なぜ日本はここまで貧乏な国になったのか…安倍晋三氏から相談を受けていた筆者が思う「アベノミクスの壮大な失敗」
プレジデントオンライン / 2024年8月13日 8時15分
■世界初「ゼロ金利」を採用した日銀総裁の言葉
安倍政権、菅政権と続いたアベノミクスの評価は、岸田政権になっても定まっていない。しかし、日本経済はすでに物価上昇率3%を超えるインフレ状況が出来している。今こそ、アベノミクスをきちんと総括しておくべきではないだろうか。
2001年にゼロ金利政策を一時的に解除したときにインタビューした日銀総裁、速水優の言葉が忘れられない。
「中央銀行は『銀行券の発行』『通貨・金融の調節』『資金決済の円滑化』『信用秩序の維持』の四つの役割を担っているわけですが、要するにすべて国民生活のためなんですね」(『文藝春秋』2001年1月号)
日銀の役割について端的に指摘した上で、世界で初めて採用した「ゼロ金利政策」について言及していく。
「ゼロ金利政策については、副作用も指摘されました。民間主導で中長期的に構造改革をしていかなければ、日本経済は海外に対抗していけないわけですから、構造改革をやっていくためにも、金融サイドからも必要な環境づくりをしていかなければならないと考えます」
■ゼロ金利は「前例のない極端な政策だった」
「優良なところには貸していくけれど、悪いところには貸せないというのは、ごく当たり前な原則で、そういう是々非々を金融機関がとれるような態勢にしていくことが、中長期的にはいいんだろうと思います」
そしてこう断言していた。
「私は『ゼロ金利』は前例のない極端な政策だったと思うのです」
そして「ゼロ金利解除」が健全な姿であると思いますか、との問いにこう答えた。
「リスクをカバーするために金利があるわけですからね」
生え抜きの日銀マンで、日商岩井の経営を担ったこともある総裁の言葉だけにその意味は重い。インタビュー後の雑談では、「ゼロ金利」は本来やってはいけない政策である旨を語っていた。
アベノミクスはさまざまな視点から検証しなければならないとは承知している。そのなかで素人なりに考えてきた最大の問題点は、「ゼロ金利を長く続けすぎた」ことではないだろうか。
日経新聞の編集幹部が「いまのウチのデスク連中ですら、金利のある世界を知らないですから。日銀が金利を上げると言ってもピンと来ないんだから、話にならない」と嘆いていた。いまは40代後半で幹部になっている記者が、入社したころから金利はなかったのだ。
■四半世紀ぶりに「金利のある世界」に戻る怖さ
「ゼロ金利政策」は、1999年2月、バブル崩壊・金融危機を受けて速水総裁時代に始まった。前述したように2000年、ITバブル景気に乗って一時解除されたが、翌年、ITバブルが崩壊すると復活。2006年に解除されるが、リーマンショックを機に再びゼロ金利に戻った。
以降、アベノミクス導入後もゼロ金利からマイナス金利に強化される形(2016年2月から)で継続してきた。「ゼロ金利」は、この25年、数年の合間を除いて継続してきたことになる(2024年3月にマイナス金利が解除されたことは後述)。
その四半世紀、我々は銀行預金をしても金利はほとんど付かないし、住宅や自動車ローンをはじめ借金をしても金利負担が少ない、歴史上きわめて稀な世界を生きてきた。それに慣れてしまった大多数の国民にとって、「金利のある世界」に戻ったときのリアルは恐ろしい。この間の住宅ローン金利は2%強以下がほとんどだったが、ちょっと金利が上がれば、借りる総額が巨額なだけに負担が大きくなる。
国家にとっても重い課題である。金利が上がれば国債費が増大する。財務省の試算では、金利が1%上昇すると、国債費は初めの一年で0.8兆円、3年目で3.2兆円の負担増になるという。消費税の1%分以上が吹き飛ぶ計算になる。
■財政赤字にマヒしてしまったアベノミクスの問題点
「ゼロ金利」という「極端な政策」を取り続け、ぬるま湯に浸かりすぎた結果、我々は「構造改革」といった険しい道を避けて歩いてきてしまったのである。そして、いまだに異常な政策を「異次元」という言葉に変換して「金利のない世界」に生きている。その先に崖があるのがわかっているというのに。
アベノミクスの問題点として、財政についても指摘しておかなければならない。
『文藝春秋と政権構想』(講談社)で指摘したように、第二次安倍政権ができてから、7年8カ月のあいだに発行された国債発行残高は200兆円も増えている。
2020年から2023年にかけての新型コロナウイルス対策として国債発行額が飛躍的に増えたのはやむを得ない側面もあるが、日銀を子会社化し、事実上の国債引受に等しいことをやり続けた結果、国債発行へのうしろめたさも軽くなってしまった。財政赤字に対して、国民も経済専門家もマヒしてしまったかのようである。
仮に、神のような視点で2000年代の日本の経済政策を採点ができるとすれば、どう評価できるのか。この二十数年、なけなしの財政を使って投資を促進し、イノベーションを起こしつつ民間の活力を引き出し、世界に冠たる新たな成長産業をつくりあげることができたなら、この数百兆円単位の借金も許されるところがあったであろう。
■「GDP世界4位」に転落した壮大な失敗
しかしながら、アベノミクス期間(2013年から2020年)に限っても、日本の名目GDP(カッコ内はドルベースの名目GDP)は、508.7兆円(5.2兆ドル)から539.8兆円(5.1兆ドル)にしか増えず、ひとり当たりGDP(USドル)も世界27位から世界24位と低迷している。一人当たり労働生産性からみても2022年の統計(ILO)で、世界で45位と生産性の落ち込みも相当に激しい。
2024年には、GDPの指標でドイツに抜かれ、世界第四位に転落したことも記憶に新しい。残念ながら新たな産業、日本の食い扶持を育てることが達成できなかった。
金融は経済の血液であって、お金をぐるぐる回転させることで新陳代謝を行う。役割を終えた産業分野は退場し、新たな細胞がからだ全体を活性化していく。そのために銀行があり株式市場、債券市場があるはずだ。
しかし、バブル崩壊以降、永きにわたって民間は元気を取り戻すことができないでいる。そこで、国が国民に代わって多額の借金をして巨額の国家予算を作り、需要をつくって経済を下支えしつつ新たな産業を生み育てようとしてきたわけだ。
何よりお金を循環させることが重要と考え、国家が人工的に実行してきた施策であったはずだ。しかし、それも少なくとも20年以上、うまくいっていないことが誰の目にも明らかになったのではないか。
■アベノミクスは修正しなければならない
しかも少子高齢化を止めるどころか減速することすら叶わなかった。この20年で、出生率は1.43から1.33になり、1年で赤ちゃんは約84万人(2020年出生数)しか生まれてこない。約35万人も減ってしまった。3年でさらに8万人ほども減少し、出生数は75万8631人(2023年)となった。国力が衰えるのも当然だ。
この壮大なる失敗を率直に認めなければならないのではないか。財政に大穴を空けながら民間からおカネを吸い上げ様々な投資促進をしたにもかかわらず、新たな産業を興すことができなかった。そのうえ、人口も減ってしまった。それは、この仕組みそのものが構造的に無理だったのか。あるいは個々の経済・産業政策の方法論が間違ったのか。そこをいま一度徹底的に検証する必要があると考える。
アベノミクスは修正しなければならない。金利を上げることで、果たして金融正常化ができるのか。その大命題が問われている。
■「マイナス金利政策」を解除した植田総裁の覚悟
2024年3月19日、金融政策決定会合において、日本銀行は「マイナス金利政策」解除を決定した。黒田東彦から引き継いだ植田和男新総裁(元東大教授)による、16年から続いていたマイナス金利をやめるという歴史的な決断である。なおかつ、日銀による金融政策の大転換となった。4月に実施するという観測は年明け早々から流れていたが、一カ月早く日銀が動いた。この動きを政府関係者が解説してくれた。
「マイナス金利を止める。かつ日銀の当座預金の三層構造も改め、従来型の二層の当座預金の形に戻すことになった。これによって、日銀から金融機関への付利は2500億円の増加と見られています。同時にYYC(イールドカーブ・コントロール=長短金利操作)も廃止した。さらに、これまで株式市場を支えてきたETFやリートなどの買い入れもやめてしまった。
植田日銀が3点セットでこの決定をしたことには正直驚いたし、実に慎重にことを運んでいる植田日銀の心意気を感じました」
日銀内部でも、「植田さんが総裁に就任して以来、一年足らずでここまでこぎ着けられて本当によかった」と安堵の声が広がったという。
しかし、マーケットは甘くはなかった。
■「政策転換が容易ではないことを見透かされた」
猛烈な勢いで円安が進行したからだ。投機筋の動きも加わって一時は1ドル160円台という急激な円売りドル買いの事態となった。「マイナス金利政策」解除は、金融緩和から引き締めへの一里塚ではなかったか。わたしが信頼するエコノミストの分析を聞いた。
「この円安の勢いはびっくりでしたね。既に指摘されてきた通り、異次元金融緩和の『出口』こそ、問題だったからです。二十数年ぶりに、金融緩和から引き締めへと舵を切ったからには、これからいよいよ日本の金融界で金利が復活し、日米金利差も縮小の方向に進むと見られ、本来ならば、当局は円高に向かうことを期待していたはずです。ところが、マーケットや投機筋は逆に動いた。日銀の金融政策の転換が容易ではないことを見透かされたわけです」
本稿は、2024年2月に書き上げていた。その時点で、マーケットの最大の関心事はいつ「マイナス金利解除」すなわち「異次元金融緩和政策からの転換」が行われるのかにあった。第二次安倍政権以来の宿願であるインフレターゲットを達成し、物価高から賃上げ、需要拡大そして物価高から賃上げといった景気の好循環に繋(つな)げられるかが焦点だった。
■政府の首を絞める「負の連鎖」ができてしまった
しかしながら、異次元金融緩和を続けすぎた結果、日本銀行のバランスシートが傷んでしまっていたため(図表を参照)に、機動的な金利政策が取ることができないと、わたしは脱稿時点で考えていた。その不安が的中してしまった。
後に詳述するが、金利を1%上げると日銀の当座預金に対する利息負担は5兆円にもなる。同時に、巨額の借金がある日本政府も国債の利払費が増える。すなわち、政策金利を上げることは日銀のバランスシートにも、政府の財政にも多大な影響を与えることになる負の連鎖の構図となってしまった。共に異次元金融緩和の副作用である。
結論からいえば、日銀による、米国FRBのようにインフレに連動する形で金利を機動的に上げ下げしていくといったオーソドックスな金融政策の選択肢が取りにくくなってしまったのである。
その状況下で植田日銀は、アベノミクスのせいで壊れかけた金融調整の仕組みをなんとか維持すべく懸命の努力を重ねていることは評価できる。今回の政策転換も事前にメディアにリークして、情報を浸透させてから解除するなど、マーケットへの配慮を重ねている。しかし、そもそもこの一本道を両脇の崖に堕ちないようにコンロールしていくのは至難の技なのである。
■「金利が付いた」と言っても程度は微々たるもの
ざっくり言えば、舵を切ったとはいえ、肝心要の国債買いオペはまだ月6兆円規模で実施(2024年6月20日現在)しており、植田総裁は金融緩和は今後も続けると明言していた。そうせざるを得ない事情は痛いほどわかる。いまの日本をとりまく金融状況についてお復習(さら)いしておきたい。
第一に、「金利が付いた」と言っても、無担保コール翌日物(金融機関同士で一日で行う取引)が0.1%に届かないのである。ゼロ金利と大差がないというと語弊があるかもしれないが、日米の金利差を考えると、10年物米国債の金利が4.4%を超えている以上、その差が縮まらない。マーケットはそこを見越しているのではないか。
第二に、日銀は舵を切っても大きくは切れないことがバレてしまった。何度も指摘しているが、日銀は1%の金利上昇で当座預金に5兆円もの利息を付けなくてはならなくなるから、大打撃だ(利上げで増える日本国債の利息は相対的に微々たるもの)。
■出稼ぎ売春する女性が出現するほど貧乏になった
政府も利上げ1%で、国債は9年強で順次借り換えていくため1年目で0.8兆円の負担増、2年目には2兆円、3年目には3.2兆円の利払費が増えていく。9年後には8.7兆円増となり、いまの防衛予算をかるく超えてしまう。これがインフレターゲットである2%上昇となると、負担増もほぼ2倍となるから考えるだけで恐ろしい。
金利を上げることは、すなわち日銀も政府も大きな負担を抱える構造になっている。だから、マイナス金利政策解除と言っても、この先はそうそう大胆なことができない。例えば、インフレ率が3%、4%へと徐々に上がっていったとき、それに対応して金利を3%も4%も上げられるのか。容易なことではない。
三番目は、円安である。ある国の政府が莫大な量の通貨を長期間発行し続ければ、その国の通貨の価値は下がる。当たり前のことだ。日本政府が二十数年も金融緩和をやってきた結果、日本の円の価値は相対的に下がり、海外から見れば、「日本はいつのまにか貧乏になっている」(海外在住の日本人投資家)と指摘されてしまう時代となった。
それが証左に、海外で出稼ぎ売春する日本女性が出現したではないか。いい加減、この現実に目を向けるべきではないか。
■「歳出カット」「財政再建」しか選択肢が見当たらない
第四には、為替介入という打ち出の小槌にも限界があることだ。政府・日銀が持つ外貨建て資産(外貨準備高)は、円換算で195兆円もあると官邸から聞かされたことがある。今回も、1ドル160円で(覆面で)為替介入を行って一気に8円も円高にもっていった。たいした豪腕である。外貨準備高を2日間で8兆円使った。
しかし、為替介入とは、所詮はカンフル、あるいは緊急輸血のようなものであって、根本的な治療法ではないだろう。日本経済が加速度的に生産性を向上させ、適度な経済成長によって物価高→賃上げという景気の好循環にならなければ、円の価値が戻ってこないのは自明のことだ。この先、日銀が金利を上昇させるたびに円安や資源高に対応して、この緊急輸血を続けていくことができるのか。外貨準備の4分3以上が米国債であることも忘れてはならない。
「前向きな経済政策」をいの一番に掲げることができないのは残念至極であるが、ともかくこの日本国の財政状況では、悩ましいことに、まずは「歳出カット」「財政再建」しか選択肢が見当たらないのである。
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文藝春秋 元編集長
1960年、東京都生まれ。1984年、慶應義塾大学を卒業後、文藝春秋入社。『オール讀物』『週刊文春』『諸君!』『文藝春秋』各編集部を経て、2004年から『週刊文春』編集長、2009年から『文藝春秋』編集長を歴任。その後、執行役員、取締役を務め、2024年6月に同社を退職し、小さなシンクタンクを設立。『文藝春秋と政権構想』(講談社)はその活動の第一作となる。
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(文藝春秋 元編集長 鈴木 洋嗣)
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