3位はヒラメ、2位はイワシ、1位は…「日本最多の食中毒」アニサキス症の感染源になっている「魚の名前」
プレジデントオンライン / 2024年8月9日 9時15分
※本稿は、小島正美、山﨑毅『食の安全の落とし穴』(女子栄養大学出版部)の一部を再編集したものです。
■クジラに寄生する虫がどうやって人体に入るのか
ここ数年、名の知られたタレントが相次いで「こんな痛みを経験したのは初めて」などと体験を告白して注目されるようになったアニサキス症。
今では、寄生虫のアニサキスを知らない人はいないほどになってきたが、その正体やリスクの大きさを正確に知る人は意外に少ないのではないか。
アニサキス症は寿司や刺身などで魚介類を生食する日本の食文化と深く関わるだけに、この食中毒を防ぐためにも科学的な知識を身につける必要がある。アニサキス症研究の第一人者である杉山広先生にアニサキス症について教えてもらった。
――まずは、アニサキスとはどんな生き物なのでしょうか。
アニサキスとは実は学名(Anisakis)に由来し、これを和名に訳さずカタカナにしてアニサキスとそのまま呼ぶようになった線虫の総称です。海の生物に住みつく寄生虫の仲間ですね。ヒトに病気を起こすアニサキスの幼虫は、白っぽい糸くずのような虫(長さ2~3cm)です。
――線虫なのですね。どんな経路で人の口に入るのでしょうか。
アニサキスの成虫(長さ20~30cm・幼虫の約10倍の体長)はクジラの消化管に寄生しています。この成虫が産んだ卵がクジラの糞便とともに海中に排出され、海中でふ化します。卵から産まれた幼虫はオキアミという小さな甲殻類に食べられ、幼虫として発育します。
そのオキアミがイカやサバ、イワシなどに食べられると、アニサキスはそれらの魚介類の内臓や筋肉に移行し、幼虫の状態で蓄積されます。
そして、人がサバなどの魚介類を刺身などで食べると、アニサキスは幼虫のまま、人の消化管に入ります(図表1)。
ヒトや魚の中で増殖することはありませんが、ヒトの胃や腸の粘膜に穴をあけてもぐり込む(穿入(せんにゅう)と言う)と激しい腹部の痛みや悪心、おう吐などの症状を生じるのです。
■アニサキスの痛みは「アレルギー反応」が原因
――もともとはクジラにいたアニサキスが食物連鎖という長い旅路を経て、人の消化管に入るわけですね。食べたあと、どれくらいの時間で症状が生じるのでしょうか。
アニサキスのいる魚介類を食べて感染すると、人によって差はありますが、30分~1日半後に激しい胃あるいは腸の痛みが生じます。
アニサキスによる症状のうち、虫体が胃に穿入して起こる「胃アニサキス症」がアニサキス食中毒の約9割を占めます。発症のしやすさに男女差はありませんが、不思議なことに、胃に数匹ものアニサキスが穿入していても、症状が出ない人もいます。
意外に知られていませんが、腹部の激痛は幼虫が胃の粘膜に食いつくのが原因ではありません。アレルギー反応の結果として腹痛が起こるのです。
また、魚介類が原因とされる食物アレルギーのうち、魚介類そのものがアレルゲン(アレルギーを引き起こす原因物質)ではなく、実はアニサキスが原因だったという研究報告もあります。
■アナフィラキシーの原因を調べると「小麦より多い」というデータもある
――ということは、サバを食べてアレルギーを起こした人の中には、アニサキスが原因だったというケースもあるわけですね。
アナフィラキシー(アレルゲンの侵入で数分~数時間後、皮膚のかゆみやじんま疹、さらに呼吸困難、血圧低下など全身に生じる激しいアレルギー反応)のような症状も起きるので、やはりアニサキスは要注意ですね。
その通りです。胃アニサキス症患者の約3~4割にアレルギー反応としてじんま疹が出ます。さらにアレルギー反応が激しくなると、血圧低下や意識喪失などの症状を伴うアナフィラキシー(劇症型アニサキス症)が発生します。
帝京大学医学部附属病院(東京都板橋区)の救急医療チームが、2015年から2017年の3年間にアナフィラキシー症状で同病院救急科を受診した16歳以上の患者181例を調べたところ、食物を原因とする患者が78例で最も多かったのです。
驚くべきことに78例のうち28例(36%)の原因がアニサキスでした。ちなみに、次いで多かったのは小麦アレルギー(21例)でした。つまり、アニサキスはアナフィラキシー症状の救急搬送のうち、最多の15%を占めていました。
■食中毒の約6割を占める「アニサキス」、感染源の1位はサバ
――信じられないほど高い数字ですね。となると、どんな魚にアニサキスが多いかがとても気になります。
いうまでもなく日本の近海にはさまざまな魚介類が生息していますが、これまでに160種類以上の魚介類からアニサキスの幼虫が検出されています。
食中毒統計(2022年)によると、感染源となる魚介類のうち、サバが49%と最も多く、次いでイワシ、ヒラメ、アジ、サンマの順です(図表2)。
アニサキスの幼虫は、小魚を食べて食物連鎖の上位に来る魚に多いことがわかりますね。ただ、常にサバに多いというわけではなく、季節や年によって変動が見られます。2018年にはカツオを原因とするアニサキス食中毒が目立ちました。
これは黒潮の流れが変わったことによる影響もあったようです。また9~10月に限れば、サバよりもサンマによる感染例が上回る年もあります。サバにだけ気をつけていればよいということにはなりません。
――日本は四季折々にさまざまな魚介類が流通するので、アニサキスによる食中毒はかなり多いと思います。毎年の発生件数はどれくらいでしょうか。
厚生労働省がまとめた食中毒統計を見ればわかるように、たとえば2022年には、アニサキスによる食中毒が年間に566件あって、食中毒全体の約6割を占めました(図表2)。
次いで多いのが、生の鶏肉が主な原因のカンピロバクターの182件(全体の約19%)、そしてノロウイルスの59件(同6%)の順です。アニサキスは、ノロウイルスと違い、ヒトからヒトへ感染することはありませんが、食中毒の件数はとても多く、侮れないことがわかりますね。
■なぜアニサキスの食中毒が増えたのか
――私は食担当の記者(毎日新聞社)として、長年、食中毒の記事をよく書いていました。しかし記事のほとんどは、生肉や生卵などが原因の病原性大腸菌やサルモネラ属菌、そして鶏肉のカンピロバクターなどの細菌を原因とした食中毒でした。
食中毒統計で寄生虫のアニサキスによる食中毒事件数がいつのまにかトップになっていたのは本当に意外でした。
図表3の食中毒事件数の推移を見ていて気付いたのですが、アニサキスの報告件数は2012年あたりから徐々に増えています。アニサキスは昔からいたはずです。2007年には6件しかなかったのに、なぜ、急に増えたのでしょうか。
それは法律が関係しています。2012年12月、食品衛生法施行規則の一部が改正され、アニサキスは食中毒の病因物質のひとつとして、食中毒患者等届出票に記入され、医師が届出するよう新たに方針が強化されたのです。なお食中毒統計にアニサキス食中毒が初めて収載されたのは1999年です。
つまり、患者を診た医師がアニサキス食中毒と診断した場合、届出票に「病名は急性胃腸炎で原因はアニサキス」と明記して、地域の保健所に届け出ることが必要と改めて確認されました。
■確実に予防したいなら加熱して殺す
――食中毒と言えば、かつて焼き肉チェーン店で生の牛肉を食べて死亡者まで出した病原性大腸菌、鶏肉の刺身やたたきを食べて発症するカンピロバクターなどを重要視しがちですが、アニサキスは盲点だったような気がします。
病原性大腸菌にせよ、カンピロバクターにせよ、加熱すれば食中毒は防げます。アニサキスによる食中毒予防も同じなのでしょうか。
確実な予防法は加熱です。60度以上で1分間以上加熱すれば、アニサキスの幼虫は確実に死にます。
食べるときや調理のときに目で見て除去する方法もありますが、アニサキスは魚肉の深いところにも侵入していることがあり、目視で全てを取り除くことは困難です。
――冷凍はどうですか。
マイナス20度以下で24時間以上冷凍すれば、解凍後の魚を刺身で食べても大丈夫です。家庭用冷蔵庫の冷凍温度は通常マイナス18度に設定されているので、温度調整が可能なら、マイナス20度以下にする必要があります。あるいは48時間など、長時間、冷凍して下さい。
スーパーで刺身用に生の魚介類、特にすぐに食べられる商品を購入する場合、「解凍」と表示されたものを選ぶ人がいます。しかし、冷凍の条件がわからず、この選び方ではアニサキス症を予防することはできません。注意して下さい。
■酢やワサビを使ってもアニサキスは死滅しない
――殺菌力のある酢で締めたサバはどうでしょうか。
残念ながら酢で締めたサバを食べてアニサキス症になる人は多いです。わさびやしょうゆ、塩も、家庭の調理で使う程度の量や濃度、調理時間ではアニサキスを死滅させることはできません。
あわせて言うと、釣った魚を食べる場合は釣った直後に内臓を除去してください。そうすると、アニサキスが内臓から筋肉に移動するリスクが低減できます。ただし、リスクを減らせてもゼロとはなりませんので、気をつけてください。
――最近は陸上養殖の魚が市場に出回っています。これは大丈夫でしょうか。
たとえば、サバの人工種苗を用いて稚魚の段階から完全な陸上養殖で育て、そして人工飼料や冷凍した魚をエサとして与えたならば、そのサバはアニサキスの寄生はありません。
しかし、海水を利用した一般的な海面養殖では、アニサキスの寄生が想定される天然の小さなサバや冷凍処理されていない生魚が餌として使われる危険性もあります。実際に養殖魚からアニサキスが見つかっています。養殖魚だからすべて安全とは言えないですね。
■“感電死技術”が実用化されるかもしれない
――やはり加熱や冷凍が確実な予防法ですね。そうかと言って、刺身や寿司を食べる日本の食文化をなくすわけにもいきません。加熱や冷凍以外によい方法はないのでしょうか。
近年、熊本大学産業ナノマテリアル研究所の浪平隆男准教授と株式会社ジャパンシーフーズ(福岡市)の研究者達によって、瞬間的な大電流を繰り返して流すパルスパワーの力で、魚肉中のアニサキスを殺す方法が共同開発されました。
加熱・冷凍以外にアニサキスを殺す世界初の画期的な技術です。
――それは朗報ですね。実証成果はありますか。
アニサキスを人為的に差し込んだアジ1000尾で検証したところ、この技術で全てのアニサキスを感電死させることができました。味、香り、食感に劣化もありませんでした。
すでに説明したようにマイナス20度以下の冷凍でもアニサキスは死滅しますが、魚の身からのドリップ流出や退色、食感の軟化などの品質劣化が起こり、商品価値が下がります。
しかし、パルスパワーでは、魚の品質を保ったままで、殺虫が可能になります。近いうちにこの技術が実用化されるのを期待しているところです。
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国立感染症研究所 客員研究員
1957年大阪府生まれ。大阪府立大学助手を経て、国立感染症研究所寄生動物部室長、現在、国立感染症研究所客員研究員、麻布大学生命・環境科学部客員教授。
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食品安全情報ネットワーク共同代表
1951年愛知県犬山市生まれ。愛知県立大学卒業後、毎日新聞社入社。松本支局などを経て東京本社生活報道部に所属、食や健康・医療・環境問題を担当。2018年退職。食生活ジャーナリストの会(JFJ)前代表。現在、食品安全情報ネットワーク共同代表。主な著書は『フェイクを見抜く』(共著、ウェッジ)など多数。
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NPO食の安全と安心を科学する会(SFSS)理事長
1960年広島市生まれ。83年東京大学農学部卒業、85年同大学院修了。同年湧永製薬入社、6年間米国にてサプリメントR&Dに従事。99年獣医学博士号取得(東京大学)。2011年NPO法人食の安全と安心を科学する会(SFSS)を創立、理事長に就任。
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(国立感染症研究所 客員研究員 杉山 広、食品安全情報ネットワーク共同代表 小島 正美、NPO食の安全と安心を科学する会(SFSS)理事長 山﨑 毅)
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