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スキャンダルの炎上で「山に逃げたんじゃない」…俳優東出昌大「最期は山の上に放置してもらい動物に食べてほしい」

プレジデントオンライン / 2024年8月30日 17時15分

撮影=宇佐美雅浩

■仕事が“順調そう”でも心が死んでいたワケ

【東出】スキャンダル(2020年)で山に逃げてきたのではなくて、以前から東京での生活に息苦しさを感じていました。街を少し歩いても「監視カメラ作動中」「ボール遊び禁止」などと、口うるさい文字の看板にあふれています。仕事は“順調そう”と周りから思われても、自身の中で課題は尽きないし、承認欲求にも際限はありません。よく眠れなくて、起きてもやる気が出なかった。山に来て自然の中にいると、深く呼吸ができます。それで以前から時々、山には来ていたんです。

【服部】スマホをガラケーに変えたじゃん。あれもスキャンダルの前だよな。

【東出】ある女優さんのスキャンダルがきっかけでした。共通の友人を交えて一度だけその方とご飯を食べたことがあって、連絡先も交換しなかったけれど、とても気持ちのいい人でした。でも、スキャンダル一発で悪女扱い。ひどい書かれようでした。スマホを持っていると嫌でもそのニュースが出てくるし、目にすると読んでしまう。書かれている彼女と、実際に会って話した彼女の印象はあまりにも違いました。

【服部】俺は物書きでもあるけど、文章なんて読み手が読みたいように読み取ってしまう。俺が書いたのと真逆の解釈をされることもある。そんなもんだから、芸能記事にどんなことが書かれていても、気にすることはないんだ。でも、そのときのでっくん(東出氏)は、それで世間を知るのが嫌になってしまったってことかな?

【東出】いいえ。社会を知りたい、人間の世界を知りたいという思いはありました。ただ、ネットに頼ると虚構や欺瞞に惑わされてしまう。だから、本を読もうと思ったんです。それで服部さんの本を読みました。山奥やジャングルに分け入って、植物を食べ獲物を捕って何日も生き延びる。生き物として日本でいちばん強いのはこの人だと憧れを抱きました。以来、勝手に師匠と呼ばせてもらっています。

【服部】ちょっと田舎に行けば、強いおっさんなんていくらでもいる。昔はさらにたくさんいた。たとえば、草木一本生えない極寒の氷原でホッキョクグマを食いながら越冬したフリチョフ・ナンセン(1861〜1930)とか。

【東出】服部さんは登山をしながら、普段は横浜にあるご自宅と山の古民家を行ったり来たりして暮らしていますよね。服部さんが理想としている山の暮らしって、どんなスタイルですか?

【服部】俺は狩猟や釣りで食糧を現地調達しながら身一つで登山する(サバイバル登山)ってのをやってきたけど、それは自給自足とは言えないな。よそからやってきて、食えるもんを見つけて命をつなぐのは、泥棒みたいなもんだろう。土地に住んでそこの環境の一部に組み込まれて生きるのが、本当の自給自足。これからもサバイバル登山はやるんだけど、暮らしとして目指しているのは“土着の生活”だ――あれ、納豆6パックも開けてどうするの?

【東出】猪肉のパスタに入れるんすよ。

【服部】まじかよ、金持ちだな。

■予定を立てると山では死ぬこともある

【東出】今住んでいるこの山には、猟場として服部さんに連れてきてもらいました。帰りに車がパンクして、携帯の電波も入らないので困っていたら地元の人に声をかけてもらいました。そこから交流が始まって「空き家もあるから、住んじゃえば?」って。

【服部】ここらへんには山の中でウロウロしている若者がいると、声をかける世話焼きのおっさんがいるんだよ。空き家や廃屋は日本中どこでもゴロゴロある。ただ、ネットや不動産屋ではなかなか出てこないし、あってもシステムが絡むと値が高くなる。土地へ行って縁ができれば貸してもらえる。で、どう? ここに住んで。

【東出】楽しいです。それにすごくラクになりました。晴耕雨読だし、人の生活に日の出と日の入りがとても大事なのを知りました。朝は明るくなったら目が覚めて、家の仕事をあれこれやって、日が沈んだら出歩かない。雨の日は犬もダラァとしているし、鹿も出てこない。人間は雨でも働くけど、本来はグダァとしていたほうがいいのかも――ちょっとオオバ採ってきます。

東出氏の自宅。対談をしながら食事を振る舞ってくれた。
撮影=宇佐美雅浩
東出氏の自宅。対談をしながら食事を振る舞ってくれた。 - 撮影=宇佐美雅浩

【服部】今日は雨だから、自然に合わせるならこの取材も延期すべきだったね。自然に合わせて暮らすなら、未来の約束なんてできないんだ。これは角幡君(唯介、探検家)が言ってたんだけど、イヌイットに明日のことを聞いたら全部「ナルホイヤ」って返されるらしい。

【東出】ナルホイヤは「わからない」という意味でしたっけ?

【服部】直訳するとそうだけど「予定は立てちゃいけない」っていう戒めのニュアンスが含まれているらしい。予定を立てたら実行しようとしてしまう。自然相手だと、それが命取りになることがある。現代人は雨程度なら社会が回るシステムをつくった気でいるけど、人間が生物であることからは逃れられない。

■人間にだって強いやつと弱いやつはいる

【服部】俺は3年前までサラリーマンをやりながら登山をしていたんだ。同じフロアにどうしてもウマの合わない人がいてイヤになって、それで会社辞めた。もう繁殖(子育て)は終えたし、残された時間も少ないから、人間関係で我慢するのはやめたんだ。今の世間では、年収400万円以下はまともな社会人じゃないみたいな価値観だけど、その価値観になじめない人は都会じゃ相当しんどいだろう。

オオバを切る東出氏。
オオバを切る東出氏。(撮影=宇佐美雅浩)

【東出】全員が自分の生きたいように生きられるわけじゃありません。システムの中にいると忘れがちだけど、自然界は本質的に残酷で、食うか食われるかを繰り返している。人間にだって強いやつと弱いやつがいるのは当然です。

【服部】となると、悩んで死んじゃうやつがいてもしょうがないか?

【東出】ある程度は。一人一人を思うなら、もちろん誰にもそんなふうになってほしくない。けれど、全体で見たら人間は残酷にいろんな動物を殺しています。人間だけが弱肉強食の摂理から逃れて生きられるとは思いません。ただ、自死を選ぶほど心が疲弊しているなら、迷わずその場から逃げたらいいと思います。動物は逃げます。

【服部】自分が所属している世界がすべてと思わないほうがいい。嫌だったら会社なんか辞めて、廃屋に住めばいい。

【東出】若い頃は稼ぎとか出演作数とか、そんなラベルみたいなものを気にしていました。でも、人生に紆余曲折があって考えたんです。自分はどんな人生を送りたかったんだろうって。それから古代文明に生きた役者に思いを馳せました。シュメール人にもメソポタミア人にも絶対いたと思うんです、僕みたいな“人気者”が――はい、パスタができました。ロゼワインもどうぞ。

【服部】おお、旨い! この猪もいい肉だ。上手につくるもんだな。

猪肉と納豆のパスタ。取材陣が到着する前から、肉をさばいていた。
撮影=宇佐美雅浩
猪肉と納豆のパスタ。取材陣が到着する前から、肉をさばいていた。 - 撮影=宇佐美雅浩

【東出】で、僕はその人たち、古代の人気者たちの人生を知らない。人気を博した役者が最期に人生に満足して死んでいったのか、後悔しながら逝ったのか。僕の存在も、1000年後の人たちは誰一人知らない。それなら、好きな人生を歩んで、死ぬ間際に「よかった」と思える人生にしたいんです。

【服部】俺も若いときは後世に自分の足跡を残したいと思って、山を登ったり、ものを書いたりした。でも本だって普通に消えていく。将来日本語を理解する人間がどれだけ残るかも、この文明社会が存続するかもわからない。そう考えたら俺は今この瞬間に意識ある存在として、感覚や感情を知覚できているだけで充分ラッキーだと思う。

【東出】シリアの内戦で爆撃にあって死んでしまった2歳の子がいました。あの子は自分がラッキーかどうかすら、考える余裕はなかったでしょう。

【服部】俺たちが殺している、猪や鹿も同じだね。

東出氏の自宅付近の畑で、植物の様子を見る二人。
撮影=宇佐美雅浩
東出氏の自宅付近の畑で、植物の様子を見る二人。 - 撮影=宇佐美雅浩

■死ぬときに人は何を考えるのか

【東出】忙殺されている日々は心を失います。心を失えば芝居も荒れる。日常の中にある感動とか喪失とか、心が動いた経験が芝居に生きると思うので、こういう生活をしていたら、いい役者になれそうな気もします。

【服部】こんな仕事ができたら「俺はもう死んでもいい」っていうのはある?

東出氏が製作中の五右衛門風呂。新しい小屋も建てているという。
東出氏が製作中の五右衛門風呂。新しい小屋も建てているという。(撮影=宇佐美雅浩)

【東出】かつてローレンス・オリヴィエ(1907〜89)が、ブロードウェイで『マクベス』を演じていました。20世紀を代表する名優で実力は誰もが認めるところですが、ある日の舞台で彼は演技を超え“マクベスそのもの”になったそうです。役の人物になれたなら、もはや演技ですらない。観客には「真実」を見せているわけですから。そういう境地があるなら、いつか達してみたいです。服部さんは、「やってみたい」っていう登山はありますか?

手づくりのブランコで遊ぶ二人。大きな木から吊っているので、振り幅が大きい。
手づくりのブランコで遊ぶ二人。大きな木から吊っているので、振り幅が大きい。(撮影=宇佐美雅浩)

【服部】あるとしたら、もうやっているかやろうとしているはずだね。登山の発想は“降ってきちゃう”ものなんだ。俺は大学時代に山登りを始めて、フリークライミングをやり、釣りや鉄砲を覚えた。だから「自分のスキルを組み合わせたら、こんな登山ができるはずだ」という発想が出てくる。出てきたら今度はそれを実行しないと、それまでの自分の人生を否定することになってしまう。だから「また面倒くさいこと思いついちゃったな」って感じながら、やらないわけにはいかない。

【東出】服部さんは14年前、南アルプスの聖沢で、滝の上から20メートル滑落したことがありましたね。死が迫る瞬間、何を考えていましたか?

【服部】実際には死ななかったから、死が迫っていたかどうかはわからないけど、あの瞬間、脳裏に浮かんだのは「ああ、俺の番だ」ってことだった。今まで探検家や登山家の死を、直接間接にいくらか見てきた。だから、受け入れるも拒むもない、ただ「俺の番が来たんだ」って思っただけ。

【東出】そうだ、服部さんに死の瞬間についてまだ話していないことがありました。仕留めた鹿に駆け寄ると、まだゼイゼイ息をして、心臓はドクドクと脈打っている。それから息が途切れ途切れになり、鼓動がだんだんと弱くなり、痙攣します。その途中で緑の瞳の奥にある光が、スゥーと失われる瞬間を見るんです。あれが「事切れる」「魂が抜ける」瞬間なんじゃないかって。

【服部】それは瞳孔が開いたからじゃないのか。息が絶えても刃物を突き立てれば、筋肉は生体反応で動くよ。あれはまだ四肢に力が宿っている証拠だよな。細胞単位ならもっと長時間生きているだろう。魂が抜ける瞬間というのは、見ている人間がそう感じるかどうかの問題だと思う。俺には線引きはできない。

■野垂れ死んで土に還りたい

【服部】死にたいかどうかで言えば、俺は死にたくないな。死ななきゃいけないのはわかっているけど、死にたくない。この文明社会のなれの果てを見てみたい。内臓の機能が低下して、投薬や医療機器で補填しながら生きながらえるのは面白くなさそうだから、延命治療は受けたくない。野垂れ死んで蛆に食ってもらうのが理想かな。

【東出】僕は、火葬は嫌ですね。たくさんの人がわざわざ車に乗ってやって来て、化石燃料を使って焼きっからしになるまで燃やされるのは、いろいろもったいなさすぎて。だから死期が近くなったら僕を山の上のほうへ連れて行って、放っておいてほしい。そしたらいろんな動物たちが、僕を食ってくれるから。これだけ環境に負荷をかけて生きているのだから、せめて死んだらそうありたい。でも現実には、法律がそれを許してくれません。

【服部】わかった。そのときは俺が担いで山奥に捨ててきてやるから、心配するな。

【東出】ちょっと、どう考えても服部さんのほうが先に逝くでしょ! 19歳も年下の僕が老衰で死にそうな状況で、服部さんはピンピンして僕を担いで山を登れるんですか?

【服部】今はまだ自分の体がイメージどおりに動いている。この状態を少しでもキープできるように、けっこう気を使っているんだよ。でも、いつ大怪我して動けなくなるかもしれないし、病気を患うかもしれない。延命治療は望まないけど、俺の意識がない間に生命維持装置に繋がれてしまったらやっかいだなあ。

【東出】大丈夫です、師匠。そのときは僕が、コードやらチューブやらを全部引っこ抜きに行きますから!

【図表】山奥なら本当の「自由」が手に入る! 社会的に死んだ人の3つの生き延び方

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月16日号)の一部を再編集したものです。 

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東出 昌大(ひがしで・まさひろ)
俳優
モデルとして活躍後、映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビュー。同作で日本アカデミー賞新人俳優賞を 受賞。2017年に狩猟免許と猟銃所持資格を取得。21年末から山での暮らしを始める。

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服部 文祥(はっとり・ぶんしょう)
登山家、作家
1969年生まれ。大学時代に登山を開始し、世界第2の高峰K2に登頂。やがて食料を現地調達する「サバイバル登山」に傾倒。著書に『サバイバル登山入門』(デコ)、『お金に頼らず生きたい君へ』(河出書房新社)など。

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(俳優 東出 昌大、登山家、作家 服部 文祥 構成=渡辺一朗)

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