「あんたに何ができる」勝ち癖のない赤字バスケチームを”稼ぐプロ集団”に変えた素人社長の心震える挨拶
プレジデントオンライン / 2024年8月20日 9時15分
島田慎二(しまだ・しんじ)Bリーグ(ジャパン・プロフェッショナル・バスケットリーグ)チェアマン。1970年、新潟県生まれ。会社勤務を経て、旅行会社を設立。売却後、経営コンサルタントとして千葉ジェッツ(現・千葉ジェッツふなばし)の経営に参画。12年に社長就任。20年より現職。
■頑張らずに赤字になれば私はいなくなる
バスケットボールに関わるようになってから、13年目になります。その間にも、バスケ界は国内リーグ統合にコロナ禍、日本代表が48年ぶりに自力で五輪出場を決めるなど、波乱に満ちていました。その中で自分にとって一番の修羅場は、千葉ジェッツふなばし(以下、千葉J)の立て直しでした。
それまでの私はバスケに全く縁がなく、試合のチケットをもらってもアリーナへ行かないような人間でした。ただ、起業をした際にお世話になった道永幸治さんが当時の千葉Jで代表取締役会長を務めていた。経営コンサルタントをしていた私は道永さんに、「助けてくれないか」と相談を受けたのです。それで、40枚くらいのレポートをまとめました。
かなり辛辣なことも書きました。そうしたら、「改善に手を貸してほしい」と言われまして。週1回ぐらい様子を見に行くことから始まり、週1が週2になり、週2が週3になり、1カ月後には毎日行くようになりました。半年ぐらいは無報酬で、社長就任後の1年ほどは時給いくらというアルバイトのような給与形態でした。
既存のスタッフも選手も、「島田さんて誰ですか?」という感じで、私のことを全く信用していなかったと思います。当時の千葉JはBリーグ以前のプロリーグ「bjリーグ」に属していましたが、本当に小さな経営規模なのに赤字でした。スポーツ界ではその競技に詳しくない人間が経営者として参画するのはレアケースでしたから、「あなたに何ができるんだ」という空気がありました。
抵抗感を払拭するためには、結果を残すしかない。社長就任にあたっては、「黒字化できなかったら退任する。私がいれば未来がハッピーになると考えるなら、一緒に頑張ってほしい。頑張らずに赤字になれば私はいなくなる。私がいたほうがいいか、追い出したいのかはあなた方次第です」と、スタッフ全員の前で宣言しました。
企業として生産性や収益構造を変えつつ、選手獲得や興行としての魅力を高めるための投資をしなければならない。そのためにガバナンスを再構築し、資金調達力を強化しました。金融機関からの借り入れに頼ると経営の独立性を保てないので、観客動員、スポンサー収入、グッズ収入を増やすことに力を注ぎました。
そうした改革の第一歩として、活動理念とミッションを作成しました。自分たちが何のために活動し、何を拠りどころとするのかを明確化したのです。活動理念は「千葉Jを取り巻く全ての人たちとともにハッピーになる」としました。
バスケに限らずスポーツクラブには、好きな競技に携われることに喜びを感じて働いている人が多い。そのため、「給料が少しぐらい安くてもいい」とか「休みが少なくても我慢する」といった考えが根深かったと感じます。
それはつまり、自分たちが働いているスポーツ産業を、ビジネスとして信じていないことにほかなりません。競技に愛着が強くてもビジネスセンスが弱いので、サステナブルではないのです。これこそがスポーツ界が突破できないところの本丸で、ビジネスとか稼ぐという概念を持ち込めないことに挫けた人が多かったと思ったときに、モチベーションが湧いてきました。そのために自分が来たのだ、と。
給料が安くてもいいと言っている時点で、限界の設定が低い。それでは突破なんてしていけない。スタッフのマインドセットを変えなければならない。これが改革の第二歩で、具体策として毎週火曜日にスタッフ全員と個別で面談することにしました。
一人ひとりに月ごとや年ごとの目標を設定してもらい、目標からの逆転で先週はどうでしたか、今週は何をしますか、という面談を一人あたり30分ぐらいやりました。スタッフが増えていくと、朝7時から夜7時ぐらいまで時間を取られます。その日は自分の仕事は一切できませんが、そこはもう覚悟を決めました。すべての面談が終わると、いつも声がかれていました。
■マイクロマネジメントで勝ち癖をつけさせる
面談をしていくと、個々の問題がはっきりしてきます。営業担当から「今こういうスポンサーがいて、もう少しで落とせそうなんですが」と聞けば、一緒に営業へ行きました。
スタッフからすれば、社長とマンツーマンで相談をして物事が決まっていくので、誰かに気を使わなくていい。スピード感もある。「社長が一緒に戦ってくれる」という充実感も得られる。
毎週火曜日は一切仕事ができないので、経営者仲間からは「よくそこまでやるね」とか「スタッフに任せないと育たないでしょ」とも言われました。けれど、私は再建を託されているのです。「スタッフに任せてダメでした」などという言い訳は通用しない。文鎮型組織のマイクロマネジメントでしたが、結果を出したスタッフの頑張りに報いるということで、給与を増やし、ボーナスも出していきました。
スタッフと面談をしたり一緒に営業へ行ったりするのは、私自身の「気づきの場」にもなりました。業界ならではの商習慣を何もわかっていないと「それはやめよう」とか「コストダウンしよう」となるところで、「一理あるな」と思える。現場感を持って意思決定ができ、業務理解と業界理解も深まりました。
私自身の肌触りでは、スタッフの信頼をつかみ、彼らが「できるかも」と本気で思うまでに、3年かかりました。そこへ至るプロセスでは、「勝ち癖をつける」ことを意識しました。大きな目標へ辿り着くために、小さい目標設定をたくさんちりばめて、一つひとつクリアしていくようにしたのです。
勝ち癖がないと勝てないし、勝たないと勝ち続けられない。小さくても勝ち続けることを経験させることで、企業のカルチャーを変えていくときに大きな力になる「やればできる」というエネルギーを蓄えられます。
社長就任4シーズン目には、すでに日本代表で活躍していた富樫勇樹選手を獲得しました。彼の加入1年目のシーズンは、日本のバスケチームで初めてシーズン観客動員数が10万人を突破。翌2016年シーズンからBリーグがスタートし、クラブ史上初のタイトルとなる天皇杯を獲得しました。
その頃にはもう、スタッフのメンタリティは「やればできる、本気でその気になればやれる」という感じになっていましたね。私が少し無茶な相談をして、1年目なら「何を言ってるの?」みたいな空気になったところでも、スタッフが良い意味で麻痺しているのです。「社長がそう言うなら、いけるんじゃないの?」といった、ポジティブ思考が広がっていました。
スポーツビジネスはビジネス領域と勝負の領域があります。勝ったほうが人気は出るし、ビジネス領域へ好影響が及ぶけれど、試合は相手がいます。費用を投じても勝てるわけではない。勝敗はコントロールできません。
バスケに限らず瞬間的に結果を残すチームがありますが、それは一時的な投資が結びついただけです。継続的に好成績を上げるために重要なのは、まず組織風土を変えること。そして、ビジネス領域で収益を上げ、そのうえで勝負の領域へ挑む。社長として組織風土の改革に成功した千葉Jは、稼ぐことと勝つことの両方にアプローチしたバスケ界最初のクラブかもしれません。
20年5月に千葉Jを離れ、Bリーグチェアマンに就任しました。Bリーグは26年から、リーグ構造の変更を伴う変革へ動き出します。かつて「千葉Jを取り巻く全ての人たちとともにハッピーになる」と掲げたように、バスケ界から日本のスポーツ界や日本社会にハッピーの輪をいかに広げていけるかを軸に、変革を進めていきます。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月16日号)の一部を再編集したものです。
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Bリーグ チェアマン
1970年、新潟県生まれ。会社勤務を経て、旅行会社を設立。売却後、経営コンサルタントとして千葉ジェッツ(現・千葉ジェッツふなばし)の経営に参画。12年に社長就任。20年より現職。
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(Bリーグ チェアマン 島田 慎二 構成=戸塚 啓 撮影=小田駿一)
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