1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

「殺られる前に殺れ」と教典が説いている…世界中から非難されても虐殺を続けるイスラエルの国家観

プレジデントオンライン / 2024年8月9日 9時15分

イスラエルとハマスの紛争中、カーン・ユニスでの襲撃を受けてイスラエル軍が地域から撤退した後、ハーン・ユニスの東側に戻るパレスチナ人たち。2024年7月30日、ガザ地区南部にて - 写真提供=©Omar Ashtawy/APA Images via ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ

2023年10月、パレスチナの行政区であるガザ地区にイスラエル軍が侵攻してから10カ月がたつ。なぜイスラエルとパレスチナは幾度となく衝突を繰り返すのか。豊島晋作『日本人にどうしても伝えたい 教養としての国際政治 戦争というリスクを見通す力をつける』(KADOKAWA)より、ユダヤ人とパレスチナ人の言い分を会話形式でお届けする――。(前編/全2回)

■日本人には理解が難しい「先祖の土地争い」

ユダヤ人とパレスチナ人は、基本的に土地をめぐって殺し合っています。

ユダヤ人とは、ユダヤ教徒またはユダヤ教に改宗した人あるいは母親がユダヤ人である人を指します。パレスチナ人とは、今のイスラエル領土を含むヨルダン川から地中海(ちちゅうかい)に至る土地に長年住んでいた人々です。

この両者が互いに、上記の土地を「自分たちのものだ」と主張しているのです。確かにパレスチナ人は長年その土地に住んでいました。一方で少数ですがユダヤ人たちの一部も長年そこに住んでいました。さらにユダヤ人たちは、「その土地は大昔に自分たちの祖先が住んでいた場所であり、自分たちはそこに“戻った”だけだ」とも主張しています。

私たち日本人にとって、土地をめぐって殺し合うのは理解が難しいことかもしれません。日本列島の土地は最初からそこにあったからです。鎌倉時代の元寇や第二次大戦後のアメリカの占領はありましたが、国土の大部分が他者に侵略されたり、蹂躙(じゅうりん)されたりした経験はありません。

■ユダヤ人とパレスチナ人、双方の言い分を比較してみる

しかし、世界は違います。土地をめぐって何千年も殺し合ってきたのが人類の歴史です。

パレスチナ紛争に関しては、情報があまりに多く、どれだけ説明しても「これで十分」ということはありません。万人を納得させるような説明は困難でしょう。

『日本人にどうしても伝えたい 教養としての国際政治 戦争というリスクを見通す力をつける』(KADOKAWA)の第4章では、両者がいったい何を言っているのか、可能な限り要点のみ分かりやすくするため、まず、イスラエルを建国したユダヤ人と、そこに住んでいたパレスチナ人の会話によって説明することを試みます。

ユダヤ人

「この土地は約3000年前に祖先が王国(※1)を築いていた場所だ。そして、聖書によって約束されたユダヤ民族の帰るべき故郷である(※2)。もともと少数の我々の仲間もずっとここに住み続けてきた。誰にでも住む場所が必要だ。だから我々はここに住む権利がある」

※1:紀元前1000年頃に成立したユダ王国を指します。
※2:旧約聖書「創世記」では神はイスラエルにナイル川からユーフラテス川までの全ての土地を与えたとしています。また、「出エジプト記」23章31節においても神がユダヤ人の始祖でもあるアブラハムに土地を与えると約束する記述があります。

パレスチナ人

「それはおかしい。そもそもユダヤ人たちは2000年近くこの土地を不在にしていたはずだ(※3)。その間この土地で暮らしてきたのは我々だ。あなたがた少数のユダヤ人が住んでいた場所はずっと小さな土地だった。なのに、100年ほど前から突然、大挙して押しかけて私たちの土地に勝手に住みはじめたのだ。そもそもこの土地は我々パレスチナ人の土地である」

※3:ユダヤ人の大多数がヨーロッパなどに離散していたことを指します。

■「故郷に戻っただけ」vs.「領土を超えて占領している」

ユダヤ人

「確かに、長い間自分たちの大多数は土地を不在にしており、少数の仲間しかパレスチナの土地には残らなかった。しかし、やむを得なかったのだ。ローマなどに侵略されて土地を追われ、2000年近くヨーロッパなどに避難しなければならなかった。それはユダヤ民族への迫害のせいであり、我々はナチスによる虐殺で民族絶滅の危機にも直面した。我々ユダヤ人が安全に生きていくためには住む土地がどうしても必要だった。ようやく大勢でこの“故郷“に戻ってきて安全に暮らせるようになったのだ」

パレスチナ人

「迫害されてきたから、虐殺されたから、人の土地に勝手に住んで良いという理屈は成立しない。しかも、ユダヤ人たちは最終的には国家までつくり、国外から大勢の仲間を呼び寄せて、今やその領土を超える部分も占領して住み始めている(※4)

占領された土地に住んでいた我々パレスチナ人は家を追い出され、耕した畑も水源も人権も奪われている。今ユダヤ人に迫害されているのはパレスチナ人の方だ。こんなことが許されるはずはない」

※4:パレスチナにユダヤとアラブの二国家を作るという1947年の国連決議「パレスチナ分割決議」により、本来ヨルダン川西岸地区はパレスチナ人が住むはずでしたが、実際はその土地の約60%が、イスラエルに占領され、その支配下にあることを指します。

■「イスラエル建国」直後、第一次中東戦争が勃発

ユダヤ人

「自分たちは決してパレスチナ人の土地を勝手に奪ったわけではない。1947年の国連決(※5)によってこの場所で国家をつくることが認められている。つまり自分たちは認められた範囲で国家をつくっただけだ。すると、どうなったか。突然、パレスチナ人やアラブ諸国の軍隊が攻め込んできたではないか(※6)。つまり戦争を最初に仕掛けてきたのはパレスチナ人やアラブ諸国だ。

我々イスラエルはただ防衛のために戦わざるを得なかったのだ。我々は勝利したが、自分たちはやはり危険な環境にいるのだと分かった。だから自らの安全を確保するためにも、そして国外から移民としてやってくる同胞たちが住むためにも、領土を超えた占領地が必要だ。こうした理由で、我々はイスラエル建国時の領土の場所を超えた土地を占領し続けるのだ」

※5:1947年の国連決議「パレスチナ分割決議」を指します。
※6:1948年の第一次中東戦争を指します。

パレスチナ人

「確かに我々は建国直後のイスラエルに攻め込んだ。そして敗北した。しかしイスラエル建国前からユダヤ人によるパレスチナ人への苛烈な攻撃があった。さらに1947年の国連決議は少数だったユダヤ人に半分以上の土地を与えるものであり、アラブ諸国はそもそも反対していた。イスラエル建国を認めた国連決議はイギリスやアメリカの多数派工作によるものだ」

■イスラエルは国際法に違反し続けている

(つづき)

「そもそもユダヤ人を迫害してきた欧米の過ちを、特にホロコーストという大罪を、私たちパレスチナ人が償わなければならないのはおかしい。

イスラエル建国は我々にとって大惨事でしかなかった。戦争後のイスラエル領土を超えた土地の占領はもはや数十年にわたり続いている。「占領は終わらせるべきだ」との国連決議(※7)も出され、多くの国が支持した。そんな占領が認められるわけがない。ましてや海外の移民を受け入れるための占領などあり得ない。

つまりユダヤ人たちは違法に占領した我々の土地にあまりにも長く居座り続けている。地球上のほとんどの国家がこの国連決議を支持しており、イスラエルは国際法に違反し続けているのだ。

それに、国際社会はこの土地にイスラエルだけでなくパレスチナ人の国家の建設も求めている。我々にも国家建設の権利がある」

※7:占領地からのイスラエル軍の撤退を求める1967年の国連安保理決議242を指します。

ユダヤ人

「あなたは『国連決議は多数派工作の結果だ』などと主張するが、あらゆる国連決議の裏でそうした政治的な動きがあるのは当然のことだ。確かに2つの国家での解決に我々も一度は同意した。しかしいつまで経ってもパレスチナ人は国家を建設できないではないか。つまり二国家解決など不可能なのだ。パレスチナの統治機構は腐敗していて、指導者はほぼ変わらないし、人々の支持も集められていない(※8)

※8:パレスチナ自治政府のトップ(アラファト議長、アッバス議長)が長期政権を築き、選挙も十分に実施されてこなかったことを指します。

有刺鉄線の後ろのイスラエルとパレスチナの旗
写真=iStock.com/Stadtratte
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Stadtratte

■パレスチナの腐敗がテロ組織「ハマス」を生んだ

(つづき)

「自分たちに統治能力がないせいで、テロ組織のハマスを台頭させる結果になった。ハマスは常に暴力しか頭にない。和平合意の後でもすぐにテロを引き起こす。

つまり、現実問題としてパレスチナはイスラエルにとっての脅威でしかないのだ。ハマスの自爆テロ、ロケット攻撃は何十年も続いてきた。大勢のイスラエル市民がテロ攻撃の犠牲になってきた。そうしたパレスチナ側の攻撃の正当性など、国際社会は全く認めていない。むしろ非難している。

特に2023年10月のハマスの攻撃は罪のない民間人がターゲットだった。ハマスは大勢のイスラエル市民を無慈悲に殺し、大勢を人質として誘拐した。これこそ国際法に違反する非道な行為だ。我々イスラエルの軍隊は民間人だけをターゲットにした軍事作戦を行ったことはない。

もはや対話など無意味なのだ。だから軍事力で徹底的に殲滅(せんめつ)するしかない。我々はガザ地区に侵攻して、ハマスを根絶やしにするために戦うしかなかった。ハマスは完全に壊滅させる。作戦は大規模で広範囲になる。だから、多少のパレスチナ人の民間人に犠牲が出てもやむを得ない。結局は戦うしかない」

■民間人を含む3万5000人のパレスチナ人が殺害されている

パレスチナ人

「10月7日の攻撃はイスラエル軍を標的にしていたものであり、同時に民間人も攻撃対象になっただけだ。イスラエル軍もハマスの戦闘員を攻撃し、結果として多数の民間人を殺害している。結果は同じだ。2023年10月以降、イスラエル軍がガザへの侵攻で殺害したパレスチナ人の数は3万5000人を超え、10月にハマスが殺した人数を遥(はる)かに上回っている。しかも大勢が民間人だ。明らかにやりすぎだ。国際社会もそう考えている。

仮にイスラエル軍が民間人を直接の標的にしていないと言っても、そもそもパレスチナ人は誰も信じないし、あまりに多くを殺してきたのは揺るがない事実だ。過去にはイスラエル軍による明らかな虐殺もあった。

我々に国家をつくる能力がないなどと言っているが、そもそもイスラエル政府がパレスチナ国家の建設を認めていない。さらには建設を妨害している。ガザ地区やヨルダン川西岸の占領で我々パレスチナ人を閉じ込めているのはイスラエル人だ。

自由を奪い、経済活動もできない状況に我々を追い込んでおいて、よくそんなことが言えたものだ。我々は土地を奪われ、移動の自由もなく、物資を運び込むことも、持ち出すこともできず、水源も奪われている。そんな絶望しかない状況で人々に物資を配り、生活を支えてきたのがハマスだ」

■どちらの言い分が正しいのか

(つづき)

「確かに全てのパレスチナ人がハマスを支持しているわけではない。今回の攻撃とイスラエルの激しい報復を見て反発している人もいる。ただ我々はあまりに長い間、絶望にさらされてきた。そして今、さらなる絶望を感じている。

和平合意を破壊するのはイスラエルの方だ。和平合意を結んだイスラエルのラビン首相を殺害したのはパレスチナ人ではない。狂信的なユダヤ人だったではないか(※9)。話し合いの結果で生まれた和平が破壊されるならば、戦うしかない」

※9:パレスチナとの和平合意を実現したイスラエルのラビン首相がユダヤ人青年の銃撃で暗殺されたことを指します。

――全く主張が噛み合わない両者ですが、最終的には双方ともに「戦うしかない」との結論で一致してしまったようです。現実の世界でも、殺し合いが続いています。

互いの主張はそれぞれ事実を含みますが、イスラエルが国際法に違反してヨルダン川西岸の大部分を入植地として支配しているのは厳然たる事実です。この認識は、際社会で圧倒的多数の国家によって支持されています(アメリカはトランプ政権時に「入植活動は違法ではない」と見解を変更しましたが、その後のバイデン政権は「違法である」と従来の見解に戻しました)。

■イスラエルは違法な占領をやめるべきだが…

イスラエル政府は、この不法に占領している土地を「入植地」として大勢の国民を移住させています。当然ながら、この入植も国際法違反です。つまり土地を巡る争いでは、国際法的にはイスラエルが違法行為を行っており、パレスチナ側の主張が正しいと言えるでしょう。

一方で、国際政治の歴史を振り返ると、世界ではいつの時代も土地をめぐる戦いの連続でした。殺し合いに勝った集団が多くの土地を獲得して大きな国家を築き、負けた集団はより小さな場所に追いやられるか、住む場所を失って離散するか絶滅してきたのが現実です。

しかし、現在の国際社会ではこうした“現実論”などで問題を片付けることはできません。国家が武力によって領土を獲得してよいということになれば、世界の秩序は崩壊します。ウクライナを侵略するロシアの行動を認めることにもなります。やはり、最終的には国際法というルールと政治的な妥協による解決しかありません。イスラエルは違法な占領をやめなければなりません。

その国際法というルールについて言えば、イスラエルもハマスも両者ともに民間人の殺害など非人道的な行為を繰り返してきたのは事実です。両者とも国際法に違反した行為を繰り返しています。

ガザ地区
写真=iStock.com/prmustafa
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/prmustafa

■なぜ和平合意が何度も破られてしまうのか

一方の政治的な妥協については、イスラエルもパレスチナも何度も話し合いを持ち、和平合意が結ばれてきました。イスラエルにもパレスチナにも、自分たちの主張を押し通すだけでは問題が解決しないと理解している人たちがいるからです。さもなければ殺し合いだけが続くことも分かっています。

このため何度も和平交渉が行われ、実際に何度も和平合意が取り交わされてきました。1993年の「オスロ合意」が代表的です。しかし、そうした平和の約束は何度も破られてきました。

なぜでしょうか。

理由の一つは、パレスチナ、イスラエルの両方に「妥協を拒否する人々」がいるからです。まず、入植地に住むようになったユダヤ人たちは、自分たちが「国際法に違反する土地に住んでいる」とは決して認めません。入植者たちは政府の入植政策を支援するイスラエルの政党に投票し、そうした政党がイスラエル政治で大きな力を持っています。彼らはパレスチナ側との妥協を拒否します。

実際に、イスラエル建国史上、最長の首相在任期間を誇るネタニヤフ政権は、ますますそうした占領地域の住民の支持に支えられるようになっています。ネタニヤフ首相とその支持者らは国際法に違反しているかどうかなど、全く気にしません。これが平和を妨げる問題の核心でもあります。

■「二国家解決」はもはや絶望的になった

一方でパレスチナ側も、特にハマスなどの武装組織は基本的にイスラエルとの妥協ではなく暴力を選んできました。もっとも戦うしか選択肢がなかったという面もあります。

いずれにせよ妥協しない両者は、自分たちが勝つまで戦い続けると主張し、永遠に剣を取ることを選択しているのです。

原則として、双方が妥協し、イスラエルがパレスチナに占領地を返還し、パレスチナ国家を樹立する「二国家解決」で決着させるしかないというのが、国際社会の基本的な了解事項です。土地と平和の交換です。しかし23年10月のハマスの攻撃を受け、イスラエルのネタニヤフ首相はパレスチナ国家の樹立を否定し、二国家解決はもはや認めない考えを鮮明にしています。

こうした点もふまえて、それぞれの論理を見ていきます。まずは「イスラエルの論理」です。なぜイスラエルは容赦ない攻撃を続けてきたのでしょうか。なぜ数万人規模のパレスチナ人を殺害してまで、軍事行動を続けるのでしょうか。なぜ国際法に違反しながらも、占領を続けるのでしょうか。

先ほども述べた通り、今回の軍事行動の理由は2023年10月に、イスラム武装組織ハマスが、イスラエルの民間人を大勢殺害し拉致(らち)したことに対する報復です。軍事行動は人質を救出するためであり、国の安全を取り戻すためです。

■世界中から非難されても、イスラエルはまったく気にかけない

当初はガザ北部が中心と見られていましたが、最終的には南部を含むガザ全域に及び、最初の攻撃で避難していた人たちすらも、容赦なく死の淵(ふち)へと追い詰められていきました。これは多くの専門家の予想を超えるものでした。

そして、もう一つ目を引いたのは、パレスチナ人の犠牲者が増えることに対して世界から強い非難を浴びても、イスラエルがそれを気に掛けていないことです。これは後編で説明する「イスラエルの論理」が大きく影響しています。

この論理がイスラエル国内の公教育を通じて広く国民に共有され、同時にイスラエルにとって不都合な事実が国民に共有されていないことが根底にあると考えられます。

また、基本的に今回の軍事行動はネタニヤフ首相の決断によるものです。ハマスに対して徹底的に報復することで、今後の攻撃を抑止する狙いがあります。

ただ、ネタニヤフ首相はハマスの攻撃が起こる前の時点で、汚職疑惑などで世論の支持を失い、政治的に追い詰められていました。このため、ガザでの軍事行動をテコに世論を結束させ、不法に占領した土地に住む住民のさらなる支持を得て、政権の延命を図ろうとした可能性が高いでしょう。

■政権を守るためなら過激派政党とも手を組む

自らを支持するアメリカのトランプ前大統領が2024年11月の大統領選で再選されることを待ちながら、少なくともこの延命戦略をとる可能性があります。つまりネタニヤフは、この状況を利用しているのです。

そもそもイスラエルは、現在のネタニヤフ政権が発足する2022年までの過去3年半で5回もの総選挙を実施しています。世論の分断もあり、選挙後にどの政党も政権を立ち上げることができない前代未聞の政治混乱の中にありました。そうした中、ネタニヤフ政権が多数派維持のため、違法な入植地の居住者に支えられ、極端な意見を持つ政党を取り込んで組閣を行ったことが事態悪化の遠因となっています。

それでも、10月7日の攻撃後、ネタニヤフ首相の決断を多くのユダヤ人が支持し続けていることも事実です。イスラエルの主要メディアも基本的には軍の行動を支持しています。イスラエルの報道機関が公平な報道をしているとは全く思えませんが、これもイスラエル国内で受け入れられています。

エルサレムの日
写真=iStock.com/Teo K
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Teo K

■なぜイスラエルは「暗殺国家」になったのか

これら全ての根底には、それが正しいかどうかは別として、ユダヤ人が歴史的に持っている「内在的な論理」があります。端的に言えば、今回のハマスの攻撃は、ユダヤ人たちが持っていたその論理、つまり恐怖心と生存本能に火を付けたのです。

ユダヤ人が歴史的に強く抱いてきたこの生存本能が日々のニュースで取り上げられることは、ほぼありません。説明に時間がかかるためですが、第4章ではやや詳しい説明を試みます。

本章の解説は、パレスチナ人の立場から見ると到底納得できない部分、怒りを覚える内容も含まれます。家を壊され、家族を殺されたパレスチナ人から見れば、イスラエルは容赦ない殺人国家です。ここからの解説は、あくまでイスラエルの目線、イスラエルが掲げる正義の立場の目線だということを断っておきます。

同時に、本章は全てのイスラエル人の行動や論理を説明するものでもありません。当然のことながら、イスラエル国内にも、ユダヤ人社会にも様々な意見があります。特にユダヤ人社会は世俗的な考えを持つ人々から、宗教的な教義の下に生きる人々などを含めて多様です。パレスチナ人への敵意を剥き出しにする人々もいれば、ガザでの軍事行動は「やり過ぎだ」と批判的に考えているユダヤ人も多くいます。その点についても断りを加えておきます。

■「殺られる前に殺れ」と聖典が説いている

まず、イスラエルの論理を端的に要約する一文から紹介します。

「誰かが殺しに来たら、立ち向かい、相手より先に殺せ」

かなり強烈な印象を受ける一文ですが、これはユダヤ教の聖典のひとつである「タルムード」の一節、「サンヘドリン」篇72章1節の文章です。

当然、原典はヘブライ語ですが、英語では、「If someone comes to kill you, rise and kill him first.」、つまり「殺(や)られる前に殺れ」という意味です。イスラエルの首相や閣僚などの政治指導者、そして軍や情報機関の幹部は、ある意味でこの論理をもとに行動しているとも言えます。

豊島晋作『日本人にどうしても伝えたい 教養としての国際政治 戦争というリスクを見通す力をつける』(KADOKAWA)
豊島晋作『日本人にどうしても伝えたい 教養としての国際政治 戦争というリスクを見通す力をつける』(KADOKAWA)

なお、この「Rise and Kill First」は、早川書房から出ているロネン・バーグマンの『イスラエル諜報(ちょうほう)機関 暗殺作戦全史』(小谷賢監訳)という有名な本の原題でもあります。この本はモサドやアマンなどイスラエルの諜報・情報機関が実施してきた暗殺作戦や軍事行動を詳しく記述した本ですが、著者のバーグマンが執筆のため軍や諜報・情報機関の幹部にインタビューした際、彼らの口からこの一節がよく出てきたと言います。

バーグマンの本はイスラエルの暗殺作戦の実態を、ここまで書くかというほどに暴いており、イスラエル政府が出版を妨害しようとした著作でもあります。内容は非常に豊富で読み応(ごた)えがあり、2023年10月以降にイスラエル周辺で起こった状況をより深く理解したい人にはお勧めの一冊です。(つづく)

----------

豊島 晋作(とよしま・しんさく)
テレビ東京報道局記者/ニュースキャスター
1981年福岡県生まれ。2005年3月東京大学大学院法学政治学研究科修了。同年4月テレビ東京入社。政治担当記者として首相官邸や与野党を取材した後、11年春から経済ニュース番組WBSのディレクター。同年10月からWBSのマーケットキャスター。16年から19年までロンドン支局長兼モスクワ支局長として欧州、アフリカ、中東などを取材。現在、Newsモーニングサテライトのキャスター。ウクライナ戦争などを多様な切り口で解説した「豊島晋作のテレ東ワールドポリティクス」の動画はYouTubeだけで総再生回数4000万を超え、大きな反響を呼んでいる。

----------

(テレビ東京報道局記者/ニュースキャスター 豊島 晋作)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください