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「低迷の原因は箱根駅伝と厚底」高校生が日本一に輝いた陸上800mが五輪に選手を出せない根本理由

プレジデントオンライン / 2024年7月30日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Alex Liew

パリ五輪の陸上800mに日本からは男女とも選手が1人も出場しない。なぜなのか。スポーツライターの酒井政人さんが日本の中距離が長く低迷している要因を分析した――。

■パリ五輪の陸上800mに日本選手が1人も走らない理由

パリ五輪の日本代表選考を兼ねた日本陸上選手権大会(6月下旬)は、高校生が大活躍した。

特に素晴らしかったのが800mランナーだ。男子は高3の落合晃(滋賀学園高)が制すと、女子は高2の久保凛(東大阪大敬愛高)が完勝した。大学生や実業団などの“大人”を差し置き、表彰台の一番高いところに立ったのだ。

落合は昨年のインターハイで大会新を叩き出した逸材だ。今季は5月にU20日本新記録&高校新記録を打ち立て、日本選手権の予選ではその勢いのまま日本記録に0秒07差と迫る1分45秒82(日本歴代3位)を出した。翌日の決勝も後続に1秒以上の大差で優勝。ただ、パリ五輪の参加標準記録(1分44秒70)には届かなかった。男子の“高校生V”は女子以上に価値が高いが、それでも落合は「パリの舞台に行けなかったことが本当に悔しいです」と話していた。

一方、久保は、サッカーのRソシエダード(スペイン)所属で日本代表の久保建英のいとことして話題になったが、実力は本物だ。昨年はインターハイ800mで“1年生V”を果たすと、同種目で高1歴代2位の記録をマーク。今季は自己ベストを続々更新し、今回の日本選手権でも自己新を出した。さらに、約2週間後の記録会で2分00秒45の日本記録を19年ぶりに更新して(1分59秒93)、日本人で初めて2分の壁を突破したのだ。

記録会のレース前に彼女はこう話していた。

「自分は800mという種目が好きなので、世界を体感したいです。日本選手権の優勝は自信になりましたし、次はオリンピックや世界陸上に出場できるよう練習していきたい。今年中に2分2秒を切って、来年は1分台を出したいと思っています」

落合、久保ともペースメーカーがいるレースで最大限のパフォーマンスを発揮できれば、もっとタイムを短縮できるだろう。

まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの2人の未知なるパワーに衝撃を受けた陸上関係者は多かったが、高校生が大きな注目を浴びることで複雑な心境になる人も多い。筆者もそのひとりだ。

なぜなら日本は800mでの“成功例”が非常に少ないからだ。

■日本の800mはレベルが低迷

久保と落合が日本選手権で“高校生V”を達成できたのは、シニア選手のレベルが高くなかったという面も否めない。なぜシニア選手が苦戦しているのか。理由のひとつにシューズの進化があるのかもしれない。

ランニングトラック
写真=iStock.com/VictorHuang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/VictorHuang

男子800mの元日本記録保持者でロンドン五輪の出場経験を持つ横田真人(TWO LAPS代表)がこんなことを話していた。

「厚底スパイクが世界の主流になっても、800mはそんなに記録が伸びていなかった。でも今季は一気に突き抜けた感覚がありますね。それは走りのなかにシューズを落とし込むのに、800mは結構時間かかる種目だったのかなと思います。反対に現在の高校生は、ある程度、速くなったときから厚底スパイクを履いている。僕らみたいに頭のなかを切り替える瞬間がなかったと見ています」

実際に800mの世界リストを調べてみると、女子の1分台は昨年が59人。今年はすでに74人がマークしている。男子の1分45秒切りは昨年48人だったが、今年はすでに63人と急増しているのだ。

2020年頃から主流になりつつあった厚底スパイクは従来のものと比べて、クッション性と反発力がある。そのシューズを海外勢はしっかりと履きこなしたが、日本のシニア選手はそれができなかったようだ。

日本選手権で優勝した落合と久保のタイムは今季の世界リストで129位と68位タイになる。日本では素晴らしいタイムだが、世界基準でいうと決して上位とはいえない。

■シニア選手が伸び悩んでいる現実とその理由

近年の日本勢の800mの伸び悩みはスパイクの進化にうまく対応できなかった面もあるだろうが、純粋に高校卒業後にうまく成長曲線を描けていない部分が大きい。

2020年末時点の高校歴代10傑を調べてみると、高卒後に自己ベストを更新できたのは、男女とも10人中6人しかいないのだ。

女子を見ると、自己ベストを更新できた6人のうち、久保瑠里子の2秒54が最大の短縮だった。他の5人は2秒以上塗り替えることができていない。高校記録保持者だった塩見綾乃(岩谷産業)は今年7月20日の大会で日本歴代5位の2分01秒93で優勝。実に7年ぶりとなる自己ベスト更新だった。

男子は高校記録保持者から日本記録保持者になった小野友誠と川元奨が高校時代の記録を3秒弱更新している。しかし、ふたりとも大学卒業後は記録を伸ばしていない。

日本はインターハイという熱狂的な舞台があることもあり、高校時代のレベルが非常に高い(他国よりも高校時代にハードな練習をしている学校が多い)。そのため、高校時代(特に女子)のような熱量で競技に向かえていない選手が少なくない印象だ。10代で燃え尽きてしまい、伸びしろが消えてしまう。そんな指摘をする関係者もいる。

また女子の場合、800mと相関する400mのレベルが大きく低迷しているのも理由だろう。今季の400mの世界リストでいうと、日本人最高はフロレス・アリエ(日本体育大学)の427位。女子400mハードルの世界記録より3秒近くも遅いのだ。すべてのトラック種目に共通することだが、スピード面でかなり遅れをとっている。

男子の場合は「駅伝」が“弊害”となっている可能性がある。高校時代に800mで好タイムを残しても、大学進学後に注目度の高い「箱根駅伝」にシフトするケースが少なくない。もちろん、目指すのは個人の自由だが、中距離に集中していれば世界を狙えた選手が大学で中途半端に終わってしまう例があるのは残念なことだ。

800mは最初の約100mは決められたレーンを走り、バックストレートからオープンとなる。短距離種目に近いスピードで走りながら、位置取りのバトルもあり、「走る格闘技」ともいわれている。スパートのタイミングなど瞬時の判断が必要で、かなり頭も使う。そのためキャリアがものをいう種目だ。

10代の久保凛と落合晃。800mで稀有な才能を持つタレントをいかに伸ばしていくのか。日本陸上界に課せられた使命は大きい。来年の東京世界陸上、4年後のロス五輪では800mに出場する選手が現れることを期待したい。

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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)

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(スポーツライター 酒井 政人)

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