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「人参を持った金ピカのウサギ」が100億円で落札…悪趣味な彫刻に札束が飛び交う「現代アート」の異様さ

プレジデントオンライン / 2024年8月4日 16時15分

ジャン=ミシェル・バスキア(左から2人目)(写真=Galerie Bruno Bischofberger/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

現代アーティストのジェフ・クーンズ氏が制作した彫刻『ラビット』は、2019年に約9110万ドル(当時約100億円)で落札され、現存作家としては史上最高額の美術作品として知られている。美術家のナカムラクニオさんは「クーンズはコピーや模倣を武器にし、炎上を繰り返して有名になった。これが偉大な芸術作品といえるのか、鑑賞する側も難問を突きつけられている」という――。

※本稿は、ナカムラクニオ『美術館に行く前3時間で学べる 一気読み西洋美術史』(日経BP)の一部を再編集したものです。

■ストリートから誕生した「2人のスター」

1980年代はストリートからスターが誕生しました。代表するのがジャン=ミシェル・バスキアとキース・ヘリングでしょう。今生きていてもおかしくない若さで亡くなりました。

バスキアはニューヨーク・ブルックリン生まれ。美術好きの母に連れられて、子どもの頃からMOMAやメトロポリタン美術館に足を運んでいたそうです。バスキアは7歳の時交通事故に遭い、脾臓(ひぞう)を摘出する大手術を受けて1カ月間入院。母が差し入れたのが、解剖学者ヘンリー・グレイの医学生向けの「解剖学」という教科書だったそうです。

両親が離婚し、同居する父と折り合わなくなり、15歳から家出がちに。16歳の頃、同じ高校に通う友人と架空のキャラクター「セイモ(Samo©)」を作り出し、マンハッタンのあちこちにスプレーでグラフィティを描いて、そのサインをして回りました。哲学的な詩のメッセージなどを書き込んだ言葉のグラフィティが話題になりました。ちょうど音楽でいえばラップみたいな感じかもしれません。

■「落書き」のような作品に隠された記号

やがてアーティストとして知名度も上がります。この頃に偶然出会ったアンディ・ウォーホルにポストカードを売りつけたこともあったとか。バスキアは富と名声に強い憧れを持つようになりました。

バスキアの作品を見ると、図鑑のように絵と言葉で表現する「解剖学的な描き方」が重要なスタイルです。美術界の巨匠の絵画が解剖され、標本のように並べられています。プレゼントされたレオナルド・ダ・ヴィンチの作品集から影響を受けたり、黒人ミュージシャンのチャーリー・パーカーも大好きで、その要素も溶け込んでいます。言葉が並列に配置され、コラージュされた記憶が激しい線と原色で塗り固められているのです。アインシュタインの相対性理論の公式が描き込まれている作品もあります。落書きに見えるけれど、その中に隠されている記号を読み解いたり、発掘したりするのが楽しいのです。

25歳でニューヨークの有力な画廊と契約して安定した成功を手に入れたと思った矢先、その人気の重さに堪えかね、薬物の過剰摂取で27歳で天国へと旅立ってしまいました。

■「誰でも楽しめるものにしたい」という信念

キースの活躍の舞台となったのは地下鉄構内の使われていない広告版。落書きは違法なので、2、3分で描いては電車に飛び乗るという「サブウェイ・ドローイング」です。「誰にでも楽しめるアートを届けたい」というキースの気持ちにあった表現スタイルでした。それまでも地下鉄はグラフィティの発信地でしたが、キースの作品にはキャッチーでシンプルなキャラクター性がありました。そして、逮捕される度に有名になるというスリリングさも相まって話題になったのです。

あっという間に人気は高まり、サブウェイ・ドローイングを始めた翌年には初個展を開催します。そして、1982年現代アートでは重要なドイツの国際展「ドクメンタ」に、翌年はイタリアのべネチア・ビエンナーレに参加します。アート界での評価が高まると同時に、音楽界やファッション界からのデザインのオファーも絶え間なく来るようになり、世界的ミュージシャンであるマドンナやデビッド・ボウイのジャケットデザインなども手掛けています。

キースは、世界各地で壁画を描いたり、子どもと一緒にワークショップをしたり、デザインしたグッズを販売したりしました。「アートを誰でも楽しめるものにしたい」という信念に基づいていた結果ではないでしょうか。次第に社会的なメッセージも多くなりました。そして31歳の時、エイズで亡くなったのです。

Point
ストリート・アートは「みんなのためのアート」の表現となった。
キース・ヘリング
キース・ヘリング(写真=ハーグ国立文書館所蔵/Rob Bogaerts (Anefo)/CC-Zero/Wikimedia Commons)

■オークション中に破壊された世界初の作品

もはや知らない人は、いないのでは? と思う現代のストリート・アーティストがイギリスを拠点に活動するバンクシーです。正体は明かされていませんが、世界中の都市の壁をキャンバスにして、神出鬼没の作品を発表しているヒーロー的存在となっています。

作風は、ステンシルと呼ばれる型紙を用いたグラフィティ。2018年、代表作『風船と少女』が、サザビーズのオークションで約1億5000万円で落札された瞬間、額の仕掛けによって、シュレッダーがかけられ細かく切断されたこともありました。これはもとは、イスラエルとパレスチナを分離する壁に描いた風船少女シリーズの一部でしたが、オークション中に破壊された世界初の作品となりました。

他にもディズニーランドをパロディー化した悪夢のテーマパーク『ディズマランド』、パレスチナの分離された壁しか見えないことを皮肉って作られた『世界一眺めの悪いホテル』を手掛けるなど、常にアート業界の話題をさらっています。

最近では、新型コロナウイルスの現場で闘う医療従事者を、おもちゃの看護師で遊ぶ少年の姿として描いた作品『ゲームチェンジャー』を発表。さらにこの話題作をサウサンプトン総合病院に寄贈し、そのオークション落札額が1670万ポンド(当時約25億円)となりました。落札したお金は、イギリスのNHS(国民保健サービス)へ寄付され、大きなニュースとなったのです。これらは作品を媒介にして観客が参加する一種のメディアアートだともいえるでしょう。

■「アートで大衆をつなぐ」という新しさ

バンクシーのアートは、実は、先史時代の壁画とも似ています。壁にスプレーで顔料を吹き付けて描くという手法までも古代壁画と同じなのです。しかし、それ以上に大勢に何かを伝えたい、みんなの思いを一つにして祈りたい。そんな気持ちが同じなのです。

覆面アーティストであるバンクシーは、消費することに一喜一憂する物質的な欲求や、戦争に関する問題といったことをテーマにして、社会に問い直しているように感じます。これは、いつも皮肉屋でブラックジョークがお好きなイギリス人らしい表現でもあります。さらに資本主義や社会的格差などを痛烈に風刺しているバンクシー自身も消費される存在となっていることが、最も皮肉なことだと思います。

キース・ヘリングはストリート・アートから出発し、次第に自分のアートを追求するようになりました。アートを通じて人々を巻き込む可能性を感じていたと思います。キースはアートによるビジネスで稼いだお金を社会活動の支援を行うスタイルをつくりました。「アートで大衆をつなぐ」という点にバンクシーやキースの新しさがあります。それは先史時代の祖先たちが始めた「何らかの表現で社会をつなぐ」という行為と限りなく近い気がします。

Point
先史時代のアートとストリート・アートは「何らかの表現で社会をつなぐ」行為で通じている。

■「金ピカうさぎ」が100億円で落札され話題に

ポップカルチャーのアイコンを作品に取り入れた、ちょっと悪趣味なステンレス彫刻で知られているジェフ・クーンズ。2019年に金ピカうさぎの『ラビット』が現存作家の最高額、約9110万ドル(当時約100億円)で落札され、「低俗で安っぽいうさぎがなぜ100億円なのか」と話題になりました。もはやアートなのか、ゲームなのか分からない、最新の炎上系アートとして面白がられているのだと思います。

ナカムラクニオ『美術館に行く前3時間で学べる 一気読み西洋美術史』(日経BP)
ナカムラクニオ『美術館に行く前3時間で学べる 一気読み西洋美術史』(日経BP)

アトリエに多くのスタッフを雇い、巨大工場を運営するように制作しているところも、現代的です。しかし、ルネサンス時代のラファエロ・サンティやバロック期のピーテル・パウル・ルーベンスなどヨーロッパの巨匠たちも、大規模な工房を構え、大量の受注をこなしていました。美術史的な観点から見ると、クーンズの生産スタイルも古典的であるともいえます。

クーンズは、1980年代に流行したシミュレーショニズムのアーティストです。コピーや模倣というスタイルを武器に使い、アメリカの繁栄をシニカルに表現しているともいえるでしょう。

初期の代表作は、水槽の中に3つのバスケットボールを浮かべただけの作品、チンパンジーのバブルスを抱いているマイケル・ジャクソンの金ピカ彫刻、大量生産された新型の掃除機をアクリルケースの中に並べただけの作品などが知られています。ポルノ女優で妻だったチチョリーナと一緒に『メイド・イン・ヘブン』という巨大看板のような作品を制作したこともありました。そして、バルーンアートのうさぎを鏡面仕上げのピカピカなうさぎに変身させた『ラビット』で一躍、誰もが知るスターとなったのです。

ジェフ・クーンズ氏の『ラビット』
写真=AFP/時事通信フォト
ジェフ・クーンズ氏の『ラビット』。現存作家の最高額、約9110万ドル(当時約100億円)で落札された - 写真=AFP/時事通信フォト

■アーティストも鑑賞者も「難問」を突きつけられている

日常的なありふれたものを複製したり、再構成したりすることで「芸術の唯一性(アウラ)」を否定しているのです。これは、既製品を表現の素材とする手法「レディ・メイド」と呼ばれ、マルセル・デュシャンの代表作『泉』やアンディ・ウォーホルの『キャンベルスープ缶』の直系の子孫ともいえる立ち位置です。芸術を大衆化するという考え方は、みな同じです。

しかし、作品が高額だからといって、偉大な芸術作品というわけでもありません。現実の虚構性を浮かび上がらせているようにも見えます。著作権侵害訴訟が世界中で繰り返され、炎上する度に有名になり、価格がつり上がっていくという奇妙な構造も、ジェフ・クーンズらしい表現です。

物質社会を風刺するパロディーなのか、ゴシップ様式のアートなのか、それとも崇高な現代美術なのか。アーティストも鑑賞者も社会の常識やルール、スノビズム(俗物主義)とどう向き合っていくべきなのか、という難問を突きつけられているのです。

Point
作品が高額だから偉大な芸術作品とはいえない。スノビズムとどう付き合うかが問われている。

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ナカムラ クニオ(なかむら・くにお)
アートディレクター
1971年東京都生まれ。東京・荻窪「6次元」主宰。日比谷高校在学中から絵画の発表をはじめ、17歳で初個展。現代美術の作家として山形ビエンナーレ等に参加。金継ぎ作家としても活動している。著書に『モチーフで読み解く美術史入門』『描いてわかる西洋絵画の教科書』(いずれも玄光社)、『洋画家の美術史』(光文社新書)、『こじらせ美術館』(ホーム社)などがある。

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(アートディレクター ナカムラ クニオ)

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