回の働き方改革によって、トラックドライバーの労働環境を改善する機運になったという声もある。トラックGメン、下請法の改正など、国もようやく動きつつある。が、非常に遅く、まだまだ弱い。

繰り返すが、ドライバーや道路使用者の命を守るためにも、彼らの過労死対策は「人手不足」や「物流の停滞」以上の急務である。誰かが犠牲になるサービスは、もはやサービスではない。

2024年問題で「荷物が遅れる」などの心配をしている場合ではない。働き方は、彼らの労働環境を変える千載一遇のチャンスである。そんな貴重な機会を、間違ったルールや凝り固まった商慣習で台無しにせぬよう心から願っている。

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橋本 愛喜(はしもと・あいき)
フリーライター
元工場経営者、トラックドライバー、日本語教師。ブルーカラーの労働環境、災害対策、文化祭、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆や講演を行う。

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(フリーライター 橋本 愛喜)

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