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カラオケ店員が名刺をせっせと集めている…日本のハイテク企業を狙う「中国人ハニートラップ」の巧妙な手口

プレジデントオンライン / 2024年8月10日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bixpicture

その存在がたびたび指摘されながらも、摘発などの形で明るみに出ることは少ない中国の産業スパイ活動。民間で多くの諜報事案を調査した日本カウンターインテリジェンス協会代表の稲村悠氏は、「企業はレピュテーション・リスクを恐れるし、民間の不正調査では中国の関与を特定するのは困難。警察も事件を認知せずに、事件が“事案”で終わってしまうのが現状である」という――。

※本稿は、上田篤盛・稲村悠『カウンターインテリジェンス 防諜論』(育鵬社)の一部を再編集したものです。

■退職予定者が持ち出した「印付き」の人事情報

数年前、筆者(稲村)は先端技術関連企業X社から、退職予定者の日本人Aによる情報持ち出しが疑われるとして調査依頼を受けた。

筆者が、デジタル・フォレンジック(社用パソコンやモバイル、メールサーバのデータ復元・解析)や本人・上司などへのヒアリングを実施したところ、X社の機密情報ではないものの、大量の人事情報が持ち出されていたことが判明した。

Aは、転職先の営業活動で当該情報を使用したかったと話した。だが不可解なことに、人事情報の中には複数の社員にハイライト(=黄色の印)が付けられていた。このハイライトで強調された社員たちは、いずれもX社が保有する重要技術を扱う部門に関係していた。

Aの上司から「Aの深い友人に中国人ビジネスマンBがいる」との情報を得た。そこで調査を進めたところ、SNS上での両者の接点が確認された。

そしてBへの調査を開始したところ、Bは中国において複数の企業の役員を兼任しており、AがBと同じ中国企業W社の役員を兼任していたことが判明した。さらにBの調査を進めると、Bは中国において軍需産業関連の企業に勤めていたことや、地元の中国共産党有力者と深い交友関係があることも判明した。

■浮上した中国の軍需関連企業との関係

筆者は、AがBの影響下にあると見て、Aに対するヒアリングやAの同意のもと、私用携帯電話のメール解析などを行った。その結果、BはAにX社の人事情報の提供と重要技術を扱う人物の選定を依頼していたことが判明した。

Aによれば、「Bは勤務する中国企業Z社の指示のもと、ハイライトの人物のいずれかに接触を試みようとしていた。X社の重要技術に興味を示していた」という。また、Bに指示をしたZ社は、設立の経緯から中国の軍需産業関連の企業と極めて深い関係にあったことが判明している。

結局、X社は警察に通報することはせず、自社内での処分で本事案を終結させた。

■複数の関与者や関係企業を重ねてアプローチ

この事案は次のことを示唆している。まず、「レピュテーション・リスク」(企業に対する否定的な評価や評判が広まることによって、企業の信用やブランド価値が低下し、損失を被る危険度)を恐れる企業は、警察への相談や公表を躊躇(ちゅうちょ)する傾向がある。特に、本事案のように営業機密の漏洩といった直接的な損害が出ていない場合はなおさらである。

USBフラッシュメモリを差す手元
写真=iStock.com/bin kontan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bin kontan

そして、中国は複数の「レイヤー」(関与者や関係企業など)を重ねて情報窃取を画策するために、全容解明は困難を極める。中国による技術窃取が実際に起こっているとしても、その実態を解明するためには複数のレイヤーの相関関係などを分析する必要がある。

しかし、民間の不正調査ではこのような観点が不足することが常であるため、中国の関与を特定することは一般的に困難である。そのため、警察も事件を認知せずに、事件が“事案”で終わってしまうのが現状である。

■役員に入った会社がなぜか次々と買収される男

次も、筆者がある企業C社の経済安全保障観点を含むリスク評価を実施した際に、偶然発覚した事案である。

C社の代表は中国人の趙氏(仮名)であるが、趙氏のこれまでの経歴を確認していたところ、不可解な動きが見えた。それは、趙氏が役員に就任した日本企業がことごとく買収されていたのだ。

暗い場所で握手をする2人
写真=iStock.com/Atstock Productions
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Atstock Productions

買収を行った主体は、日本企業やファンドが主であったが、資本関係や中国系役員の存在など中国と強い関係にあり、一部メディアから中国との関係を指摘されているファンドも存在した。買収を行った日本企業の中には、後述する趙氏のビジネスパートナーが関与するものもあった。

買収された企業は、主として中小企業でありながら、ニッチトップに近い特異な技術を有している企業も含まれた。ある企業は、「知人の紹介で知り合った趙氏は、非常に人当たりもよく優秀だったので役員として招聘したが、積極的に身売りを提案してきた。趙氏は日中で極めて広い人脈を持ち、買収案も文句ない内容だったので、趙氏の意向に沿って買収が進められた」と話す。なお、趙氏を紹介した「知人の男性」の妻は在日中国人である。

■M&Aという「合法的」手段で技術が流出

調査を進めると、趙氏のビジネスパートナーで中国人男性の強氏(仮名)が浮上した。強氏は、日中双方で趙氏と同じ企業で役員を務めていた。また、中国の科学技術発展計画に関与する研究者でありながら、日本で複数の買収に関わっていたことが判明した。

後に周辺関係者への調査から、強氏が趙氏に強い影響力を持っており、強氏の指示のもと趙氏がビジネスを行っている状況が確認された。

このように、人的ネットワークを駆使し日本企業に入り込み、買収を斡旋している構図が存在する。これらの買収行為には一切の違法性はないが、合法的なM&Aを通じて、ニッチトップに近い特異な技術が流出されることには要注意である。

ちなみに、この趙氏が仲介する買収劇は、技術獲得に関するものだけではない。エンターテインメント業界における中国企業が関わった買収劇にも、趙氏が関与した例がある。エンターテインメントはプロパガンダツールとしても利用されているのは知られたところだ。

■古代中国の兵法書にもあるハニートラップ

中国による諜報・工作活動の手法でしばしば取り沙汰されるのが、「ハニートラップ」(甘い罠)だ。元々、旧ソ連の国家保安委員会(KGB)の得意とする工作活動であり、高級売春婦などを使ってターゲットを陥れ、情欲を発端に脅迫や懐柔によって協力者として獲得するものである。

中国情報機関もKGBに負けず劣らずこの方法を駆使している。そもそも、中国兵法書『六韜(りくとう)』には「厚く珠玉を賂(まかな)い、娯(たのし)ましむるに美人を以(も)ってす」「美女喚声を進めて、以ってこれを惑わす」とある。『兵法三十六計』にも「美女の計」がある。中国の古典では、女性の誘惑により政権が崩壊に至ったことがしばしば描かれている。つまり、ハニートラップは中国の伝統的な常套手段なのである。

■FBI捜査官も手玉に取られた

2003年、最大級のハニートラップ事件が発生した。カトリーナ・レオン(中国名・陳文英)という中国系米国人女性が、中国の国家安全部の指令の下で、米連邦捜査局(FBI)捜査官二人と性的関係を結んで米側の機密情報を窃取し、それを中国に流していたのである。

レオンが注目されるようになったのは、1997年11月の江沢民(こうたくみん)国家主席(当時)の初訪米時である。江は、ロサンゼルスの中国系米国人コミュニティの年次晩餐会に主賓として招待された。その時、通訳と司会進行役を務めたのがレオンであり、その後ロサンゼルスの中国系米国人社会で名声を博するようになった(デイヴィッド・ワイズ著『中国スパイ秘録 米中情報戦の真実』原書房)。

この件は、中国情報機関の国家安全部が、背後でレオンに対して中国要人との人脈形成を支援していたことを物語っている。

■中国のカラオケ店で狙われる日本人

日本においても2004年に、当時の在上海日本総領事館員が、関係のあった中国人女性を巡り中国公安によって諜報活動への協力を強要され、「国を売ることはできない」と遺書を残して自殺した痛ましい事件が発生している。

上田篤盛・稲村悠『カウンターインテリジェンス 防諜論』(育鵬社)
上田篤盛・稲村悠『カウンターインテリジェンス 防諜論』(育鵬社)

同事件の舞台は上海のカラオケ店であったとされる。最近は、無数に存在するカラオケ店でハニートラップを仕掛ける事例が確認されている。中国では売春は重大犯罪であり、中国情報機関がその重大犯罪を見逃すことと引き換えに、機密情報の提供を強要するという。カラオケ店の女性従業員は、顧客の名刺と引き換えに「売春」の罪が減じられるため、客の名刺収集に余念がないという。中国情報機関が民間人を装い、意図的に工作対象者に近づき、カラオケ店に誘い、ハニートラップを仕掛けることもあるようだ。

訪中した日本の官公庁職員やビジネスマンの中には、「宿泊するホテルに複数の女性が訪ねてきた」などハニートラップを想起させる事例に遭遇する人も多い。

また、日本国内では、高級中華料理店でハニートラップが行われているという話をよく聞くが、重要な工作は「会員制のラウンジ」において行われているケースが目立つ。会員制であるため、当然日本の公安当局は店内に入ることができない。そのため、現場を押さえることが非常に難しいというわけだ。

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稲村 悠(いなむら・ゆう)
日本カウンターインテリジェンス協会代表理事
元警視庁公安部外事課警部補。国際政治、外交・安全保障オンラインアカデミーOASISフェロー。警察学校を首席で卒業し、同期生で最も早く警部補に昇任。警視庁公安部外事課の元公安部捜査官として、カウンターインテリジェンス(スパイ対策)の最前線で多くの諜報活動の取り締まりおよび情報収集に従事、警視総監賞など多数を受賞。退職後は大手金融機関でマネージャーとして社内調査指揮、大手コンサルティングファームにおいて各種企業支援コンサルティングにも従事。2022年、日本カウンターインテリジェンス協会を設立。民間発信のカウンターインテリジェンスコミュニティの形成を目指している。著書に『元公安捜査官が教える 「本音」「嘘」「秘密」を引き出す技術』(WAVE出版)がある。

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(日本カウンターインテリジェンス協会代表理事 稲村 悠)

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