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キノコの菌糸で遺体を2、3年かけて腐敗させ自然に戻す…登場した「キノコ葬」で人は安らかに眠れるのか

プレジデントオンライン / 2024年7月26日 10時15分

Loopウェブサイトより

遺体を堆肥にかえる……自然葬のひとつ「コンポスト葬(堆肥葬)」が、欧米を中心に広がりをみせている。3年前に本欄で「『カプセルの中で自分の体を30日かけて腐らせ堆肥に』究極の自然葬に3カ月で550人も予約が殺到した」(2021年7月21日配信)を執筆したが、その後、コンポスト葬に新たな動きが出てきた。本稿では「キノコ葬」「フリーズドライ葬」など一風変わった方式を紹介しよう。

■動物の餌になる「獣葬」とは

死後、自分の体を地球の循環システムに組み込む――。そんな理想を持つ人は今も昔も一定数存在しており、独自の葬送文化として、今も各地で続けられている。

自然葬の最たるものは、動物の餌になることである。葬送の分類では「獣葬」というが、アフリカや東南アジアなどで今でも見られる葬送だ。仏教説話の中では、究極の獣葬が登場する。「捨身飼虎(しゃしんしこ)」という。これは古代インドで、ある王子が飢えたトラに自分の体を差し出し、最高の善行とした逸話である。

チベット仏教が広がる地域では、よく知られた「鳥葬」の風習がある。鳥葬とは、遺体を食べやすいよう切り刻んだ上で、ハゲワシに捧げる弔い。鳥葬は宗教上の儀式であり、先述の捨身飼虎同様、布施行の一種とされている。鳥葬の場合も、地球の循環システムの中に組み込まれる。

■遺体を堆肥にかえる「コンポスト葬」は「風葬」のひとつ

本題に入ろう。自分の遺体を植物の肥料にする弔いは、「風葬」というジャンルに分類できそうだ。風葬は、遺体の野晒しのことである。日本では中世、権力者から庶民まで風葬が当たり前であった。当時の人々が、エコロジー思想を抱いて風葬を選んだとは考えにくいが、結果的には遺体が土壌に還るエコシステムである。

近年、わが国では樹木葬や散骨が空前のブームにある。実際には樹木葬の多くが納骨室を設けているので、土の肥やしになることは少ない。それでも、「土に還る」ことを希求する人は、一定の割合を占めている。特に関西地方では、遺骨(遺体)への執着は薄く、納骨時には火葬骨を骨壷から出して土に還すしきたりが色濃く残っている。

海外に目を転じれば近年、コンポスト葬を手がける事業者が増えている。その嚆矢は2001(平成13)年に設立された、スウェーデンのPROMESSA(プロメッサ)社であろう。創業者はスザンヌ・ウィグ・マサク氏という女性だ。生物学者でもあった彼女は、遺体の分解と生命の循環の知識を葬送に結びつけようとした。

その手法は、食品保存などで用いられている「フリーズドライ」である。遺体は死後、マイナス198度の液体窒素で凍結。振動を加えてバラバラに砕き、そして乾燥させる。すると体重の30%ほどに減った粉末となる。そこから、金属などを取り除いて、土と混ぜて微生物に分解させ、およそ1年をかけて腐葉土にするのだ。遺体は無菌状態になるので、土壌も汚染されることなく安全というわけだ。フリーズドライ葬の費用は日本円で数万円という。

液体窒素から来る蒸気
写真=iStock.com/zkifuk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/zkifuk

マサク氏は2020(令和2)年に死去し、事業そのものは中断しているようだが、その理念は全世界に広がり、賛同者が数千人規模に拡大中だ。米国やドイツ、スペインなどで事業化に向けて準備が進められているという。法整備さえ整えば、このフリーズドライ葬も拡大の余地はありそうだ。

■オランダで注目浴びる「キノコ(菌糸)葬」

風車のある風景が印象的なオランダでは、自然葬が根付きつつある。同国は世界に先駆けて同性婚を合法化し、大麻や売春も認めるなど、自由・寛容な国家としても知られている。

オランダは環境負荷を減らしながら、ビジネスを回していくサーキュラーエコノミー(循環型経済)の考え方が広く浸透している環境先進国だ。例えば、廃棄物や廃棄食材などを活用し、再利用する取り組みが企業間で広がっている。首都アムステルダム市は2050年までに完全なサーキュラーエコノミーへ移行する目標を立てている。政治、経済、文化、宗教……いずれも日本とは対極にある国といえるだろう。

葬送のあり方も最先端をいっている。同国では近年、「キノコ(菌糸)葬」と呼ばれる葬送(コンポスト葬)が注目を浴びている。ベンチャー企業「Loop」が開発した。キノコ葬とは菌糸によって遺体が納められた棺桶ごと朽ちさせ、土に還す究極の循環型埋葬法である。同社では2020年以降、サービスを開始している。

創業者のボブ・ヘンドリックス氏とロネケ・ウェストホフ氏は、デルフト工科大学の卒業制作でキノコ葬に着目した。キノコは地下に菌糸を伸ばし、死んだ有機物を栄養に換える働きをもっている。キノコの菌糸は原発事故で汚染されたチェルノブイリの土壌を清浄化させるためにも使用されているという。

同氏はホームページ上で「私たちは自然を回復し、将来の世代のために地球を守るためにこの事業を始めました。人間は死んだ後も、前向きな影響を与える必要があります。私たちのアプローチは、自然と協力して、生命のサイクルに栄養素を還元することです」などと述べている。

キノコ葬で使用される棺桶は「生きた棺」と呼ばれ、国内に生息しているキノコとリサイクルされた麻繊維でできている。内部には苔のベッドが敷かれ、遺体を包む素材も麻である。

遺体が納棺されるとまず、この棺が45日以内に分解される。その後、遺体は2年から3年かけて腐敗する。棺と遺体は土壌の養分となって、新たな命を生み出す源泉となる。埋葬地には何も残らない。

■火葬文化の日本にコンポスト葬が「上陸」する余地はあるか

同社のサービスを受けたデン・ハーグ在住の女性は「祖母と私は森の中で一緒に過ごすのが好きでした。祖母はテレビで生きた棺を見て、自分もこの自然の生命の循環の一部になりたいと言い、私たちは同社に連絡しました。埋葬のプロセスは、実に心温まるもので、祖母と私にとって穏やかで敬意に満ちた体験となりました」と感想を述べている。

同社の「生きた棺」は3種類ある。繭玉を模したキノコ棺(ループ・リビング・コクーン)は一般的な土葬用で、教会で葬儀を執り行った後、自然保護林に運ばれて埋葬される。

『エース』編集室『「死」を考える』(集英社インターナショナル)
『エース』編集室『「死」を考える』(集英社インターナショナル)

蓋がついていないタイプのもの(ループ・フォレスト・ベッド)は、風葬に近いイメージ。火葬骨を自然に還す場合には、同様の素材のキノコ壷(ループ・アース・ライズ)を用意する。骨壷の内部には腐葉土が入れられ、植物を植えられるようになっている。まるで植木鉢のようだが、この骨壷自体も早期に分解される。

これらの生きた棺は、自然埋葬が可能な保護林(同国内に6カ所)に埋葬され、完全に自然に戻るという。大自然の安息地は現在、さらに1カ所造成中だ。

近年、多死社会のため長期間の火葬待ちも多いだけでなく、東京都心の民間火葬場では火葬料金の値上げが続いている。都内で6つの火葬場を運営する東京博善は、火葬料の下限を9万円にまで値上げした。都民からは悲鳴が上がっている。これでは費用面でも、地球環境面でもエコとは言い難い。わが国の火葬文化とは対照的なコンポスト葬が「上陸」する余地はありそうだが、どうだろうか。

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鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)
浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『仏教の大東亜戦争』(文春新書)、『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。

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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)

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