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もうすぐ自分の死ぬ番が来る…東大教授が底知れぬ恐怖を覚える人間にも「死ぬべき理由がある」と語るワケ

プレジデントオンライン / 2024年8月20日 16時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

■そもそも生物には“生きる”という目的はない

言うまでもなく、生きとし生けるものは、やがて死を迎えます。ヒトも例外ではなく、何人も死から逃れることはできません。すべての生物は、死という宿命を背負って生まれてくると、言い換えてもいいでしょう。多くの人は、若いときにはそれほど死を意識しません。けれど、私のように50年以上生きていると、体が思うように動かなくなったり、疲れを感じやすくなったり、白髪やシワが増えてきたりして、「老い」を実感するようになります。周りの親しい人も、だんだんとこの世から去っていき、私の世代になると、同世代の友人が、先に亡くなるケースも増えていきます。そうしたとき、悲しさや寂しさを感じるだけでなく、「もうすぐ自分の番がやって来るな」と、底知れぬ恐怖を覚えた経験が、中高年の人にはあるかもしれません。

私たちが死を恐れるのは、実は、至極当然のこと。ヒトを含めた生物のすべては、基本として死に抗って、可能な限り生きながらえるように、生存本能をプログラミングされているからです。言い換えれば、自然界の中では、「死を恐れて、懸命に力強く生きよう」とする生物だけが、選択的に生き残ってきたというわけです。

生物学の観点からは、すべての生物にとって、死とは、あらかじめ決められたプログラムとも言えるでしょう。そもそも生物には、“生きる”という「目的」はありません。そして、生物が生きた「結果」としての“死”があるだけです。宇宙がすでにあるのと同じように、アプリオリに生と死がワンセットとなった、生物の進化の法則が存在しているというわけです。

【図表】RNAから進化したDNA

生物が誕生する前、地球上では、「RNA」(リボ核酸)という物質が生まれ、進化の歴史がスタートしました。RNAは、4種類の塩基とリン酸、糖がつながった長い紐状の分子。自らの姿を変える自己編集能力、自らのコピーをつくる能力を備えた画期的な物質だったので、RNAはさまざまに変化し、増えていきました。その中から増殖能力に長けたRNAが残り、さらに、「DNA」(デオキシリボ核酸)に“進化”したのです。DNAは、アミノ酸をつなげてタンパク質をつくるようになり、単細胞生物、やがては多細胞生物を生み出していったのです。

■「死を最も恐れる生物」だからヒトは繁栄した

現在の地球に暮らしている、ヒトをはじめとしたさまざまな生物は、元をたどれば、“物質”にすぎません。偶然の化学反応の積み重ねによって、物質が“生物”という形態になっただけなのです。ヒトは生物と無生物を認識できますが、実は、生物にとって、そうした認識は意味がありません。例えば、ヒト以外の動物からすると、「石は食えないけど、ウサギは食えるぞ」といった認識のほうが、はるかに重要です。つまり、生物にとっては本来、「生きること」も「死ぬこと」も、大した意味がないのです。

生物の死が避けられない以上、ヒトも、死を恐れてばかりいても仕方がありません。とはいえ、地球上で最も知能が発達した人類は、ほかの生物と違って、生死を認識できるがゆえに、「死を最も恐れる生物」であるとも言えるでしょう。そのため、死の恐怖から何とか解放されたいと、宗教に救いを求めたりする人も多いわけですが、生物学者である私が提案したいのは、誰もが納得できる「ヒトが死ぬべき理由」を知ることで、死を前向きにとらえ、受け入れることなのです。

動物はそれぞれ、個体として生きています。私たち人類も一人一人、自我を持っています。だからこそ、ヒトや動物は、個体としての「生と死」のライフサイクルを繰り返すことになったのです。しかし、「遺伝子」という切り口から生物を見ると、全く違った世界が見えてきます。

例えば、単細胞生物であるバクテリアは、ヒトや動物と違って、何回も細胞分裂することができます。つまり、「再生」して生き延び、自己の遺伝子を保つことができるのです。遺伝子は、生物の生殖行為によって親から子へと継承される中で、さまざまに変異し、無数の生物種を生み出しつつ、約38億年前の太古から半永久的に「生き続けてきた」とも言えるわけです。言い換えれば、私たちも人類の長い歴史の中で、駅伝ランナーの一人として、遺伝子という「生命のバトン」を先祖から受け取り、次世代に受け継ぐ役割を担っていると考えられるでしょう。

個体としては死んでしまっても、遺伝子が残っている限り、現世のどこかで、私たちの一部が「生き続ける」ということは断言できるでしょう。

生命バトンタッチは自身の子供である必要はありません。死んで土に返れば、体が分解されてほかの生物に取り込まれ、その生物の一部として生き続けることになるわけですから。

地球の生態系を維持するのに、実は、生物の死は不可欠とも言えます。生物が死んで分解されることで、新しい生物の素材が供給され、生態系のリサイクルシステムが成り立っているからです。死によって、肉体が完全に消滅してしまうわけではありません。「自分の一部は、形を変えてどこかでずっと生き続けている」と思えば、死後を考えたときの虚無感や寂しさも、少しは紛れるのではないでしょうか。

■巨大で強い生物ほど滅びやすいという逆説

生物の「死」には、ほかにも大きな理由があります。それは、死によって、「生物の進化」を促すこと。死は、進化の原動力とも言えるでしょう。

哺乳類をはじめ、多くの生物は、両性に分かれています。ヒトの場合は男性と女性、動物の場合は雄と雌が交配し、遺伝子には組み換えが起こります。

複雑な形態の多細胞生物の場合、遺伝子の構造を一定に保ちながら、適度に変異させていくのに、有利なシステムだったからでしょう。両性が交配を繰り返すことで、膨大なパターンの遺伝子がつくり出され、多種多様な生物を創造するという壮大な実験が、地球上では行われてきました(ちなみに、雄の性を決めるY染色体は徐々に壊れ、約500万年で消滅すると予測されていますが、Y染色体の役割は、X染色体に継承されると考えられています)。

そうした中で、環境に最適な個体が生き残る「適者生存」の仕組みができました。「生き残ること」が、生物にとって最大のミッションであり、環境に適応するために進化し続けてきたのが、生物の歴史とも言えるわけです。

例えば、トンボの仲間は約2億5000万年前から生息していますが、当時のトンボは広げた羽の長さが約70センチもあって、「昆虫の王様」とも言える、肉食の巨大な最強の昆虫でした。しかし、環境に適応できなくなり、絶滅してしまいました。一方で、「イトトンボ」などのように細くて、か弱そうなトンボの仲間が、現在も生き残っています。

人類も、祖先である類人猿がアフリカの森を出たときは、多くの天敵に狙われる、か弱い存在でした。しかし、ほかの生物にない「高い知能」という武器を駆使し、地球の生物の支配者になりました。環境を人類の都合のいいようにつくり変え、農耕や牧畜で食料を安定的に確保して人口を爆発的に増やし、地球上で最も繁栄した生物と言われています。

しかし、生物史の長いスパンで見れば、人類が「最も優れた生物」であるかどうかはわかりません。人類は、生半可な知能が災いして、核兵器の開発や、地球温暖化などの環境破壊を引き起こし、人類どころか、数多くの生物種の生存も脅かしています。人類が世界を滅ぼして、「最も愚かな生物」という汚名を着せられる可能性も大きいと言えるでしょう。

生殖行為により、生物の「世代交代」が起これば、遺伝子もバージョンアップされ、新しい環境に適応しやすくなります。環境が急変化する場合、短いサイクルでの世代交代が必要です。

例えば、深海には、「ニシオンデンザメ」という、400~500年も生きると言われている魚類が生息しています。深海の環境は過酷ですが、ほとんど変化がないため、深海に適した生物が少数いればいいからでしょう。しかし、深海魚のような長命の生物が、陸上にいたらどうでしょうか。目まぐるしい環境の変化についていけず、たちまち絶滅してしまうでしょう。

死があるからこそ、進化が起こり、環境の変化に適応した生物が生き残れたわけです。つまり、死によって親の世代が引退し、より多様性に満ちた子の世代にフィールドを譲ることが、「種の維持」に役立つ行為なのです。死ぬという性質があるものだけが進化できて現存しているのです。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月16日号)の一部を再編集したものです。

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小林 武彦(こばやし・たけひこ)
東京大学定量生命科学研究所教授(生命動態研究センター ゲノム再生研究分野)
1963年、神奈川県生まれ。東京大学定量生命科学研究所教授、日本学術会議会員。九州大学大学院修了(理学博士)、基礎生物学研究所、米国ロシュ分子生物学研究所、米国国立衛生研究所、国立遺伝学研究所を経て現職。日本遺伝学会会長、生物科学学会連合代表を歴任。著書に『生物はなぜ死ぬのか』『なぜヒトだけが老いるのか』(ともに講談社現代新書)、『寿命はなぜ決まっているのか 長生き遺伝子のヒミツ』(岩波ジュニア新書)などがある。

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(東京大学定量生命科学研究所教授(生命動態研究センター ゲノム再生研究分野) 小林 武彦 構成=野澤正毅)

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