「ベンチに入れずスタンドで応援」は美談ではない…大量の補欠を生む「甲子園」こそが野球離れの犯人だ【2024夏のイチオシ】
プレジデントオンライン / 2024年8月7日 16時15分
■甲子園のスタンドで応援する野球部員の正体
夏の甲子園が始まっている。今年は2019年以来の入場規制なしの大会(※記事初出時の2022年8月当時。以下同)で、アルプス席の応援団はマスクなどの感染症対策を施しながらも、吹奏楽が応援歌を演奏し、応援団がメガホンを叩いて応援をしている。
筆者は毎年、春夏の甲子園を観戦するが、いつも気になるのが、アルプス席にいる「ユニフォームを着た高校生」たちだ。彼らは「ベンチに入れなかった野球部員」だ。
甲子園に出るような強豪校には、リトルシニア、ボーイズなど中学硬式野球で活躍した選手が入学する。とりわけ資質豊かな選手は「特待生」になる。特待生は日本高野連の内規で各校1学年5人以内が望ましいとされ、入学金、授業料、施設費などが免除される。
特待生になれなくても入学する中学硬式野球の選手もいる。さらに、中学時代に実績がない中学生も甲子園出場を夢見て強豪校に入学する。
甲子園に出場するような強豪校の多くは、100人以上の部員を抱えている。地方大会のベンチ入りは20人前後、選手登録は25人、甲子園は18人となっている。どの学校でも大半の生徒は野球部員でありながら試合に出場することも、ベンチ入りすることもかなわない。
■ベンチ部員のお金は学校の設備投資に使われる
野球好きの人は「そんなの当たり前じゃないか」と言うかもしれない。甲子園だけでなく地方大会でも、どんな試合でも、高校野球は試合に出ない野球部員を生み出してきた。野球ファンも関係者もそれが当たり前と思ってきた。
しかし、高校野球は部活の一つであり、文科省、スポーツ庁が管轄する「教育」の一部である。野球部員は試合に出なくても部費、施設費などを負担している。「甲子園に出る」という目標のために、教育の機会均等という理念が軽んぜられているのではないか。
前回のコラムでも紹介したが、私学の多くは少子化の中、甲子園を「生徒募集の広告塔」にしている。甲子園に出場すれば知名度が上がる。入学志望者が増えれば受験料、授業料の増収が見込める。
私学はそのために、グラウンドや練習環境を整備する。また全国から来る入学者のためにも「学寮」も整備する。多くの野球部員を受け入れるのはこうした設備投資を回収するためだ。結果的に一般の野球部員は特待生の学費も負担している。
■大量の補欠は、監督が希望したのではない
「『どうしてもうちで野球をやりたい』という子供さんが、親御さんと一緒に面会に来るんですよ。私は『3年間試合に出られないかもしれないよ』と言うんだけど『じゃ、やめます』と言う子はほとんどいないね」
甲子園に何度も出場し、“名将”の名をほしいままにした監督は困った顔をして筆者にこう語った。
実は、多くの強豪校の監督は、100人以上の選手を抱えることを必ずしも喜んでいない。
別の強豪校の監督は、野球部のバスの運転手もしているが「私の目が届くのは“ワンバス”までだな、それを超えたらどんな選手かなんてわからない」という。“ワンバス”とは大型バスの定員である45人のことだ。
しかし、少子化の中、学校側はとれるだけの生徒はとっておきたい。少なくとも寮は満員にしたい。そういう意向があるために、毎年、監督が希望していなくても大量の「試合に出ない野球部員」が生まれるのだ。彼らの夏は、アルプススタンドで手拍子したり、踊ったりすることで終わってしまう。
■野球人口は減って当然
なぜ、こうした状態が看過されるのか? それは、小中学校の野球のレベルでも試合に出ない選手が普通に生み出されているからだ。
少年野球の中にはできる子だけを試合に出場させて、あとは声出し、球拾いというチームが今もたくさんある。
ある母親は野球好きのわが子を少年野球チームに入れた。息子は休むことなく練習に参加したが、体が小さかったため一度も試合に出ることはなかった。
母は手記で「(最後の試合が終わって)息子は1試合、いや1打席もバットを振ることもなく小学野球を終了しました。その夜、食事をして『試合に出られなくて残念だったね』と言うと息子は『俺、チームで1番へたくそだからしょうがないよ』と言いました。私は涙が止まりませんでした。息子はただただ練習して、大きな声で応援して、ボールボーイをやって、コーチャーをやって終わってしまいました」と書いている。
こうしたことをしていれば、野球の競技人口は減少して当然だろう。
対照的に、アメリカでわが子を少年野球のチームに入れたある母親は「アメリカでも控えに回る選手はいますが、試合に出たいと思えば、その子は監督にそう言います。父親が話をすることもあります。納得できなければ、チームを辞めて他のチームに行きます。アメリカでは少年野球チームが毎週のようにトライアウトをしているんです。親の役割は、子供が試合に出られるようなレベルのチームにわが子を入れてやることです」と語った。
■試合に出ないなら、スポーツではない
「試合に出ない野球選手」を生み出す背景にも甲子園の存在がある。甲子園大会は春も夏も、その他の大会も「一戦必勝」のトーナメントだ。
1試合も負けられないから、毎試合エースを起用し、ベストメンバーを組むしかない。怪我、故障がない限り控え選手は出場機会がない。予選や春秋の県大会も同様だ。エースの酷使、レギュラー選手の消耗を生む一方で、大量の「出場しない選手」も生み出しているのだ。
「いや、試合に出るだけがチームへの貢献ではありません。声援を送る、試合に出る仲間に飲料を運んでやる、練習相手になってやる。それも立派な野球です。私はそういう選手の親御さんに『息子さんは3年間立派に頑張りましたよ』というんです」
ある監督は平然とそう言った。
筆者は思わずその顔を見返したが、選手や親の中にはそれで納得する人もいるのだ。いかにも日本らしい風景だと思う。
ある男性は、面識がない筆者にわざわざ連絡をしてきて「僕は高校でも大学でも1試合も出ていませんが、ずっと野球部で仲間のために頑張った。おかげで社会人野球に進むことができたし、引退後は一流企業のサラリーマンにもなれた。だから、後悔は一つもありません」と言った。
この人にとっては野球はスポーツではなく、処世術だったということになろうか。
■日本の部活全てに共通する補欠問題
野球だけではなく、日本スポーツは「試合に出ない部員」をたくさん生み出してきた。
それは戦前から、高校野球(当時は中等学校野球)に倣って多くのスポーツが全国大会を開催しトーナメントなど一戦必勝で雌雄を決してきたからだ。
8月はインターハイのシーズンでもあるが、競技場のスタンドでは、選手に声を合わせて大声援を送るユニフォーム姿の部員がいる。中には「来年は私も」と思う下級生もいるが、今年が最後の3年生もたくさんいるのだ。
サッカー指導者、解説者のセルジオ越後は自著『補欠廃止論』(ポプラ新書)で、自身が教育を受けたブラジルには補欠も見学も存在しないとし、日本式の試合に出ない部員を生む部活について「練習ばかりしていても子供は伸びない。試合に出てこそ成長する」「試合に出してもらえない子を“忍耐力”と褒めるから競争力のない子が育つ」「団体競技で日本が弱いのは、日本に補欠制度があるからだ」と指摘する。
高校野球など部活スポーツの勝利至上主義が、試合に出られない部員を生んでいる。それは、競技のすそ野を自ら削り取る行為であり、多くの子供の可能性の芽を摘み、スポーツそのものの発展を阻んでいる。
■リーグ戦の導入を前向きに検討すべきだ
試合に出られない部員を減らし、日本スポーツのすそ野を広げるために必要なことは一戦必勝で勝利至上主義、エリート主義につながりやすいトーナメントを削減し、「リーグ戦」を導入することだ。
リーグ戦は一戦必勝ではなく、勝ったり負けたりしながら戦うことができる。常にベストメンバーである必要はなく、控え選手を使ったり、一つのポジションを複数の選手で競わせるなど、さまざまなトライアルが可能だ。当然、選手の経験値は上がるし、指導者の指導力も向上するのだ。
人数が多ければAチームだけでなくBチーム、Cチームも作ればよい。若手指導者にとっても良い経験になる。
甲子園のアンチテーゼとして高校野球のリーグ戦「Liga Agresiva」が全国で始まっていることは以前の記事に紹介したが、小学生でも「ベンチ入りした全員が試合に出られる」ことを前提にしたリーグ戦が各地で始まっている。
今年4月に岡山県、広島県で始まった「山陽フロンティアリーグ」もその一つだ。筆者は開幕戦を取材したが、小さい子でも試合に出るとなると、そわそわして準備をし始める。
試合への集中力が違うし、応援の力の入れ方も変わってくる。どんな下手な子供でも、体が小さくても、足が遅くても、試合に出るとなれば、必死で頑張ろうとする。
ベンチから試合の時間中、声出しをしているのと、どんな役割にせよ試合に出て、投げたり打ったり走ったりするのとでは、子供はどちらが成長するだろうか?
リーグ戦はトーナメントよりも試合数が増え、大会を開催するコストも手間も増えるが、より多くの選手が試合に出場できるリーグ戦は、競技人口の減少を食い止めるためにも、導入を検討すべきだろう。
連日、甲子園の熱戦に多くの人が注目しているが、アルプス席でメガホンを振っている「野球部員」にも、注意を払っていただきたい。これも「日本野球」の現実の一端なのだ。
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スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)
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