「子持ち様のせいで残業」荒れる日本とは全然違う…子なし層も大満足な欧州No.1の出生増加率の国の賢いやり方
プレジデントオンライン / 2024年8月6日 10時15分
■「日本人はいずれ存在しなくなる」を防ぐために
2年前にイーロン・マスクが「日本人はいずれ存在しなくなるだろう」とXに投稿したのを覚えているだろうか。特に日本において、少子化は深刻な緊急課題だ。
実際に、政府は、26年後の2060年には総人口が現在の約1億2400万人から約8700万人に減少し、高齢化率は40%近くになると推計している。約25年後に日本は3割の人口を失う、ということだ。
そうでなくとも、ウクライナ戦争や円安の影響で、エネルギーや食料を輸入に頼る日本の物価は上がる中、今後さらに進むのが確実な少子化による税収の減少や人手不足は、税金や物価の高騰を引き起こすと言われている。それだけではない。さまざまな公共サービスが享受できなくなる恐れもある。
ところが、だ。「人口縮小」は国民に大きな不利益をもたらす、と日本人が危機感を共有しているかと思いきや、#子持ち様 というハッシュタグがXでトレンドになるなど、子育て層への風当たりが厳しいのが現状だ。物価が上がるのに収入は増えず、子どもをもてば文句ばかり言われる。婚姻率や出生率が低下するのはしかたないかもしれない。
一方、他国はどうだろか。例えば、日本と同じく消極的な移民政策をとるハンガリーは、4つの柱からなる独自の「家族政策」を展開し、過去10年間ほどで出生率を1.23から1.54まで上げ、婚姻率を2倍に高めた。
過去記事で、同国の「経済インセンティブ」「住宅購入支援プログラム」「ひとり親支援などのNGOに対する大規模支援」という3つの柱を紹介したが、本稿では、最後の柱である「ワークライフバランス」を紹介する。興味深いことに、この施策は、子どもがいる層と子どもがいない層の分断を極力減らすよう配慮されているという。
■パートとフルタイム問わず、有休は年20日以上
ワークライフバランス施策として、ハンガリーの特徴は3つある。
第一に、ハンガリーでは、パートタイム・フルタイムを問わず、年間20日以上の有給休暇がもらえ、年齢が25歳に達すると2、3年ごとに有休日数が1日ずつ増えていく。35歳になる頃には25日、41歳には28日、45歳には30日に増える計算となる。
子育てのためにフルタイムからパートタイムに切り替えたとしても、有休日数は変わらない。しかも、毎年最低14日以上続けて有休をとらなければいけないという法律もあるから、雇用形態にかかわらず、ゆったりと休むことができる。また、有給休暇に加えて、7割の給料を保障する有給の病気休暇も年間15日あるから、有休は純粋なバケーションとしてとっておくことができる。
![タイムカード](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/2/1200wm/img_c2d47f306e7ee89b094b85793b93cab1403673.jpg)
■子どもが3歳になるまで残業禁止
第二に特筆すべきは、母親とシングルファーザーは子どもが3歳になるまで残業禁止という法律だ。この法律は養子縁組をした母親とシングルファーザーも含まれる。
無論、育児休暇は日本よりも多く、父親・母親・祖父母うちの誰かひとりが3年間とれるようになっているという。2歳になるまでは給料の7割が支払われる(ただし、最後の1年間の受給額は月約1万2100円なので、現実には多くの親の育休は2年間)。子どもが複数いる共働き夫婦は交代してとるケースが年々増えているそうだ。
■残業は1日に1時間を超えると違法
第三に、ハンガリーでは、年間250時間を超える時間外労働が禁止されており、それを超える場合は、300時間までなら残業契約を経て許可される。残業賃金は通常の残業は1.5倍、休日の残業は2倍。残業賃金を休暇日に変えることも可能だという。
人口を維持すると言われる出生率2.1にはまだ届かぬが、ハンガリーの家族政策は今のところ、ヨーロッパNo.1の出生増加率を見せている。では、日本はどうなのか――。
■日本のパートの年休はたったの最大7日
まずは有休。日本では、パートタイム労働者の年次有休は最大で7日(週4日勤務の場合。週2日勤務なら3日)。6年勤務すると15日まで増えるが(週4日勤務の場合。週2日勤務なら7日)、年齢ではなく勤務年数に基づいている。だが、育児をしながら働くパートやアルバイトにとって、同じ組織で継続的に働くのは難しいだろう。だからこそ、勤務年数でしか休暇日数が伸びないのは苦しい。
その上、日本では病気休暇が法律で定められておらず、病気休暇を取り入れている会社は厚生労働省の調べによると全体の26.5%で、導入する企業でも、他の制度として有休で扱っている割合は30.4%しかない。そのため、万一病気になったときに備えて、有給休暇を使わずに置いておく人が多い。
フルタイムの年休に関しても、最低20日以上というハンガリーと比較して日本のそれは非常に少ない。日本の年休は基本的に雇用半年後に10日、以後、継続勤務年数が1年増すごとに1日(2年6カ月を超える継続勤務1年については2日)ずつ加算した日数で、“最高20日”と規定されているのだ。
厚生労働省の調べによると、2023年度に日本人が平均してとった年休は17.6日だが、取得率は58.3%だった。つまり、平均的な日本人は年休を10日しかとっていないことになる。1年間に最低20日以上、必ず14日を連続でとらなければいけないハンガリー人と比べて、日本人の休暇は半分にも満たない。これでは疲弊して子どもを作ろうという余裕は生まれにくいだろう。
■日本人の長時間労働率は41カ国中36位
残業に関しては日本では基本的に年間360時間以内、届け出をすれば720時間以内の時間外労働が許可されている。その賃金は22時まで1.25倍、22時以降は2倍。平日1.5倍、休日2倍というハンガリーよりもはるかに少ない。
![深夜にオフィスで残業する疲れた女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/4/1200wm/img_142b428d42c23279c1588e7542ff5eb0408194.jpg)
さらに、日本には、子どもが3歳まで残業禁止というような法律はなく、かろうじて、妊娠中なら残業免除を申請できるというものがある。しかし、すぐに「子持ち様」と揶揄されるような社会では残業免除を申請しやすい環境であるとは思えない。
OECDは「長時間労働=週50時間」と定義しており、日本人の15.7%が週50時間働く。これはOECD41カ国中36位だという。反面、ハンガリーは1.5%しかおらず、OECDで8位とワークライフバランス上位の国である。
■日本政府がすべき3つの改善点とは
日本人の長時間労働は世界でも有数の長さなのに、その生産性はOECD加盟38カ国のうち30位と主要7カ国では最下位だ(2022年)。働いても生産性が上がらないし、プライベートの時間ももてない。少子化を少しでも食い止めるには、ワークライフバランスを整える必要がある。そのために少なくとも3つの改善点がある。筆者の国内外での取材を通じて導き出した案を述べたい。
第一に、雇用形態を問わない有給休暇の拡充と病気休暇の導入だ。働く女性の54.4%が非正規雇用であることを踏まえると、雇用形態にかかわらず、法律で最低の年休を拡充させ、ハンガリーのように連続で1年間に2週間以上とらせる。取得率を100%にできない企業や病気休暇を導入しない企業には法的なペナルティを課す。これは、ワークライフバランスや生産性を向上させることだけではなく、非正規vs正規の階級化を防ぐ。
日本では正社員が非正規社員を「ハケンさん」「パートさん」と呼ぶ習慣がよく見られるが、正規と非正規であからさまな格差をつけるから、このような“身分制度”ができ上がる。雇用形態を問わない年休や病気休暇に加え、同一労働同一賃金も徹底すべきだろう。
「雇用形態を問わない有給休暇の拡充と病気休暇の導入」の実現には法律制定が必要だ。負担が大きくなる企業からは抵抗が予想されるが、ここは政治家の皆さんに頑張ってほしい。
第二に、残業の禁止だ。育児しようがしまいが、基本的に残業のハードルを上げるべきだろう。現在の1年間360〜750時間ではなく、ハンガリーを参考に250〜300時間に設定する。残業代も通常の賃金の1.5倍から2倍に設定する。
日本の男性は、育児・家事に費やす時間が世界的に少ないと批判されるが、これも大きな原因は残業文化にある。残業をなくせば、男女がともに働いて一緒に家庭を育むことができ、男女格差も縮まるだろう。
残業の縮小にも企業は断固反対するだろう。だが、少子化というお国の一大事に意識を高めてもらいたいものだ。
第三に、フレキシブルな働き方の普及だ。属性を問わず社員がリモートやハイブリッドを選べるようにしてはどうか。いま、日本でリモート制度(フルとハイブリッド)を採用しているのは、全体の51%(2022)だそうだが、これをアメリカレベルの約80%に引き上げる。ハンガリーの統計は不明だが、筆者が現地で取材したデスクワーク職のすべてがハイブリッドで仕事をしていた。
しばしば日本のXには、「子持ち様のせいで残業するはめに」「子持ち様がまた早退」「子持ち様が急に休む」といった投稿が吹き荒れている。しかし、リモートワークが当たり前になり、ハンガリーのように残業がほぼ禁止されている労働環境なら、子どものいない層から「不公平だ! ずるい!」といった声は起きないだろう。
■子アリと子ナシを分断しない働き方改革を!
持続可能なビジネスの推進に取り組んでいるNPO「ハンガリー・ビジネス・リーダーズ・フォーラム(HBLF)」のプログラム・パートナーマネージャーである人事エキスパートのエニコ・ウーイヴァーリ氏にハンガリーのワークライフバランス施策について聞くと、このような答えが返ってきた。
「子どもがいない人が、子どもがいる人の代わりに働かされていると感じてしまうワークライフバランス施策はよくないです。子どもがいる人にとっても子育ては人生のほんの一部。だから、子どもがいる人も、いない人にもメリットがある支援が必要です。また、子どもを育てながら幸せそうに働く同僚の姿は、若い人だけではなく、子どもたちにとっても、よいロールモデルとなりますよね」
筆者はハンガリーのやり方を模倣しろと言いたいわけではない。参考にしてほしいのだ。
あの国の残業制度を踏襲すれば雇用側は無駄な残業を省くために、効率的なマネジメントや生産性の高い働き方を常に模索するはずだ。同時に、労働者側も過剰労働を避けて、休暇をとろうとする。残業がなくなれば、自然とワンオペ育児も減る。するとメディアにあふれるネガティブな育児ネタも減るのではないか。
子育て世帯が「子持ち様」と揶揄されないような労働環境の改善に取り組むことこそ、待ったなしの少子化問題の解決の第一歩にしなければいけない。何もしなければ、本当にイーロン・マスクの言うように「日本人はいずれ存在しなくなる」かもしれないのだから。
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ジャーナリスト
社会・文化を取材し、日本語と英語で発信するジャーナリスト。ライアン・ゴズリングやヒュー・ジャックマンなどのハリウッドスターから、宇宙飛行士や芥川賞作家まで様々なジャンルの人々へのインタビューも手掛ける。
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(ジャーナリスト 此花 わか)
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