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電通・博報堂が牛耳る今の状況はおかしい…広告で5000億円以上を稼ぐ「世界最強スーパー」が日本に突きつける現実

プレジデントオンライン / 2024年8月8日 18時15分

2024年7月2日水曜日、静かに買い物を楽しみたい人のためのクワイエットアワーに、オンタリオ州ヴォーンのウォルマートで買い物をする人。 - 写真=ZUMA Press/共同通信イメージズ

小売発の新たな広告サービス「リテールメディア」の市場が急速に拡大している。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は「米ウォルマートのリテールメディア事業は5000億円以上に達している。さらに2021年に始まった新サービス『ウォルマート・ルミネート』は、同社のリテールメディアと掛け合わされて事業展開することで、マーケティングのあり方を大きく変えるだろう」という――。

■世界最大の小売企業「ウォルマート」の新サービス

米ウォルマートが5月、データ分析サービス「ウォルマート・ルミネート(以下、ルミネート)」をメキシコ、カナダに拡大すると発表した。世界最大の小売企業である同社は、米国内で4600店舗以上、全世界で19カ国に1万500店舗以上を展開している。同サービスはいずれ米国、メキシコ、カナダ以外の各国にも広がると考えていい。

「ルミネート」は2021年に始まったサプライヤー(ウォルマートに商品を卸している企業)向けのサービスで、同社のリアル店舗やECサイトにおける商品の販売状況や買い物客の購買行動をデータ分析して提供するというもの。

ウォルマートについては、今年3月に「なぜウォルマートは5000億円以上を『広告』で稼げるのか…日本の小売業が誤解する『リテールメディア』の本質」という記事を公開した。「リテールメディア」は、小売(リテール)企業が顧客データなどを活用し、自社のスマホアプリや店舗のデジタルサイネージに広告を配信する仕組みだ。英広告会社WPP傘下のグループエムのリポートでは、2028年にテレビ広告市場をリテールメディアが超えると予測されている。

■5000億円以上を「広告」で稼いでいる

米国では大手小売のほとんどがリテールメディア事業に取り組んでいる。なかでも売上で群を抜くのがアマゾンとウォルマートだ。特にウォルマートはこの3年で急成長し、現在は約5100億円に達している。日本の広告業界でいえば、電通、博報堂に次ぐトップ3に入る売上規模である。

「ルミネート」はウォルマートのマーケティングサービスであり、特に同社のリテールメディアと掛け合わされて事業展開することが期待されている。高い精度のデータ分析によって、サプライヤーの在庫管理、販売予測、プロモーションの効果測定、新商品開発などで実績をあげている。また、こうしたデータ分析からわかる販売予測やプロモーション効果は他の小売店にも応用できることから、従来のマーケティングが根本的に見直されようとしている。

「ルミネート」のサービス開始から5カ月後の2022年2~4月期には、利用する企業数が前四半期に比べて50%増加し、売上高は同じく75%増加した。

米国では、ウォルマートに商品を卸す大手サプライヤーの9割、中小サプライヤーの5割が「ルミネート」に契約している。利用しないサプライヤーは、競合企業に商品の棚を奪われかねない状況だ。

もし日本で同様のサービスが実現すれば、電通、博報堂をはじめとする広告代理店は、業務の一部を取って代わられるほどのインパクトがある。

■先行するアマゾンとの決定的な違い

ECの世界では、「アマゾン・マーケティング・クラウド(AMC:Amazon Marketing Cloud)」をはじめとしたデータ分析ツールが以前からあった。対する「ルミネート」の特徴は、膨大な数のリアルな売り場とデジタルの両方でデータを収集し、踏み込んだ分析を実施している点だ。

Amazon
写真=iStock.com/hapabapa
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hapabapa

「なぜウォルマートは5000億円以上を『広告』で稼げるのか…日本の小売業が誤解する『リテールメディア』の本質」の記事で説明したように、ウォルマートのリテールメディアが急成長した最大の理由は「リアル店舗×デジタル」の成功にある。

ウォルマートの強みは、第一に「圧倒的な店舗数と販売量」だ。同社が公表している米国内の数値は以下のようになる。

◇店舗数:4600店舗(米国家庭の9割をカバー)
◇販売するバスケット(買い物カゴ)数:年間52億個
◇販売アイテム数:週に84万個
◇トレーサブル販売:80%

■DXの背景に「リアル店舗×デジタル」の成功

このうち「トレーサブル販売」とは、購入者の属性やデータを追跡可能な販売ということだ。トレーサブル販売が80%も占めるのは、ウォルマート利用者に決済機能を備えた「スマホの専用アプリ」が普及しているためだ。買い物客のニーズに合わせた商品広告などがアプリ内や売り場のサイネージに表示される。ウォルマートがDX成功企業といわれるのは、買い物で頻繁に利用する「スーパーアプリ」を普及させ、顧客とデジタルでつながった点が大きい。

こうした「リアル店舗×デジタル」の成功によって、ファーストパーティデータ(自社の独自データ)を収集し、高度な分析を可能にした。

「ルミネート」では、サプライヤーに提供するソリューションを「Know Your Customer(あなたの顧客を知る)」「Know Your Store(あなたの売り場を知る)」と表現している。自社の商品がいつ、どの売り場で、どのように購入されたかというデータをもとに、サプライヤーは「ショッパー(買い物客の)行動」、購入理由などの「顧客認識」、「チャネル(店舗、ECサイトなど購入された場所の)パフォーマンス」の3点を知ることができる。

それぞれの項目を詳しく見ていこう。

■その商品を購入したのは「どんな人」か

①ショッパー行動

「ルミネート」では、買い物客が商品を購入した背景を分析する。サプライヤーには、戦略策定や計画立案を含めて、主に下記の内容を盛り込んだレポートが届く。

◇カテゴリー、ブランド、商品、地域、チャネルごとに、購入者がどのように商品を選んだかを診断
◇購入者が商品のブランドやカテゴリーをどう認識しているかを分析し、「最重要顧客」を得るための戦略を策定
◇商品レンジ、新商品開発、広告やプロモーションの効果測定などの計画を最適化

「ルミネート」の分析は、基礎レポートと補完レポートの2種類があり、このうち基礎レポートでは第一のソリューションとして「パフォーマンス診断」が提示される。自社商品が属するカテゴリーのトレンドを分析することで、購入者の属性と行動特性がわかる。日付、曜日、時間ごとにKPI(重要業績評価指標)が示され、主要顧客の動向まで掘り下げて分析する。

【図表1】ショッパー行動ソリューション 例)時間毎/日次
ウォルマートの公開資料を筆者翻訳

■店内のどこに商品を置けば一番売れるのか

第二のソリューション「買い物客の行動を理解する」では、他社の商品がどのように購入されたかを分析し、自社ブランドに誘い込むための方策が提供される。自社商品と同じバスケットに入っている他の商品がわかるほか、購入者の属性や購入された場所によってバスケットや購買経路がどう変化するかを分析する。

【図表2】ショッパー行動ソリューション 例)バスケット
ウォルマートの公開資料を筆者翻訳

また、初めて買う「トライアル購入」か、過去に買ったことがある「リピート購入」かなどを明らかにし、プロモーション活動や新商品の発売が与える効果を測定する。

第三のソリューションは「計画の最適化」で、新商品発売後のパフォーマンスを評価し、他社の新商品と比較できる。こうした調査は、従来は自社でコストをかけて実施するか、外部の代理店に委託するかだったが、「ルミネート」によって高い精度で得られるのは大きい。

また、商品が購入されたケースを店舗ごとに分析し、よく売れた場所とあまり売れなかった場所を明らかにして原因を特定する。

売り場ごとの販売状況がほぼリアルタイムでわかるため、プロモーションの効果測定もできる。店内のPOPやテレビCMが売れ行きにどう影響したかを観測するのに役立つだろう。

【図表3】ショッパー行動ソリューション 例)販売場所
ウォルマートの公開資料を筆者翻訳

プロモーションの施策として有力視されるのは、ウォルマートのリテールメディア「Walmart Connect」だろう。ファーストパーティデータにもとづく“Walmart Connect×Walmart Luminate”の掛け算は、高精度なターゲティングによる効果的なアプローチを実現している。

■販売状況や流通在庫をリアルタイムで可視化

②顧客認識

「顧客認識」のソリューションは、買い物客が自社商品を購入した理由を把握できることだ。ウォルマートには、買い物客を対象とした招待制のコミュニティ「Walmart Customer Spark Community」があり、メンバーは「認定ショッパー」と呼ばれている。

【図表4】顧客認識ソリューション
ウォルマートの公開資料を筆者翻訳

「ルミネート」を利用するサプライヤーは、認定ショッパーを対象とするアンケート調査やヒアリングを依頼できる。回答率は平均30~40%と高く、1~2日で完了する。

調査対象者は、お得意さま(ロイヤル顧客)、新規顧客、他社からの乗り換え顧客、潜在顧客、失効顧客など異なる性質・属性からピンポイントで指定できる。

③チャネル・パフォーマンス

「チャネル・パフォーマンス」では、買い物客の購入場所を表すデータの一覧が作成される。サプライヤーは、販売データや在庫データが店舗ごとにほぼリアルタイムで把握できる。

販売状況や流通在庫がリアルタイムで可視化されるだけでも、ルミネートを利用する価値があるだろう。

南サンフランシスコベイエリアのウォルマート
写真=iStock.com/Sundry Photography
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sundry Photography

■日本のスーパーが追いつくには10年かかる

日本ではマーケティング・データを得るために、スーパーなど小売店の売り場に調査員を派遣して商品をカウントすることが珍しくない。コストや時間をかけて集めていたデータが、「ルミネート」では1年中ほぼリアルタイムで入手できる。販売予測、在庫管理、商品開発などの仕組みが根本的に変わるはずだ。

ウォルマートは日本からすでに撤退しているので、今後「ルミネート」のようなサービスが日本で登場する場合、国内の大手小売チェーン発になるだろう。この記事の冒頭で述べたように、日本で実現すれば、広告業界への影響は小さくない。マーケティングやプロモーションなど業務の一部が不要とされかねないからだ。

しかし日本の小売チェーンが「ルミネート」のようなサービスをキャッチアップするには、まずアプリを通じて顧客とデジタルでつながる必要がある。買い物客の大多数がスマホで電子決済することも前提になるだろう。事前にクリアすべきハードルやインフラの整備がいくつもある。店舗数は多くても、デジタル活用の面で遅れが目立つ日本の小売チェーンがウォルマートのレベルに追いつくためには、5年から10年はかかるのではないか。今後数年で実現するとしたら、DXの成功で知られるホームセンターのカインズあたりが有力な候補になるかもしれない。

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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。

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(立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント 田中 道昭 構成=伊田 欣司)

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