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安い薬より高価な薬、赤より青、錠剤より注射…内科医が教える「プラセボ効果」を最大化する意外なポイント

プレジデントオンライン / 2024年8月9日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Olemedia

実際には効果のない治療を行っても症状が改善する現象を「プラセボ効果」という。内科医の名取宏さんは「じつは効果のある治療を行う際もプラセボは生じている。プラセボ効果を最大限に引き出すことで、治療効果を高めることができる」という――。

■薬を飲んですぐ痛みがおさまった理由

以前、高齢男性が肩が痛いと救急外来を受診され、診察の結果「肩関節周囲炎」と診断し、その場で痛み止めの錠剤を処方して飲んでいただきました。すると、即座に「だいぶ痛みがおさまりました」とおっしゃったのです。もちろん痛み止めに治療効果はありますが、内服して薬効成分が吸収され、患部に届いて効果を発揮するまでには時間がかかります。内服して10分後ならともかく、直後に痛みがおさまったのはなぜでしょうか。

臨床の現場では、しばしばこういう現象を経験します。これが「プラセボ効果」です。プラセボ効果とは、実際には治療効果がない薬や施術を受けることで、患者さんの症状が改善する現象を指します。肩の痛みを訴えた患者さんの場合は効果のある薬を飲んだわけですが、内服直後に症状が改善したのはプラセボ効果といえるでしょう。

プラセボ効果は「偽薬(ぎやく)効果」とも呼ばれますが、薬に限らず、手術やカテーテル治療などの施術でも見られます。胸水貯留によって呼吸が苦しくなった高齢女性を診療したとき、検査のためにごく少量だけ胸水を抜く処置を行ったところ、それだけで一時的に症状が改善したのです。呼吸が苦しいのは胸に水がたまっているからで、その水を抜いたのだから症状がよくなるだろうという期待が関係しているのでしょう。

■日常診療におけるプラセボ活用の可否

プラセボは、日常の診療においても使われることがあります。すでに痛み止めを十分に使用しているにもかかわらず、痛みを訴える患者さんがいるとしましょう。痛み止めを追加しても効果は期待できず、副作用が強く出る恐れのほうが大きいときに、患者さんには痛み止めだと伝えて薬理作用のない乳糖を処方するようなケースです。うまくいけば、薬の副作用を心配することなく、プラセボ効果による鎮痛作用だけを得ることができます。言わば「嘘も方便」です。

しかし近年では、患者さんの同意なしにプラセボを使うことは倫理的に問題だとされています。患者さんをだましていることになるからであり、十分な説明と同意の下に医療を行うという「インフォームド・コンセント」の理念に反するからです。ただ、一方で、適切な状況下でのプラセボ使用は患者さんの利益になるという意見もあります。どちらがいいかは難しいところですが、私は日常臨床においてプラセボを使うべきではないと考えます。プラセボ自体には大きな害はなくとも、患者さんをだましていることが露見すると、信頼関係は壊れ、今後の治療に大きな支障を来たすでしょう。医師は誠実であるべきです。

■価格の高いプラセボ薬ほど効果が高い

こうしたプラセボ効果の存在は古くから知られていて、なんと18世紀の文献にすでに登場しているほど。その後もさまざまな研究が行われ、興味深い結果が出ていますから、ここで一部を紹介しましょう。

プラセボ効果は薬の値段に影響され、高価なプラセボのほうが安価なプラセボより効果的だとする研究があります(※1)。高い薬のほうが効きそうな気がするという心理的な期待が関係しているのでしょう。根拠はないのにやたらと高価な健康食品やサプリメントは、プラセボ効果を狙ってのことかもしれません。他にも、錠剤よりも注射のほうがプラセボ効果が大きくなることを示す研究、錠数が多いほどプラセボ効果が強くなることを示す研究、ブランドラベルがついているほうがプラセボ効果が高まることを示す研究があります。

大量のカプセルが2つのボトルから出ている
写真=iStock.com/frender
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/frender

さらに興味深いことに、薬の色がプラセボ効果に影響を与えるという研究もあります。青いカプセルは、赤いカプセルと比べ、より精神を落ち着かせる効果があるそうです(※2)。「ただし、イタリア人男性は例外で、青い薬は刺激作用が起こりやすい。これはイタリアのサッカー代表チームのユニホームの色が青であることに関連している」という話まであります。医学論文の裏付けを見つけることはできませんでしたが、プラセボ効果が文化の違いに左右されることはありそうなことだとは思います。

※1 Placebo effect of medication cost in Parkinson disease: a randomized double-blind study
※2 Placebos Are Getting More Effective. Drugmakers Are Desperate to Know Why. | WIRED

■痛みや不安などの自覚症状によく効く

ただ、どのような病気にもプラセボ効果が発揮されるわけではありません。痛みや不安、不眠、うつ状態、吐き気といった自覚症状にはよく効きます。でも、がんや感染症などの病気そのものを治すことは難しいでしょう。気管支喘息において、プラセボが客観的所見を改善させない一方、主観的症状を改善させることを示した研究があります(※3)

気管支喘息は、気道が狭くなり、ゼイゼイと音が鳴る喘鳴や呼吸苦を起こす病気です。気道の狭さは、1秒間に吐き出す空気の量「1秒量」で客観的に測定できます。この研究で、気管支喘息の患者さんは「気管支拡張薬の吸入」「プラセボの吸入」「プラセボ鍼」「無治療」の4種類のいずれかをランダムに受けました。結果、気管支拡張薬の吸入は1秒量を改善させ、プラセボ吸入とプラセボ鍼と無治療は改善させませんでした。でも患者さんの主観的症状は、いずれも改善したのです。

こうしてプラセボ効果が心理的な影響を受けることはわかっていますが、かといって心だけの問題とはいえず、生理学的メカニズムも関係しています。たとえば、痛みを軽減するプラセボ効果は動物にも見られ、動物実験を通じて存在が確認されています。これらの実験では、プラセボ効果はモルヒネの作用を阻害する物質によって消失します(※4)。このことから体内でモルヒネに似た物質が生成され、プラセボ効果に関与していると解釈されています。プラセボ効果のメカニズムは複雑です。

※3 Active albuterol or placebo, sham acupuncture, or no intervention in asthma
※4 Placebo-induced analgesia in an operant pain model in rats

■臨床試験においてはとても厄介な存在

一方で、プラセボ効果は、治療の効果を検証するときには厄介な存在です。何らかの治療に効果があるかどうかをみる臨床試験において、「治療した群」と「治療しない群」とを比較して差があったとしても、治療が本当に効いたのか、それともプラセボ効果なのか区別ができません。

そこでプラセボ対照といって、治療しない群にも薬理作用のない薬を使用します。実薬が錠剤ならプラセボ対照には乳糖の錠剤、実薬が注射薬ならプラセボ対照には生理食塩水といった具合です。患者さんにも担当医にも、使用した薬が実薬かプラセボかわからないようにする「二重盲検法」を採用すれば、より万全です。

薬ほど一般的ではありませんが、臨床試験でプラセボとしての手術(偽手術)が行われることもあります。本当の手術と同様に麻酔もすれば皮膚切開もしますが、患部の処置は行いません。鍼治療の有効性を検証するために作られた、皮膚を貫かないが患者さんは鍼を刺されているように感じるプラセボ鍼もあります。

■患者さんと医師の信頼関係が効果を高める

患者さんの苦痛がなくなるぶんには、プラセボ効果は有用だといえます。しかし、プラセボとて、よい面ばかりではありません。臨床試験において乳糖や生理食塩水を投与されたプラセボ群において、さまざまな有害事象が観察されます。興味深いことに、プラセボ群で観察される有害事象は、比較対象となる実薬群の副作用とよく似ているのです。

例えば、吐き気の副作用を持つ実薬と比較されたプラセボ群では吐き気が多く、不眠の副作用を持つ実薬と比較されたプラセボ群では不眠が多くみられます。これは「吐き気が出るかもしれない」「不眠が起こるかもしれない」という予想が実際に症状を引き起こすことがあるためです。プラセボ効果を過信せず、その限界や欠点も理解しておかなければなりません。

医師が口頭で患者に説明
写真=iStock.com/BongkarnThanyakij
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BongkarnThanyakij

プラセボを使用する場合も、使用しない場合も、臨床医そして患者さんはプラセボ効果について理解しておくことが重要です。有効な治療自体にもプラセボ効果は生じるため、実際の治療の効果はプラセボ効果が加わったものになります。つまり、プラセボ効果を最大限に引き出せば、治療効果を高めることができるのです。そのためには、患者さんと臨床医が信頼関係を強化するといいでしょう。患者さんをだまさなくても、プラセボ効果は期待できるのです。

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名取 宏(なとり・ひろむ)
内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。

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(内科医 名取 宏)

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