1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

「生きて帰ってこい」社長に送り出された大手町にある日本を代表する一流企業"55歳"が受けた大いなる試練

プレジデントオンライン / 2024年8月19日 8時15分

小宮 暁(こみや・さとる)東京海上ホールディングス社長1983年、東京大学工学部卒業。同年、東京海上火災保険(現 東京海上日動火災保険)入社。東京海上ホールディングス執行役員経営企画部長、専務取締役海外事業総括をなど経て、2019年より現職。

■生きて帰ってこい

今から9年前、55歳のときに私は、永野毅社長(当時)に命じられ米コロンビア大学に留学しました。もともと海外には興味があり、若いころはアメリカの文化に触れる機会もあったのですが、新卒で東京海上に入ってからは国内事業一筋に歩んできました。寮生活から社内結婚をしましたので、この留学が会社人生で初めての一人暮らしでもありました。

そんな私が単身ニューヨークに乗り込んで、名門大で政治経済を学ぶことになったのです。自分でお湯も沸かしたことがないような人間だったので、妻からは「海外でまともな生活を送れるのか」と心配され、永野社長(毅・現会長)には「生きて帰ってこい」とだけ言われました。今にして思えば、無謀な挑戦です。

コロンビア大には出身国も人種も年齢も異なる多様な学生が集まっており、日本人はほとんどいませんでした。当然、授業も学生生活も英語ですが、英語ができればコミュニケーションが図れるわけではありません。

■議論をすることでお互いの理解を深める

日本で生活していると気づきにくいのですが、私たちは日頃お互い“言わずとも察して”わかったつもりになっていることが多々あります。学校でも会社でもこれまで自分が身を置いてきたのは、大多数が日本で生まれ育ち、日本語を話す者が集まった環境でした。私たちは“阿吽の呼吸”で通じることに慣れすぎてしまっているのです。

ところが、自分がマイノリティの立場になってみると、それが当たり前ではないことに身をもって気づきます。聞かなければ相手の考えはわからないし、言わなければ自分の考えは伝わらない。入学当初、私は教授や学友たちから“質問攻め”に遭いました。

「僕はこう考えるけど、キミの意見は?」
「こういうケース、日本ではどうなんだい?」
「東京海上では、このような社会課題にどう取り組んでいるのか教えてほしい」

こうした質問に答えるには、自分や日本や東京海上を客観的に見つめ直し、相対化できなければなりません。

日々の予習とは別に「今日はこういう質問が飛んできそうだ」と予想し、英語でどう説明するか考え、練習してから講義に臨んでいました。参加者が多様で意見が異なるほど、議論は広がり、深まり、コミュニケーションが豊かになることを知りました。

結論が出ないこともありますが、自分と異なる立場や意見があることを知るだけでも収穫です。議論の後には互いの理解が深まり、仲間の結束力が高まりました。

そうやって苦労しながら自分の意見や考えを表明していると「新しいプログラムに参加しないか」「次はこのテーマで勉強会をやろう」と声をかけてもらえるようになり、コミュニケーションの輪が広がっていったのです。

■忖度は組織を壊す

今は「不確実性の時代」「多様性の時代」といわれます。世界が大きく変わっていく中で、培ってきた知識や経験、やり方だけでは世界に通用しなくなっています。ビジネスでも従来のやり方をなぞるだけでは成長は見込めず、多くの企業が変革を希求しています。閉塞した状況を打開し、新境地を切り拓くのは、多様性とコミュニケーションの力です。

「私ごときが異なる意見を言ってもな」
「私の考えることなど、この場にいる人たちは全員承知の上だろう。言うまでもない」
「自分の意見は○○さんの意見を否定することになる。波風立てるのはやめておこう」

こうやって忖度や遠慮から意見を言わないのは、組織に何のメリットもありません。成果は「一人一人の専門性の高さ×パッション(やる気や熱量)×コミュニケーション」のかけ算で決まります。どれだけスキルを磨き、モチベーションを高めても、コミュニケーションが0だと成果も0になってしまうのです。

日本の職場では伝統的に「言わなくてもわかるだろう」(わからなければいけない)を前提にしてきたのも、よくありませんでした。最近になって盛んに多様性の大切さが言われるようになりましたが、なにもジェンダー平等やグローバル化にともなって新たに必要になったわけではありません。

話す言葉は同じでも、生まれ育った環境も、経験の深浅も、感性も人それぞれです。もともと多様性はあるのに、目を向けることができていなかったかもしれません。これまでは議論を形式化することで意思決定がスムーズに行われたかもしれませんが、半面、新しい価値を生み出せず苦しんでいるのが現状です。

経験の浅い人は自分が未熟だと思っても今の精一杯で意見を言うこと、経験のある人は思い込みを排して、誰からも学ぶ姿勢で耳を傾けること。役職が上がるほど、異論や苦言を言ってくれる人を大切にしなければいけません。そして、議論を交えたあとには感謝の気持ちを持ちたいものです。

■強い組織にするにはコミュニケーションが必要

東京海上グループは2008年から海外の買収・合併を活発に行い、事業別利益では60%以上がインターナショナル事業によるものです。私がコロンビア大で学んだときのように、さまざまなバックグラウンドを持った人や企業が集まるグローバルな組織体になりました。国内のグループ各社はもはやマジョリティではありません。

買収・合併でいい会社を取り込めば売り上げ・利益が積み上がるのは当然ですが、相乗効果を生んで強い組織にしていくにはコミュニケーションが必要です。報告や意思決定の制度を整えると同時に、互いの違いを尊重し、異なる意見をぶつけあえる機運を醸成していきたいと思っています。

ちなみに、米国での一人暮らしを経ても、料理ができるようになったわけではないのですが、週末にはお風呂の掃除や洗濯物を干すなどして、家事参画の姿勢は示しています。家庭においては妻の期待に到底応えられていないと思いますが、休日には夫婦でシャルドネのワインを飲みながら、コミュニケーションを図るのが、至福のひとときです。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月16日号)の一部を再編集したものです。

----------

小宮 暁(こみや・さとる)
東京海上ホールディングス社長
1983年、東京大学工学部卒業。同年、東京海上火災保険(現 東京海上日動火災保険)入社。東京海上ホールディングス執行役員経営企画部長、専務取締役海外事業総括をなど経て、2019年より現職。

----------

(東京海上ホールディングス社長 小宮 暁 構成=渡辺一朗 撮影=宇佐美雅浩)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください