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「学校のプールで水を出しっぱなしにしてしまった」水道料金は教員が負担するべきなのか…弁護士の回答

プレジデントオンライン / 2024年8月9日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Andrey_Kuzmin

学校の教員の不注意で学校のプールの水を出しっぱなしにした場合、教員個人が損害賠償責任を負わなければならないのか。行政訴訟などを中心に取り扱う弁護士の平裕介さんは「裁判例によると、特に重大な過失があるような場合には損害賠償義務が発生する場合が多いといえる。ただし、近年の教員の労働環境の悪化も考えると、教員個人の生活にも配慮して賠償範囲を限定する必要がある」という――。

■教職員個人に高額の賠償を請求する裁判も

夏になると、プールの水が出しっぱなしになっていたという事件がたびたび起こります。

学校の教職員に不注意があり、プールの水を出しっぱなしにしたという場合、そのプールのある公立学校を運営する自治体や学校法人が一次的には溢水(いっすい)(※水があふれ出ること)した分の水道料金も含めてすべての水道料金を負担することになります。教職員個人の側ではなく、学校側が水道の水を出してもらう給水契約を締結しているからです。

ですが、近年、溢水した分については、ミスをした教職員「個人」が負担すべきだとして、現に、教職員個人に対して高額の賠償が請求されるという裁判も起きています。

■最高裁は諸事情を考慮してミスした個人の責任を限定

では、教職員個人は、損害賠償責任を負わなければならないのでしょうか。

この問題については、特に公立学校の場合には、自治体が溢水した分まで税金で負担するのは問題であるから教職員個人が溢水した分を全額負担すべきだという意見もあれば、他方で、教職員個人がそのような責任を負うのはあまりに酷だという意見もあります。

このような意見の対立について、最高裁判例(最判昭和51年7月8日民集30巻7号689頁・茨城石炭商事事件判決)は、どちらの意見が絶対的に正しいというのではなく、意見の対立を調整するかのような一般論を提示しています。

この判例は、直接にはプールの水を出しっぱなしにしたケースではありませんが、水の溢水の事例にも前提となるものとして妥当する重要な判決です。以下、その一般論の部分を引用します。

「使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被つた場合には、使用者は、①その事業の性格、②規模、③施設の状況、④被用者の業務の内容、⑤労働条件、⑥勤務態度、⑦加害行為の態様、⑧加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度、⑨その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである」(①~⑨は引用者)

このように、最高裁は、①~⑨の諸事情を考慮して、損害の公平な分担という民法709条以下(不法行為法)の基本的な原理や信義則(民法1条2項)という観点から「相当と認められる限度」で被用者個人の損害賠償責任を限定しており、この判例の一般論が、プールの水を溢れさせた教員個人の損害賠償責任を限定する場合にも使えるということになります。

■公立中学校の職員1名が「8割を負担」した判例

過去の行政の実例では、近年は、教員側に5割の負担をさせるものが多いですが、より客観的なのは、プールの水の溢水が直接問題になった事例に対する裁判所の判断です。

このような事例について最高裁は今のところはなく、地裁の裁判例がわずかに存在するだけにとどまります。とはいえ、行政が実際にどうしてきたかよりも、法的にはより客観的な判断といえる地裁の裁判例を丁寧にみていくことによって、今後のプールの水の溢水問題を考える必要があります。以下、判例集等で公表されている2つの裁判例をみていきましょう。

スイミングプール
写真=iStock.com/VTT Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/VTT Studio
1 公立中学校の職員1名に損害の8割を負担させたケース

1つ目の裁判例は、結論として、公立中学校の職員1名に損害の8割(約55万円)を負担させたというものです(東京地判平成9年3月13日判例地方自治168号46頁・小金井市学校プール溢水事件)。

この事例では個人1人だけに8割もの負担を負わせていますので、個人の賠償責任が比較的重たいケースだといえます。

ただし、このケースでミスをしたのは、教員ではなく、プールを含む学校施設の管理業務をメインで担当している職員(施設管理員)です。しかも、他の施設管理員からプールの注水状況を確認してくださいと言われ、他の業務もほとんどなく容易に確認できたにもかかわらず、単にその確認を忘れてしまっていたという重大なミスをした(重過失のあった)ケースなので、職員個人の賠償責任が重たくなっていると分析できます。

ですから、この裁判例を教員がミスをした場合に当然に用いるというのは不適当です。また、この裁判例では、茨城石炭商事事件判決⑧の「加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度」という点が殆ど考慮されていない(軽視されている)ものと考えられ、例えばダブルチェックの体制などプールの溢水防止策が殆ど講じられていなかったにもかかわらず、職員1人だけに8割もの負担をさせたことには疑問が残るものといえます。

以上のことから、この裁判例をあまり一般化するということはできないでしょう。

■「52万円」を7名で負担した判例

2 公立高校の教職員ら7名に損害の5割を負担させたケース

2つ目の裁判例は、公立高校の校長1名と教職員ら6名、合計7名に損害の5割(約52万円)を負担させたというものです(東京地判平成29年6月29日LEX/DB文献番号25555146)。

この事例は、校長1名、保健体育科主任教諭であり、かつ、プール管理責任者をしていた教員1名、保健体育科主任教諭の教員3名、経営企画室長の職員1名、同室主事で光熱水費担当者の職員1名の合計7名それぞれに不注意があり、他方で、それぞれの重過失までは(少なくとも積極的には)認定されていないというケースです。

このケースでの7名の負担割合までは明らかにされていませんが、52万円を7名で割ると1人あたり10万円以下となり、負担額はある程度低いものになっているといえます。排水バルブを閉め忘れた人1名だけに52万円全額を負担させるのではなく、水の管理体制について組織的な過失があったものとして、7名全員に負担させている点は妥当とも考えられますが、他方で、軽度の過失があった担当者にまで溢水分の損賠賠償責任を負わせるのは妥当ではないという考え方もありうるでしょう[細谷越史「労働者の損害賠償責任」土田道夫=山川隆一(編)『労働法の争点』(有斐閣、2014年)42頁参照]。

■学校の教職員の多忙化問題も考慮されるべき

以上のとおり、プールの水の溢水事故に関する裁判例は、特に、茨城石炭商事事件判決の判断枠組みの考慮要素のうち、③施設の状況、④被用者の業務の内容、⑦加害行為の態様(特に重過失があるか否か)、を特に重視し、⑧加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度も多少は考慮するという傾向があるということがいえるでしょう。

ところで、2016年に文部科学省が行った「教員勤務実態調査」によると、いわゆる「過労死ライン」(月80時間以上の時間外労働)を超える教員が、小学校で約3割、中学校で約5割であることが明らかになっており、近年、教員の多忙化が社会問題になっています[石井拓児ほか「[座談会]教職員の多忙化問題――法学と教育学から考える」法学セミナー773号(2019年)25頁〔内田良〕参照]。学校職員についても同様の問題があるでしょう。

日本の学校の教室
写真=iStock.com/mapo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo

そして、今日においてもこの多忙化問題は解消されていませんので、このような事情も、茨城石炭商事事件判決の判断枠組み⑨の「その他諸般の事情」として明示的に考慮されるべきであり、損害の公平な分担という見地から信義則上、学校の教職員らの損害賠償責任を減額あるいは否定する方向で考慮されうるものというべきです。

また、公務員であっても憲法25条1項に規定される健康で文化的な最低限度の生活を営む権利は当然保障されています。ですから、このような教職員個々人の生存権や生活にも十分に配慮して賠償範囲を限定し、あるいは、特に重大な過失がないような教職員については賠償責任を負わせないようにするという運用が適切だといえます。

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平 裕介(たいら・ゆうすけ)
弁護士
2008年弁護士登録。東京弁護士会所属。行政訴訟・行政事件を主な業務とし、表現の自由や職業の自由、人身の自由など憲法に関する訴訟にも注力。上智大学法科大学院・日本大学法科大学院・法学部等で行政法等の授業(非常勤)を担当。審査会委員や顧問等、自治体の業務も担当する。

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(弁護士 平 裕介)

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