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国民の面倒はみたくない…国の「新NISA推奨」「貯蓄から投資へ」という“プロパガンダ”こそが国民を絶望させる

プレジデントオンライン / 2024年8月26日 16時15分

泉 房穂 Fusaho Izumi 兵庫県明石市出身。2011年から23年までの12年間明石市長を務め、10年連続の人口増加や出生率アップなど、多くの実績を残した。現在は作家・コメンテーターとしても活躍。『社会の変え方』ほか、著書多数。

■新NISAの推奨は将来不安を増大させる

お金に関する不安は、大きく分けて2つあると思います。1つは「将来、お金が足りなくなるのではないか」という将来への不安。これは特に、子育て層が多く持っている悩みですね。そしてもう1つは「不慮の事故や病気にいつなるかわからない。そうなったときに大丈夫だろうか?」という、もしもの不安。

なぜこうした不安を感じるのかというと、国や行政が「自己責任」を掲げて不安をあおっているから。「貯蓄から投資へ」というスローガンや、新NISAの推奨などは、自己責任論の最たるものだと思います。自己責任を国民が押し付けられているから、「何かあったときは自分が責任を取らないといけない」と不安に感じているんです。「自助、公助、共助」という言葉がありますが、今の日本は国が自己責任を掲げるくらい公助が弱い。そして、村社会や大家族といった地域の形も薄れてきているので、共助にも期待できない。結局、自分のことは自分でなんとかしないといけないという、自助社会になっているわけです。

私が3期にわたって市長を務めてきた明石市では、市民の不安と、自助に頼った構造を解消することを強く意識しました。市民の不安に対して「その不安、明石市だったらしなくて大丈夫ですよ」「明石市だったら、何かあっても面倒見ますよ」というメッセージを伝えることで、安心して暮らせる街を目指してきました。

私が就任した直後に行ったのは、病児・病後児保育や預かり保育施設の設置。明石駅前の一等地に預かり保育の場所をつくって、親が病気になったら子どもを預かるというものです。小さなお子さんがいると、どうしても家庭が子育て優先になってしまう。「子どもに何かあったらどうしよう」と思うあまり、働く意欲があるのに働けなかったり、フルタイムで働くことを諦めざるをえない親御さんたちがいるわけです。昔ならおじいちゃん、おばあちゃんが見てくれたかもしれませんが、今はそういう世帯は減ってきている。そこで「あなたのお子さんのおじいちゃん、おばあちゃんの代わりは明石市がする」というメッセージを打ち出すことで、安心して子育てができるようにしました。

また、認知症対策にも力を入れました。年を重ねると、どうしても病気が多くなります。特に脳の病気は自覚しにくい。「足が痛い」「腰が痛い」という自覚症状があれば病院に行きますが、脳の病気は自覚症状が小さく、発見が難しい。国は認知症予防を重視していて「認知症になってはいけない」というわけです。でも、なってしまうのは仕方がないし、誰だって認知症になりたくてなるわけではない。これだと言われた側は「認知症になったらダメだ。でも認知症を100%予防する術はない。どうしよう」と、不安が大きくなってしまいます。

そこで明石市では、「認知症になっても大丈夫。明石市がしっかり応援するから」というメッセージを伝えるようにしました。認知症のチェックシートに回答するだけで500円分の図書カードがもらえるようにし、実際に認知症になったら、明石市独自の認知症手帳を発行し、ヘルパーやショートステイや宅食の無料券などを配布するという施策を打ち出しました。認知症の早期発見は本人も助かるし、家族も助かる。明石市では認知症の診断で使われるMRIの費用も無料にして、認知症になったらかかる費用の一定割合も市で負担しています。「認知症になっても大丈夫」がポイントなんです。

「認知症になったら駄目です。予防してください」というメッセージよりも、こちらのほうがよっぽど公助や共助になっていると思いませんか。国が自己責任で予防を頑張ってくださいと言っても、認知症を100%避けることはできない。それを自己責任で片づけるくらいなら、「私たちが面倒を見ます」と行政が手を挙げて、助け合える環境をつくることが大事だと思います。

■犯罪被害の支援制度をわざわざ作った理由

人は不安が強くなるとお金を使わないし、子どももつくらなくなる。不安を必要以上にあおった結果、経済がしぼんでしまって公助も難しくなる。これが今の日本の悪循環なんです。この悪循環を好転させるには、不安を取り除いて、安心できるメッセージを打ち出していく必要があると思っています。

明石市ではこうしたメッセージを発信した結果、隣接の市町村はもちろん、遠方からもたくさん子育て世帯が引っ越してくるようになりました。中核市の中では人口増加率が1位になり、合計特殊出生率も国の1.33(直近5年間の平均)を大きく上回る1.63になりました。「明石市だから子どもを産む決心ができました」「明石市だから2人目を産めました」という言葉をかけてもらうこともたくさんありました。「明石市だったら、何かあっても面倒を見る」というメッセージを伝えているから、みんなが安心して暮らせているし、お金の不安を感じずに前向きに暮らすことができていると思います。

泉前市長の実績

わかりやすい例が、犯罪被害者支援条例(明石市犯罪被害者等の権利及び支援に関する条例)の制定です。市民が犯罪被害に遭ったとき、明石市が加害者に代わって300万円まで救済を行うという制度を作ったのですが、任期中の申請は1件。行政の施策としてはさほどお金はかかっていない。

これは「犯罪被害者になる確率は、そこまで高くない」ということでもあるのですが、それでも「犯罪に巻き込まれたらどうしよう」という不安はある。そこで「犯罪に遭っても明石市は見捨てない」というメッセージを発信することで市民は安心して暮らすことができています。

つまり、お金に対する不安の中には「思い込み」や「漠然とした不安」という要素が多分に含まれていると思います。逆に安心感があれば、お金に対する不安というのはそこまで大きくならないし、それがある種の幻想にすぎないことにも気づけるはずです。

泉氏自ら施策をアピールする機会が多かったことも、安心感につながっていたかもしれない。
泉氏自ら施策をアピールする機会が多かったことも、安心感につながっていたかもしれない。

■自分の中の「てるてる坊主」を捨てる

お金の不安を払拭するために個人レベルで可能なことは、やはり行政を選ぶこと。昔と違い、自治体によって政策の色が違っているので、住む街の選択によって生活の負担が変わってきます。「子どもをつくりたいけど、金銭面で不安がある」という人は明石市に来てくれれば、不安は相当軽減されるはずなんです。

コロナ禍以降、フルリモートでいつでもどこでも仕事ができる会社が増えて、昔のように出社が前提ではなくなってきました。仕事ができるなら、東京の企業に勤めていても、関西に住んで大丈夫な企業はたくさんあります。大手のIT企業さんからは、本当に多くの家族が明石市に引っ越してきています。

その人たちに話を聞くと、「家賃が安いから」「自然が豊か」「遊ぶ場所もある」などと言います。東京に比べて家賃は半分だけど、部屋は倍の広さ。大都会ではないかもしれないけど、そこそこの都会だから遊ぶ場所にも困らない、食べ物もおいしい。出社は月に一度だから、明石市でも問題ないわけです。考え方を変えるだけで、人生は豊かになる。これは東京からの移住者の話ですが、近い場所だと隣の神戸市からは毎年明石市に1000人くらい移住してきていますよ。

福岡市などはベンチャー・スタートアップに対する支援を行政単位で行っており、操業に関しての相談ができるスタートアップカフェや、スタートアップ・中小企業向けの制度融資などが整備されているので、起業を考えている人は福岡市に行けば「資金が足りないかもしれない」「誰にも相談できない」という悩みは小さくなるはず。自分が抱えている不安と向き合ってみて、悩みを細分化してみると、それを解消してくれる、その不安に寄り添ってくれる自治体があるはずです。

もう1つ大切なのは、問題を他人や世間に委ねず自分に委ねること、問題を細分化して目標を適切に設定することだと思います。

雨の日に吊るす「てるてる坊主」ってありますよね。私、子どもの頃からあれが大嫌いなんです。例えば運動会の前日に作るとしますよね。当たり前ですが、てるてる坊主を作ったからといって降水確率は変化しない。

本当に運動会がやりたいのであれば、自分の力で何ができるのかを考えることです。この場合なら天候ごとに運動会のプログラムを用意しておくこと。小雨だったら時間を短縮してやる、大雨なら体育館でやる、台風なら中止にして、別日を予備日として押さえておくとかね。そうすれば、仮に雨が降っても運動会は開催できる。

仕事でも同じで、「上司によい評価をされていないから、定年まで働けないかもしれない」という不安があるとします。これは問題が上司の心境にあるので、自分で変えるのは難しい。ただ、「どこでも通用する実力があれば、最悪クビになっても大丈夫だ」と考えることができれば、やることは実力をつけることになるので、あとは自分次第。コントロールできない不安ではなくなりますよね。考え方が変われば、あとは会社に留まるのか、転職をするのかを選ぶだけになります。

お金に関しても同じで、「子どもを大学まで行かせるためには、お金がたくさん必要だから」と子どもをつくらない人がいます。この中には漠然と「お金がたくさん必要」だと考えているから、次のステップに向かって歩き出すことができていない人もいる。しかし、調べてみれば公立小にかかる学費は年間約35万円、私立小は年間約166万円というデータが出ています(文部科学省『令和3年度子供の学習費調査』より)。中高大についても同様にデータが出ているので、オール国公立で大学まで出ると約800万円、大学だけ私立だとトータルはいくら、中高で塾に通わせるとプラスでいくら……と考えていけば、将来必要になる額はある程度わかる。こうやって抽象的になっている問題を具体化していけば、不安が解決可能な課題に変わっていきます。

また同じく発想の転換の例として、私は批判されても「ありがとう」と思うようにしており、そうすると、けっこう前向きに生きていけます。自分に対する批判を抽象的な悪意と捉えるのではなくて、「人からどう見えているか」という視点で見ると、自分を伸ばすことにつながる。

よくある批判として「明石市長の泉というやつは、子どもばかり大切にして高齢者のことはほったらかしだ」「これだけ市民サービスにお金を使っていると、財政が破綻するぞ」というものがあるのですが、明石市は先述のように高齢者への支援に対してもかなり力を入れていますし、財政も黒字です。

ここで「こいつは何もわかってない」と怒って終わりにするとそこで終わりですが、考え方を変えると、人から自分がどう見えているかを知るチャンスでもある。「高齢者支援に対しては広報が足りていなかったかもしれない。だから子育て支援と高齢者支援の話はセットでしてみよう」「自分の表現がつたなかった。黒字のアピールをもっとすべきだな」と考えると、自分を伸ばすことにつながる。だから私は、批判に対しても「ありがとう」と頭を下げています。

ここまでポジティブだと、自分でも自分のことを「変な男だな」と思うこともありますが、私は不安を感じて停滞しているよりも、前を向いてチャレンジし続けているほうがずっと楽しい。私の前向きなエネルギーが読者の皆さんに伝わって、少しでも不安と戦う手助けになれば嬉しいです。

視点を変えれば、批判もチャンスに

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月16日号)の一部を再編集したものです。

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泉 房穂(いずみ・ふさほ)
前明石市長
1963年、兵庫県明石市生まれ。東京大学教育学部卒業。NHKディレクター、弁護士を経て、2003年に衆議院議員となり、犯罪被害者等基本法や高齢者虐待防止法などの立法化を担当。2011年に明石市長に就任。特に少子化対策に力を入れた街づくりを行う。2023年4月、任期満了に伴い退任。主な著書に『社会の変え方』(ライツ社)、『子どものまちのつくり方』(明石書店)ほか。

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(前明石市長 泉 房穂 構成=白紙 緑 写真=時事通信フォト 図版作成=大橋昭一)

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