「家族の延命治療をどうするか」の最終結論…和田秀樹「最期の7カ月、86歳父を人工呼吸器につないだ背景」
プレジデントオンライン / 2024年8月9日 15時15分
※本稿は、和田秀樹『どうせ死ぬんだから』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■大事なのは「長生き」ではなく、「長生きして何がしたいか?」
世の中には、医者の言うことを素直に聞いて、血圧を下げ、血糖値を下げ、食べたいものを我慢し、酒もタバコもやめている人たちがたくさんいます。
高齢になってからも、我慢しながら医者にすすめられる生活を続けている人が圧倒的に多いわけですが、やはり長生きが目標になってしまっているという印象がぬぐえません。
長生きすることよりも、長生きすることで何をしたいのか、ということのほうが大事じゃないですか。
解剖学者の養老孟司先生は、もう60年以上の愛煙家でいらっしゃる。けれども、医者でありながら「体に悪いからタバコをやめよう」とはまったくお考えにならない。
「自他ともにその人らしい生き方があるから」というのが養老先生のお考えです。
昆虫好きなことでも知られる先生ですが、85歳を超えて、なおラオスのジャングルに、毎年のように虫捕りに行かれるそうです。
亜熱帯のラオスの密林なんて、蚊に刺されただけで死ぬような感染症にかかるところ。それでも、感染症が怖いという気持ちはまったくなく、虫捕りしたいという気持ちだけで行動されているようです。
85歳を過ぎてなお虫捕りに熱中される養老先生は、まさに「その人らしい生き方」を体現されているお一人だと思います。
■自分はどういう死に方を望むのか
別に、長生きして経験を活かし社会に貢献したい、というような立派なことでなくてもいい。夫婦で温泉旅行をしたいとか趣味の写真を撮り続けたいとか、自分が楽しいと感じることなら何でもいいと思います。
私みたいに年間200軒以上ラーメン屋をめぐっていれば、1年長生きできたら行けるラーメン屋が200軒は増えるわけです。
ぜひ、長生きしてよかったと思えるものをつくってください。
そういうものをつくっておかないで、ただただ長生きしているだけなら、単なる延命と同じじゃないのかなという気がします。
もちろん、1日でも長生きしたいから、そのためにはどんな医療でも施してほしいという人もいるでしょう。それはそれで結構だと思います。
死生観にしろ、理想の死に方にしろ、人それぞれです。正解はありません。
だからこそ、自分なりの死生観を持つことが大事です。残りの人生をより自分らしく生きるためにも、自分はどういう死に方を望むのか、老いの入り口に立ったら一度は真剣に考えておいたほうがいいと思います。
■想定外だった父親の最期
私の父親は86歳で亡くなりました。父は死ぬまでの7カ月間、人工呼吸器につながれていました。これは、私にとって想定外の出来事でした。
父はタバコの吸いすぎで肺気腫になり、それが悪化して入院していたのですが、ある日、病院から「呼吸状態がひどいので、気管内挿管をしてもいいですか」と電話がかかってきました。そうしないと、今晩中に亡くなるかもしれないと言うのです。
私は東京、父は大阪で入院していましたから、死に目にも会いたいし、担当医に「お願いします」とうっかり言ってしまった。
気管内挿管を承諾するということは、その後、気管切開をして人工呼吸器につなぐというところまで同意したことになってしまうのです。医者でありながら、そのときは、それをまだ知りませんでした。
人間というのは意外にしぶとい生き物で、肺気腫を患っているにもかかわらず、呼吸器につながれるとなかなか死ねない。中心静脈栄養という、太い血管に高カロリーの栄養が入る点滴もしていましたから、生きられる。
胃ろう(腹部に開けた穴にチューブを通して胃に直接食べ物を流し込む医療措置)を行っていれば、より確実に栄養が保たれて元気になりますから、おそらく死ぬのはもっと遅れるでしょう。
ずっと意識がない状態で生きているのは、ずっと気持ちよさそうに寝ているように見えなくもないのですが、医療費の無駄かもしれないなと思いました。
それまでは患者さんが同じような状態でいるのを見ても、患者さんを生かすことばかり考えていて、医療費のことなど考えたこともなかったのですが、初めてそう思い至りました。
■「延命治療をどうするか」には一般論で答えられない
延命治療には1日10〜20万円かかります。だから父が7カ月もの間、呼吸器につながっていたということは、2000万円以上は国の医療費を使っているわけです。申し訳ないことをしたと思っています。
ただ、東京に住んでいる私たち親族は父の死に目に会えましたし、呼吸器につながれたままの父ではあったものの、みんなでお別れをすることはできました。
父はわりと生に執着のあった人でしたから、生きられるだけ生きたことに満足しているかもしれない。国に医療費を使わせてしまったけれど、それ以上の税金も払っていましたし、そんなに悪い最期ではなかったのではないかと思います。
延命治療をどうするかは難しい問題です。これは、個々人の死生観が深く関わってくる問題ですから、一般論では答えられません。
延命措置を望むのか、延命のための気管内挿管や胃ろうなどの処置を望まないのか。その意思を判断力のあるうちに決めて、家族の間でも意思を共有しておくことが必要でしょう。
■「枯れて死ぬ」のが人間の自然な死
昔は、終末期を迎えると何も医療を施されず、最期が近づいたら何も口をつけずに衰弱していって、眠るように死んでいったのだと思います。それが、本来の「老衰死」です。
人は死期が近づくと、身体が栄養や水分を必要としなくなり、食欲が衰えていきます。そうして最期を迎えるわけです。
しかし、家族はなかなかそれを受け入れることができない。「食べないから元気が出ないのだ」と思い、少しでも食べてほしいと願います。
医者は血液検査をして脱水の傾向が見られたら、点滴で補正します。
ところが、水分が吸収できなくなっている体に過剰に点滴を行うと、水が溜まって足がむくんできたり、肺に水が溜まったりする。肺に水が溜まるという状況は、溺れて死ぬときと同じで、本人からしたら非常に苦しいのです。
一般論から言うと、体内の水分がなくなって枯れるように死ぬのが、人間にとって自然な死です。
脱水や餓死は、ものすごくかわいそうな死に方のように見えますが、だんだんと眠るように死ぬので、本人は楽なわけです。
延命治療で、たとえば呼吸器につないで点滴するときは安定剤とか眠くなる薬も入れていますから、言うほど本人は苦しくない。原則的にトロトロと眠っているような状態だと思います。
■死が近づくにつれて不快感レベルが下がっていく傾向
しかし、どちらが楽かと聞かれたら、やはり何も食べず脱水して枯れたように死んでいくのが一番楽だと思います。
NHKスペシャル取材班による『老衰死――大切な身内の穏やかな最期のために』(講談社)には、2005年にオランダで行われた貴重な研究が記されています。
研究対象は、平均年齢85歳、178人の重度認知症患者です。人工的な水分・栄養補給を実施しないと決定した後、不快感のレベルがどのように変化していくかを測定し、亡くなるまで記録していきました。
その結果、人工的な水分・栄養補給の実施を見送った後の生存期間が「2日以内」「5日以内」「9日以内」のいずれのグループでも、死が近づくにつれて不快感レベルが下がっていく傾向が見られた、といいます。
もっとも生存期間が長かった「42日以内」のグループでも、不快感レベルが低い状態のまま最期まで保たれていたことが明らかになっています。
食べることや飲むことをやめた後、何もしないで自然に任せるのが安らかな最期を実現する、ということが証明されたと言ってもいいでしょう。
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精神科医
1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。ルネクリニック東京院院長、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師。2022年3月発売の『80歳の壁』が2022年トーハン・日販年間総合ベストセラー1位に。メルマガ 和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」
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(精神科医 和田 秀樹)
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