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大好きなヒーローショーが「30年続くトラウマ」に…子供の人生を台無しにした「母親の何気ない一言」

プレジデントオンライン / 2024年8月11日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Believe_In_Me

子育てではどんなことに気をつけるべきか。公認心理師の柳川由美子さんは「親からの何気ない一言が子どものトラウマになることは多い。親の価値観や期待を無意識に押しつけていないか考えてみてほしい」という――。

■遊園地の「最悪の思い出」

「なんで手も挙げられないのっ! 他の男の子はみんな元気よく挙げていたのに。そんなふうじゃ小学校で苦労するわよ」

母に叱られたのは、Aさんが幼稚園年長の時のことでした。その日はAさんの誕生日。遊園地で開催されたヒーローショーに親子で来ていました。毎週日曜日の朝、楽しみに見ている戦隊モノです。

“事件”が起こったのはショーの終盤。戦隊ヒーローが「誰かステージの上でボクたちを手伝ってくれないかな?」と声をかけると、会場の子どもたちは「やりたい!」と元気よく手を挙げました。母は「ほら、あなたも挙げなさいよ」と言ってきましたが、引っ込み思案のAさんにはできません。

たくさんの子が手を挙げたため、「じゃあ、今月、お誕生日の子にお願いしよう」と戦隊ヒーローが会場を見渡します。母はさっき以上に強く言ってきましたが、Aさんはどうしても手が挙げられませんでした。結局、他の子が選ばれてショーは終了。母から冒頭の言葉を投げつけられたのでした。

■Aさんがカウンセリングに訪れた理由

それから30年余り。30代の会社員になったAさんは、「10年以上服用している抗うつ薬をやめたい」と私のクリニックを訪れました。最初のカウンセリングで「子どもの頃のトラウマ」として話してくれたのがヒーローショーのエピソードです。

「母に怒鳴られている私を他の子が不思議そうに見ていて、それが恥ずかしかったことはよく覚えています。でも、あの後、誕生日をどんなふうに過ごしたのか、記憶がないんです」

私は初回のカウンセリングの際、まずは自由に話してもらったあと、改めて次の7つの質問をします。

①何が問題なのか
②なぜ、それが問題なのか
③それはいつからか
④最も悪かったのはいつか。もし最悪の時期より今がいいのであれば、何が変わったのか
⑤誰のせいでその問題は起きたか
⑥その問題のせいで、日常生活にどのような支障が出ているか
⑦では、その問題に対して本当はどうしたいか

初めは「薬をやめられないこと」が問題だと話していたAさん。しかし、7つの質問に答えていくうちに、本当の問題は「自分を出せないでいるため、疲れてしまうこと」だと気づいたようでした。

■なぜ「挙手できない息子」を許せないのか

Aさんは20代後半から対人緊張、対人不安などの症状が出始め、人前で話すときに過呼吸になってしまうことがあるそうです。心療内科を受診していますが、症状は良くも悪くもなっていないと感じているということでした。

男性の健康と心理療法のコンセプト
写真=iStock.com/Pornpak Khunatorn
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Pornpak Khunatorn

⑤の「誰のせいでその問題は起きたか」という質問は自己責任、他者責任どちらの考え方をするのかを知るためのものです。「親」と答える人が多いですが、「親のことを悪く言いたくない」という理由で「自分のせい」と答える人もいます。

Aさんは「母」と即答。母は感情の起伏が激しく、昨日は穏やかだったのに今日は感情的に怒鳴られるのが日常的で、いつも顔色を伺っていたそうです。

「母が“明るくてハキハキした子”“積極的な子”を望んでいるのは子ども心にわかっていました。だから、ヒーローショーで手を挙げられないことが許せなかったのでしょう。母の機嫌を損ねたくなくて、家の中では明るく振る舞っていましたし、学校でも盛り上げ役に徹していました」

■「まわりの目」を気にして生きてきた

家でも学校でも「こうあるべきというイメージを崩してしまったら嫌われてしまう。理想像を崩すのが怖い」という気持ちがあったというAさん。ずっとまわりの目を気にして、がんばって明るくふるまってきたのでしょう。でも、ありのままの自分でいられなければ、心が疲弊してしまって当然です。

対人緊張、対人不安があり、常に人の目を気にしていると、緊張した状態が続き、自律神経のバランスが崩れやすくなります。Aさんの疲れやすい、よく眠れないといったストレス症状も、そのせいだと考えられました。また、人の目を気にしていると、人と話す時にリラックスしたり、本音を話したりするのも難しくなることから、心を許せる友達がいない、異性とつき合うことができないと訴えるクライアントさんもいます。

7つの質問で最も大切なのは、最後の質問「では、その問題に対して本当はどうしたいか」です。Aさんの答えは「自信を取り戻して、人前で堂々と話したい。もっとワクワクできるような日常を送りたい」でした。

■親の何気ない一言に潜むプレッシャー

Aさんの母親ほどでなくても、子どもに自分の価値観や期待を押しつけてしまう親は珍しくありません。例えば豊かな自己表現ができる、友達が多い、リーダーシップが取れる、勉強、スポーツができる、といったことです。無意識にやってしまっている人も少なくないのではないでしょうか。

怒った母親がおびえる娘を叱る
写真=iStock.com/evgenyatamanenko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/evgenyatamanenko

背景には子どもが社会的に成功することへの期待だけでなく、親の自己肯定感の低さや不安定さがあります。また、親自身が達成、解決できていない行動や自身の性格を子どもに押しつけることで、内面の矛盾や不協和を無意識に緩和しようとする「心理的防衛機制」の影響も考えられます。これは親自身が経験した批判や困難、ストレスを「わが子が経験しないように」と願う気持ちがベースにあるケースも多いです。

価値観や期待の押しつけという点では、「お姉ちゃんなのだからしっかりしてね」「あなただけが頼りだわ」といった言葉も、子どもに「こうあるべき」というプレッシャーを与えます。最近は少なくなったと思いますが、「男の子なのだから強くたくましく」「女の子なのだからかわいらしく、家のことができるように」という言葉も同様です。

■他人軸で考えてしまう「思考のクセ」

しかし、子どもに「活発で明るい自分でないと愛されない」、つまり「ありのままの自分ではダメだ」と思わせることは自己否定につながり、それが自己肯定感、自己効力感を低下させます。本来、自己肯定感、自己効力感は、家族をはじめ周囲からの支援的な人間関係、肯定的なフィードバック、小さな成功体験の積み重ねに加え、さまざまな評価軸によって育まれるものですが、他者からの評価だけに依存してしまう可能性があります。

Aさんは人の機嫌を損ねないように、相手が望むように、自分のしたいことや自分の気持ちはいつも抑え込んできました。このように他人軸で生きている人は、本当は嫌なのにイエスと言ってしまう傾向があります。

クライアントさんの中には、親の望む自分として過ごしてきた結果、本当の自分がわからなくなってしまった、という人も少なくありません。「どう生きたいか」「何をやりたいか」がわからないどころか、「今日、どの服を着たいか選べない」「自分はどのコップが好きなのかわからない」という人さえいます。

子どもの頃から自分で選び、楽しむことを諦めるようになった結果、「自分はどれが好きか」という自分軸ではなく、「母親(父親)はどれが好きなんだろう」「これを選んだら何て言うだろう」と他人軸で考えてしまう思考の癖がついてしまっていれば仕方ないことだと思います。

■「よくない」は親の思い込みにすぎない

現代は情報が非常に多い時代です。子育て中の親御さんが「こう育ててあげなければ」「こういう子だと、将来、苦労してしまう」などと感じてしまうのも仕方ないことだとは思います。

でも、お子さんがAさんのように引っ込み思案だったとして、「それがよくない」と思っているのは親の価値観や思い込みによるものだと気づくことも大切です。そもそも恥ずかしいという気持ちがあるのは当たり前で、成長過程や周りの環境、自分の体調によっても変わる可能性もあります。

それでも心配なら、一見ネガティブと思える行動の肯定的意図を考えてみることをおすすめします。「この子はその行動をすることで、何を得ているのか?」を考えてみるのです。例えばお子さんがとても恥ずかしがり屋の場合、恥をかきたくないということは自分を守りたいということ。つまり、安心感や穏やかさが大切であり、それがその子にとっての幸せだとも考えられます。

■「条件付きの愛」と「無条件の愛」

大切なのは子ども自身が自己否定ではなく、自己受容できること、そして子どもの心に安心感や幸せを育むことです。どんな自分でも見守っていてくれる、OKを出してくれる親がいてこそ、子どもは「失敗しても大丈夫。挑戦してみよう」と思えるようになります。親の望む行動をしたときだけ褒める、かわいがることを心理学では「条件付きの愛」と言います。しかし、子どもが安心して成長していくためには、存在そのものを認めて愛する「無条件の愛」が必要なのです。

Aさんのカウンセリングではさまざまなワークや心理療法を行いました。1つが子どもの時に本当は言ってほしかった言葉を親の立場になって言う「ポジションチェンジ」。「恥ずかしがり屋だけど、優しい子だね」「無理しなくていいんだ。失敗したっていいんだよ」などの言葉を自分にかけて、言い切ったら最後は自分にハグをします。

■「あんな親だったのに、よくがんばってきた」

また、ヒーローショーで叱られた映像がトラウマのように残っているということだったので、それを吹き飛ばす「ビジュアル・スイッシュ」というワークも行いました。

まず、怒っている母の顔を1枚の写真とイメージして、手の甲に貼り付けます。手のひらには見るとワクワクする、うれしくなる、リラックスできるなど、自分をポジティブな気持ちにさせてくれる画像を写真とイメージして貼り付けます。Aさんは見ると癒されるという海の画像を選びました。そして、手の甲に顔を近づけて、シュッと息を吹きかけて母の画像を宇宙の彼方に飛ばしたら、今度は手を返して好きな海の画像が天から降りてくるのをイメージしながら自分に近づける、という動作をくり返します。

何度かカウンセリングに通ううちに、少し気持ちが楽になり、うつ病の薬を減らすことができたAさん。最後は「最近は自分の気持ちを少し友人に伝えられるようになりました」という報告を聞いて、カウンセリングは終了しました。

自己肯定感、自己効力感は人が幸せに生きるための基盤です。もし、Aさんのように親の顔色をうかがいながら育ち、自己肯定感が低いまま大人になってしまったのなら、まずは自分で自分を思いやる、セルフコンパッションを大切にしてほしいです。「あんな親だったのに、自分はよくがんばってきた」と労ってあげてください。

状況が許すのであれば、親に「子どもの頃、あんなふうに言われたのは嫌だったんだよ」と話してみる方法もあります。謝ってくる親もいれば、「そんなつもりじゃなかった」と言い訳してくる親、認めない親もいるかもしれません。でも、そうやって言えたことは、すごく大きなことであり、1つの区切りになるはずです。

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柳川 由美子(やながわ・ゆみこ)
公認心理師
臨床心理士、産業カウンセラー、不安専門カウンセラー。鎌倉女子大学児童学部子ども心理学科卒業。東海大学大学院前期博士課程(文学研究科コミュニケーション学専攻臨床心理学系)修了。義母の末期がんの看病をきっかけにピアノ教師からカウンセラーを志し、自身の不安症の克服経験から、大学院等で「脳は心を解き明かせるか」「脳から見た生涯発達と心の統合」を学ぶ。2005年より大学やメンタルクリニック、企業研修などの活動を開始し、現在は「メディカルスパ西鎌倉」「メディカルスパみなとみらい」でカウンセリングを行う。1万回以上の個人セッション経験を通して相談者の共通パターンを発見。独自メソッドで解決に導いている。著書に『晴れないココロが軽くなる本』(フォレスト出版)、『不安な自分を救う方法』(かんき出版)。

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(公認心理師 柳川 由美子)

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