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橋下徹「左派・右派が互いに理想論を戦わせるだけでは埼玉のクルド人問題は解決しない」

プレジデントオンライン / 2024年8月2日 9時15分

1969年生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。最近の著作に『政権変容論』(講談社)、『情報強者のイロハ』(徳間書店)などがある。 - 撮影=的野弘路

元大阪市長・大阪府知事で弁護士の橋下徹さんであれば、ビジネスパーソンの「お悩み」にどう応えるか。連載「橋下徹のビジネスリーダー問題解決ゼミナール」。今回のお題は「待ったなしの移民問題」です──。

※本稿は、雑誌「プレジデント」(2024年8月16日号)の掲載記事を再編集したものです。

■Question

原則論で思考停止せず、解決に向かうには?

本格的な人口減少社会に入り、「移民」をどう扱うかが問われています。このほど出入国管理及び難民認定法(入管法)が改正されましたが、政治家は左派なら「外国人とも共生すべき」、右派なら「移民は認められない」という原則論を押し出すばかり。こうしたイデオロギー論争に振り回されず、長期的な視野で問題解決に向かうにはどういう考え方が必要でしょうか。

■Answer

形而上の理念だけではなく形而下の現実にも目を向けよ

つい先日、子供たちと「形而上」「形而下」の議論で盛り上がりました。英国に住む小学生の姪が、「平和」について学校で学んでいる様子をLINEのやり取りで知った長女が「面白いよ」と教えてくれたのが議論の始まりです。姪の学校の授業では、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教それぞれの教義を学びつつ、平和とは何かを議論しているのだそうです。それ自体はとても素晴らしく、人名や年号をひたすら暗記させるだけの日本の教育にはないものだと感心しました。

ただ、こうした学びはどうしても形而上の議論だけに偏ってしまう危険もあるんじゃないか、と僕は指摘しました。「平和」や「信教の自由」「人権」といった理念を並べて議論するだけでは、やはり現実と乖離してしまうおそれがある。形而上的な議論が行き着いた先に、独善的な価値観から殺人に到ったオウム真理教のような悪い先例も世界にはたくさんあるのです。

戦争と平和について語るなら、徴兵された戦場で傷を負ってのたうちまわるような現実にも目を向けなければなりません。平和をもたらすには形而上的な理想も必要だけれど、形而下的な現実も押さえておく必要があるんじゃないか――と、形而上の議論に夢中になっている子供たちに僕はあえて問いかけたのです。

ちなみにわが家の息子が「形而上・形而下とは?」と質問していたので、簡単に説明します。「形而上」とは理想や信念、概念や哲学など目には見えない観念的なもののこと。対する「形而下」とは、目に見える物質的なもののことです。

さて、ここで冒頭の問いに戻りましょう。外国人労働者問題を考える際、「外国人との共生」を訴える左派も、「移民受け入れ反対」を唱える右派も、両者ともに形而上の話しかしていないということに気づきます。

でも、実際にはすでに埼玉県の川口市や蕨市などでは、クルド人など外国人居住者が溢れています。そのうちの多くは、日本政府による難民認定を待っている人たちだといわれています。生活習慣の異なる外国人が多く居住すれば、近隣住民との誤解や生活マナーを巡るトラブルも生じます。こうした形而下の諸問題は現状、自治体に丸投げされています。

シリアからイラクのクルド人自治区に向かう難民の列(2013年)
シリアからイラクのクルド人自治区に向かう難民の列(2013年)。シリアやトルコなどで迫害を受け国外へ出たクルド難民は数多い。その一部は日本で暮らし、難民認定を待っている。

こうなると、やはり外国人・移民は受け入れなければいいだろうという意見もあるかもしれませんが、労働力不足が深刻化する中で、外国人労働者はすでにさまざまな形で受け入れられていますし、今後増えていくのは確実です。国立社会保障・人口問題研究所によると、2070年には日本の人口は約8700万人に減少し、そのうちの1割(870万人)は外国人になる予想だとか。外国人・移民問題で最も大切なのは、この現実に対する認識です。

では国民の1割を外国人が占める社会とはどのようなものになるのでしょう。教育や税金、就労や社会保障などはどうするのか。残念ながら与党・自民党が「移民は受け入れない」と宣言した段階で、議論は形而上の部分で止まってしまい、形而下の現実的な議論にまで降りてきません。

他方、形而下の議論ばかりでもダメなのです。

労働力不足という現実に対応するために技能実習制度を作りましたが、移民は受け入れないという形而上の思想に縛られて、無理やり「国際協力」という形而上の理念を打ち出しました。そうすると日本側の形而下的なホンネである「労働力確保」は達成できませんでした。実習生への非人道的対応も珍しくなく、制度そのものの見直しが議論されたのです。そこで今度は「労働力確保のための人材育成」を掲げたわけですが、移民は受け入れないという形而上の思想に縛られて、今回の制度改正も場当たり的な対症療法にしかなりませんでした。

ここではやはり、外国人・移民の受け入れに関する形而上的な信念・方針を明確にしておく必要があるのです。

かつてドイツのメルケル首相は、15年の難民危機の際、形而上の人道的見地から100万人規模の難民を受け入れました。一方、シンガポールのように、形而下的に「外国人=労働力補完」と明確にみなしてしまうと、外国人の単純労働者は妊娠したら即帰国というように形而上的には著しい人道違反をやらかしてしまいます。問題解決のためには、形而上と形而下のミックス思考が必要になるのです。

形而上的には、外国人労働者問題は、社会の一員として受け入れるか、労働力補完として受け入れるかの二者択一になるわけです。日本政府はいったいどちらを目指したいのでしょうか。

■日本のルールに従うなら、同等のセーフティネットを提供する

実はアメリカでも同様の議論が起きています。バイデン大統領をはじめニューヨークやサンフランシスコの市長などリベラル派は、メキシコとの国境に壁を築いたトランプ前大統領を批判し、「移民に寛容であれ」と説きます。

でもこれは形而上的な理想論です。移民が押し寄せるという形而下の問題に悩む南部の州知事たちが、中南米からの亡命希望者を10万人規模で大量のバスに乗せ、ニューヨークやフロリダなど移民に寛容であるべきことを宣言する地域に送り込んだところ、やっぱり無理!と悲鳴が上がりました。形而上学的議論だけで、形而下の議論をおろそかにした結果です。

ちなみに僕の形而上の意見は、外国人労働者も「社会の一員」として受け入れるべきというものです。もちろんそれには一定のルールが必要ですし、ルールを作ったら厳格に適用しなくてはなりません。ルールによって形而下の課題に対応していくというのが、僕の考えです。

たとえば日本政府による難民認定には申請者が祖国で政治的に迫害されていることの証明が必要ですが、その人が祖国で「テロリスト認定」されているといった事実を誰がどう証明するのでしょうか。今回の入管法改正では難民申請に回数制限が加えられましたが、それなら同時に、迫害の証明を日本の在外公館が本人に代わって行うといった仕組みづくりも必要になるでしょう。そこまでやってはじめて、難民と証明できない人に国外退去を迫ることができるのだと思います。

また、きちんと日本のルールに従ってくれるなら、外国人労働者も日本社会の一員としてきちんと迎え入れるのが筋ではないでしょうか。一部右派には「外国人に年金や社会保険は不要だ!」と言う人もいますが、それはあまりに非人道的、かつ虫が良すぎます。

日本のルールに従って日本人と同様に税や社会保険料を納めるのなら、日本人と同等のセーフティネットを提供すべきです。外国人としてのルーツやアイデンティティを守ってあげながら、日本に暮らす以上はきちんと日本文化やマナーも学んでもらう。母語を交えた日本語教育や進学支援、生活サポートなども必要でしょう。

形而下の課題を解決するためには、形而上の大きな方針、理念、理想を掲げる必要がありますし、逆に形而上の思想だけを振り回すことは、課題解決には何の役にも立ちません。将来の日本社会はどうあるべきか、形而上・形而下の思考を融合することを、政治家の皆さんには強く望みます。

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橋下 徹(はしもと・とおる)
元大阪市長・元大阪府知事
1969年生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。北野高校時代はラグビー部に所属し、3年生のとき全国大会(花園)に出場。『実行力』『異端のすすめ』『交渉力』『大阪都構想&万博の表とウラ全部話そう』など著書多数。最新の著作は『政権変容論』(講談社)。

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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹 構成=三浦愛美 撮影=的野弘路 写真=時事通信フォト)

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