金メダル選手がアダルトサイトで生活費を稼いでいる…海外紙が報じた「オリンピック選手」の厳しい給与事情
プレジデントオンライン / 2024年8月9日 9時15分
2024年8月2日、フランスのパリ・アクアティクス・センターで行われた2024年パリオリンピック飛び込み競技の男子シンクロ板飛び込み決勝で、銅メダルを獲得したイギリスのジャック・ラファーとアンソニー・ハーディング。 - 写真=EPA/時事通信フォト
■一流のアスリートが経済苦に直面している
パリ五輪に集結した世界のオリンピック選手たちが、観衆を沸かせている。トップレベルのアスリートたちは、鍛え上げられた肉体だけが放てるパワーと洗練された技で、人々を魅了してやまない。
輝かしい舞台に立ち、鳴り止まないエールを一身に受けるその背中は、知られざるストーリーを秘める。華々しい印象とは裏腹に、若き選手たちの多くが経済苦に苛まれているのだ。
メダリストになれど、その収入水準は同年代の平均的な年収に及ばないことが多い。週6日休まずにトレーニングに励んでも、スポンサー契約がない場合、実入りはほとんどない。そればかりか、コーチやトレーニング代、セラピストへの支払いはかさむばかりだ。
パリ五輪ではイギリス選手団の飛び込み競技選手が、アダルトサイトで副収入を得ているとして話題を呼んだ。これは極端な例だが、過去には東京五輪の出場選手を含め、選手活動と工場勤務などの副業で生活をかろうじて維持したという選手も少なくない。
海外メディアは、オリンピック選手たちの知られざる苦労を報じている。
■飛び込み選手の“副業”が広げた波紋
パリ五輪に出場し、飛び込み競技としてイギリスに史上初の金メダルをもたらしたジャック・ラファー選手(29)は、競技選手として、そしてコンテンツ配信者として、“二重生活”を公言している。英テレグラフ紙が7月26日に報じた。
記事によるとラファー選手は、実質的にアダルトサイトとしての性格が強い会員制サイト「OnlyFans」で、セミヌードの写真を投稿して収入を補っているという。
ラファー選手のアカウントの概要欄は、こう書かれている。「他のソーシャルメディアでは見られない、SFW(露骨な性的コンテンツではない内容)を投稿している、29歳のイギリス人ダイバー&オリンピックチャンピオンです!」
「他のどこにも投稿されていない写真や動画など、独占コンテンツを購読しませんか。競泳パンツやブリーフ、ボクサーパンツなど、SFWコンテンツを投稿するのが大好きなんです!」
閲覧は月額10ドル(8月2日現在のレートで約1490円)のサブスクリプション制だ。アカウント情報によると現在、627点の画像が会員向けに掲載されている。ラファー選手はテレグラフ紙の取材に応じ、「はい、副収入が欲しいと思いました」と、アカウントの運営を認めている。
彼はユーモアを交え、こう続ける。「言うまでもなく、僕には皆が欲しがるもの(ルックスや肉体美)が備わっていますし、それを利用してお金を稼げるのであれば喜んでやります。僕はある意味でやり手の人間なので、できるだけ多くのお金を稼ぎたいんです」
■週6の“勤務”に見合わない…10年以上ほぼ上がらない収入
忙しい練習スケジュールの合間を縫って、ラファー選手が副業に迫られているのには訳がある。彼は、飛び込みの世界の資金調達の状況は長らく変わっていない、と嘆く。
彼が競技に初めて参加した2011年、世界トップ8入りを果たした選手たちには、それぞれ2万1000英ポンド(約400万円)が支給されていたという。だが、ラファー選手が現在30歳近くになり、世界トップ3に入っているにもかかわらず、今でも年間2万8000ポンド(約530万円)しかもらえない。
テレグラフ紙によると昨年4月時点で、イギリスの30~39歳の平均給与は3万7544ポンド(約712万円)だ。ラファー選手の年間2万8000ポンドは、それに比べてかなり低い、と記事は指摘する。
オリンピックに向けてのトレーニングは、週6日、1日8時間行われる。記事は、「少なくとも労働時間を考慮すると、ラファーが同年代の他の労働者たちと足並みを揃えているとは言い難い」と述べる。
■全裸にボディペイントのケースも…“副業”が選手たちに広がっている
こうした事情から、選手たちは独自の“副業”を迫られている。チームGB(イギリス選手団)の飛び込みチームでOnlyFansのアカウントを運営しているのは、ラファー選手だけではない。ほかにも、ノア・ウィリアムズ選手(24)、ダニエル・グッドフェロー選手(27)、マティ・リー選手(26)がそれぞれ、OnlyFansにアカウントを開設している。
いずれのアカウントもプロフィール画像は、鍛え上げられた腹筋を強調している。競泳用水着一枚のみをまとった姿だ。ただし、露骨な性的コンテンツは掲載していないと説明書きがある。
英チームのほかにも、カナダの女子棒高跳びのアリシャ・ニューマン選手(30)、ニュージーランドの男子ローイング(ボート)のロビー・マンソン選手(34)、そしてオーストラリアの女子バスケットボールのエリザベス・キャンベージ選手(32)など、複数の選手が月額13~20ドル程度(約1940~3080円)でOnlyFansのサブスクリプションを用意している。
英デイリー・スター紙は、アリシャ・ニューマン選手の場合、全裸にヒョウ柄のボディペイントなど際どい画像を公開していると報じている。
■日本の報奨金…金500万円、銀200万円、銅100万円
会員制アカウントの運営に乗り出すほど差し迫った懐事情だが、その一因に報奨金の少なさがある。仮にオリンピックでメダル獲得に至ったとしても、見返りは決して多くはない。
日本のスポーツ庁は、オリンピック競技でメダルを獲得した日本の選手に対し、日本オリンピック委員会(JOC)が報奨金を支給すると説明している。
その額は、金で500万円(2012年ロンドン大会までは300万円)、銀で200万円、銅で100万円だ。仮に銅メダルを獲得したとして、4年間の猛練習の成果であることを考慮すれば、月あたりの報奨金は2万833円に過ぎない。
米CNBCによると、この状況は日本に限ったものではないようだ。アメリカなど先進国全般に、同様の傾向が見られる。金メダル獲得に対する報奨金は、韓国4万5000ドル、アメリカ3万8000ドル、ポーランド2万5000ドル、ドイツ2万2000ドル、オーストラリア1万3000ドルで、いずれも日本円換算で約190万~670万円の範囲に留まる。
アメリカの選手が金を獲得したとして、4年間で割ると、1年あたり日本円で144万円だ。金メダリストになっても、生活費としてはかなり厳しい。
例外的に、香港とシンガポールは高額の報奨金を用意しており、それぞれ76万8000ドル(約1億1400万円)と74万5000ドル(約1億1100万円)を支給する。
だが、アメリカなど多くの国のオリンピック選手の場合、報奨金だけで生活することは困難だ。米NBCフィラデルフィアは、「オリンピックのアスリートたちは、その絶頂期においてさえ、収入の確保に苦労することが多い。賞金や給付金、スポンサーシップやクラウドファンディングに頼って、夢を支えているのだ」と指摘する。
なお、報奨金の制度はさまざまだ。オリンピックに出場した時点で一定の金額を支給する国もあれば、ノルウェーのように、メダル獲得に対する直接的な報奨金を用意していない国もある。
■「経済的に不安定」6割の選手が悩む
このように、オリンピック選手の多くは、経済的に不安定な中で鍛錬を積んでいる。だが、副業に就きたくとも、練習や合宿のほかにフルタイムの仕事に就くことは時間的にほぼ不可能だ。
全米日刊紙のUSAトゥデイによると、500人のエリート選手たちを対象とした国際的な調査では、自分は経済的に安定していないと回答した選手が約6割を占めた。
2004年のアテネ五輪で陸上競技・女子100メートル銀メダルに輝いたローリン・ウィリアムズ元選手(40)は、米ビジネス・インサイダーの取材に対し、「テレビに出ている選手を見ると、全てのオリンピック選手が有名で、メダルを取ればお金持ちになると思うかもしれません。それは全くの誤解です」と述べている。
選手たちは、トレーニング費用やコーチへの報酬、マッサージセラピストや栄養士への支払いなど、多くの経費を負担しなければならない。練習のための諸経費として、収入の半分ほどがすぐに消えてゆく、とウィリアムズ選手は言う。
多くの選手の生活レベルは、貧困とみなされる水準にある。アルジャジーラによると、アメリカの多くのオリンピック選手の年間収入は、1万5000ドル(約220万円)未満だ。連邦政府が発表する「貧困線」を下回る水準であり、これは、選手の所得が、国民の中央値のさらに半分を割り込む状態であることを意味する。
■すきま時間に工場でバイトをする選手も
生活費とトレーニング費用を賄うため、練習時間が削られるのを承知で、やむを得ず仕事を掛け持ちする選手もいる。
今年のパラリンピック大会・男子テコンドーに出場するアメリカのエバン・メデル選手(27)は、ビジネス面からスポーツを報じるウェブメディア「スポーティコ」の取材に、「工場に駆けつけて作業をすることもあります。そうして収入を補っているのです」と二足のわらじ生活を打ち明けた。
2016年のリオ大会で女子フェンシング(サーブル)銅メダルを獲得したアメリカのモニカ・アクサミット元選手(34)は、次の2021年東京大会に向けてトレーニングをしている期間中、GoFundMeで支援の受付を開始した。
彼女は米オリンピック委員会から月額300ドル(約4万5000円)のささやかな支給金を受け取っていたが、トレーニング費用は嵩み、累計2万ドル(約300万円)を超えるまでになっていた。オリンピックレベルのトレーニングに必要な時間を考えると、アルバイトをしている余裕はとてもなかったという。
英BBCが2016年に報じたところによると、アメリカのオリンピック選手は連邦政府からの直接的な支援を受けておらず、個人の自己負担費用は年間1万2000ドルから12万ドル(約180万~1800万円)に達することもある。
■経済苦や引退後の不安を抱え、選手たちはパリの舞台で闘っている
浮き沈みの激しさも課題だ。
オーストラリアの男子競泳のマシュー・アブード元選手(38)は、2012年のロンドン五輪の予選で0.02秒の僅差で敗れ、政府からの資金援助が打ち切られた。BBCによるとその後は、オーストラリアの銀行でアナリストとして働きながら、リオ五輪に向けてトレーニングを続けたという。
だが、このように望んだ職に就ける例はむしろ希だ。テレグラフ紙は、「オリンピック選手は、その種目では超一流かもしれない」と称えつつ、「20代後半から30代前半で引退する頃には、同年代の人たちとは異なり、転職に有利なスキルを職場で10年かけて身につけているわけではない」と指摘する。その結果、スポーツ以外のフィールドでは大きな不利が働く。
女子ショートトラック・スピードスケートの元選手で、2021年に引退したエリス・クリスティーさんは、同紙に対し、引退後の苦境を語る。「私は、(用意された)システムの下でメダルを獲得した人間ですから、全く何も持っておらず、ただ人生というものを理解するために独り取り残されたのです」
彼女は住む家を失い、3つの仕事を掛け持ちし、塞ぎ込む日々が続く中、経済的にも心理的にも支えとなったのがOnlyFansだった。収入源として生活を支えたほか、ファンとの交流に心を癒やされたという。「自発的で爽快な独占コンテンツを共有します」と言う彼女は、露骨なコンテンツは公開していない。
パリ五輪に集うオリンピック選手たちは、数年後の自身の生活も見通せない不安のなか、ありったけの力と技をフィールドにぶつける。経済事情などみじんも感じさせることなく、響き渡る歓声に応えようと、全身全霊を傾けたプレーが今日も繰り広げられる。
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フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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