相続税300億円を「4分の1以下」に抑えた…元国税調査官が舌を巻いた田中角栄の「大胆な節税」のカラクリ
プレジデントオンライン / 2024年8月15日 8時15分
※本稿は、大村大次郎『脱税の日本史』(宝島社)の一部を再編集したものです。
■実は会計の達人だった田中角栄
田中角栄というと、闇将軍、金権政治といった言葉を思い浮かべる人が多いでしょう。
しかし、田中角栄は、実は会計の達人だったのです。
田中角栄は裸一貫で身を起こし、日本の総理大臣にまで上り詰めました。おそらく巨額の政治資金が必要だったでしょう。
当たり前にやっていたのでは、大きなお金はつくれません。日本では、お金をたくさん稼いでも、たくさんの税金を取られてしまうためです。
田中角栄は、脱税の一歩手前か、脱税に半歩踏み込んだような巧妙な節税策を使って、政治資金をつくっていたのです。
■「危ない金」の扱い方を知っていた
彼は日本の会計や税法を熟知していました。
政治家は、表にできない「危ない金」を扱うことが必ずと言っていいほどあります。
田中角栄は、「危ない金」の取り扱いについて常に一つの哲学を貫いてきました。
「あぶない金は現金で受け取り、現金で保管する」
ということです。
これは徴税システムの欠陥をとてもうまくついているものです。
収入には税金がかかります。でも、収入を税務当局に把握されなければ、税金はかかってきません。
「日本は申告納税制度の国なんだから、税務当局から把握されようがされまいが、きちんと税金は納めるべきじゃないか」
と思う人もいるでしょう。
もちろん建前はそうです。でも現実は、建前通りにはいかないのです。
現金で収入が入り、かつ領収書の発行をしない業種は、税務署から収入が把握されにくいのです。
■現金でもらえば税務署にはわからない
たとえばパチンコ店や飲食店など、そういった業種では、脱税が非常に多いのです。
これは今に始まったことではありません。日本が申告納税制度を取り入れた戦後まもなくから、ずっと続いている傾向です。
サラリーマンが税金から逃れようがないのは、サラリーマンの税金は税務当局にほぼ完全に把握されているからなのです。
税務当局にわからないようにして金を手に入れられれば税金はかかってこない。税金というのは今でもそういう原始的な仕組みになっているのです。
小切手や銀行振込でお金を受け取れば、金融機関に記録が残ります。税務当局がそれを発見すれば、簡単に課税されてしまいます。
しかし、誰も見ていないところで現金をもらい、誰も知らないところに隠してしまえば、税務当局は課税のしようがありません。
税務当局が隠し場所を見つけるまでは、税金はかからないのです。
■5億円ものお金を現金で受け取っていた
田中角栄はロッキード事件では、5億円ものお金を現金で受け取ったそうです(角栄自身は最後までこれを否認していますが)。
5億円のお金を現金で受け取るのは、簡単なことではありません。渡す方ももらう方も、相当な工夫と苦労をしなければなりません。それができたために、田中角栄は我が身を救ってきたのです。
たとえば金丸信元代議士は、裏献金を割引債で持っていました。それが晩年になって、国税当局に見つかり、脱税で逮捕されることになりました。
また、自民党の橋本派は日本歯科医師会からの裏献金を小切手で受け取っていたために、政治資金規正法違反に問われました。その結果、橋本派は没落しました。
田中角栄は、5億円の賄賂を現金でもらっていたので、脱税として起訴はされませんでした(単なる課税漏れでの処理)。
脱税というのは、誤魔化して得た収入を自分の財産にしたときに初めて確定します。田中角栄の場合は、収入を誤魔化していることはわかっても、それを自分の財産にしたかどうかは、わかりませんでした。
「もらった金がどこにいったかわからない」状態では、脱税での立件は無理だったのです。
■田中角栄が使った脱税手法
脱税摘発のニュースで、時々「幽霊会社」や「ペーパーカンパニー」という言葉が出てきます。
「幽霊会社」といっても、もちろん幽霊が経営している会社ではありません。実体のない会社ということです。
こういう会社は脱税によく使われます。
「幽霊会社」や「ペーパーカンパニー」を脱税に使う手法の走りは、実は田中角栄でした。
しかし、田中角栄は脱税で摘発はされていません。幽霊会社を使って、見事に税金を逃れることに成功しているのです。
■幽霊会社を使った脱税は簡単にばれる
幽霊会社を使った「脱」税方法というのは、大まかに言えば次のようなものです。
大きな利益を上げたA社という会社があったとします。A社はこのままでは、莫大な税金を払う羽目になります。
そこで、登記上だけ存在するB社(幽霊会社)をどこからか持ってきて、A社の利益をB社に移転させます。
B社には帳簿上赤字が残っています。そのため、B社は利益を移転されても税金はかかりません。これで、A社もB社も税金を払わなくて済む、これが幽霊会社を使った「脱」税の構図です。
もちろん、本当はA社の利益なのにB社の利益に見せかけるのですから、不自然が生じます。B社には実体がないのにB社が利益を上げるのはおかしいし、国税当局も馬鹿ではないので見過ごしたりしません。
だから、幽霊会社を使った脱税は簡単にばれるのです。
■田中角栄が使った「ファミリー企業」
でも、田中角栄は、そうではありませんでした。
昭和54(1979)年春のことです。田中角栄は、ファミリー企業をたくさん持っていて不動産業などを大々的にやっておりました。
ファミリー企業の一つに、遊園地の経営などをしている「新潟遊園」というのがありました。
この新潟遊園が所有地の一部を宅地化する計画を打ち出したのですが、それを知った新潟市役所は、その土地を買収して市立公園にするように決めました。
昭和56(1981)年に新潟市役所から新潟遊園に9億円が支払われました。
でも、このときの新潟遊園は、元の新潟遊園ではありませんでした。東京ニューハウスという会社に合併されていたのです。
■登記の操作だけで税金をゼロにした
東京ニューハウスは、新潟遊園を合併した後に新潟遊園に社名変更をしていたのです。
同じ新潟遊園という社名ながら、会社は違うものになっていたのです。
新潟市役所はそれを知らずに、前のままの新潟遊園だと思って、そのまま土地の代金を渡しました。
新しい新潟遊園には4億円の赤字が残っており、土地の売却で得た利益はその赤字で丸々消えてしまいました。
古い新潟遊園には赤字などなかったために、本来であれば数億円の税金がかかっていたはずです。
しかし、田中角栄は、登記の操作だけで税金をゼロにしてしまったのです。
■相続税対策はほぼ完璧だった
また、田中角栄自身は会計や税金に詳しかったのですが、さらに優秀なブレーン税理士たちも抱えていました。
その優秀なブレーンたちは、田中角栄の死後も目覚しい働きをしました。
田中角栄が死んだとき、相続税対策はほぼ完璧になされていました。
田中角栄の死亡時、莫大な遺産のほとんどは、田中角栄ファミリー企業の株という形で残されました。
田中角栄の代名詞とも言える「目白御殿」や別荘なども、ほとんどが田中角栄が直接所有しているのではなく、田中角栄の会社が所有していることになっていたのです。これは、相続税対策として大きなポイントです。
■300億円の税金を65億円に抑えた
相続税というのは、「残された遺産×税率」で算出されるものです。
遺産は、すべて時価で評価されるというわけではありません。
遺産が現金や預金だった場合は、その額がそのまま遺産額となります。でも、土地や建物、自社株などだった場合は、時価よりもかなり低い価額になるのです。
田中角栄の資産は、400億円以上あるとされていました。田中角栄のファミリー企業が、所有している土地の評価額だけでも、それだけの資産価値があったのです。
しかし、田中家の遺族が納めた相続税は65億円です。
当時、相続税の税率は70%だったので、普通に考えれば、400億円の相続財産には300億円程度の相続税がかかります。
それを田中家は65億円に抑えたのです。
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元国税調査官
1960年生まれ。調査官として国税局に10年間勤務。退職後、出版社勤務などを経て執筆活動を始め、さまざまな媒体に寄稿。100冊以上の著書があり近著に『マスコミが報じない“公然の秘密”』(かや書房)。YouTubeで「大村大次郎チャンネル」配信中。
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(元国税調査官 大村 大次郎)
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