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浜田宏一「インフレを退治し、ドル円の為替レートを安定化するには長期・短期の利上げが避けられない」

プレジデントオンライン / 2024年8月17日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MicroStockHub

■為替レートの基本的な原理を知ろう

現在、新型コロナウイルス後のインフレ退治に時間がかかり、米国では高金利政策が続いている。その結果、極端ともいえる円安が進行し、日本経済にも大きな影響が出ている。日本が今後どのような金融政策をとるべきかを理解するには、変動相場制における為替レートの役割について知る必要がある。

今回は為替レートとマクロ経済がどのように関係し、国民生活に影響を及ぼすかを示す「オープン・マクロ経済学」の基本的な内容を説明しよう。アベノミクス以前の20年にわたる日本経済の低迷や、黒田東彦(はるひこ)日本銀行総裁(当時)の異次元の金融緩和と結びついたアベノミクスの成功、そして現在インフレ前夜とさえ見える超円安の状態にどう対処したらよいかを、一貫して理解できるのである。

まず、現在の変動為替制のもとで、各国の金融政策がそれぞれのマクロ経済状況にどのように影響を及ぼすのかを考えよう。固定為替制度では、一国が金融緩和を行うと、その国の総需要が増加するだけではなく、他国にも(本国よりは弱いものの)プラスの影響を与える。したがって、ある国が金融緩和をした場合には、他国はその影響を緩和するために自国の金融をやや引き締める(金利を上げる)ことで対応すればよかった。

一方、変動為替制のもとでは、為替レートの変化が各国のマクロ経済に決定的な影響を与える。自国の金融緩和が自国の為替レートを減価させ、輸出増や輸入減を通じて自国の総需要を増やす点では同じだが、他国の為替レートを増価させるため、他国の輸出の減少、輸入の増加を通じて、他国にとっては総需要を減少させる形で働く。したがって、変動為替制のもとでは、一国が金融緩和をしたときには、自国も(相手より控えめな)金融緩和で応じなければいけない。

発達した国際金融市場では、為替レートは、世界中の経済主体(企業、政府、投資家など)が市場でどれだけ円やドルの資産を持っているかに基づいて決まる。このため、円やドルの資産が市場でちょうどいいバランスで保有されるように、為替レートが調整される。ミカンとリンゴの相対価格が、存在するミカンとリンゴの数量によって決まるようなものだ。そのため、為替レートは将来の期待や市場の動きに影響されやすく、変動しやすい性質を持っている。

為替レートを決めるもっとも重要な要因は、両国の中央銀行の発行する貨幣残高の比率(市場に出回る通貨の量)、中央銀行が政策的に操作できる中央銀行の総資産残高の比率(中央銀行が保有する資産の合計額)に依存すると考えられている。

世間や国会では、財務省がドルを売買して為替市場に直接介入することに注目が集まっている。たしかに、日本を含む多くの国で財務当局が為替介入の権限を持っているが、すでに説明したように、為替レートを決定するのは当事国間の金融政策の違いである。

たとえば、円安が進みすぎたときに、財務省がドルを売って円を買おうとする場合、財務省はドル資産を市場で用意しなければならない。しかし、財務省がドルを購入したところで、経済的には為替レートを決める円ドルの資産の比率に何も影響を与えられない。こうした介入が「不胎化介入」と呼ばれるゆえんである。

■アベノミクスの影響と新たな課題とは

2008〜09年のリーマン危機の時期に、アメリカと日本との間で極端な貨幣拡張が起こった。米国では住宅金融が過剰に行われ、住宅ローンが返済不能になるケースが増えた。これを受けて、米国の中央銀行のFRBが住宅ローン担保証券を大量に買い取り、米国の貨幣供給量(マネタリーベース)が大幅に拡張した。

日本の日銀総裁は円高好み、緊縮派が続いていたので、このアメリカの貨幣拡張はドルの価値を下げ、円高を引き起こした。慶應義塾大学の野村浩二教授が指摘するように、1990年代後半から続いていた円高の傾向を助長したのだった。これがアベノミクス開始まで継続していた日本経済のデフレと停滞の基本的な原因だったのである。

円高とデフレから日本経済を救ったのが、黒田総裁の異次元緩和を柱とするアベノミクスの金融政策だった。安倍晋三氏の首相再登板がわかると、首相就任前にも株価、景気が上向きに転じた。もっともいい期間を4半期データで比較すれば、約500万人の雇用増加が見られ、全期間で見ても約470万人の雇用増を達成したのである。世界全体が景気沈滞、いわゆる長期沈滞に陥っていたにもかかわらず、日本の景気がよみがえったのだ。日本経済の復活により、外国に流出していた国際投資が日本に戻り、それとともに新しい投資にともなって生ずる――これを専門家は「資本に体化した」という――技術進歩も戻ってきた。

ところが、新型コロナウイルス禍後、日米間の金融政策の状況は正反対になった。ドナルド・トランプ前大統領の富裕層向け減税とジョー・バイデン大統領のインフラ投資により、米国ではインフレが生じた。これを抑えるために、FRBは金融引き締めと金利引き上げに動いた。

一方、日本は、日米金利の状況が反転したのにもかかわらず、アベノミクス時代の低金利政策をつづけ円安を加速させている。日銀は6月の政策決定会合で金利体系の正常化と引き締めに向かう姿勢を見せているが、円安はなかなか止まらない。

日本銀行の植田和男総裁
日本銀行の植田和男総裁。浜田氏は「日銀は引き締めに慎重だ」と指摘する。

日銀はデフレ期待が払拭されるまで待とうという姿勢だが、今の情勢では日銀は引き締めに向けて慎重でありすぎるように思う。私が「金利を上げよ」などと言うと、「浜田は昔の意見と変わったのか」と問われるかもしれないが、日米の金利が逆転した現在、為替レートを適度に安定させるには、長期・短期の金利を引き上げていくしかないのだ。

アベノミクスの始まった頃と今では、日本と世界(特に米国)の金融情勢が全く変わったのである。ケインズが言ったとされる、「状況が変われば、私は意見を変える」という言葉を思い出す。

■各国の金融政策が自由放任でいいワケ

変動為替制のもとで二国が貨幣政策を使って、望ましいインフレ率を目標としてゲームを争ったとしよう。各国の中央銀行は、相手国の通貨政策の影響による為替レートの変動が自国のインフレに影響を与えることを常に意識しなければならない。しかし、各国がこの相互依存関係を認識して行動する限り、互いの影響を加味したうえで、自国に最適な政策、つまりレッセ・フェール(自由放任)の貨幣政策を行えばいい。

ただし、このような各国にとって都合のいい結論が出るのは、貨幣政策の手段が一つ、インフレの目標も一つだからである。もし、国際収支のバランスの目標や、財政収支の目標などが加わると、このシンプルな議論は成り立たなくなる。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月16日号)の一部を再編集したものです。

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浜田 宏一(はまだ・こういち)
イェール大学名誉教授
1936年、東京都生まれ。東京大学法学部入学後、同大学経済学部に学士入学。イェール大学でPh.D.を取得。81年東京大学経済学部教授。86年イェール大学経済学部教授。専門は国際金融論、ゲーム理論。2012~20年内閣官房参与。現在、アメリカ・コネチカット州在住。近著に『21世紀の経済政策』(講談社)。

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(イェール大学名誉教授 浜田 宏一 写真=時事通信フォト)

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