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警察がいくら捕まえても窃盗犯が湧いて出る…「万引き天国」になった米サンフランシスコの異常すぎる日常

プレジデントオンライン / 2024年8月3日 9時15分

2023年9月27日水曜日、カリフォルニア州サンフランシスコのマーケット・ストリートにあるホールフーズの旗艦店が、オープンからわずか1年で閉店した。 - 写真提供=© David G. McIntyre/ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ

■万引きが日常生活の一部になった

サンフランシスコの一角に構える、ドラッグストア大手のウォルグリーンのとある店舗。キャップにジャケット、ナップサックを背負ったどこにでもいそうな長髪の若い男が、取材中のCNNの記者の脇をすり抜ける。

鼻歌交じりに店舗を出て行った男の手には、目立つ蛍光オレンジの商品が数点。CNNの記者が店員に問う。「彼、代金を支払いました?」

レジ係は答えた。「ノー」。あきらめ顔の店員は、男を追う気配すら見せない。

この店舗では相次ぐ万引きに、冷凍ピザなどを販売する冷凍ケースまでチェーンで施錠。訪れた男性客は、「こんなのはおかしいし見たことがない」と困惑すると同時に、「連発する犯罪が私たちの日常生活の一部になった証左だ」と憤る。

CNN記者はこの店舗を取材中のわずか30分間で、万引きと思われる事例を3件も目の当たりにしたという。

■Appleストアを好き放題に荒らすiPhone窃盗団

このような事例が、ここ数年のサンフランシスコでは当たり前に見られるようになった。全米大手紙のUSAトゥデイは、小売業の困窮を伝える。記事によると大手小売店・ターゲットのブライアン・コーネルCEOは、窃盗被害により同社の今年の利益が、昨年比で5億ドル(約760億円)以上減少する見込みだと表明した。

窃盗は高額商品にも及ぶ。2022年11月には、感謝祭翌日のブラックフライデーの昼下がり、カリフォルニア州パロアルトのAppleストアで大がかりな窃盗事件が起きた。二人組の窃盗犯が無防備な状況につけこみ、3万5000ドル(現在のレートで約530万円)相当の商品を盗むという事件だ。

震え上がる顧客と店員を前に、犯人たちは何ら抵抗を受けることなく、陳列棚を好き放題に荒らしている。iPhoneやノートパソコンのMacBookシリーズなどを持ち去った。Appleストアのスタッフの一人は、顧客をかばおうと前に立ちはだかり、犯人と距離を取っている様子が映像に残されている。

犯行のあった現場から流出したビデオがオンラインで広まっており、覆面を被った窃盗犯たちが商品を持ち去る様子が確認できる。警察によると犯人は2人の男性、十代後半から20代前半だったという。

ニューヨーク・ポスト紙によると同店は2018年にも、24時間以内に2度の窃盗被害に遭っている。この際の被害額は合計10万ドル(同約1500万円)以上にのぼった。

■美しかったサンフランシスコの街は激変した

かつて世界に名だたる街として知られ、日本からも多くの観光客が訪れた米西海岸のサンフランシスコが、このようにパンデミック後に様子を一変させた。アルコール中毒者やホームレスの人々が街に溢(あふ)れ、安全に通勤できない状態にまで窮地に立たされている。車を少し駐車していただけでも窓を割られるほどに治安は悪化してしまった。

道に座り込む路上生活者たち
写真=iStock.com/Marc Dufresne
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Marc Dufresne

テック産業の集積地であったサンフランシスコだが、パンデミック中に業界が積極的にリモートワークを推進したことで、街の実店舗売上が減少。結果として経済は急速に衰退し、治安が悪化した。

また、同州の独特な州法にも批判が集まる。盗みが950ドル(約14万円)以下であれば軽犯罪とされる規定だ。この法が堂々とした窃盗行為を助長しており、治安をさらに悪化させているとの声が聞かれる。

非営利研究機関のカリフォルニア州公共政策研究所(PPIC)によると、パンデミック前の2019年比で万引きの発生割合がマイナスとなるカリフォルニアの地域もあるなか、サンフランシスコ地域は24%の増加を記録している。PPICは「全米の高級店におけるいわゆる窃盗事件が頻繁に全国的な見出しを飾り、特にサンフランシスコでは、万引きが一因と見られる小売店の閉店が相次いでいる」と指摘する。

■タコス店は何度も強盗に押し入られ、客足は半減

かつてサンフランシスコで繁盛するタコス料理店を2店営んでいたというデイビッド・リーさんは今年、治安悪化でやむなく閉店を決断した。何度も強盗に押し入られ、店舗の破壊行為もひどかったという。コロナ以降、遠のいた客足も追い討ちをかけた。

米大手経済紙のウォール・ストリート・ジャーナル紙に対し、リーさんは語る。

「ビジネスを始めたばかりの頃は、(売上は)ランチタイムは平均3000ドル(約45万円)、ディナータイムも3000ドルほどで、1日6時間しか営業していませんでした。短い時間です。それが今年に入ってからは、1日平均1000ドルから1500ドル(約15万円から23万円)くらいになってしまったのです」

不況にあえぐのは、リーさんだけではない。街全体の様子が様変わりした、と彼は語る。

「その昔、ここは一番にぎやかな通りでした。昔は繁盛していたのに、今は通勤通学で歩いている人は誰もいません。悲しいことです」

■14歳の若者を雇い、万引きをさせるケースも

小売店を苦しめる強盗や万引きは、個人の衝動に留まらず、組織犯罪として行われている例がある。街角でのサプライズ「フラッシュモブ(flash mob)」になぞらえ、集団で店に押し入りいっせいに窃盗する行為は、「フラッシュロブ(flash rob)」とも呼ばれる。

地元紙のサンフランシスコ・クロニクルは昨年9月、ティーンエイジャーたちを率い、フラッシュロブを何度も実施した女の事例を報じている。

記事によるとサンフランシスコ警察は、組織的な万引き事件10件に関与した疑いで、24歳の女性を逮捕した。警察によれば、これらの事件で盗まれた商品の総額は約4万4000ドル(約670万円)にのぼる。

女は8人ほどの共犯者とともに店内に入り、商品を盗み出したほか、63歳の男性に暴行を加え、重傷を負わせた疑いが持たれている。

この件の捜査の過程で、女が一連の組織的な窃盗事件に関与していたことが発覚した。うち、ある事件では、最も若くて14歳という若者たちを雇い、ともに商品を盗み出したとされている。暴行と窃盗に関連した34の疑いで刑務所に収監され、裁判に臨むことになる。

■若者を利用して盗みを繰り返す窃盗組織

USAトゥデイ紙は、再販売目的の組織的な窃盗が増えつつあると指摘する。業界団体の全米小売業協会(NRF)が2020年に出した報告によれば、組織的な小売犯罪による損失は10億ドルの売上あたり約71万9548ドルを占めていた。

英フィナンシャル・タイムズ紙はアメリカの例として、犯人たちが集団で雇われ、商品が再販目的で売りさばかれてゆくと報じている。

見かけは単独で万引き行為に走る若者であっても、その実態は商品を盗み、盗品仲介人(通称「フェンス」)へと流すことを任務とする子供たちなのだという。こうした子供たちは「ブースター」と呼ばれ、犯罪組織の末端にすぎず、ごくわずかな収益しか得ていない。

治安の悪化は伝染する。このような組織犯罪に加わる若者がサンフランシスコでは増えており、ホームレスなども組織末端の「ブースター」に加わることで、一層の環境悪化が懸念されている。

サンフランシスコの路上で暮らすホームレス
写真=iStock.com/imantsu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/imantsu

■被害額14万円以下は“お咎めなし”の誤解

万引きはなぜ絶えないのだろうか。サンフランシスコ現地では、2014年に住民投票で承認されたカリフォルニア州法の「修正案47(Proposition 47)」が一因との声が聞かれる。窃盗を矮小化するこの修正案は、「万引きは許されている」との誤解を招いた。

この修正案は、被害額が950ドル(約14万円)以下の窃盗を、軽犯罪に位置づけるものだ。USAトゥデイ紙は、店舗の従業員がこうした窃盗犯を制止することが州法で禁じられた――との誤解さえ生んだ、と指摘する。

もちろん万引きが公然と認められたわけではない。同法では、価値が950ドル以下の商品を盗む意図で営業時間中の店舗に侵入した者は、軽犯罪となる。最大半年の懲役または1000ドル(約15万円)を科すというものだ。

■パンデミック、失業、家賃高騰…中心街から人が消えた理由

州法に加え、パンデミックで空洞化した中心部の治安悪化も万引き増加を誘った。サンフランシスコの黄金時代を目にしてきたウォール・ストリート・ジャーナル紙のジム・カールトン記者は、悲しげに語る。

「パンデミック前のサンフランシスコのダウンタウンは、まさに賑やかでした。私の職場はカリフォルニア・ストリートなのですが、とにかく人がごった返していました。まるでマンハッタンのようだったのです。まさに黄金の街だった」

ところが、パンデミックですべてが一変したという。

「この4年間、サンフランシスコのダウンタウンはひどい状況に見舞われました。ひとつには、住居費の高騰によって、多くの労働者が何マイルも離れた場所で働かざるを得なくなったことがあります。また、サンフランシスコはテクノロジー産業が集中していますが、こうした産業は他のどの産業よりもリモートワークの影響が大きかった」

パンデミックによる失職と家賃高騰で、かねて存在したホームレス問題やドラッグ中毒者もいっそう目立つようになり、治安は目に見えて悪化していったという。

明け方のサンフランシスコの金融街
写真=iStock.com/Takako Phillips
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Takako Phillips

■「万引き犯は射殺せよ」過激な主張も

もはやモラルに訴えるだけでは、改善は見込めない。スーパーの入店を会員制にすべきとの意見から、果ては万引き犯を射殺せよとの過激な意見まで、さまざまな対策案が出ている。

ニューヨーク・タイムズ紙は、ドナルド・トランプ元大統領が万引き犯は射殺すべきだと発言し、物議を醸したと報じている。

アナハイムの高級ホテルのホールに集まった大勢の支持者たちを前にトランプ氏は、「要は、店を強盗する場合、店から出るときに撃たれることを十分に予想すべきだ」と演説。発言を受けて支持者たちは大いに盛りあがったという。

他方、元サンディエゴ警察予備役警官のマーク・パウエル氏は、大規模な万引きを防ぐために各店は会員制モデルを採用するべきだと唱える。

カリフォルニア州の地方紙、タイムズ・オブ・サンディエゴに対してパウエル氏は、入店時に身分証明を要求することで、窃盗の抑止に効果があるとの考えを示した。

全米各地で大手小売業者の店舗が、窃盗による損失を理由とした閉鎖に追い込まれているとパウエル氏は指摘。その一方で、会員制を取り入れているコストコでは在庫損失に大きな変動がないという。すなわち、会員制モデルが万引き防止の手段として機能している、と氏は指摘する。

■警察の対応が追い付いてない

警察も手をこまねいているわけではない。サンフランシスコ・クロニクル紙は11月30日、覆面警官のチームが小売チェーン店のターゲットで「電撃作戦」を実施し、17人の万引き犯を一斉に検挙したと報じている。サンフランシスコ警察によると、過去18カ月間で同様の作戦を40回実施しており、計300人を逮捕している。

テック業界に限れば、さらに進んだ対策が実現している。昨年9月、東海岸・フィラデルフィアのAppleストアをフラッシュロブの若者たちが襲撃し、発売されたばかりのiPhone 15のデモ機を大量に持ち去った。だが彼らがiPhoneを使えることはなかった。

窃盗団が盗んだiPhoneはストア外に持ち出されたことを検知し、自動的にロック状態となった。iPhoneからはアラームが大音量で鳴り響き、画面には「このデバイスは無効になっており、追跡されています。Appleウォルナット・ストリート店に返却してください」との警告が表示されている。操作は一切受け付けない。

さらに、ネット上に流出した動画によると、窃盗団が手にしたこれらiPhoneの画面上部に、緑色のマークが点灯している。カメラが使用中であることを示しており、犯人たちの顔が遠隔で監視または録画されているとみられる。

この件に関し、米CW系列フィラデルフィア局によると、50人以上が窃盗などの容疑で逮捕された。テクノロジーが悪質な万引き犯たちに勝利した事例となった。

■サンフランシスコが輝きを取り戻すには時間を要する

サンフランシスコは深刻な現状に面している。パンデミック後の社会的・経済的な変化により、愛された都市の顔はすっかり様変わりした。治安は劇的に悪化しており市民生活への影響は深刻だ。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、サンフランシスコ市のロンドン・ブリード市長は強気だ。「私たちが知っているサンフランシスコのダウンタウンは、もう戻ってこない。だが、それは問題ではない」と言い切る。区画再整理とAI産業の誘致で新たなサンフランシスコを築くのだ、と彼女は力説する。

ウォール・ストリート・ジャーナルのカールトン記者も、ブリード市長の意見に賛同している。「“地獄の穴”とまで形容されるサンフランシスコだが、そういう地域はごく一部だ。この街は依然として“美しい都市”だ」と述べた。

しかし、解決は容易ではない。パンデミックを機に悪化した治安だが、パンデミックをほぼ脱した現在でも影響は続く。万引きのみならず、ホームレスの増加やドラッグ中毒の蔓延などが重なり、街を歩くにも危険を感じる状況だ。市内への通勤者からは、もはや「ゾンビの街」と化したとの嘆きも聞かれる。

路上生活者のテントが並ぶサンフランシスコの脇道
写真=iStock.com/DianeBentleyRaymond
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DianeBentleyRaymond

一方、サンフランシスコはコンピュータ産業の黎明期を支えたシリコンバレーにも比較的近く、現在もUberやX(Twitter)、Airbnbなど世界に名だたるテック企業が本拠を構える。今後はAI産業を積極的に呼び込むことで、市としてはかつての栄光を復権したい考えだが、変化は一夜にして起こるものではない。

かつて黄金の町と称されたサンフランシスコが再びその名にふさわしい街となる日は、もう少し先の話かもしれない。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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