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「デスクにキーボード以外何もない」はむしろダメ…脳科学の研究が示す"汚部屋"がアイデアを生むメカニズム

プレジデントオンライン / 2024年8月12日 10時15分

出所=『脳科学が解き明かした 運のいい人がやっていること』

どんな部屋・机にすれば仕事や勉強の作業効率がもっとも向上するのか。脳神経科学者でお茶の水女子大学助教の毛内拡さんは「“片付いている”とされる状態は人それぞれ異なる。自分に最適な環境を作ることが優先事項。ミニマリズムは必ずしも最適解ではない。乱雑な状態に見えても、その人なりの規則に従った“いつものあの感じ”が創造性を高めることもある」という――。

※毛内拡『脳科学が解き明かした 運のいい人がやっていること』(秀和システム)の一部を再編集したものです。

■どんな部屋・机にすれば仕事や勉強の作業効率が一番高いのか

仕事柄、古今東西色々な研究室を訪問してきましたが、そこで目にするオフィスの状態というのは実に人それぞれです。ピカピカに片付いている場合もあれば、書類や本が山積みになっている机の場合もあります。

特に研究者は、机の上にはキーボード以外何も置かないことを徹底している人もいれば、今にも崩れそうな論文の山の中でかろうじて生息している人まで、千差万別です。そこにはこれといった共通点は見当たらず、片付いているからといって別格に仕事ができるというわけでもなく、片付いていないからといって人間として終わっているというわけでもありません。

しかし、片付いている環境が、作業効率を向上させるのは確かです。整理整頓されたオフィスが重要なのは、それが個人の問題だけでなく、周囲にも影響を与えるからです。整理された職場環境は、作業効率だけでなく、働く人のモチベーションや生活環境にも影響を及ぼします。例えば、来客があった時に片付いていないと、この人とは一緒に仕事をしたくないなあと思われてしまっても仕方ありません。

私の研究室では、実験を行うと言う性質上、安全の面からも共有スペースを清潔に保つことが最優先されています。どんなに優れた実験結果を出しても、作業環境が不適切だとそのデータの信頼性を疑われます。私たちは、常に整理整頓の重要性を意識し、実践しています。

作業のオンとオフをスムーズに切り替えるという観点から言えば、自宅であっても集中できる専用の作業スペースを設けることは重要です。多くの人が自分専用の書斎を欲しがる理由は、単にリラックスできる場所を持つというためだけでなく、仕事モードへの頭の切り替えを円滑にするという意味合いもあるのかもしれません。

しかし、環境が常に同じでは、学習や作業の効率が低下することがあります。そのため、たとえば季節の変わり目に模様替えをしたり、照明の配置を変えたり、仕事がひと段落したタイミングでデスク周りを徹底的に整理したりすることで、気分を変えつつ常に最適な作業環境を保つことも重要と言えるかもしれません。

■自分に最適な環境を作る

重要なのは、一般的に「片付いている」とされる状態というのは人それぞれによって異なるということです。つまり、自分に最適な環境を作ることの方が優先事項と言えるかもしれません。人によっては、ある程度散らかっている方が創造的なアイデアがひらめくということがあります。「これはこれで片付いているのよ」といった具合です。ある程度の散乱がインスピレーションを刺激するというのは私自身心の底から理解できます。

そういう意味では、親切だと思って勝手に他人の部屋を掃除したりするのは、実はその人の創造性を失わせてしまう行為なのかもしれません。多くの人が、親に勝手に部屋を掃除されて嫌な気分になった経験があると思います。人それぞれの「最適な状態」というのは異なることを理解することが重要ですね。ただし、衛生面の観点から、ゴミを捨てるなどの最低限の清潔は保つ必要はあります。

デスクトップコンピューター、無線マウス、無線キーボードだけのデスク
写真=iStock.com/Liudmyla Chuhunova
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Liudmyla Chuhunova

私自身、考えごとをする際に、うまく言語化できませんが、自分なりの規則に従った「いつものあの感じ」が逆にインスピレーションを与えてくれることがあります。それは、他の人から見たらただの乱雑な状態に見えるのかもしれませんが、実は書類の山の中にも一定の規則性があり、自分ではどこに何があるかを把握できていることも多々あります(できていないものもあります)。もちろん、最低限の整理は必要ですが、ミニマリズムがすべての人にとっての最適解とは限りません。個々人のニーズに合わせた環境を整えることの重要性を理解することが大切なのです。

このテーマについては、長年にわたり多くの議論があり、最近の研究によれば、散らかっている環境が創造性を刺激する可能性があることも示されています。整理整頓された環境がいつも最良とは限らない、という新しい視点を提案します。

■汚部屋が創造性を増す?

コロンビア大学ビジネススクールのエリック・アブラハムソン教授は、「良いアイデアは異なる要素が組み合わさって生まれる。散らかった環境では新しい組み合わせが生まれやすい」と指摘していることが有名です。

これは私の経験とも一致しています。散らかったデスクで作業していると思いもよらなかった意外なアイデアの連鎖が生まれることがあります。例えば、一見無関係な資料が目につき、それが新しいプロジェクトのアイデアにつながることもあるのです。

アブラハムソン教授は「だらしなさ」についての本も書いており、創造性にはある程度の乱雑さが不可欠だと主張しています。彼は、「散らかっていることで、つながっていないものがつながる」と述べています。これについて調べ物をしていたところ、面白いエピソードを見つけました。とある科学者は、非常に乱雑な机で仕事をすることで有名でしたが、ある日書類の束からたまたま二通の手紙を発見して、その差出人である二人を引き合わせたところなんとノーベル賞に繋がったというのです。なんともありそうな話ですが、調べてみてもどの二人なのかが出典が出てこなかったので、都市伝説にすぎないのかもしれませんね。でも本当だとしたら面白い話です。

2013年にミネソタ大学の研究者キャスリーン・ヴォースらの研究では、被験者を整頓された部屋と散らかった部屋に分け、ピンポン球の新しい使い方を考えさせました。その結果、散らかった部屋にいたグループの方が、思いもよらないような創造性あふれるアイデアを思いつく確率がはるかに高かったというのです。さらに、フローニンゲン大学の別の研究でも、散らかった部屋にいた参加者の方が、よりシンプルで効率的な解決策を見つける確率が高かったと報告されています。

これらの研究結果は、乱雑な環境が、枠を超えた拡散的な思考を刺激し、創造性を向上させる可能性があることを示しています。整理された環境ももちろん重要ですが、適度に乱雑な環境も悪いものではないのかもしれませんね。

散らかったデスクで作業をするオフィスワーカー
写真=iStock.com/CasarsaGuru
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CasarsaGuru

私の本棚には、色々なジャンルの書籍や雑誌がアトランダムにおかれていますが、それをぼんやり眺めていると、新しいアイデアやインスピレーションが湧きやすいです。本棚の隅にある古いレポートから新しいアイデアが浮かぶことがあります。これらの古い資料は、知識の再発見とも言えるもので、それを断捨離してしまうことは、私にとって脳の一部を失うようなものです。あの本どこいったっけと探す羽目になるのが玉に瑕(きず)ですが。

どうやら私たちは、ものが片づいているときはあらかじめ決まっていることに固執し、反対に散らかっていると、自由に発想できるようになるようなのです。確かに、あまりに綺麗に整っていると散らかしたらまずいと思って、現状維持を意識することに注意が持っていかれます。

以上のことから、ルーティーンワークや単純作業をする際には、整理整頓されたスペースで集中して取り組むことで成果が得られますが、創造的な作業には少し散らかったデスクの方が効果的であると言えます。自分がどちらの仕事をしているのかによって、環境を使い分けることも有効かもしれませんね。

■バランスが大事

毛内拡『脳科学が解き明かした 運のいい人がやっていること』(秀和システム)
毛内拡『脳科学が解き明かした 運のいい人がやっていること』(秀和システム)

整理整頓は確かに大事ですが、それにかかる時間やコストが実は創造的な作業を妨害することもあります。しかし、長期的に見れば少しの時間とコストをかけることで安定的な集中力を得られるかもしれず、悩ましいところです。今までの話を整理すると、爆発的な創造力を取るか、安定的な集中力を取るか、ということになります。

テンプル大学のグレイス・チェイの研究によれば、きれいなオフィスで働く人たちは散らかった環境で働く人たちよりも困難な仕事を乗り越えられる傾向にあるのだといいます。また、整理された部屋で働く人たちは、より健康的な選択をするのだそうです。

例えば、食事を選ぶ際にも、身体に気を使った食材を選びやすいのだとか。無秩序な状態は、精神を乱すとまで言われており、粘り強さを低下させると考えられています。

形にするときは整理整頓されたデスク、アイデア出しのときは散らかったデスクを表すイラスト
出所=『脳科学が解き明かした 運のいい人がやっていること』

確かに私が知っているアーティストも、プロジェクトの初期段階ではアトリエが散乱していますが、作品が仕上がるにつれてどんどんと整理整頓されていくと言います。つまり、クリエイティブな拡散的思考から、問題解決の収束的思考に切り替える際に、うまく整理整頓を利用しているのです。

これらの観点から、私たちは散らかりがもたらす創造的な可能性を見過ごすことなく、それぞれのニーズに合わせた環境を整えることが重要です。整理整頓が強調されることの多い現代でも、ある程度の乱雑さが創造性を刺激することを認識し、バランスを取ることが求められています。それぞれの方法を試し、自分にとって最も効果的な集中力アップの方法を見つけることが、創造的な成功への鍵となります。

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毛内 拡(もうない・ひろむ)
脳神経科学者、お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教
1984 年、北海道函館市生まれ。2008 年、東京薬科大学生命科学部卒業、2013 年、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター研究員などを経て2018 年より現職。同大にて生体組織機能学研究室を主宰。専門は、神経生理学、生物物理学。「脳が生きているとはどういうことか」をスローガンに、基礎研究と医学研究の橋渡しを担う研究を行っている。主な著書に、第37 回講談社科学出版賞受賞作『脳を司る「脳」』(講談社)、『面白くて眠れなくなる脳科学』(PHP 研究所)、『「頭がいい」とはどういうことか–脳科学から考える』(筑摩書房)、共著に『ウソみたいな人体の話を大学の先生に解説してもらいました。』(秀和システム)などがある。

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(脳神経科学者、お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教 毛内 拡)

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