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「大井川の水」の次は「南アルプスの土」…川勝知事が辞めても「リニア着工」を先送りする"静岡県の論法"

プレジデントオンライン / 2024年8月1日 8時15分

知事との意見交換会に出席した大井川流域の10市町長(田村町長は右から3番目) - 筆者撮影

静岡県内のリニア計画について、今度はトンネル工事で出る盛り土の処理問題が新たに浮上した。ジャーナリストの小林一哉さんは「JRの当初の残土処理計画が、川勝知事時代に制定された県の条例に抵触している。JRは適用除外を認めるよう県に要請しているが、県は今のところ認める予定はない」という――。

■トンネル工事で発生する「要対策土」処理問題が浮上

リニア南アルプストンネル工事の静岡工区を巡り、静岡県の鈴木康友知事と大井川流域の県内10市町の首長による意見交換会が7月23日、静岡県庁で開かれた。

意見交換の場は非公開だったが、会議のあと吉田町の田村典彦町長から、トンネル工事で発生する、環境への影響が懸念される重金属を含む「要対策土」について言及があった。

「要対策土」とは、ヒ素、セレンなど自然由来の重金属が含まれ、汚染対策が必要とされる通常土ではない発生土を指す。

田村町長は「二重シートで対策を行うと聞いているが、それだけで有効かわからない。想定外のことが起きる。すべて処理施設へ持っていくべきだ」などと述べた。

■JR「万全の対策で盛り土をする」

JR東海は、リニア南アルプストンネル静岡工区工事で発生する土砂を約370万立方メートルと見込んでいる。

そのうち、全体の97%、約360万立方メートルの通常の発生土を処理するために、リニアトンネル工事現場近くの大井川左岸に面した燕沢(つばくろさわ)上流付近に大規模な「ツバクロ残土置き場」を建設する計画を立てている。

JR東海は、リニアトンネル工事現場から7~8キロほど下流に、約10万立方メートルを処理する「藤島残土置き場」を設置し、要対策土を永久に盛り土する計画を立てている。

鈴木知事が7月10日に藤島残土置き場を視察した際、JR東海は「二重遮水シートによる封じ込め対策を行い、重金属等が(土壌中に)漏れ出ないようにする。降雨等により、対策土へ含まれた水分は、排水設備を設け、集水設備で水質を調査した上で、排水路から大井川へ放流するなどの対策を取る」などと説明している。

藤島残土置き場計画地を視察した鈴木知事ら
静岡県提供
藤島残土置き場計画地を視察した鈴木知事ら - 静岡県提供

■川勝知事時代の「盛り土条例」に抵触

ところが、このJR東海の盛り土計画が、川勝平太前知事時代の2021年7月に発生し、28人の死者を出した熱海市の大規模な土石流災害を機に制定された「静岡県盛り土条例」(2022年7月1日施行)に抵触するのだ。

条例は、重金属など要対策土の盛り土を原則禁止している。

このため、静岡県は、現在の藤島残土置き場は、条例に適合しないために計画を見直すよう求めている。

ただし、生活環境の保全上の支障を防止するために知事が認める措置を講じた上で行う盛り土は「適用除外」とされる。

JR東海は藤島残土置き場を「適用除外」とするよう、鈴木知事の判断に期待している。

川勝前知事の時代には「適用除外」はありえなかった。

田村町長は、「スピード感を持ったリニア問題の解決を目指す」鈴木知事に対して、適用除外を認めないよう釘を刺したと見られる。

肝心の残土置き場が決まらなければ、リニアトンネル工事には入れないのだ。

JR東海は、計画見直しを求められる要対策土置き場を最重要課題として、早急に何らかの手を打たなければならない。

■川勝前知事は「適用除外にならない」とバッサリ

静岡県は、ことし2月5日に発表した「今後、JR東海と対話を要する28項目」に、「藤島残土置き場」計画を盛り込んだ。

そこには「現在のJR東海の計画は条例上、認められない」とひと言あるだけである。そのひと言だけで、簡単にはいかないことがわかる。

もともとJR東海は2017年、環境影響評価手続きの中で議論を行い、土地の所有者や地元住民、静岡市の意見などに配慮した上で、藤島残土置き場計画を決めている。

川勝知事は「藤島残土置き場について、計画時にこのような厳しい条例は制定されていなかった。2022年に新たに制定された条例に書かれている通り、要対策土の盛り土は認められない。適用除外にならないこともはっきりしている」と何度も繰り返した。

森貴志副知事も2023年2月14日の国の有識者会議で、「藤島残土置き場は工事現場から離れているので適用除外の要件を満たさず、適用除外とはならない。藤島残土置き場計画を認められない」と頭から否定した。

■県は「門前払い」から態度を軟化したが…

藤島残土置き場については、いまのところ、県の専門部会で議論すら行われていない。それでも、JR東海は藤島残土置き場計画で県の理解を得ようとしてきた。

6月12日に島田市で開かれた国のリニア静岡工区のモニタリング会議で配布された資料の中に、藤島残土置き場について、JR東海と県の協議の進捗を示すものがあった。

国のリニア静岡工区モニタリング会議
筆者撮影
国のリニア静岡工区モニタリング会議 - 筆者撮影

川勝知事が辞職したあと、JR東海は4月24日、26日、5月21日の3回にわたって、藤島残土置き場について県と協議したようだ。

4月24日に要対策土の盛り土に関する確認書の記載方法や添付書類について県が説明、26日にはJR東海が提示した確認書案について、県が内容を確認することになった。

5月21日の打ち合わせで、県から「盛り土の永久管理に関する不明な点を説明するよう話があった」とある。

これまで適用除外の要件を満たさなかった藤島残土置き場について、適用除外とすることを踏まえて、県がJR東海を指導していることが明らかになった。

これについて、県担当課は「個別事案について説明できない」としているが、JR東海の求めには対応している。

これまでの「藤島残土置き場計画を認められない」と門前払いしていた川勝前知事時代の状況とは大きく違うのかもしれない。

しかし、モニタリング会議後の囲み取材で、森副知事は「現在の計画を認めるわけではない」とした。

■他の公共工事は「適用除外」が認められているのに…

県は、要対策土について南アルプスから搬出するようJR東海に要請している。

ただし、いちばん近くの処理場まで100キロ程度離れていることもあり、発生土を運搬するのは経済的にもトラックの往来による環境影響などの点からも合理的ではない。

JR東海は遮水型の二重シートを活用して要対策土対策を取る計画だ。

近くには井戸水等の利水状況がないこと、河川からの高さ(約20メートル)が十分あり、増水による影響が極めて小さく、排水管理が十分実施できる計画であるなど万全の封じ込め対策を取るとして、県に適用除外となるよう理解を求めている。

JR東海は「いろいろな公共工事の中で、トンネル工事を行い、道路事業などでは適用除外が認められている。リニア工事も他の公共工事同様に適用除外を認めてもらいたい」などと要請している。

それでは、なぜ、県は適用除外として認めないのか? 本当に盛り土条例の適用除外の要件を満たしていないのか?

■工事場所と残土置き場の距離が遠すぎる

静岡県生活環境課によると、適用除外となるものとして、

① 産業廃棄物処理場の許可を受けた最終処分場で行う盛り土等
② 土壌汚染対策法の許可を受けた汚染土壌処理施設で行う盛り土等
③ 生活環境の保全上の支障を防止するための措置として知事が適当と認めるものを講じた上で行う盛り土等

――が該当するとしている。

このうち、JR東海は、③の「生活環境の保全上の支障を防止するための措置」を万全に講じていると主張している。知事が適当と認める措置であり、適用除外としてほしいと要請している。

ところが、県はリニアトンネル工事については、別の理由で「適用除外」に当たらないとしている。

それは、リニア工事が「同一事業区域内ではない」からだ。

これはどういうことか?

他のリニア沿線の工事でも、要対策土の問題は発生している。

長野県の場合、JR東海は当初、産廃処理場の最終処分場に搬送する予定だったが、JR東海の敷地内で要対策土を利用する方針を追加している。

この場合、リニアの線路や駅舎など、全国新幹線鉄道整備法(全幹法)における同一事業区域内で利用するため、盛り土をすることに何ら問題ない。

将来にわたって、JR東海が管理、保全していくことができるからである。

■「地域振興策」のトンネル工事は適用除外

ところが静岡県の場合は事情が異なる。

リニアトンネル工事現場から7~8キロ離れた藤島はJR東海が地権者から借りて、残土置き場専用とする。つまり、将来にわたって盛り土されるだけである。

全幹法によるリニア鉄道の同一事業区域内ではなく、リニア鉄道とは遠く離れているから、JR東海は管理、保全できないという解釈だ。

一方で、同じ県内でも、JR東海が掘削工事に入る県道南アルプス公園線トンネルの要対策土については、県は近く道路法による同一事業区域内の盛り土として認める方針である。

トンネル掘削の準備工事が進む静岡市の県道南アルプス公園線
筆者撮影
トンネル掘削の準備工事が進む静岡市の県道南アルプス公園線 - 筆者撮影

このトンネルは、静岡市にある東俣林道をJR東海がリニア工事のための専用道路として改良、使用する見返りに、JR東海が静岡市への地域振興策として140億円を全額負担して建設するものだ。

県道南アルプス公園線の「140億円トンネル建設」の残土32万立方メートルのうち、3カ所で計26万立方メートルの置き場が確保されたことから、近く、JR東海は掘削工事に入る。

自然由来の重金属が含まれる要対策土は3カ所のうち、2カ所に盛り土される計画である。

当然、適用除外となる「生活環境の保全上の支障を防止するための措置として知事が適当と認めるものを講じた上で行う」としている。

■「条例の壁」を崩すのは難しい

今回の場合、「道路法の同一事業区域」は新設トンネルを中心に県道約60キロの区間としている。県道付近に残土置き場を想定しているから、条例上は全く問題ないというわけだ。将来にわたって、県道として管理、保全できるからだ。

全幹法の同一事業区域内ではない藤島残土置き場は適用除外として認められない。

JR東海が藤島残土置き場の安全性をどんなに主張しても、条例という壁を突き崩すことはなかなか難しい。

田村町長が流域市町長の意見交換会で釘を刺したから、おいそれと鈴木知事も柔軟な対応はできないだろう。

熱海土石流災害を機に制定された厳しい条例は、リニア妨害を意図した川勝知事の残した“最悪の遺産”の1つとなってしまった。

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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。

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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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