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2030年までに「自動車産業600万人」の大リストラが起きる…これから「なくなる仕事」と「増える仕事」の全体像

プレジデントオンライン / 2024年8月1日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SweetBunFactory

世界はカーボンニュートラルに舵を切った。日本はどんな影響を受けるのか。経営戦略コンサルタントの夫馬賢治さんは「世界全体の雇用は増える。だが、日本はこのままだと『自動車』や『電力・エネルギー』に携わる人たちの雇用が大量に失われる」という――。

※本稿は、夫馬賢治『データでわかる2030年 雇用の未来』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。

■世界で「巨大な産業革命」が始まった

2015年に採択されたパリ協定では、目標は大幅に引き上げられた。世界全体で、2050年までにカーボンニュートラル、すなわち人間の経済・社会活動が排出する量と、大気中から吸収する量のプラスマイナスでゼロを目指すことが決まった。

中間目標は各国政府が自主的に設定して提出するというルールになっており、日本政府は「2030年までに2013年比46%減」という目標を掲げ、国連に提出した。京都議定書の時代の1990年比6%減と、パリ協定の時代の2013年比46%減(=1990年比40%減)は、雲泥の差だ。

2050年にカーボンニュートラルを目指すことを、すべての国連加盟国が合意している。すなわち、先進国の大企業だけでなく、発展途上国の中小企業でも、貧しい家庭でも、ありとあらゆる排出源で、排出量を極限まで削減するということに合意しているということだ。

温室効果ガス排出量を削減するという話題になると、「個々人でできる努力には何があるか」という話になりがちだが、残念なことに個々人でできることはたかが知れている。国際機関は、二酸化炭素の排出量をゼロにするための策を包括的に分析しているのだが、個々人の行動の変化で削減できる割合はたかだか数%しかなかった(1)

残りの90%以上は、電気やガス、ガソリン、製品原料、農作物原料を生産する際に出ている排出量を、企業が産業革命によって新たな技術を開発しゼロにしていくしかない。それ以外に達成の道はないということだ。

こうして、中小企業も含めて、産業のカーボンニュートラル化という巨大な産業革命を起こしながら事業を継続していくことが世界の共通目標となった。

■国内106万人の「電力」「自動車」の雇用に影響

エネルギー革命による雇用影響を大きく受けるのは、電力・エネルギー関連の企業と自動車等輸送機器のメーカーで働いているエンジニア及び生産・作業現場の人たちだ。

日本では、「電力・ガス・熱供給・水道」の業種には30万人が勤務しており、そのうちエンジニア職(専門的・技術的職業従事者)が5万人、生産工程従事者が1万人いる。

また、輸送機器関連メーカーには135万人が勤務しており、そのうちエンジニア職(専門的・技術的職業従事者)が20万人、生産工程従事者が80万人いる。合計すると日本では106万人が影響を受ける対象となる。

こうして見ると、電力・エネルギー関連企業よりも、輸送機器関連メーカーのほうが雇用影響がはるかに大きい。

エネルギー革命が雇用に与える影響に関する研究は、海外のほうが進んでいる。まず、エネルギー革命で、世界全体の雇用は増えるのか、それとも減るのか。エネルギー問題を所管する国際機関の国際エネルギー機関(IEA)が出した結論は「雇用は増える」だ(2)

図表1はエネルギー革命による雇用数の増減を表している。棒グラフが2つあるが、薄いグレーの棒は「NZEシナリオ」といって、2100年までに気温上昇を1.5℃に止められるよう、早くから本格的な削減を開始して、2050年にカーボンニュートラルを達成する理想のシナリオのケースだ。

【図表1】カーボンニュートラルでの2022年から2030年の世界の雇用の変化
『データでわかる2030年 雇用の未来』より

■世界で1800万人の雇用が増えるシナリオも

濃いグレーの棒は「STEPSシナリオ」といって、抜本的な削減には至らず、現在各国政府が宣言している水準でカーボンニュートラルを進めるというシナリオのケースだ。

ちなみに、STEPSシナリオでは2100年までに気温が2.1℃上昇する予測となり(3)、パリ協定を達成することはできない。それでも、何もしなければ気温は4.5℃上昇すると予測されていることを考えると、はるかにましだ。

そして、国際エネルギー機関の予測では、NZEシナリオとSTEPSシナリオのいずれの場合でも雇用数が増えるという結果が導かれた。

NZEシナリオでは約1800万人増、STEPSシナリオでは約600万人増となり、気候変動対策を大きく進めるNZEシナリオのほうが雇用増が大きくなる。

もちろん、業種ごとに受ける影響は違う。理想のシナリオであるNZEシナリオでは、再生可能エネルギーに代表される「低炭素電源」の分野で、2030年までに約1100万人分雇用が増える。

現在発電に係る世界の雇用数は1130万人なので、単純計算で発電に係る仕事が倍増する。新たに増える仕事には、再生可能エネルギー設備の製造、設置やメンテナンスなどがある。

同様にバイオ燃料や水素、アンモニアなどの新たな「低炭素燃料」の分野でも、300万人強雇用が増える。自動車業界では、電気自動車やEVバッテリーの関連で800万人弱雇用が増える。

■“従来の自動車産業600万人”が雇用を失う

反対に、大幅に減っていくのが、ガソリンやディーゼルを燃料とする内燃機関自動車関連の雇用だ。

2030年までに約600万人もの雇用がなくなる。現在、世界全体の自動車産業(部品産業も含む)の雇用全体が約1200万人と推計されているので、2030年までに自動車産業の雇用の約半数が影響を受ける。

自動車工場で働く作業員
写真=iStock.com/gerenme
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gerenme

他にもなくなっていく雇用は、火力発電関連で100万人、石炭生産と石油・ガス生産で概ね200万人から300万人と推計されている。化石燃料関連全体の影響をまとめると、火力発電では3分の1、石炭生産では約半数、石油・ガス生産では約4分の1の雇用が2030年までになくなっていく。

これらの雇用の増減を、世界の地域別にみると、内燃機関自動車産業と化石燃料生産業に従事している人が多い国で、雇用が大幅に減少すると予想されている。

内燃機関自動車は、日米欧の先進国で従事者が多く、このままいくと日米欧では大量に雇用が失われる。

半面、電気自動車やバッテリー産業は、内燃機関自動車で失われる雇用以上の新規雇用増が予想されており、早期にこれらの産業を育成できるかが、国内の雇用政策にとっても大きなカギを握る。

当然、自動車産業での立国を狙う中国などの新興国でも、電気自動車やバッテリーを自国の産業の柱にしようと躍起になっている。雇用をめぐる競争は、先進国間だけでなく、先進国と新興国の間でも熾烈になっていく。

化石燃料生産業で減少が大きくなる地域は、中東やアフリカだ。アメリカでも化石燃料関連の雇用は多く、雇用消失のリスクは高いが、一方でアメリカは再生可能エネルギーのポテンシャルも大きい。

そのため、再生可能エネルギー分野での雇用創出が減少分を相殺したうえで、新規雇用をさらに大幅に創出していくとみられている。

このように国内の再生可能エネルギーポテンシャルが高い国では、新規雇用を生み出していく力が強い。反対に再生可能エネルギー意欲の低い国では、雇用が減っていく。

■「再エネ」「EV」転換は賃金が下がるリスクも

雇用の影響を検討する際には、雇用数という量の話だけでなく、「賃金」という質の話も重要だ。次に賃金への影響をみていこう。

石油・ガス生産や内燃機関の分野は、高度な技術を要するため、もともと給与水準の高い仕事が多い。例えば、大卒資格を必須とする雇用割合は、原子力発電で53%、石油・ガス生産で46%と比較的高いが、太陽光発電では34%にまで下がる(4)

大卒資格を必要とする仕事は、研究開発や設計等のホワイトカラーの職種に多い。一方、必要としない仕事は、工場労働者や保守業務に携わる人に多い。

発電所の建設に関わる技術者についても同じことが言える。火力発電や原子力発電のプラントエンジニアは、太陽光発電の施工管理の仕事に比べて、給与水準が高い傾向にある(5)

今後新設される発電所が、火力発電から再生可能エネルギーに移行していくと、給与水準の高い仕事が減っていく可能性が高い。

EV関連では、雇用に与える影響はやや複雑になる。EVは、内燃機関自動車よりも部品点数が少なく、構造もシンプルなため、研究開発や製品設計に関する仕事の数は減少する見込みだ。

一方、EVの車両設計者は、経験者が少なく、需要に対して供給が追いついていない状況だ。そのため、車両や部品の設計者については、内燃機関自動車よりもEVのほうが、給与が上がる可能性もある。

工場労働者に関しては、EVのほうが生産ライン完成からの年数が短いため、経験の浅い人が多い。そのため全体的に給与水準が下がる傾向にある。

電気自動車の充電
写真=iStock.com/UniqueMotionGraphics
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/UniqueMotionGraphics

■「EV」で給与水準の引き上げを求めたストライキ

実際に、アメリカでは2023年9月15日に、全米自動車労働組合(UAW)が大規模なストライキを起こしたが、その際に、EVやEVバッテリーの工場で働く工場労働者の給与水準の引き上げも争点となった。

このストライキは、フォード、ゼネラル・モーターズ(GM)、ステランティス(クライスラーとフィアットが合併)の自動車大手3社に対し、過去数十年で最大規模のストライキとなった。

もともとの要求事項は、3社のCEOの給与が過去4年間で約40%も上昇しているのに対し、工場労働者の給与はほとんど上がっておらず、従業員平均で約40%の昇給を求めるというものだった。

それに加えて、既存の内燃機関自動車の工場では、労働条件や福利厚生である程度の待遇が保証されているのに、他社と合弁で設立したEV工場やバッテリー工場は待遇が低く、同条件での待遇を求めるという要求も盛り込まれていた。

UAWのストライキは、労働組合側のほぼ全面勝利となり約20%の賃上げで合意。ストライキは2023年10月30日に収束した。

■スキルアップと給与が上がる機会にもなる

では、再生可能エネルギーやEVで生まれる雇用に就ける人はどのような人なのだろうか。

例えば、バイデン政権が打ち出しているインフレ抑制法が創出する雇用は、2030年までに150万人以上と見通されており(6)、そのうち建設・保守労働者と工場労働者が大半を占める(7)。残りが研究開発やエンジニア関連の職だ。

一般的には、石油・ガス生産や内燃機関自動車の分野に従事している人が、横滑りしてこれらの職に移ることが想定されている。

だが、新たに生まれる再生可能エネルギーやEVなどでの産業では、従来の高スキルを要する仕事よりも給与水準が下がりやすい傾向にある。そのため、研究開発、設計、工場労働者のすべての職種で、給与を下げてまでも新しい職に移ろうという人は多くはないかもしれない。

そこで着目されているのが、エネルギー以外の業種からのスキルアップによる転職だ。

例えば、太陽光発電の設置作業員は、通常の屋根工事作業員や、電気設備作業員よりも給与が40%も高いというデータがある(8)。またアメリカでは、エネルギー業種は、他業種に比べ昇給率が高く、他業種の人にとっても魅力的な職場になっているという調査結果もある(9)

こうして、エネルギー業種以外の低所得者にスキルを身につけてもらい、新たに創出される雇用の担い手になってもらうということが労働政策の本丸として位置づけられている。

ソーラーパネルのメンテナンスをする作業員
写真=iStock.com/Hiraman
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■「石油・ガス」「自動車」の企業で働く若手はどうすべきか

では、石油・ガスや内燃機関自動車の仕事に現在従事している人はどうすればよいのだろうか。重要な点は、年齢によって受ける影響が異なるということだ。

仕事が減っていくと言っても、急にすべての仕事がなくなるわけではない。一般的に雇用の分野では、高齢で引退する人が徐々に発生する「自然減」というものがある。

高齢の従業員に関しては、スキル転換のハードルが高いこともあり、定年まで現在の仕事を続けてもらい、自然減をしていくことが理想だ。例えば、その仕事があと15年間はなくならないのであれば、定年が65歳と仮定すると、現在50歳以上の人は定年まで現状の仕事が続けられることになる。

日本の電力市場に関する研究では、再生可能エネルギーへの転換を進めることで、特に再生可能エネルギーのポテンシャルの大きい北海道や東北地方で多くの雇用が生まれると予想されている。

夫馬賢治『データでわかる2030年 雇用の未来』(日本経済新聞出版)
夫馬賢治『データでわかる2030年 雇用の未来』(日本経済新聞出版)

北海道や東北地方は、これまで雇用創出で大きな課題を抱えていた地域であり、これは朗報と言える。

半面、火力発電所や原子力発電所での新規採用をいままでのペースで2025年まで継続した場合、従業員の自然減では余剰人員が出てしまう計算となる。そのため、早期に見通しを立て、新規採用を抑えていく雇用政策が推奨されている(10)

これらの業界にいる若手や中堅の人たちは、給与水準を下げたくないのであれば、別の業種への転職を検討する必要も出てくるだろう。

特に中堅の人たちにとっては、せっかく習得したスキルを手放す怖さもあるかもしれない。しかし、先を見越して、いまのうちから準備しておくことが賢明な選択だ。

*出典
1 International Energy Agency (2023) 「Net Zero Roadmap: A Global Pathway to Keep the 1.5°C Goal in Reach - 2023 Update」
2 International Energy Agency (2023) 「World Energy Employment 2023」
3 Climate Action Tracker (2023) 「Temperatures」
4 前掲書
5 前掲書
6 The White House (2023) 「FACT SHEET: One Year In, President Biden’s Inflation Reduction Act is Driving Historic Climate Action and Investing in America to Create Good Paying Jobs and Reduce Costs」
7 Energy Futures Initiative & AFL-CIO (2022) 「Inflation Reduction Act Analysis: Key Findings on Jobs, Inflation, and GDP」
8 International Energy Agency(2023)「World Energy Employment 2023」
9 前掲書
10 栗山昭久(2019)「日本の電力部門の脱炭素化に向けた公正な移行は可能か?」

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夫馬 賢治(ふま・けんじ)
経営戦略・金融コンサルタント
ハーバード大学大学院リベラルアーツ(サステナビリティ専攻)修士。サンダーバード・グローバル経営大学院MBA。東京大学教養学部(国際関係論専攻)卒。株式会社ニューラルCEO。信州大学特任教授。機関投資家、外資企業コンサル、大手上場企業の間で人気のニュースサイト「Sustainable Japan」の編集長も務める。政府や地方自治体の有識者委員を多数兼任。Jリーグ特任理事や国際NGO等の理事も務める。東京大学公共政策大学院、北海道大学公共政策大学院、立教大学で講義を担当。著書に『ESG思考』『超入門カーボンニュートラル』(以上、講談社+α新書)、『ネイチャー資本主義』(PHP新書)など。

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(経営戦略・金融コンサルタント 夫馬 賢治)

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