「もうすぐ死ぬという最強のカードを手に入れた」森永卓郎が末期がんなのに医師も驚愕する猛烈仕事が可能な訳
プレジデントオンライン / 2024年8月18日 9時16分
■ステージ4のがん患者が悲願の歌手デビュー
振り返ると、私がストレスをためずに好きな仕事を続けてこられた要因は2つあります。
1つ目が東京を離れたこと。みんなお金を稼げるようになると都心のマンションや一戸建てに住みたがります。でも、生活費や維持費が高いから嫌な仕事をしてストレスをためることになります。老後もコストの高い生活を送るには定年後も働く必要があります。しかも楽しい仕事はお金になりません。年を重ねても、ストレスの多い嫌いな仕事を選ぶのはツラい。それを避けるために、お金を増やそうと危険な「投資」というギャンブルに手を出してしまう。余裕のある老後を夢見てギャンブルをした結果、負けて破産者になってしまっては元も子もありません。
一方で、私は20代後半で東京から50キロほど離れたトカイナカ(都会と田舎の中間地点)の一軒家で暮らしはじめました。シンクタンクを辞めて年収は半分以下になりましたが、東京に比べて生活コストが劇的に低いので、以前と変わらぬ暮らしを続けられました。それにコロナ禍以降は畑と太陽光発電を始めたので、月10万円もあれば家族全員の生活費がまかなえる。貯蓄したお金をがんの治療費に充てられたし、貯蓄があれば、お金のために嫌な仕事をする必要もなくなり、ストレスなく、好きなことに没頭できます。人生が革命的に変わるんです。
それは、個々のライフスタイルを豊かにするだけではありません。いまの日本は、東京の大企業と富裕層に富が集中する社会構造になっています。東京を離れることが、そうした構造に抵抗する術にもなりえるのです。
好きなことをやり続けられた2つ目の理由が、やりたい仕事を1つに絞らずに広く関心を向けたことで、その時々の“チャンスの波”に乗れたから。
私はテレビやラジオのコメンテーターをしながら、様々なジャンルの書籍の執筆にも挑戦してきました。経済に関するテーマだけではなく、童話作家になりたくて童話も書きためてきましたし、歌人や俳人にもなりたいと思っています。また私はこれまで60年にわたり、ミニカー、グリコのおまけのおもちゃ、空き缶、携帯電話など60種、約12万点を蒐集(しゅうしゅう)してきました。10年前にはコレクションを展示する「B宝館」という私設博物館を開きました。
どんなことでもあきらめずに続けていれば、チャンスが巡ってくる可能性があるんです。童話集の発売は出版社から断られ続けましたが、『書いてはいけない』が売れたおかげで、最新刊『がん闘病日記』に童話集を収録するというわがままを編集者に許してもらえました。私は歌手になりたいとも思っていました。先日、ニッポン放送開局70周年のイベントで歌手としてデビューを飾りました。いまCDにできないか画策しているところです。
■“もうすぐ死ぬ”はものすごく強いカード
私にとって、童話作家や歌人、俳人、歌手は、「夢」ではなく、「稼げていない仕事」です。その意味で、私には夢がありません。夢とは、いつかできたらいいなという願望です。いつかできたらいいなという曖昧な気持ちでは絶対に仕事にはなりません。
私が教鞭(きょうべん)を執る大学のゼミ生には、いつも「夢を持つな。タスクを持て」と教えています。末期がんだろうが、要介護3の認定を受けようが、タスクがあるから仕事をする。44年前に社会に出てから、私にとっての当たり前の日常です。いまの私は、家族の助けがないと生活ができません。それでも、いまも家族の力を借りて週2回東京に通って、ラジオに出演したり、書籍を執筆したりしています。医学的には外に出られるような状況ではないので医者にも驚かれます。しかし私は、いくつもタスクややりたいことがあるから、活動できていると感じるのです。
もしタスクがなかったらどうだったでしょう。要介護だからとラジオ収録をキャンセルして、執筆依頼も断って、ベッドの上でずっと過ごす毎日を送ればすぐに筋力が衰える。あっという間に自力で動けなくなり、医師が診断したとおり桜の花を見られなかったかもしれません。健康寿命を延ばすために運動や食事に気を使う人はたくさんいますが、本当に効果的なのは「タスクを持ち続けること」かもしれません。
私にとって余命宣告を受けたあとの最初のタスクが『書いてはいけない』を仕上げることでした。いまは、11冊の本の執筆を同時に進めています。
本当のことを言う。お金よりも正義を大切にする。好きなことをする。
言うは易し、ですが、実際にやろうとすると様々な圧力がかかります。番組を干されるだけならいいのですが、実際に危害を加えられる恐れもある。
それはメディアに出る人に限った話ではありません。間違った方向に進んでいく社会や組織を変えるために、正義や信念を大切にして、本当のことを言わなければいけない場面はどんな人にもあるでしょう。そんなときは2通りのやり方があります。
一つは、みんなで連帯して共闘し、社会や組織を変えていく方法。
しかし、私はもう一つのやり方を貫いてきました。それが、1人で本当のこと、正しいことを言い続ける作戦。いわば、ゲリラ戦です。ゲリラは神出鬼没で、組織や集団のしがらみと関係なく動ける。他人を巻き込んで迷惑をかける心配もない。そんなスタンスだったから、四半世紀もメディアで自由に発言できたのでしょう。
加えて、私は“もうすぐ死ぬ”という最強のカードも手に入れました。死にかけている人をわざわざ傷つけたり、不当な圧力をかけようとしたりする人はいません。放っておけば、いなくなるのですから。私にとっては、ますます戦況が有利になったと言えます。
別に私は「いつ死んでもいい」と思って生きてきたわけではありません。それでも、いつ死んでも悔いがない生き方をしてきました。それは、本当のことを言う、という私の役割を見いだせたからなのです。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月16日号)の一部を再編集したものです。
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経済アナリスト、獨協大学経済学部教授
1957年生まれ。東京大学経済学部経済学科卒業。専門は労働経済学と計量経済学。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』『グリコのおもちゃ図鑑』『グローバル資本主義の終わりとガンディーの経済学』『なぜ日本経済は後手に回るのか』などがある。
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(経済アナリスト、獨協大学経済学部教授 森永 卓郎 構成=山川 徹)
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