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「人付き合いの秘訣?そんなのない」知の巨人・養老孟司が"気に食わないヤツ"を受け入れるべきという深い理由

プレジデントオンライン / 2024年8月21日 7時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/recep-bg

(第1回から続く)

■「皮膚の内側が自分」という常識を捨てよう

【名越】国連が発表した「世界幸福度ランキング2024」で、日本の幸福度は143カ国中、51位だそうです。先進国の中では毎回、ほぼ最低クラスなので、問題視する向きも多いようです。

【養老】国別の幸福度なんて、ランク付けできるのか。

【名越】国連の言うとおり、幸せを感じにくい日本人が多いとすればですが、生きるのが「息苦しい」と考える人が、多いからかもしれないですね。例えばSNSとの距離感を

いまだにつかめないまま、我々はストレスを日々溜め込み続けているのかもしれない。

社会改革できない閉塞感、虚しさも、日本の中に漂っている。精神科医になってしばらくしてからようやく、カウンセリングをするなら、「人の心よりも、まずは自分の心の変化をモニターできるようにならないと」と気付いたんです。

で、自分の心に向き合えば向き合うほど、心の中身は「自己実現への欲求でしかない」ということに気付かされたんです。

そのことを前提にするなら「社会を変えたい」という一見真っ当な意見は、よほど注意しておかないと当人のナルシシズムにすぎなかったということになりかねない。

ドストエフスキーとか、夏目漱石とか、優れた天才がすでにそうした近代人の拡張されたナルシシズムについて、書き残していると思うんです。社会を変えたいなら、まず自分が本当のところ何を目指しているのかを知っておくといいかもしれません。

そして、「社会改革ができない」と怒る前に、先人たちが長年積み上げてきた結果としての目の前の社会の仕組みを冷静に、敬意と諦観をもって見つめて、現時点での人間の限界を知る必要があるのではないでしょうか。

養老先生も、「目の前のことは結果」とおっしゃっていました。息苦しさから解放されるには、どうすればいいとお考えになりますか。

【養老】そもそも自我なんて、必要なのだろうか。「皮膚の内側が自分」という常識を、捨ててしまえばいいのではないかな。

そうすれば、楽になれるのでは。日本野鳥の会をつくった中西悟堂は、外出すると鳥が彼の頭や肩に止まりにきたんだって。彼はもう、自然の一部みたいになっていたわけだ。そんな具合に、自然と一体化してみたら、いいんじゃないですかね。

【名越】なるほど。仏教でも、「自我は幻想」と説いていますからね。息苦しさから逃れるには、自分の殻から外に出る「余白の瞬間」を持つのが、大事ではないでしょうか。

例えば、昔は銭湯の熱い風呂に入ると、「プハーッ」と言って、その瞬間は「記憶喪失」になることができたでしょう。

抱えていた、いろいろな悩みが吹っ飛んで。いまは便利すぎて、空白になれる時間があまりないのかもしれない。

だから、息抜きができない。自我に基づいた自己実現や幸せの定義では、ナルシシズムを突き詰める方向に行くしかなくて、その先には奈落しかないでしょう。

■気に食わないヤツを受け入れるべき理由

【名越】物事を見るときは比較検討して相対化するばかりではなくて、「反相対化」して、バランスを取ったほうがいいと思います。

見方が変わっていくでしょう。社会を息苦しいと思うのではなく、そう思う自分を変えてみる。すると、他人とも、うまくかかわれるようになるのではないでしょうか。社会は、大勢の人で成り立っているから、一人ひとりが変われば、人と人がうまくかかわれるようになって、そこからでも社会は変わっていく。

【養老】名越君もコメントが随分、大人っぽくなってきたよね。

【名越】先生、僕もいい年なんですから。比較検討というのは一見自分の位置が明確になっていいように見えて、すべてが相対的になってしまって、心は不安だらけになる。

僕は元々、昔はかなり喧嘩っ早かったんです。でも、当時は30代で、周りから「しょうがないヤツだな」と半人前に見られていたから、翌日「昨日はすみませんでした!」と謝れば、それで済んじゃったんですね。

もし50代で、周りと喧嘩したら、みんなドン引きでしょう。だから、暴れるなら、若いうちですよと。

とはいえ、最近はまだ半人前なのに、「一人前扱い」されるビジネスパーソンも多いみたいですね。例えば、30代でマネジメント層に上がる人もいれば、ベンチャーでは経営者もいる。そういう人たちは、若いのに暴れることができません。

かわいそうだけれど、資本主義の競争のレールに乗っているわけだから、仕方のない面もある。自分で殻が分厚すぎて辛いのなら、そのレールから降りて、ある意味失敗が許される世界に行くしかない。

自分を変えたいのなら、漁船にでも乗せてもらったらいいですよ。手も足も出ないから素直に自分を認められるようになるかもしれない。冗談ですけど、もしベンチャー社長がイカ釣り漁船でもガッツリ働けたら本物だと、僕は思いますよ。

養老先生は、いろんな立場の人と交流して影響を与えてこられたという印象があるのですが、先生なりの人付き合いの秘訣って、あるのでしょうか。

【養老】そんなのないよ。でも、言えるのは、気に食わないヤツは、どこにでもいるし、いるものはしょうがないということ。

だから、諦めて受け入れるしかないね。大抵の人は、気に食わないヤツ、仕事のできないヤツを「追い出せ」と言うでしょう? でも、それは違うんじゃないかと僕は思うわけ。

気に食わないヤツが、目の前からいなくなるのはいいんだけど、そういうヤツは、どこか違う所に行って、同じように追い出される。だったら、最初の組織で更生の機会を与えたほうがいいのではないかと。あっちこっちに行くと、社会全体で教育することになって、生産性が下がるでしょう。

【名越】たしかに、そうですね。

【養老】日本は米国とかと違って、少ないリソースで大勢の人間を養わないといけないんだから、生産性や教育コストを考えないと。

戦後豊かになって、日本が貧乏な国だったということを、みんな忘れているんだよ。第二次世界大戦時の日本は、指導者が無能だったという人が多いんだけど、それは違う。指導者はエリート中のエリートだった。

じゃあ、なぜあんな悲劇が起こったかというと、日本が「持たざる国」だったからだよ。米国はあんなに豊かなのに不公平だと、資源を得ようとして戦争に走った。「貧すれば鈍する」っていうけど、食うに困っている状態だと、肝心の判断が狂ってしまうんだよね。

(第3回へ続く)

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月16日号)の一部を再編集したものです。

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養老 孟司(ようろう・たけし)
解剖学者、東京大学名誉教授
1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年、東京大学医学部教授を退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。京都国際マンガミュージアム名誉館長。89年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。著書に、毎日出版文化賞特別賞を受賞し、447万部のベストセラーとなった『バカの壁』(新潮新書)のほか、『唯脳論』(青土社・ちくま学芸文庫)、『超バカの壁』『「自分」の壁』『遺言。』(以上、新潮新書)、伊集院光との共著『世間とズレちゃうのはしょうがない』(PHP研究所)、『子どもが心配』(PHP研究所)、『こう考えると、うまくいく。~脳化社会の歩き方~』(扶桑社)など多数。

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名越 康文(なごし・やすふみ)
精神科医
1960年生まれ。近畿大学医学部卒業。専門は思春期精神医学、精神療法。『どうせ死ぬのになぜ生きるのか 晴れやかな日々を送るための仏教心理学講義』など著書多数。

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(解剖学者、東京大学名誉教授 養老 孟司、精神科医 名越 康文 構成=野澤正毅)

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