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なぜ日本の最低賃金は「韓国以下」なのか…「時給50円アップ」すら渋る企業を待ち受ける"淘汰"という未来

プレジデントオンライン / 2024年8月5日 8時15分

厚労省で開かれた中央最低賃金審議会=2024年7月25日午後 - 写真=共同通信社

■引き上げ幅は過去最高になったが…

7月24日、厚生労働省の諮問機関である“中央最低賃金審議会”は、2024年度の最低賃金の目安を全国平均で時給1054円とする答申を取りまとめた。23年度の1004円から50円の引き上げとなり、過去最高の引き上げ額だ。

ただ、最低賃金の国際比較を行うと、わが国の最低賃金の水準は主要先進国を下回っている。1990年以降の約30年間、わが国企業は生産性の向上を実現することができなかった。生産性とは、企業の稼ぎ=付加価値を人件費で割った数字だ。つまり、どれだけの人件費を使って、どれだけの儲(もう)けを上げたかを示す数字だ。

今後も賃上げを続けるためには、どうしても生産性を上昇させることが必要だ。企業経営者は、消費者が欲する製品・サービスを、できるだけ高い価格で提供することで付加価値を引き上げることを目指す必要がある。そして、儲けられる分野に経営資源を配分し、相対的に高い付加価値を実現することだ。

政府はそれをサポートするため、国全体の成長戦略を明確に示すべきだ。経済全体で生産性が上昇するか否か、中長期的な賃金と個人消費の回復に決定的な影響を与えるだろう。

■上場企業の純利益は3期連続で過去最高

2024年度、加重平均ベースの最低賃金は前年度比4.98%上昇し、1054円に達する見通しだ。1978年に最低賃金の目安制度が始まって以来、最高の引き上げ幅である。その支えの一つの要素は、わが国企業の業績拡大だ。

2024年3月期、国内上場企業の純利益は3期連続で過去最高を更新した。全体の65%の企業の損益が改善した。ウィズコロナからの回復よる需要の改善、世界的な物価上昇による値上げの浸透などで企業業績は拡大した。

業種別にみると、製造業では自動車、建機などの収益は増えた。インバウンド需要の増加により飲食、宿泊、交通、百貨店など非製造業の企業も増益を達成した。円安の進行も企業業績にプラスだ。自動車など輸出企業の業績は、円安によってかさ上げされた。ドルやユーロなどに対して円安が進んだ分、海外の観光客は支出を抑えてわが国での買い物や飲食、宿泊などを満喫できる。

■中小企業も内部留保額は増えている

AI分野の成長加速を追い風に、半導体の製造装置・関連部材の分野では設備投資を積み増し高付加価値の創造を目指す企業も増えつつある。中・長期的な国内企業の成長期待を背景に、日経平均株価も史上最高値を更新した。

収益の増加によって、国内企業の内部留保(利益剰余金)は増加傾向だ。2023年3月期の内部留保額は時点で554兆円、過去15年間で倍増した。企業規模別にみると、大企業(資本金10億円以上)、中堅企業(1億円以上、10億円未満)、中小企業(1000万円以上、1億円未満)のいずれも内部留保額は増えている。

経済全体で企業が賃上げを行う実力は着実に高まっている。政府は賃上げ機運の定着に、大手企業に下請の中小企業の価格転嫁交渉を公正に行うよう要請した。政府は、企業に内部留保を活用して、積極的な賃上げを行うよう求めているといえる。こうして33年ぶりの賃上げ率(5.10%)を達成した春闘に続き、最低賃金も大幅に上昇した。

■韓国の最低賃金1083円にも届いていない

最低賃金の引上げ自体は重要だが、わが国の水準は米欧などに見劣りする。それは、独立行政法人労働政策研究・研修機構が発行する『データブック国際労働比較』から確認できる。

2019年と2024年(ともに1月時点)の最低賃金を比較すると、わが国の上昇率は15%だった。同じ期間、英国は33%、ドイツは35%、オーストラリアは23%だ。韓国の最低賃金も18%伸びた。(いずれも時給基準、現地通貨ベース)。

2024年1月上旬の対円為替レートで円に換算すると、足許の最低賃金は英国で約1919円、ドイツは1965円、韓国は1083円だ。7月12日、韓国の最低賃金委員会は2025年の最低賃金を本年から1.7%増の1万30ウォン(約1160円)に引き上げる方針を示した。

米国は、連邦レベルの最低賃金と、州の最低賃金制度を併用している。2024年1月、ニューヨーク州は最低賃金を16ドル(2312円)に引き上げた。前年の15ドルから6.7%増だ。対象地域はニューヨーク市、ウエストチェスター、ロングアイランドである。

■なぜ海外はこれほどの賃金アップが可能なのか

海外では最低賃金の上昇率、水準の両方でわが国を上回る国が多い。その主な理由は、1990年代以降のわが国と、海外の経済成長率の差だろう。特に、米国の経済運営は重要だ。

1990年代、IT革命が起きた。アップルなど米国企業は業態を転換して、高付加価値型のソフトウェア設計と開発に集中した。新興国企業の製造技術面でのキャッチアップを活用し、アップルやエヌビディアなどは国際分業体制を整備した。自社で設計した半導体やデバイスなどの製造を台湾、韓国、中国などの企業に委託した。

米国ではIT先端分野を中心に、一人の従業員が一年間に生み出す付加価値は増えた。台湾、韓国、中国などは今、需要が旺盛なモノを迅速に製造する経済体制を整備し、経済成長につなげた。

一方、1990年代以降、バブル崩壊によってわが国の経済は長期の停滞に陥った。1997年には金融システム不安が発生した。その後、デフレ経済も深刻化した。企業経営者のリスク回避的な心理は強まり、先端分野への進出や国際分業への対応も遅れた。

スクランブル交差点
写真=iStock.com/Wachiwit
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wachiwit

■賃上げできない企業は早々に見切りをつけられる

現在、わが国は持続的な賃金上昇を目指す重要な局面を迎えている。足許の世界経済を見ると、AI業界の成長は加速している。画像処理半導体(GPU)と広帯域幅メモリー(HBM)の処理能力の引き上げは欠かせない。製造に必要な部材や装置の分野で、わが国には世界的競争力を持つ企業が集積している。

サプライチェーン強化のため、台湾、韓国、米国、オランダなどの半導体関連企業が相次いで対日直接投資を発表した。省人化や海外からの来訪者の受け入れ態勢強化に、設備投資を積み増す国内企業も増えている。

そうした状況下、わが国企業も、高い賃金を提示してデジタル技術や事業戦略などに精通したプロ人材の獲得を重視する傾向が目立っている。2024年度の採用計画に占める中途採用の割合は過去最高の43.0%に達し、労働市場の流動性は高まり始めた。

資本金規模の大小を問わず、今後、わが国の企業にとって賃上げの重要性は高まるだろう。賃上げが難しい企業は人材の確保が難しくなり、状況次第では事業継続が難しくなるかもしれない。

■企業救済の経済政策だけでは成長分野は伸びない

企業経営者に求められることは、先端分野での研究開発を積極化し、需要者が欲しいと思うモノやサービスを生み出すことだ。

政府は、民間企業のリスクテイクを積極的にサポートすべきだ。これまで、わが国の経済政策は、どちらかというと企業救済の目的が多かった。それだけでは、企業の成長分野への積極展開は期待できない。学びなおしや職業紹介などセーフティーネットを整備して人々の安心感を下支えしつつ、先端分野での信用保証や補助金の支給、規制緩和などを実行する。

それにより、民間企業経営者などのアニマル・スピリットが高まることも期待できる。そうした政策の実行もあり、わが国経済全体で生産性が高まり、賃金が自律的に上向くサイクルが出来上がることを期待したい。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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