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ダメな会社ほど社員に"修羅場"を踏ませようとする…職場のエラい人の武勇伝を真に受けてはいけないワケ

プレジデントオンライン / 2024年8月2日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JackF

「部下は叱らないとわからない」「苦しみを味わわないと成長できない」と思っている管理職は少なくないが、それは幻想かもしれない。経営学者の中原淳さんと、臨床心理士の村中直人さんが、職場の「苦痛神話」について語る――。

※本稿は、村中直人『「叱れば人は育つ」は幻想』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■「叱る」の周辺に渦巻くイリュージョン

【村中】私は「叱る」ことを全面否定しているわけではないのですが、ただ、職場においては「叱る」必要性はほぼ存在しないと考えています。ですが、ネットなどでよく、「上手な部下の叱り方」とか「部下を伸ばす叱り方」のような文脈の記事を見かけます。これは、部下を「叱る」ことは必要だという認識が当たり前のこととしてあるから出てくる発想ではないかと、いささか釈然としないものを感じているんですね。そのあたり中原先生はどんなふうにお感じになっていますか?

【中原】この国の文化的土壌として、「叱ることで人は変わるんだ」とか、「厳しくして発奮させれば人は伸びるんだ」といったメンタリティがあるんだと思うんですよ。僕はこれらを「イリュージョン」と呼んでいますが。

【村中】イリュージョン、つまり幻想、幻影、錯覚のようなもの。

【中原】はい。村中さんが本でお書きになっているように、「叱る」ことでは人はいい方向には変わらない。けれども、「叱る」の周辺にはさまざまなイリュージョンがあって、「叱らないとわからないんだ」と頑(かたく)なに思い込んでいる人たちが少なくない。いや、大多数がそうだと言ってもいいかもしれません。

【村中】日本の社会にはその傾向が非常に根深くありますね。「人は苦痛を耐えて乗り越えることで成長する」「苦しみを味わわないと成長できない」という思い込みを、私は「苦痛神話」と表現しています。誰かから苦痛を味わうような状況を理不尽に強いられても、その先にはいわゆる学習性無力感しか待っていません。自発的に動いて状況を変えていこうという意欲は奪われて、あきらめと無気力だけが支配するようになってしまいます。

■修羅場を踏んで学ぶ、という幻想もある

【中原】「叱らないとわからない」の先に「発奮幻想」というのもあります。たとえば、企業研修の最後に社長が出てきて発破をかけると、意識変革が起きてみんな目をキラキラさせるように変わるに違いない、という幻想です。こういう夢みたいな幻想を抱いている人が、教員のなかにも親にもいますが、そんなことは起こりません。イリュージョンです。

「人は修羅場に追い込まれてタフな経験をすることで学ぶんだ」という「修羅場イリュージョン」もありますね。企業の人事セクションの人たちのなかには、「修羅場」という言葉が好きなひともいます。経験学習という言葉をすごく狭く捉えて、切迫した危機的経験をすることで成長する、と思っているのでしょう。企業の人事のミーティングとか、1日カンファレンスなどに呼ばれて行くと、よく「修羅場を踏んでこそ」というトーンの話を耳にします。

【村中】どういう状況で修羅場をくぐることになったかにもよりますよね。本人が自分で選択してやったことの先に修羅場があったような場合は、それが運よく成長のバネになるようなこともあり得るかもしれません。しかし、他者から意図的に修羅場を与えることによって得られるメリットはまずないです。

カンファレンス
写真=iStock.com/Cecilie_Arcurs
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Cecilie_Arcurs

■修羅場経験よりも、ダメージをどうリカバーするか

【中原】修羅場イリュージョンの背景には、おそらく成功を収めた経営者が語る修羅場的経験譚なんかが関係しているんじゃないかと思います。「あなたを大きく成長させた経験は何ですか」と問われると、長く第一線でやってきた人はドラマチックなエピソードを豊富におもちですから、武勇伝をいろいろ披露してくれます。

しかし、そういう私的経験を「修羅場=人を成長させる原資」と捉えるのはお門違いなんです。よく考えてみると、そういう人たちは苛烈な生き残り競争に勝った一握りの人であって、実は修羅場のかげには死屍累々(ししるいるい)の山ですからね。にもかかわらず、生き残った成功者にスポットライトを当てたストーリーが「修羅場をくぐらなくては成長できない」という話に置き換えられてしまう。「修羅場イリュージョン」は、いわば「生存者のバイアス」に他なりません。つまり、失敗者や死屍累々の山を見ずに、生存できた成功者の言葉だけを偏って信じてしまうのです。

苦痛にしても、修羅場にしても、一番大事なことは、激しいダメージを受けたとき、どうリカバーするか、どうすれば再起のチャンスが得られるのかであって、苦痛や修羅場を味わうこと自体ではありません。

【村中】私もまったく同感です。本当に典型的な「生存者バイアス」ですよね。こういったイリュージョン的な社会通念、囚われから抜け出してもらわないことには、「叱る」という概念への意識改革は進まないんです。

■ハラスメントを発見できるのは大企業

【村中】職場のパワーハラスメントを防止する措置として、2020年6月から「パワハラ防止法(労働施策総合推進法)」が施行されましたね。2022年4月からは、大企業だけでなく中小企業も対象となりましたが、この措置は有効に機能しているんでしょうか。

【中原】ハラスメントへの関心が高まっていることは確かです。「一発アウト」のような厳罰処分が下される例も実際にありますし、ひどい暴言を吐くような人は少なくはなっていると思います。ただし、それは大企業とか、ハラスメント対策の仕組みが整っているごく一部の企業のことで、日本全国を見てみれば〈叱る依存〉的環境は相変わらずあふれているんだろうなと僕は思っています。なにしろこの国は、全企業数の99.7%が中小企業ですからね。ハラスメントは増加している。ないしは発見数が増えているので、表に出やすくなっていると思います。

【村中】勉強不足で恐縮ですが、大企業では具体的にどういったかたちでチェック機能が働くのですか?

【中原】大企業の場合、社内の異変を見つけるための仕掛けが入っていることが多いです。また通報制度もありますよね。エンゲージメント・サーベイ(組織の状態を可視化する診断ツール)を入れているとか、従業員満足度調査を行っているとか、定期的に1on1ミーティングを行っているとか。

たとえば、それまでは職場満足度がかなり高かったのに、管理職が代わったら満足度が急落したというようなことがあると、人事は管理職を呼んで面談をする、というように介入していくことができます。

また産業医がいますから、身体の健康だけでなくメンタルヘルスについても相談しやすい体制があります。メンタルをやられる人が多い職場があれば、その報告も上がってきます。異変が検出されやすい構造やしかけは、中小企業よりは存在しています。

1on1
写真=iStock.com/AscentXmedia
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AscentXmedia

【村中】社員の反応を吸い上げる仕組みがあることで、問題があったときに客観的に検知しやすい、気づきやすいんですね。

【中原】中小企業は組織サイズが小さいため、そういった仕組みが構築されにくい環境です。

それ以前の話として、そもそも基本的な組織体制が整備されていないようなこともけっこうあるんです。従業員20~30人ぐらいの会社に行くと、組織図が描けないとか、給与体系が明確に整っていない、といったことがざらにあります。「給与は社長が決めてます、以上。」といった企業も非常に多いのです。

典型的なファミリービジネスの場合、ワンマンな社長がいて、その家族か親戚がかたちばかりの役員を務め、その下に管理職がいて、あとは従業員という構造です。管理職といっても、営業成績を上げて登用されるといったことが多く、マネジメント研修なんかも受けたことがない。結局、社長の思いつきやこれまでのなりゆきで、なんとなくまるっと運営されている感じのところが多いんです。

村中直人『「叱れば人は育つ」は幻想』(PHP新書)
村中直人『「叱れば人は育つ」は幻想』(PHP新書)

【村中】なるほど、秩序を維持するための体制が整っていない。それでは、歯止めとなる仕組みどころか、問題行動があっても表に出てきにくいですね。

【中原】ファミリービジネスの一番の問題点は、ファミリーであるがゆえに代替できないことです。社長や親族がパワハラ体質でも、クビをすげ替えることができませんから。

単純に企業規模の大小だけの問題ではなく、この国ではまだまだ「従わせるスタイル」のリーダー像が健在です。そこがもっと変わっていかないとダメでしょうね。

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村中 直人(むらなか・なおと)
臨床心理士、公認心理師
1977年、大阪生まれ。公的機関での心理相談員やスクールカウンセラーなど主に教育分野での勤務ののち、子どもたちが学び方を学ぶための学習支援事業「あすはな先生」の立ち上げと運営に携わり、発達障害、聴覚障害、不登校など特別なニーズのある子どもたちと保護者の支援を行う。現在は人の神経学的な多様性(ニューロダイバーシティ)に着目し、脳・神経由来の異文化相互理解の促進、および働き方、学び方の多様性が尊重される社会の実現を目指して活動する。『〈叱る依存〉がとまらない』(紀伊國書店)、『ニューロダイバーシティの教科書』(金子書房)など、共著・解説書も多数。一般社団法人子ども・青少年育成支援協会代表理、Neurodiversity at Work 株式会社代表取締役。

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中原 淳(なかはら・じゅん)
博士(人間科学)、立教大学経営学部教授
1975年、北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部を卒業後、大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授などをへて、2018年より現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。『職場学習論』『経営学習論』(ともに東京大学出版会)、『研修開発入門』(ダイヤモンド社)、『駆け出しマネジャーの成長論』(中公新書ラクレ)、『フィードバック入門』『話し合いの作法』(ともにPHPビジネス新書)など、共編著多数。

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(臨床心理士、公認心理師 村中 直人、博士(人間科学)、立教大学経営学部教授 中原 淳)

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