「誰かを許す」ことは「その人を見下す」と紙一重…ハライチ岩井が「世渡りの上手い人」を演じてわかったこと
プレジデントオンライン / 2024年8月4日 16時15分
■「世渡りの上手い人」になるために大らかな心を持ってみた
僕は人の行いに対して厳しい目で見てしまっているのかもしれない。他人の間違いが気になることの多い上に、こちらが被害を受けていると判断すれば、その場で相手に指摘することも辞さない。
しかし一般的な“世渡りの上手い人”の人物像といえば真逆で、人の間違いを指摘せず適度にスルーして、自分にとってどうでもいい人のために割く時間をいかに少なくするか、という生き方をしている印象だ。
僕も意識をすれば“世渡りの上手い人”になれるのか。そんな興味から、あるテーマを持って生活してみることにした。それは“許す”ということだ。
大らかな心を持って人に厳しくならない。他人と自分は同じ存在ではないので、自分の基準で「おかしい」「どうして」と思わない。
これができるようになれば、もう少し器用に生きられると思い、実践することにした。
■居酒屋で出会った仕事のできない店員
先日、友人2人と居酒屋に行った。テーブル席に通され、メニューを見て飲み物を決めた。そこで店員を呼ぼうと思ったのだが、目についた店員は、他の客の注文を取ったり、料理を運んだりしていて、なかなか声をかける隙がない。
ホールにいるのは見た目が20代半ばの若い男の人で、その店員が1人でこぢんまりとした店の客席を切り回しているのだが、立ち働く中で何度か僕と目が合っても、こちらに注文を取りにくる気配がない。
席に通してからしばらくの間、飲み物の注文すらしていない客がいても、この店員は気にならないのか? そんな疑問が一瞬頭を過ぎったが、大らかな心を持って、人に厳しくならず、許そうと決めたのだ。
自分の基準で考えてはいけない。まだこちら側がちゃんと呼び止めていないじゃないか。それに店員自ら聞きに来ることで、客にプレッシャーを与えてしまうと考えている可能性だってある。
僕は気持ちを鎮め、隙を見計らって店員に声をかけた。
■注文を復唱しない店員に不安を覚えたが…
そこでやっと店員が捕まり注文をすることができたので、この後また店員に声をかけるのも煩わしいと思い、料理も一緒に注文してしまうことにした。
各々飲み物と料理を店員に伝える。ビール、レモンサワー、刺身、もつ煮込み、板わさ……注文の途中で僕はこの店員に少し気になるところがあった。こちらがした注文に対しての返事や復唱がまるでない。「ビール2つと、レモンサワー、あと刺身の盛り合わせと……」とこちらが言っているのをテーブルの横に立ち、無言で持っている端末に入力している。本当に注文が通っているのか不安になる接客である。
普段ならこの時点で「注文取れてますかね? 大丈夫ですか?」とそのまま聞いてしまうところなのだが、ここは大らかに、許そう。
そもそも注文時に商品名を復唱しなければいけないと誰が決めた? 他の店が復唱しているので、それが当たり前になってしまっていただけではないのか? この店員は注文を確認しなくても完璧に通す自信があるのだ。常識が自分にあると思うな、そう自分に言い聞かせながら注文を終えた。
■自分の顔の目の前に料理を通してきた
しばらく経ち、飲み物が運ばれてきたので、飲んで話しながら料理を待っていた。僕らの座っている席は壁側がソファー席、通路側が椅子の席といったよくある4人掛けのテーブル席で、壁側に友達が1人、通路側にもう1人の友達と僕が座っていた。
そして丁度僕と隣の友達との話が盛り上がっていた時のことである。料理を運んできた店員が、無言で僕とその友達の間に皿を通してテーブルに置いたのだ。僕らはいきなり顔の前を皿が横切ったのに驚いて、頭を後ろに引いた。
席は確実にテーブルの横側から皿を置ける作りになっている。通路を通る店員はこのほうが楽なのかもしれないが、話の最中に断りもなく皿が顔の前を通るのは気分の良いものではない。しかし、ここは大らかに、許そう。
僕がホール担当だったらお客さんの間に皿を通すようなことは絶対にしない。それくらいの気は回る。だが彼は僕じゃない。気の回らない、できないホール担当もいる。客をビクつかせても何とも思わない人だっているんだ。そう自分を落ち着かせた。
■テーブルに置いていたスマホに大量のソースが…
その後、飲みながら料理を食べていると、店員が卓にヌッと来て、食べ終わって空いた皿を無言で下げていく。しまいには3分の1程度残っているレモンサワーまで下げようとしたので「あ、まだ飲みますよ」と言って止めた。普段なら目に余る行動である。しかしここは大らかに、許そう。
皿を下げるときに一言声をかける程度のこともできない店員だっている。彼の気持ちはわからないけれど、理解できないことが間違いだとは限らない。
次にその店員が空いた皿を下げようとした時のこと。皿を取り上げた拍子に、皿に残った肉のタレがこぼれ、テーブルに置いてあった僕の携帯電話にかかった。その時僕は、話に夢中で気付いていなかったのだ。
だが、向かいに座っていた友達が「え、タレめっちゃかかったよ」と教えてくれ、見るとかなりの量が携帯電話にかかっていた。そして僕が気付いた時には、店員は無言のまま卓を去ろうとしていたのだ。
流石にこの量のタレをこぼして気付かない訳はない。卓を去ろうとしていた店員が友達に指摘されたことにより、初めて「あぁ、申し訳ありません」と謝罪をしておしぼりを何枚か持ってきた。違和感を抱きそうな行動だが、ここは大らかに、許そう。
■タレを拭いたおしぼりを片付けようともしない
無言で皿を下げて、タレを携帯にかけてしまっても、客が気付いていなければ知らないふりをして去るなんて行動は普通はできない。しかし、そんな小ずるい生き方の人もいるのだ。謝るよりこの場から逃げて、あわよくば責任の所在が有耶無耶になればいいと思ってしまう、そんな考えを持ったしょうもない人もいるのだ。
ところが僕がおしぼりで携帯を拭いていると、他の席から「すいませーん!」と店員を呼ぶ客の声が聞こえてきて、こともあろうにその店員はふらっと呼ばれた卓に行ってしまったのだ。もちろんこちらの認識ではまだ謝罪の真っ只中である。他の席からの声に「しめた!」と言わんばかりに「失礼します」の一言も無く、この場から立ち去ってしまったのだ。だが僕は怒らない。ここは大らかに、許そう。
謝罪もしっかり終わらせず、他の客に呼ばれたのをいいことにその場から離れる。そんな馬鹿もいる。世の中みんなが誠実な訳じゃない。謝罪相手の目の前からあからさまに逃げるような、愚かな人生を送ってきた人だっているんだ。
僕はそのまま携帯電話を拭き続けた。そして拭き終わったおしぼりを机の端に積んでおいた。そのおしぼりをいつまで経っても店員は片付けない。タレをかけられたほうは、このおしぼりの山を見ているだけで嫌な思いをすることもあるだろう。皿はすぐに下げるのに、このおしぼりは待てど暮らせど片付けない。だがそこは大らかに、許そう。
■店を出た途端「ふぅ~」と息が漏れた
ここまできても客の気持ちを考えられない、そんな糞人間だっている。僕が店長だったらこんな店員は即座にクビにしている。でも店長は僕じゃない。自分の考えを押し付けてはいけない。
怒らずに、もうある程度お腹は満たしたので店を出ようと、伝票を持ってレジに向かった。するとホールの店員がレジに回ってきて会計を始めた。そして会計が終わって店を出るまで謝罪は一切無かったのだ。
その上、一度謝ったことでもう清算されたかのように、レシートと共にマニュアル通りに次回使えるサービス券を渡してきたのである。何をもってサービスなんだ。そんなことを言いたくなるところだが、ここは大らかに、許そう。
どういう神経でサービス券を渡しているのかは僕にはわからない。でも彼は僕じゃない。これで次も来てもらえると思っている、そんな察しの悪いゲス野郎だっているんだ。人に迷惑をかけてもしっかり謝罪できない、そんな奴はロクな育ちをしてきていないだけなんだ。
僕はレシートとサービス券を受け取り、店を出た。出たところで、ふぅ~、と息を吐く。よかったよかった。怒らず、被害を受けても大らかにいられた。僕はその日、人に対して一度も間違いを指摘せずに過ごすことができたのだった。
■「許す」と「見下す」は紙一重
“許す”というテーマを持って生活してみた。それでわかったことがある。“許す”と“見下す”は紙一重だ。人が間違っていても、その人を見下すことで「怒ってもしょうがない」と思える場合がある。
他人に怒らない人ほど、他人に期待していないのかもしれない。そして、それは自分には合っていない。なので、考えを改めることにした。
僕は今後、人を対等に見て、公平な基準に従って、おかしなことがあったら、ちゃんとキレよう。そう心に決めたのだった。
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お笑い芸人
1986年埼玉県生まれ。幼稚園からの幼馴染だった澤部佑と「ハライチ」を結成、2006年にデビュー。すぐに注目を浴びる。ボケ担当でネタも作っている。アニメと猫が大好き。特技はピアノ。ベストセラーになったエッセイ集『僕の人生には事件が起きない』、『どうやら僕の日常生活はまちがっている』に続き、『この平坦な道を僕はまっすぐ歩けない』は3冊目の著書になる。
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(お笑い芸人 岩井 勇気)
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