「ハローワークで絶望」自分が高くて不味いレストランと自覚した元メガバンク支店長が後輩に授ける生き残り術
プレジデントオンライン / 2024年8月27日 16時15分
■ハローワークで知った己の市場価値のなさ
あなたはいまいくつでしょうか。私は、いろいろな事情があって49歳で銀行を辞めたのですが、40代と50代とではまったく違います。
40代なら、まだ遠くへ飛べそうな気がする。失敗しても、もう一度やり直しがききそうだ。子どもも、まだ小さい。金がかかるようになるまでには時間がある。妻も若い。きっと応援してくれるだろう……。
これが40代。
ところが50代になれば、まったく景色が違ってきます。体力も衰えている。白髪も増えた。意欲もなくなってきた。おしっこの勢いさえ弱くなった(ごめんなさい、こんな事例は男だけの感想かな)。
子どもは大学進学で仕送りも増えた。住宅ローンもまだ1000万円以上残っている(ある調査によると50代で住宅ローンがある人は、だいたい1000万円以上も抱えているそうです)。
でも会社に残っても出世は見込めない。後輩に先を越されて、腹が立つことばかりだ。辞めたい。でも辞めたら、その日から路頭に迷うかもしれない。でも、でも……の繰り返し。
私は、ハローワークに相談に行ってみたことがあります。すると、相談員に大声で「あなた、甘い!」と叱られました。職業紹介依頼の書類の希望年収欄に、銀行員時代にもらっていた金額を書いたからです。
相談員は「50代になると、この人手不足の中でも、1歳上がるごとに10%求人が減ります。ですから60歳になると、ゼロになります。ドーン」と、アニメ『笑ゥせぇるすまん』の主人公・喪黒福造のように私に向かって指を突き出しました。
「あなたは何ができますか?」
相談員が聞きます。
「支店長でした。実績を上げました」
私は答える。
「支店長とは何をするのですか?」
「……」
私は沈黙。部下を叱咤激励し、目標達成させるのが支店長の仕事かな? ほかに何があるのかな? 部下の教育かな? などと考えていたら答えが出てこなかったのです。
「人事制度を最初から作れますか?」
「……」
再び沈黙。
人事制度? 人事部にはいたけど、そんなもの作ったことがない。
「作れないのですか?」
喪黒福造は不機嫌そのもの。
「作れと言われれば、作りますが……」
自分のことながら、自信のない答え。
■会社にしがみつくのもひとつの才能だ
「あなたねぇ、前の会社でどれだけ偉かったか知らないけど、そんなの関係ないから。職務分析して、自分にどんなスキルがあるかが勝負なんだから。若い人なら、会社は安く、長く使うことができるけど、あんたは50歳を過ぎてんだよ。高い金で短い期間しか使えないんだ。そんな買い物、あんた、する?」
「……しないです」
「そうでしょう。当然だよね。高くて不味(まず)いレストランに誰も行かないのと同じ。いま、あなたはそんな状態なの。冷静に自分に何ができるか考え直して、出直しなさい」
喪黒福造は、私に書類を突き返した。私は、完全に打ちのめされた。
それで「作家しかない」と覚悟を決めた、というのは嘘ですが、本当にショックでした。
私には市場価値がない。
これが現実だったのです。
銀行時代に人事部、広報部に在籍しましたが、それはポストの話だけであって、そこで具体的に何をして、どんなスキルを身につけたかが問題です。
私には多少自信がありました。広報部では特にリスク管理で成果を上げましたし、総会屋事件後の業務監査統括室ではヤクザとも喧嘩したほどですから、「あなたは引く手あまたです」くらい言われると思っていました。しかし、すべては勘違いだったのです。
50歳になったら、たいていの人は同じ目にあいます。嘘だと思うなら、一度、ハローワークに相談に行ってみることです。誰もあなたを求めていないという現実を突きつけられて、絶望するでしょう。
私は、会社にしがみつくのも才能だと思います。65歳定年制も70歳まで延びそうです。一方で年金支給年齢は年々、後ろ倒しになっていきます。そんな状況下で私のアドバイスは、「恥ずかしくないから会社にしがみつけ」。これが一番です。
もしそれでも辞めたいというなら、いったい自分は何をやりたいのだろうか、何をやりたかったのだろうかと、五十路の壁の前に坐禅してじっくりと内省することが大切です。
人生100年時代を迎えています。昔は60歳くらいに職場で定年となり、余生をのんびり過ごす人もいました。でも最近は定年退職後も働き続ける人が少なくありません。定年を待たず早期退職し、第二の人生を歩み始める人もいます。
就職先で定年や一定年齢まで働き、その後も悠々と暮らせるのは、天下り先のある官僚など一部の人たちだけです。職場の状況が突然、変わることもあります。就職した会社がそのまま続くと思ってきた人は、将来が不安になるかもしれません。自分の人生が思い描いている通りにならなくて、迷うかもしれません。
■30年間培ってきた技術は必要とされる
とはいえ50代にもなって将来のことを不安に感じ、迷うのは「アホか」と言いたいです。50歳を過ぎてから、定年だ、老後だ、認知症が心配だ、と気にするくらいなら、いまの仕事を一生懸命やりなさい、と言いたいのです。
慶應義塾大学を創設した福沢諭吉の婿養子に、福沢桃介(1868〜1938年)という人がいました。桃介は相場師として株式投資で財を成し、その後は実業家として電力会社などを経営して、「電力王」とも呼ばれました。
その桃介が「憎まれて世を渡れ」と言っています。可愛がられる人は、その器の中でしか仕事ができません。憎まれるくらいでないと、大きな仕事ができないということです。
桃介が言うように、憎まれて世を渡るくらいの気持ちで、誰にも気兼ねもせず、自分で正しいと思ったことを最後までやり遂げてみてはどうでしょうか。居直って、定年まで仕事に取り組むべきではないでしょうか。
人生はいつでも分岐点です。50代まで無事に仕事を続けてこられたのは、いくつもの選択が決して間違っていなかったのです。
営業をしてきた人が、予約なしに一軒一軒を訪ね歩く「ドブ板営業」をやってきたとしましょう。それならばドブ板営業を突き詰めていけばいいのです。若い世代に、ドブ板営業のできる人は少ないはずです。
50代の人は、それまで30年くらい続けた仕事に自信をなくす必要もありません。いままでやってきたことを、そこからさらに突き詰め、職場で何か提案するくらいのことをしてもいいでしょう。そのほうが、世の中が活性化して、自分の頭も活性化されて認知症の心配もなくなります。
ソニーが99年に発売した自律型エンタテインメントロボットの「アイボ」はものすごく売れました。犬の姿で、本物のように触れ合うことができます。購入者に、お年寄りがけっこういるようです。修理する人がいなかったので、修理の仕事を始めた人がいました。修理依頼が舞い込み、お年寄りの方々が喜んでくれて、うれしく感じているそうです。
富士フイルムは、もともと写真フィルムのメーカーでした。感光材料の写真フィルムにはゼラチンが必須の素材で、人の皮膚(コラーゲン)にも大切なものです。
デジタルカメラの普及で写真フィルムの需要がなくなったとき、写真フィルムづくりの技術を持った人は、リストラされても不思議でなかったのです。しかしゼラチンを扱ってきた技術を生かすことで化粧品への展開を考えた人がいて、化粧品の開発・事業化につながっていきました。
また、写真フィルムはさまざまな素材を乳化分散させて作ります。こうした乳化分散の技術は現在、食品や化粧品業界でもよく使われるようになりました。
■50代での「学び直し」はどうせ役に立たない
自分が取り組んできた技術は時代遅れになったと嘆くのではなく、自分が必要とされるところを探しなさい、と言いたいのです。1人でも、2人でも、自分を必要とする人がいれば人生が楽しくなります。自分の仕事は、自分の蒔いた種なので、楽しく刈り取りなさいよと。
最近はリスキリングとか、学び直しなど、よく聞きます。時代遅れにならないように、新しいスキルを身につけましょうと、会社が従業員に言い出したりもしています。
しかし、50代で仕事の学び直しは役に立たないことが多く、アホじゃないかと見ています。会社の都合で、従業員をどうにかしようと考えているのです。人材研修の会社を儲けさせて、喜ばせるだけになります。学び直しをさせようとする会社の社長自身が、何も考えていないのではないでしょうか。
もし、何かを学ぶのであれば、会社の仕事とはまったく関係のないことのほうが楽しくなります。たとえば、ダンスや音楽バンド、小唄や浄瑠璃をやってみたり、小説を書いてみたり、これまでやってこなかったこと、仕事とはまったく関係なさそうなことに挑戦するほうが楽しくなるはずです。
そうしたほうが、人脈も新しくでき、新たな発見も出てくるかもしれません。それが、いまの仕事に生きてくることもあるのです。
50代くらいで、人生の先が見え始めたときに不安が生じてきます。新1万円札の顔となった実業家の渋沢栄一は、自分に訪れる不安が自然なものなのなら、受け入れざるをえないと言っています。一方、人為的な不安は、自分が蒔いた種で、どうして悩んでいるのかと。そこは、プラスに考えていくしかありません。そうしていれば、周囲の人たちが、よく頑張っていると評価もしてくれます。
■定年後に「給与半減」でも仕事があるだけで幸せ
50代の悩みは小さなものです。60代になると、ホワイトカラーの仕事はなく、現業の仕事くらいしかありません。恰好のいい仕事があるのは、上場企業や官僚で出世した人たちや、徳を積んできた人たちです。
現業の仕事でも、興味のある仕事、自分に合った仕事、自分を必要としている仕事を探せばいいのです。たとえば、地域で募集があり、学校の用務員になって、楽しんでいる人がいます。学校では、好きな植栽の剪定をして、子どもたちから「先生」と呼ばれて慕われるのが、うれしくてしょうがないとも。
海外で航空会社のキャビンアテンダントをしていた女性が、食品コーディネーターに転身して、幸せそうにしています。韓国サムスングループで働いていた方が、海外協力隊のシニア版に参加し、海外で自分のスキルを伝えることに幸せを感じています。
お金に困っているのであれば、何でもやりましょう。いまは人手不足の時代です。介護や工事現場、運送業など現業に近いところは、AIで効率化するのが難しく、人手が足りません。たとえば、運送会社は人材募集の年齢を引き上げ、荷物の上げ下げを機械化して、人は運転するだけでいいのです。仕事はあります。
ただし、現業の仕事をするのであれば、悪しきプライドは捨てましょう。過去の自慢話などは嫌われるだけ。職場へ上手に溶け込めさえすれば、逆に好かれることにもなります。
定年後の再雇用で、給与が半減したと不満を言っている人たちがいます。そんな人たちには、仕事があるだけでも幸せだと言いたいです。生産性が上がらないこともあり、温情で再雇用してもらっていることも少なくありません。60代の人こそ、自分のスキルを磨かないといけません。
60 代なら仕事を頑張っても、せいぜい、あと10年くらいでしょうか。自分がこれまでに何をやり残したのか、考え直してみるといいでしょう。そうすれば、楽しくもなるのではないでしょうか。
自分自身の「天命」を知ることが大切です。諦観とでも言いましょうか、自分が選んで歩んできた人生を受け入れることです
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月16日号)の一部を再編集したものです。
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作家
1954年、兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。77年、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。人事、広報部等を経て、築地支店長時代の2002年に『非情銀行』(新潮社)で作家デビュー。03年、49歳で同行を退職し、作家生活に入る。著書に『ラストチャンス 再生請負人』(講談社文庫)など多数。
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(作家 江上 剛 構成=浅井秀樹 図版作成=大橋昭一)
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