「いかにも鉄オタ」に手がピタリと止まった…人気ウェブライターが「鉄オタ」を、必ず「剛の者」と言い換えるワケ
プレジデントオンライン / 2024年7月31日 10時15分
※本稿は、pato『文章で伝えるときいちばん大切なものは、感情である。読みたくなる文章の書き方29の掟』(アスコム)の一部を編集したものです。
■「キモい」「エモい」は文章で使わない
書けないという絶望を少しでも解消するために、自分の感情というものを思い返してみよう。それがなにかの糸口になることがある。なぜなら、文章によって表現しなくてはならない一番大切な情報は感情だからだ。それも書き手の感情だ。
なぜなら、それが唯一無二と言っていいほど独自性のある情報だからだ。それは読み手に提供される情報としては相当な独自性を持っているものなのだ。
「すごく好き」
「嫌い」
「嫌な感じがする」
「死ぬほど笑った」
「悲しい」
「苦しくなる」
文章に限らず、我々が誰かに伝える情報は、突き詰めていくと自分はどう感じるかに行き着く。どんな事象であっても、それを受けて自分がどう感じたか、我々はそれしか伝えていない。そのほかの部分はこれを効率よく伝えるための装飾に過ぎない。ある事象に対して著者はどう感じたか、突き詰めればそれだけしか伝えていないのだ。
そこで注意しなくてはならないのが、自分の感情を見過ごさないことである。
これに関して、僕はある決まりを自分に課し、それを守っている。僕は「キモい」「エモい」という2つの言葉を使わない。それをあえて使う意図がある場合を除いて文章でも日常生活でもほとんど使わない。この2つは断絶の言葉だからだ。
この「断絶の言葉」とは、そもそもそういう言葉はないし、あったとしても別の意味合いがあると思うけど、僕はそう定義して呼んでいる。
他にもいくつかあるけれども、「キモい」「エモい」この2つの言葉は断絶の度合いが傑出している。だから使わない。
■2つの言葉が持つ「手軽さ」と「あやうさ」
では、この言葉たちはなにを断絶しているのだろうか。
これらは形容詞であるので「美味しい」「エロい」「痛い」といった言葉と同じなわけで、それらの形容詞を使って文章や言葉を構成していくことは当たり前だ。けれども、「キモい」「エモい」だけは使わない。
なぜなら、最近の文脈においては、この2つの言葉だけは「どうしてそうなのか」が語られることが少ないからだ。一般的に多くの場面で使われすぎてかなり強い力を持っており、それだけで済んでしまう手軽さと危うさがある。これはそういう使われ方をしている言葉だ。
とにかく「キモい」と言っておけば、いい感情を持っていないことが伝わるし、相手を拒絶できる。「エモい」と言っておけば、なんかいい風に感動しているんだなと伝わる。
むしろ、明確に何がどうでキモいだとか、何がどうでエモいのか説明しないことで曖昧に感情を伝える意図すら感じる。そんな言葉だ。
では、なぜこれを「断絶の言葉」と呼ぶのか。いったい何と断絶するのか。それは自分の感情だ。あまりにこれを使っていると自分の感情に気づけなくなってしまう。だから断絶と表現している。
■自分の感情を紐解く意志を奪っていく
「キモい」
何かに対してそう思ったとき、本来はなぜそう思うかが大切なのだ。気持ち悪いと思った理由、背景、それはもしかしたら他責的な思考で、自分の心に内在するトラウマ的な何かが原因かもしれない。
あまり良く思っていない感情にも多くの付随する感情があるはずだし、本来はこちらのほうが重要なのだ。それはあなたが世界をどう見ているかに繋がる貴重な情報なのだ。しかし、それだけでなんとなく済んでしまう「キモい」は、自分のその良くない感情を紐解く意志を奪っていく。
Books&Appsというサイトに寄稿した「Amazonで『鬼滅の刃』のコミックを買ってしまったのに、どうしても読み始める気になれない。」という記事がある。鬼滅の刃が爆発的な人気を博しているのに、なぜか自分は読み始める気になれない、という文章だ。
これは信じられないくらいの特大のバズを巻き起こした。本来の意味でのバズだったし、読んだ人の心をわしづかみにする意味でのバズ、両方のバズを起こした記事だった。
いまだに初めて会う人にはこの記事が好きだと言われることが多い。
この記事は自分の感情を丁寧に紐解くことで成り立っている。
■自分の感情に無自覚な人が、人の心を震わせる文章を書けるのか
鬼滅の刃、こんなに流行っているのになぜ自分は読み始める気がしないんだろう。そこから自分の中の感情を丁寧に紐解いていくことが起点となっている。
これが「なんかしらんけど読み始める気にならんわ! ガハハハハハ」で終わってしまうと生まれてこなかった文章だ。「キモい」で終わらせることに慣れると、この紐解いていく作業ができなくなる。
「エモい」についても同様で、なんだか感動的な場面に接したときに使われることが多いが、本来はなぜここで自分の感情が動くのか、なぜ心の琴線に触れるのか、その感情のほうが重要なのだけど、あまりにその言葉が強い意味を持ち始めた「エモい」はそれを奪う可能性を含んでいる。
文章を書き、人の心を震わすことがバズだと述べた。これから文章で人の感情を揺さぶろうとする人間、それが自分の感情に無自覚だったとしたらどうだろうか。自分の感情に気づけない人がどうやって人の感情を震わせるというのか。
ここで大切なのは、別に「キモい」や「エモい」を使って書かれた文章がダメだとか、その言葉を使っている人は良くないと言っているわけではない。
ただ、自分の中で明確な線引きをして、こういう理由だから使わない、と決めることこそ自分の感情に向き合っていることになるのだ。思想はそれがいつしか言葉になり、行動になり、習慣になっていく。そう自覚していくことが大切なのだ。
■大谷翔平選手は「取りこぼす」なんて言葉を使わない
アメリカ・メジャーリーグの大谷翔平選手がNHKのインタビューにおいて「前回は下位のチーム相手に取りこぼしましたが」と質問された。すると、大谷選手は「取りこぼすという表現が適切かどうかわかりませんが」と、サラリと否定して話を続けた。
これは大谷選手が人格者であり、相手チームに敬意を払っていることがうかがい知れるエピソードだが、それだけではない。
おそらく彼は「取りこぼす」なんて言葉を使わないと決めているのだろう。
それを使うとそれが思考となり、行動になる。勝って当たり前という舐めた態度に出るかもしれない。それを理解しているのだ。自分の中で明確な線引きができているのだろう。
断絶の言葉を使わないことは少なくとも自分の中で自分の感情に丁寧に向き合う行為である。そのような生き方をしていくべきだし、可能ならば誰かの感情にも丁寧に思いを馳せるべきなのだ。
■「鉄道オタク」という言葉は絶対に使わない
SPOTという旅行サイトに寄稿した「青春18きっぷで日本縦断。丸5日間、14,150円で最南端の鹿児島から稚内まで行ってみた」という文章がある。
JR最南端の駅から最北端の駅まで、普通列車だけで日本縦断する狂気としか思えない記事だ。この中に不可解な単語が出てくる。その部分を引用してみよう。
「ここから川内へと行く列車は1時間ほどの乗り換え時間があって8時29分発。まあ、これが正解だ、これで行こうと決意して掲示板を眺めていると、むちゃくちゃ鉄道に詳しそうな剛の者っぽい人に話しかけられた。」
ここで「剛(ごう)の者」という言葉がでてくる。実は僕の旅行系の記事は、この「剛の者」という表現が多用される。その「剛の者」がいちばん初めにでてきたのがこの記事だ。読んでもらえばわかると思うけど、これは鉄道に詳しい人を表している。「鉄オタ」「鉄道オタク」「乗り鉄」みたいな人を指す意味合いに思ってもらえればいい。
僕の文章において、この「鉄オタ」みたいな単語はほとんどといっていいほど出てこない。意図して使っていないというやつだ。これらを使わずにすべて「剛の者」で統一している。
■校正が入っても「剛の者」を使い続ける
ここで問題となるのが「剛の者」は普通に鉄道が好きな人を指す言葉ではないので独自の表現であり、受け取り手を選ぶ言葉だということだ。
つまり、前述した「内輪感」が出てしまう文章なので本来は好ましくない。意味としても正しくないので出版社なら校正が入る場所だろう。実際に修正されたこともある。それでも僕は頑なに「剛の者」を使い続ける。
その理由はやはり自分の感情だ。この文章を書いているとき、やはり青春18きっぷシーズンで、JRに乗っているのだから、すぐにそういった剛の者に遭遇した。その様子を書いているときに「いかにも鉄オタといった感じの人が」と書いたと思う。そこでピタリと手が止まった。嫌な感じがしたのだ。
「鉄オタといった感じの」この部分にものすごく嫌な感じがした。そこで自分の感情を紐解いてみた。なんで嫌な感じがするんだろうと丁寧に向き合ってみたわけだ。
世間では、いわゆる撮り鉄と言われる人があちこちで迷惑や騒動を起こしている時期でもあった。列車の撮影のために入ってはいけない場所に入り込んで列車を停めるなど、そういう事件が起こっていた。ネットを中心にそういった鉄オタたちへのヘイトが向かっていて、良いイメージを持っている人が少ない状況だった。
僕自身も鉄オタと言われればけっこう厄介な存在、という思考がなかったといえば嘘になる。鉄オタが悪いのではなく、鉄オタという単語に悪いイメージがついている、少なくとも僕の感情はそう判断したのだ。
■自分の感情が言葉から透けて見える
しかし、僕の記事を読んでもらったらわかると思うけど、僕が旅先で出会う鉄オタっぽい人は、親切であり、熱心であり、気さくで、尊敬に値する人々ばかりだった。迷惑な人なんていなかった。だから、そういう人を一緒くたに「鉄オタ」と表現することを僕の感情が拒否した。
たかだか単語だが、それは僕の感情だ。それを無視して「鉄オタ」という表現を使い続けていると、それはいつか、そういう人たちを見下したり、バカにするような思想に、行動に、文章に変化していく、それが怖かったのだ。
そして、それは読んだ人も気分がいいものではないだろう。そういう思想はけっこう透けて見えるものだ。そんなものを読んでおもしろいと思ってくれる人もいないし、誰かの心を震わせることもない。だから僕は表現としてわかりにくく、適切でなくとも「剛の者」と表現する。そこにはリスペクトの意味が込められている。
この記事は、実際に多くの人に支持され、拡散された。素人が鉄道ネタを扱うことを嫌いがちな剛の者たちの多くも賞賛し、拡散してくれた。
こうしたひとつの単語だけとっても、どういう感情を自分が抱いたのか、それはなぜなのか、紐解いていくべきである。見過ごさないことだ。それができるようになるには「キモい」だとか「エモい」だとか断絶の言葉なんか使っていられない。
もっと丁寧に自分の感情に向き合う訓練をしなければならないのだ。
■自分の感情に丁寧であり続ける
断絶の言葉を使い続けることには危うさを孕(はら)んでいる。伝わらないのはもちろんのこと、自分の感情に無自覚になってしまう。
そうなってはなにを書いてもダメになる。本来はそこに至るまでの感情のほうがずっと大切なのだ。そのことを表現において忘れてはいけない。
僕は文章の流麗さや巧みさで魅せるような物書きではない。きっと今この本を手に取っている君もそうだと思う。紡ぐ文字と文字列にそこまで価値はない。見せているほとんどのものは自分の感情か行動である。
なぜそう思うか、だからこんな行動をした、こうして自分を見せている。どんな文章でも魅せるものはそれだけだ。だから自分に丁寧であり続けることが良い文章を生み出すことにつながる。そう信じている。
自分の感情に向き合うことは時に苦しい。自分への否定につながり、苦しくなることもある。それでもやらなければならない。それがきっと何かを伝えるために必要なことだからだ。
なにを書いていいのかわからない。書けないという絶望の中にはそんな苦悩も含まれる。そういうときは自分に向き合い、感情を紐解いてみるのもいいかもしれない。
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累計5000万PVを超えるテキストサイト「Numeri(ぬめり)」管理人。ネット黎明期の2000年代初頭にサイトを開設。まったく誰にも読まれていなかったところから文章を鍛錬しつづけ、一躍人気サイトとなる。ライターとして複数の媒体で記事を書くようになると、たんなる商品紹介やPRを超えた「読ませる」文章に、ファンがじわじわと増えていく。JR東海クリスマスエクスプレスのCMへの愛を爆発させた分析記事や、『鬼滅の刃』にまつわるエッセイなど、100万PV超えの記事を連発。証券会社が運営する『インベスタイムズ』でなぜか映画『アベンジャーズ』についての記事を書き「たしかに投資だし深い」と絶賛されたり、『ぐるなび』のサイトで100本の醤油をレビューしたりなど、たびたびネット界を沸かせている。『日刊 SPA!』で連載を持つほか、『Books&Apps』、『SPOT』、『さくマガ』など、数多くのメディアに寄稿。いまもっとも売れているWEBライターと評され、各界のクリエイターや芸能人の中にもpatoファンを自称する人は多い。好きな言葉は、「人の心を動かすのは才能ではなく、真摯さとひたむきさ」。
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(ライター pato)
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