間違っているのは「審判」ではなく「審判を叩く人」…オリンピックの「誤審」を批判する人が見落としていること
プレジデントオンライン / 2024年8月8日 9時15分
■パリオリンピックの「誤審騒ぎ」は間違っている
パリオリンピックも終盤、メダルをめぐってアスリートの悲喜こもごもの物語が連日伝えられている。今年はとりわけ「審判のジャッジ」をめぐる話題が多い。
試しにネットで「オリンピック 誤審」と検索すると、さまざまな記事や投稿が出てくる。
柔道男子60キロ級の永山竜樹選手の「待て」を巡る判定、同じく男子90キロ級の村尾三四郎選手の決勝での一本が取り消し、さらには男子バスケットボール、フランス戦での試合終了間際でのファウル、サッカー女子「なでしこジャパン」のナイジェリア戦でのPK取り消し……。
これらの日本選手、チームの敗退にはすべて「疑惑のジャッジ」あるいは「誤審」が絡んでいるような書きぶりだ。
こうした「誤審」によって、SNSでは審判や選手などを攻撃する言葉が飛び交っている。
居酒屋や家庭で「あの審判は」「あのジャッジは」と話題にするのはまだ許せるとしても、それをSNSで、当事者の目に触れるような形で投げつけるのは、完全に間違っている。スポーツの大前提を理解していないとしか言いようがない。
昨今の「審判叩き」は、審判に問題があるというより「審判を叩く人々」に問題があるとい断言してよいと思う。
■昭和のプロ野球が残した影
いつから今回のように「審判を叩く」風潮が一般化したのか。
その背景には、長らく日本の「ナショナルパスタイム」だったプロ野球における、ファンと審判の「不幸な関係」があったと思われる。
かつてのプロ野球の審判には、元選手がなることが多かった。大昔は苅田久徳など殿堂入りするような大選手が審判になることもあったが、昭和中期以降は、選手として活躍できなかった人が審判に転身することが多くなった。
審判の現役時代を知る監督やコーチ、ベテラン選手などは「こんな大したことない奴が審判か」と軽視し、不利なジャッジをされるとあからさまに文句を言ったりした。試合後に「今日は審判のせいで負けた」と記者に話す監督も、珍しくはなかった。
こうした監督などの発言を真に受けて、「審判は選手のなりそこないがやる仕事」みたいなイメージが、一部のファンに刷り込まれてしまったのだ。
今ではプロ野球の審判になるのは狭き門だ。また審判として採用されても、その適性を厳しくチェックされるとともに、独立リーグに派遣するなど、十分な実戦経験を積まないと一軍の試合に出場することはできなくなっている。
プロ野球だけでなく、サッカーやオリンピック競技などの審判も、競技経験も積んだうえで、いずれも専門的な教育を受けて選別された優秀な人材が務めている。選手とはまったく別個のスペシャリストになっている。
■選手以上に厳しい競争環境
一部のスポーツファンからは「審判は、全然勉強していない」「俺の方がプレーをよく見ている」という声が上がる。
プロ野球の例を挙げよう。プロ野球の審判は、常に厳しくチェックされ、高いレベルを維持することを求められている。試合ではジャッジの精度や審判としてのパフォーマンスを細かく査定されている。最近は「ビデオ判定」に際しての対応も含まれる。
なにより審判という存在は「マスターオブゲーム」であり、試合進行を円滑にすすめる責任も負っている。選手からのクレームへの対応やトラブルの処理もすべて審判の権限であり、当然、査定の対象となっている。
審判は原則、1年契約であり、低い評価の人は契約を打ち切られることもある。審判に採用されても一軍の試合に出ることなく退職する人もいる。選手同様、あるいは選手以上に厳しい競争環境にあるのだ。
近年、映像技術の進化とともに、審判のジャッジは大きく変わりつつある。
例えば併殺打。昭和の時代、審判は、遊撃手がゴロを捕って二塁をスパイクで軽く触塁してから一塁へ送球する一連の流れを見て、ジャッジしていた。
二塁の蝕塁は「ベースにスパイクが触れる音」で判断していたとされるが、実際には空過していてもわからなかった。精細な映像もなかったから確かめようがなかった。大げさに言えば審判は、内野手との「阿吽の呼吸」でジャッジをしていたのだ。
■日進月歩で進化するジャッジの技術
しかし今は、走者や野手が塁に触れたか、タッチをしたかなどは球場に設置された多くのカメラがとらえている。これによって微妙なプレーも高い精度で判断できる。この進化に伴って、審判の「目の付けどころ」も変化し、ベース際の蝕塁、選手へのタッチもピンポイントで確認するようになっている。
「ビデオでいい加減なジャッジができなくなったから、審判もそういうふうに変わらざるを得なかったのだろう」というかもしれないが、日米問わず審判は、映像機器の進化を積極的に受け入れてジャッジの精度を高めている。
例えばストライク、ボールの判定。投手の球速が上昇し、かつてない変化をする球種が次々と出てくる中で、審判はこれらに対応してジャッジの精度を高めようとしている。
MLBではこれに加え捕手の「フレーミング」というテクニックが用いられるようになった。捕球した位置からミットを意図的に動かしたと判断すると、審判は「ボール」を宣告することができるがフレーミングは、際どいコースに来た球を、ミットを大きく動かすことなく捕球し「ストライク」と判定させる技術だ。
審判は極めて難しいジャッジを迫られるが、これなども映像を確認して精度向上に努めている。
■「AIですべて解決」とはならない
MLBでは2026年からAI審判を導入する。
この背景には、全30球団の本拠地球場に「ホークアイ」を基幹とするトラッキングシステムが配置され、投球、打球だけでなく攻守の選手の動きもオンタイムで捕捉できるデータ解析ツール「スタットキャスト」が完成したことがある。
これは基本的にサッカーやテニスの「VAR判定」と同様の技術で、高速で移動する投球、打球、選手の動きなどを、人間の目では捕捉できないレベルで記録し、瞬時に判断することができる。
このように書くと「人間の審判の出来が悪いから、AIに置き換えるのだろう、さっさと人間の審判をやめてAIにすればいい」と言う人が出てくるが、そうではない。
AI技術の導入は、高度な判断が求められる現代のスポーツにおいて、審判の正確なジャッジのための「判断材料」を提供するために行う。
高度なAI技術は、競技について十分な知見を有する審判が使いこなすことで、いきてくるのだ。AI技術の導入後も、試合のジャッジを審判が行うのは変わらない。
NPBでも今季から全12球団で「ホークアイ」が導入されたが「スタットキャスト」のような12球団を統合したシステムの構築はまだ先になるだろうが、早晩、AI技術を導入することになろう。
■つまるところ贔屓のチームだから批判する
そもそも、なぜ審判を批判するのか。多くの人は「公明正大なジャッジをしてほしい」と願って、審判を批判しているわけはない。
審判のジャッジを批判する人の大部分は「自分が贔屓にするチーム、選手に不利な判定をされた」ことから批判しているのだ。
例えば、自分の贔屓のチーム、選手に有利になるような「疑惑の判定」があったときに、これらの人は「黙っている」あるいは「ラッキー」とか「儲けた」とか言う人がほとんどで「おかしいじゃないか」と声を上げる人がどれだけいるだろうか。
本当にそのスポーツの健全な発展を願って審判を批判しているわけではないのだ。
こうした人の多くは「人間の審判をクビにしてAI審判にすべき」と言っているが、AIが完全導入されたとしても、際どい判定で、贔屓チーム、選手に不利なジャッジになれば「機械に何がわかる」「AIで人間の動きがジャッジできるはずがない」と、文句を言う対象が変わるだけだ。
■審判のミスも許容してこそ
スポーツマンシップの考え方では、スポーツは、チームメイト、相手選手、審判、競技そのものへの「リスペクト」が大前提になっている。
一緒にゲームをする仲間、そしてそれをジャッジする審判が互いを尊重し、敬意を払って試合に臨むことでスポーツは成立する。それは、試合を観戦する人にも求められる態度だ。
プロ野球に限らずスポーツ全般において、生身の人間である審判が、試合のジャッジをし、マスターオブゲームとして試合を主宰するということは、常に失敗、判断ミスをする可能性がある。選手が失策をするのと同様だ。
もちろん頻繁にミスをするのは論外だが、これは絶対に避けることができない。それもスポーツの内なのだ。あってはならないことだが、人間の所業だから必ず起こるミスを許容することもスポーツには必要だと筆者は考える。
■スポーツそのものへの敬意を欠いている
日本のプロ野球、そしてそして多くのスポーツの審判はおかしなジャッジはしない。それは、彼らはそこにプライドを感じているからだ。公正で厳正な審判業務をするために、日夜研鑽を積んでいる。それでもミスは起きてしまうのだ。スポーツを愛するなら、それは全面的に支持されるべきではないのか。
審判をリスペクトしないファンは、恐らく選手もリスペクトしていないし、スポーツそのものへの敬意も欠いている。誤審を理由にSNSで審判や選手などを攻撃する行動は、端的に言えば、「贔屓の引き倒し」といえる。
本当のスポーツファンになるためには、まず、その姿勢を正すことから始めるべきだと筆者は考える。
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スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)
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