不動産価格の高いエリアに住むのは教育投資である…大学教授が示す"住まい"と"子の学力"の無視できない関係
プレジデントオンライン / 2024年8月8日 7時15分
■学力には遺伝の影響がある
お金がなくても幸せに暮らしている人はたくさんいるが、人生を生きていくのにお金がないほうが良い、ということはなく、お金があったほうが豊かな生活を送ることができる可能性が高い。
そして、労働政策研究・研修機構が発表している「ユースフル労働統計2023 労働統計加工指標集」で学歴別の生涯賃金の推計を見ると、男性の場合、大卒は3億2000万円、高卒は2億6000万円でありその差は6000万円、女性の場合は大卒が2億5400万円、高卒が1億8900万円でその差は6500万円になる。
つまり、経済的に豊かな人生を送るためには、大学に行けるなら行った方がいい、ということになるが、大学に行くには一定の学力と経済力が必要になる。
そして学力には遺伝の影響がある。長年、行動遺伝学の研究を続けてきた慶應義塾大学名誉教授の安藤寿康の著書『遺伝マインド』には、タークハイマーによる行動遺伝学の三原則が記載されている。それは、①遺伝の影響はあらゆる側面に見られる。②共有環境の影響はまったくないか、あっても相対的に小さい場合が多い。③非共有環境の影響が大きい。というものだ。共有環境とは家庭の子育て環境のことであり、非共有環境とは、家庭外の子どもの置かれた環境のことで、簡単にいえば、どんなお友達に囲まれているか、ということだ。
世界的な優生学による命の選別に対する批判から、こうした遺伝に関する話はタブーだったが、近年では、野球選手の子どもの運動神経が良いのと同じように、学力にも遺伝の影響があることが社会の認識として広まりつつある。
■「どんな友達に囲まれているか」が学業成績に影響する
安藤氏の著書『遺伝マインド』には、遺伝的には全く同じ形質を持つ一卵性双生児を比較することで遺伝の影響を計測した行動遺伝学による研究成果が記載されている。
さまざまな心理的・行動的形質に対する遺伝と共有環境、非共有環境の影響は異なるが、例えば以下のようになっている。
![【図表1】心理的・行動的形質に対する遺伝・共有環境・非共有環境の影響](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/7/1200wm/img_87baafd175596af73c58cc0c927cb79a291000.jpg)
言語性知能とは、日本語のような母語の能力であり、家庭の子育て環境の影響が非常に大きい。子どもに読み聞かせをすることや、子どもと一緒に本を読む習慣を付けることは、子どもの言語的能力を確かに上げるのだろう。
しかし、学業成績では、家庭の子育て環境の影響は17%と小さく、遺伝が55%、子どもがどんな友達に囲まれているかという非共有環境の影響が29%と大きくなる。
一方、スポーツは85%、数学は87%、音楽に至っては92%が遺伝の影響となり、家庭環境の影響はゼロという結果が示されている。
■世帯収入や父母の学歴が子どもに与える影響
一方で、お茶の水大学の「平成25年度全国学力・学習状況調査(きめ細かい調査)の結果を活用した学力に影響を与える要因分析に関する調査研究」では、以下のような結果が示されている。
・学校外教育費支出が多い家庭ほど子どもの学力も高い。
・保護者の関与や意識は、児童生徒の学力と相関が大きい。
この研究では、学力は遺伝ではなく、親の経済力の影響のほうが大きいような印象を受けるが、親の年収が高いのは、親の学歴が高い(=学力が高い)ことが要因であり、親の学力の高さが、収入の高さと子どもの学力の高さにつながっている、という疑似相関である可能性がある。
実際、この研究では「学習時間のみで、家庭背景の不利を克服(逆転)することは難しい」とも指摘されている。
![リビングでリラックスする家族](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/6/1200wm/img_a6fc4e57aa01861b68677cf105d6757a355747.jpg)
■子どもの「お友達環境」は住む場所で決まる
子どもの学力に大きな影響のある子どものお友達関係はどのようにして決まるのだろうか。
一人一人の子どもにはキャラクターがあり、子ども集団のなかでの役割は異なるが、「盗んだバイクで走り出す」友達に囲まれているよりは、「サピックスの上位クラスを目指している」友達に囲まれているほうが学力という面で有利なことは誰にでも想像がつくはずだ。
そのような状況には地域差がある。シンプルにその構造を言えば、お友達環境は住む場所で決まる、ということなのだ。
例えば、大学進学率には都道府県でも大きな差がある。文部科学省の「学校基本調査」の令和5(2023)年度の結果を見ると、大学進学率が高いのは、京都府の67.2%、兵庫県の65.6%、広島県の62.0%などで、大学進学率が低いのは沖縄県の44.1%、鹿児島県の45.0%、宮崎県の45.4%などとなっている。
市区町村別ではもっと大きな差があり、例えば東京都の「学校基本統計」の令和5(2023)年度結果を見ると、大学進学率が高いのは、国分寺市の91.2%、清瀬市の88.5%、調布市の88.3%などで、詳しく見ていくと大学進学率が50%に届かない市区町もある。
詳細には触れないが東京都などでは、もっと細かい小学校学区単位で見ても中学受験率に大きな差がある。
■地価と大学進学率には一定の相関がある
不動産の価格も、詳細には触れないが都道府県、市区町村、町丁目で大きく違う。そして、地価と大学進学率には一定の相関がある。
令和5年の東京都の市区町村別の住宅地公示地価の対数と大学進学率の相関係数は0.44と一定の相関があることを示唆しており、もっと細かく見ていけば、不動産価格の高い地域の教育環境が整っていることに異論は少ないだろう。
だとすれば、実は不動産価格の高い地域に住むのは、親である自分自身が気に入った場所に住むという意味があるのと同時に、子どもの学力に大きな影響を及ぼすお友達環境を整える、ということにもつながる。
![大学の授業](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/3/1200wm/img_b3c7a8c4884e8e57af4e62cd38129513346110.jpg)
■不動産価格の高い場所に住むのは「教育投資」でもある
一般的には、不動産価格の高い場所は、価格下落リスクが低く、投資としても有利だと言われるが、実は子どもに対する教育投資という側面がある、ということでもある。
しかも、都心のマンション価格が高騰しているように、将来的には含み益が出るとするなら、教育投資としては、大学の学費以上に有利な投資になる可能性がある、ということにもなる。
そうしたことを考えれば、不動産のポータルサイトなどに掲載される、家賃が安い割に都心に近いような「コスパの良い街」はある一面を表しているに過ぎず、不動産価格の高い街のほうが、子どもの教育という面ではコスパが良い可能性があるということになる。
とはいえ、子どもに中学受験をさせたい、できるだけ偏差値の高い大学に行かせたい、という親の気持ちが、そのまま実現するとは限らず、学校や地域で子どもがなじめないこともある。
そのときは、親が環境に固執するのではなく、田舎に引っ越したり、子どもだけを地方の寮のある学校に入れたりして、子どもの環境を大きく変えることで、状況が改善することがある。
どんなに親がよかれと思って住む場所を選び、環境を整えたとしても、その環境に子どもがなじめなければ意味がないのだ。
■「変化の激しい時代になった」のは本当か
最近は、未来が予測できない、変化の激しい時代になったとよく言われるようになった。
たしかに、1988年に商用化がはじまり1990年代後半から一気に普及して世界を変えたインターネットや、2000年代に入ってから新興国にも一気に普及した携帯電話ネットワーク、2007年に発売されたiPhoneに始まるスマホが現在では年間10億台以上出荷されていることなど、誰が予測できただろう。
一方で、世界を巻き込むような戦争は1945年以来80年近く起きておらず、1929年に始まった世界恐慌のような世の中が失業者で溢(あふ)れるような混乱も起きていない。
医療環境を考えても、「世界子ども白書2023」によれば2021年の世界の新生児死亡率は1000人あたり世界平均で18だが、日本では1だ。
平均寿命も日本では1955年に男性で63.6歳、女性で67.75歳だったものが、2023年時点では男性が81.05歳、女性が87.09歳となっている。
厚生労働省が毎年発表している「簡易生命表」の令和4(2022)年版を見ると、男性では64歳までは死亡率が1%を下回り、死亡率が10%を超えるのは、87歳以降だ。
![公園でジョギングをする老夫婦](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/9/1200wm/img_d965bc93d4ded3bf27722a2e2509a618342538.jpg)
■今ほど予測可能性が高い時代はない
保険制度が整備されたことで、突然の病気や事故などで生活が破綻するようなことも少なくなって、失業や病気で収入が減っても一定の社会保障制度が機能するようにもなっている。
日本ではGAFAは生まれなかったが製造業は生き残り、アメリカのような中間層の崩壊も、絶望死のような社会問題も起きていない。
また、AIの発展によりさまざまな事象が予測可能になり、特定のコンビニのお弁当の売り上げからアメリカ大統領選挙の結果まで、かなりの精度で予測できるようになっている。
これらは、実は今ほど予測可能性が高い時代はないことを示唆している。
生まれれば、若くして死ぬ可能性は低く、生きている間に社会が大混乱する可能性も低く、大学に行った場合の生涯年収の予測も大きくはずれない。
世界や日本の将来を予測することは難しく、来年の選挙の結果の予想も当たらないが、来年の自分の生活はかなり正確に予測できる。その予測とは、来年の今日は、だいたい今日と同じ、だ。個々人にとっての未来は、おおむね今日の延長にある。
そして、日本では、まだまだ新卒一括採用と年功序列と終身雇用は根強く生き残っていて、失業率も低く、不動産価格についても1990年頃にバブル崩壊が一度だけあったが、その後は持ち直している。
だとすれば、自分の子どもに、オオタニやビヨンセのような才能があると思って、その才能に賭ける自信があるのでなければ、住む場所を慎重に考えることを含めて、子どもの学力を高める努力をすることは、子どもの将来の選択肢と成功確率を高めるだろう。
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麗澤大学工学部教授
博士(社会工学・筑波大学)・ITストラテジスト。1965年北九州市生まれ。九州工業大学機械工学科卒業後、リクルート入社。通信事業のエンジニア・マネジャ、ISIZE住宅情報・FoRent.jp編集長等を経て、リクルートフォレントインシュアを設立し代表取締役社長に就任。リクルート住まい研究所長、大東建託賃貸未来研究所長・AI-DXラボ所長を経て、23年4月より麗澤大学教授、AI・ビジネス研究センター長。専門分野は都市計画・組織マネジメント・システム開発。
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(麗澤大学工学部教授 宗 健)
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