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「甲子園優勝を人生のピークにしてほしくない」慶應義塾監督が日本一になった直後の野球部員たちに伝えたこと

プレジデントオンライン / 2024年8月6日 16時15分

第105回全国高校野球選手権大会で107年ぶり2度目の優勝を果たし、喜ぶ慶応ナイン=2023年8月23日、甲子園 - 写真=共同通信社

2023年の夏の甲子園で、森林貴彦監督率いる神奈川県代表の慶應義塾高校が107年ぶりの優勝を果たした。優勝直後、森林監督は部員に何を語ったのか。スポーツライターの大利実さんの著書『甲子園優勝監督の失敗学』(KADOKAWA)より、一部を紹介しよう――。

■「ミスが出ても勝つ」が慶應の野球

仙台育英との夏の甲子園決勝は、丸田湊斗(慶應義塾大)の先頭打者ホームランに始まり、自分たちの流れで試合を運ぶことができた。

とはいえ、すべてがうまくいったわけではない。守備のミスがあり、決勝の大舞台で4エラー。「4エラーでの優勝なんて、過去にないんじゃないですか」と、森林監督は語るが、それでも勝ったことが大きい。

「ミスがあっても勝てた。ミスをしても日本一になれた。『ミスが出ても勝つ』という話はずっとしてきて、それが決勝でできたのは、ある意味うちらしい戦いでした」

高校野球を見ていると、「ミスをしたほうが負ける」「ミスが勝敗を分ける」「あのミスがなかったら……」と言われることが非常に多い。でも、野球そのものはミスが多い競技で、バント失敗があれば、守備のエラーもあれば、走塁ミスも付き物だ。そもそも、技術的にも精神的にも未熟な高校生がプレーしていることを考えれば、「え?」というようなプレーは起こりうる。

「まぁ、ミスしていいわけではないんですけど、試合中に引きずっても仕方がないんですよね。終わったことはもう忘れて、次に向かう。反省は試合後にする。そのスタンスを貫いていました」

■ミスしても3秒で切り替える

チームで徹底していたのが、「3秒ルール」だ。何かミスが起きた場合には、3秒で次に切り替える。空を見るのもよし、声を出すのもよし、何でもいいので自分なりの切り替えのルーティンを作っておく。

この思考のベースとなっているのが、2021年の夏から取り入れたメンタルトレーニングだ。「SBT」(スーパーブレイントレーニング)を指導する吉岡眞司先生からさまざまなアドバイスをもらい、心の持ち方を学んでいる。うまくいかないとき、劣勢のときこそ、心をプラスにして、自分たちでいい雰囲気を作り出す。劣勢の場面で心まで沈んでしまえば、より暗くなるだけだろう。

■一戦必勝のトーナメントでの「逆算の美学」

夏の横浜との決勝戦、2点ビハインドの終盤に、森林監督が「こういう試合を勝ってこそ、日本一になれるんだぞ」と声をかけていた。追い込まれた状況を自分たちの力でひっくり返すイメージを、チーム全員で共有し、物語を作っていく。9回表、渡邉千之亮(慶應義塾大)に劇的な逆転3ランが生まれ、日本一の挑戦権を得た。

甲子園に行く前の取材では、「まだ何も成し遂げていない」と語っていた主将の大村昊澄(慶應義塾大)。見据える場所が明確だったからこそ、気持ちの緩みはまったくなかった。

森林監督の采配も常に、甲子園の決勝を見据えていた。

神奈川大会では夏の炎天下での野手陣の負担も考えて、3回戦で丸田と正捕手の渡辺憩(慶應義塾大)を休ませたことがあった。相手との力関係を見てのことだが、「負けたら終わり」のトーナメントではなかなかできないことだ。

「『一戦必勝』と『上を見ながら戦うこと』の両方を、自分なりにはやったつもりです。終わってみて思うことは、一戦必勝だけでは日本一にはなれない。かっこよく言えば、“逆算の美学”も必要です」

投手起用ひとつとっても、甲子園の初戦から決勝まで誰を先発させて、次は誰を投入して……というプランをあらかじめ立てていた。そのすべてが計算通りにいったわけではないが、プランがあったからこそ、小宅雅己、松井喜一(慶應義塾大)、鈴木佳門を中心とした投手陣の負担を分散しながら、決勝まで戦い抜くことができた。

■「たかが甲子園、されど甲子園」

2023年8月23日、初めて立った全国の頂点。日本一の景色は、森林監督の目にどのように映ったのか。

107年ぶり2度目の優勝を決め、観客席にあいさつする慶応の森林貴彦監督=甲子園球場
写真=共同通信社
107年ぶり2度目の優勝を決め、観客席にあいさつする慶応の森林貴彦監督=2023年8月23日、甲子園球場 - 写真=共同通信社

「今までの延長線上とはまったく違う、“とんでもない景色”ということはなかったですね。頂点がエベレストだとすれば、エベレストに標高が近い山でトレーニングを積んで、準備をしてきたので。決勝自体も気持ちがフワフワして、全然覚えていないとか、優勝したあとも舞い上がってどうしようもない、ということもありません。それは、これで終わりじゃない、ここが人生のピークではないと思っていることとつながっていると思います。だから、あまり特別な景色にしたくないというのが本音です。甲子園は素晴らしい舞台に間違いありませんが、“たかが甲子園、されど甲子園”と、冷静に見るようには意識しています」

■「甲子園優勝を人生のピークにしてほしくない」

優勝したあと、選手たちにも同じような話をした。

「今回の日本一を人生のピークにしてほしくない。これからもっと、日本一を超えるようないい思い出を作って、人生をどんどん上書きしてほしい」

甲子園で活躍したことによって、“燃え尽き症候群”に陥る高校生も多い。3万人を超える大観衆の前でプレーし、その一挙手一投足に歓声があがる。さらにマスコミの報道も多く、一日にして全国に名が広まることも珍しくない。

「人生のピーク」にしないために、必要な心構えは何か。

「まずは、意識の問題でしょうね。『人生はこれからだ。これからが本番だ』という気概を持てるかどうか。人生80年だとして、まだ18年です。大学に行って、社会に出てからが本当の勝負。そのためにはやっぱり、自分がどんな考えを持って、どんなことに時間をかけたいのか、自ら見つけていかなければいけないと思います」

■真の成功は「おめでとう」ではなく「ありがとう」

夏の甲子園後、丸田に同じ質問をしたところ、「人のために、応援してくださる人の『ありがとう』という気持ちを大切にすることかなと思います」「自分が頑張ることで、誰かに喜んでもらえることに変わりはありません。そこをしっかりと受け止めることができれば、幸福度や達成感はあまり変わらないと思っています」という素敵な答えが返ってきて、「本当に高校3年生?」と驚かされた。

そのエピソードを森林監督に伝えると、さらに話を広げてくれた。

「野球での成功は『おめでとう』と言われますけど、社会的な成功には『ありがとう』と言われることが多いですよね。今回は、『おめでとう』以上に『ありがとう』と声をかけてもらうことが多かったので、甲子園の優勝だけではない価値があったのかなと思います。メンタルトレーニングの学びでもありますが、真の成功は、『おめでとう』ではなく『ありがとう』だという話を聞いて、たしかにと思いました。うちの優勝を見て、指導者の方であれば何かチームを変えるきっかけになったとか、現役の選手であれば、自分も頑張る勇気が湧いたとか、他人事ではなく自分事と捉えることで、『ありがとう』に代わっていくのかなと思います」

■「連覇」は簡単なことではない

2022年夏の甲子園を制した仙台育英・須江航監督が同じようなことを言っていたことを思い出した。「東北のみなさんから、『ありがとう』と声をかけていただくことが何度もありました」と。

大利実『甲子園優勝監督の失敗学』(KADOKAWA)
大利実『甲子園優勝監督の失敗学』(KADOKAWA)

「高校野球の中での勝負だけではない、社会的な価値があったと言える証ですよね」

勝ちの価値を高めてこそ、その先にいくつもの「ありがとう」が生まれてくる。

一度優勝すると、周りは「次は連覇ですね」と気軽に声をかけてくるそうだが、「そういうのは本当にやめてもらっていいですか。簡単なことではないんですよ」と、鋭い突っ込みを入れるという。

「須江さんが、『二度目の初優勝』という言葉を使っていましたが、本当に気持ちはわかります。夏が終われば、別のチームですから。また、『KEIO日本一』に向けてやっていくだけです。新しく変えていくところは変えていき、大事なことはそのまま継続していきます」

2024年4月にグラウンドを訪ねたときには、ホワイトボードに『新しい歴史を創る』という言葉が書かれていた。森林監督も選手も、そして大学に進んだ卒業生も次に向かって歩き出している。

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大利 実(おおとし・みのる)
スポーツライター
1977年生まれ、横浜市港南区出身。港南台高(現・横浜栄高)-成蹊大。スポーツライターの事務所を経て、2003年に独立。『野球太郎』『中学野球太郎』『ベースボール神奈川』などで執筆。主な著書に『高校野球激戦区 神奈川から頂点狙う監督たち』などがある。仙台育英・須江航監督の『仙台育英 日本一からの招待 幸福度の高いチームづくり』では構成を担当した。21年に『育成年代に関わるすべての人へ ~中学野球の未来を創造するオンラインサロン~』を開設。

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(スポーツライター 大利 実)

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