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刃向かった部下を部署ごと消し去る…イーロン・マスク「突然のリストラ宣言」が物語るカリスマ経営者の限界

プレジデントオンライン / 2024年8月7日 9時15分

2024年6月12日、テスラ株主総会を前にXで開始された南アフリカ人実業家イーロン・マスクのキャンペーンが映し出されたスクリーンの前で(ロサンゼルス) - 写真=AFP/時事通信フォト

■漂流をはじめたテスラはどこへ向かうのか

販売不振と株価低迷にあえぐ米EVメーカーTeslaは、イーロン・マスクCEOによりさらなる難局に突き当たった。

マスク氏は4月末、自社の急速充電器「スーパーチャージャー」部門のシニアディレクターと、彼女の下で働いていた約500人を解雇した。ブルームバーグなどが報じた。実質的に部門のほぼ全体が消滅した形だ。

ロイターは、スーパーチャージャーは2012年にカリフォルニアで初めて導入され、EVの長距離移動を可能にする「ゲームチェンジャー」として評価されてきた、と振り返る。

しかし、今回の解雇劇により先行きが暗転した。充電ネットワークの拡張計画に大きな打撃を与え、電力会社やアクセスを解放していた他の自動車メーカーとの関係にも悪影響を及ぼしている。

■業績不調によるコストカット策

米テック・クランチは、解雇の理由はTeslaの売上が急激な成長ペースを維持できておらず、利益が減少しているためだと指摘する。解雇後Teslaは、スーパーチャージャーの新設ペースを遅らせると発表した。今後は、既存サイト(既存区画)の稼働時間の向上および設備のアップグレードに注力するという。

だが、新設だけでなく、既存設備のアップグレードにも遅れが生じる可能性がある。Teslaは解雇後に生じた不安を打ち消すべく、スーパーチャージャーのネットワーク拡大に今年5億ドル以上を投資すると発表した。しかし、テック・クランチは、チームが解雇されたいま、その目標を達成するのは難しいと指摘する。

解雇後、Teslaはスーパーチャージャー部門の元従業員の一部を再雇用し始めたが、具体的な人数は明らかにされていない。解雇された従業員の中には、北米の充電部門を統括していたマックス・デ・ゼーヘル氏も含まれていたが、ブルームバーグによると彼は再雇用された模様だ。

■やっとサイバートラックを納車にこぎ着けたのに…

Teslaは昨年末、受注から4年を経て、EVピックアップトラック「サイバートラック」をやっと納車にこぎ着けた。今回の解雇は、話題のサイバートラックにも多大な影響を与える可能性がある。

サイバートラックは800ボルトの充電能力を持つが、Teslaの既存のスーパーチャージャーの多くはこれに対応していない。そのため、充電インフラの整備が急務となっていた。

Tesla Japan「CYBERTRUCK」オフィシャルサイトより
Tesla Japan「CYBERTRUCK」オフィシャルサイトより

米EV情報メディアのエレクトレックは、Teslaの新しいV4スーパーチャージャーは800ボルトの高速充電をサポートしているが、これらはまだ限られたスーパーチャージャーサイトにしか設置されていないと指摘する。

また、V4スーパーチャージャーは10フィート(約3メートル)の長いケーブルを備える。これ以前のバージョンではケーブル長に余裕がなく、大型のサイバートラックへの対応が難しい。とくに、サイバートラックの充電ポートはホイールウェル(タイヤを装着するスペース)付近にあるため、短いケーブルでは取り回しに苦労する。

サイトの新設やアップグレードの遅れは、提携する他メーカーの大型車両にも影響を及ぼす。Teslaは、米運輸省がEV整備を推進する「NEVIプログラム」を通じ、政府補助金を獲得していた。他社製EVによるスーパーチャージャーの利用を前提としたプログラムだったが、スーパーチャージャーチームの解雇により、計画に影響が出る可能性がある。

■リストラは寝耳に水だった

スーパーチャージャー部門にとって、解雇は寝耳に水だった。スーパーチャージャーの充電網は競合他社に対し、非常に優秀な性能を誇っていたためだ。

テスラのスーパーチャージャーネットワークは、世界中で5万5000台以上の充電ポートを提供する、世界最大のEV充電ネットワークの一つだ。このネットワークは他のEVメーカーにも開放されており、フォード、GM、リビアン、ボルボなどが参加している。

テック・クランチは、競合他社との比較において、スーパーチャージャーは99.95%の高い稼働率を誇ると述べている。カリフォルニア大学バークレー校の調査によると、サンフランシスコ・ベイエリアのEVドライバーの25%が公共の場にあるスーパーチャージャー以外のEV充電設備で重大な問題を経験したのに対し、Teslaのスーパーチャージャーではわずか4%だった。

オーストリアザルツブルク州フラッハウのスーパーチャージャーステーションで充電するテスラ・モデルS
オーストリアザルツブルク州フラッハウのスーパーチャージャーステーションで充電するテスラ・モデルS(写真=Jakob Härter/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)

また、設置と運用も極めて効率的であり、1台あたりの設置コストは競合他社の半分以下となっている。充電が他社に開放された昨年も利益を上げていたため、チームはマスク氏の采配に高い期待を持っていた。

■チーム500人のほとんどを解雇した

だが、4月末にイーロン・マスク氏は突然、チーム500人のほぼ全員を解雇した。ロイターが4人の内部情報者の情報をもとに報じたところによると、解雇はマスク氏の指示に従わなかった部門統括者への私怨とも取れる内容だ。

マスク氏はスーパーチャージャー部門の将来についての会議で、部門の責任者であるレベッカ・ティヌッチ氏のプレゼンテーションに不満を示し、さらなる人員削減を要求したという。

だが、ティヌッチ氏はわずか2週間前にも、大規模なレイオフの一環として、15%から20%のスタッフを削減していた。ティヌッチ氏が、これ以上の削減は充電ビジネスの根本を揺るがすと反論したところ、マスク氏は彼女を500人の部下ごと解雇し、部門を抹消した。

■影響は業界他社にも

解雇の影響は他の自動車メーカーにも波及している。スーパーチャージャーへのアクセスに関して、Tesla側の窓口と連絡が取れない状況が続いており、他社の充電インフラ計画にも影響を与える可能性がある。ブルームバーグは、Teslaの株価は解雇の影響で24%下落しており、投資家の不安も高まっていると報じている。

他社には好機だ。英エネルギー大手・BPのEV充電事業の責任者は、テスラが連絡を絶った不動産パートナー各社と協力し、事業を加速する意欲を示している。他の自動車メーカーにアクセスを解放する前から利益を上げていたスーパーチャージャーだが、今後は収益性にも影響が出る可能性がある、とテック・クランチはみる。

マスク氏はTeslaのスーパーチャージャー部門が担っていた業務を、同社のエネルギーチームに移管した。だが、ロイターは、両部門の業務が本質的に異なるとして、先行きを疑問視している。

スーパーチャージャー部門は、公共の場所に設置される充電プロジェクトを担当する関係上、電力会社や地方自治体、土地の所有者らとの交渉役を兼務していた。一方、エネルギーチームは家庭や企業向けの太陽光発電およびバッテリーストレージ製品を設計・製造しており、社外との交渉は専門外だ。

夜のテスラスーパーチャージャー
写真=iStock.com/Anski
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Anski

■増えすぎた会社、広げた事業、マスク氏の即断即決…

今回の解雇騒動は、即断即決のイーロン・マスク氏の悪い面が出たと言える。X(旧Twitter)では、未だに定着していない名称変更を筆頭に、唐突な解雇や仕様変更の嵐を生んだ。従業員だけでなく、ユーザーや広告を出稿していたスポンサーからも見放されつつある。

数社のCEOを兼務するマスク氏だが、手を広げすぎたことで、正常な判断が行き届かなくなっているとの批判がある。テレグラフ紙は、Xの買収やSpaceX、xAIなど他の事業に多くの時間を割いているため、Teslaの経営に対するコミットメントが疑問視されていると指摘する。

もっとも、マスク氏による企業同士の相乗効果も一部には見られる。頑強なサイバートラックは昨秋、重量16トンのSpaceXのラプターエンジンを単独で輸送した。だが、こうした創発効果は限定的だ。

Tesla単独で見ても、マスク氏の企業は問題が山積している。EV販売は急激に減少しており、特に中国勢との競争が激化している。また、マスク氏は2018年に合意された巨額の報酬パッケージを受け取る予定であるが、これは多くの株主から批判されている。

Teslaの株価は2021年のピークから半減しており、年初来で34%下落した。ブルームバーグは、これはナスダック100指数とS&P500指数の中で最も大きな下落だと指摘する。

輝いていたかつてのTeslaの復権は起こりえるだろうか。手を広げすぎたマスク氏が事業を整理し、さらには拙速な判断の癖を直すことが前提となりそうだ。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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