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本当にハリス氏はトランプ氏に勝てるのか…アメリカ大統領選の勝敗を分ける「最重要ポイント」とは

プレジデントオンライン / 2024年8月9日 17時15分

カマラ・ハリス米副大統領兼2024年民主党大統領候補(2024年3月26日、ノースカロライナ州ローリー)と、ドナルド・トランプ元米大統領兼共和党大統領候補(2024年6月27日、ジョージア州アトランタ、ジョー・バイデン米大統領との第1回大統領討論会) - 写真=AFP/時事通信フォト

8月6日、秋のアメリカ大統領選挙に向けて、与党・民主党の候補者にカマラ・ハリス副大統領が正式指名された。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は「ハリス氏の人気が高まっているが、これまで民主党政権下で加速したインフレに対する国民からの不満は大きい」という――。

■ハリス氏の登場で先が見えなくなった大統領選

2024年11月のアメリカ大統領選挙で、共和党のドナルド・トランプ前大統領と戦うと見られていた民主党のジョー・バイデン大統領が、7月21日に撤退を表明した。6月27日に行われた両候補によるテレビ討論会で、バイデン大統領が明らかな「負け」を喫したことが引き金となった候補者の交代劇だった。代わって登場した民主党の候補者はカマラ・ハリス副大統領。ジャマイカ出身でアフリカ系の父とインド出身の母を持ち、「黒人」で「アジア系」で「女性」という、アメリカの多様性を体現する候補者だ。

7月13日にはペンシルベニア州での演説中にトランプ氏が銃撃されるという事件が発生。それまでの対バイデン氏における優位性と、耳から血を流したトランプ氏が星条旗を背に高々と拳を掲げるセンセーショナルな写真が相まって、一時はトランプ氏有利の情勢が報道された。しかし、検事出身という経歴を全面に出し、有罪判決を受けているトランプ氏との違いを明確にアピールしたハリス氏の人気は徐々に高まり、メディアでは「ハリス旋風」とまで言われるようになった。

本稿執筆時点で詳細な経済政策を発表していないが、ハリス氏が国際協調を重視し、気候変動対策にも積極的な姿勢を見せてきたバイデン政権の路線を踏襲するのは間違いない。「MAGA(Make America Great Again)」を掲げ、自国第一主義で経済重視のトランプ氏とは対照的だ。

【図表1】ハリス氏対トランプ氏のポジショニング
筆者作成

■トランプ氏の発言から読み取れる「恐れ」

そもそも2020年の前回大統領選挙は、自国第一主義、移民排斥、石油・ガス産業優遇という「本音」で「強権的」なトランプ氏に対して、国際協調、多様性・人権重視、気候変動対策という「良きアメリカを取り戻す」(build back better)ことに取り組む、いわば「正義」のバイデン氏が勝ったという構図であった。

今回の大統領選挙でもトランプ氏とハリス氏は同じ対立構図になるが、ハリス氏はバイデン氏以上に急進左派と見られている。ここは、副大統領候補であるミネソタ州のワルツ知事とともにハリス陣営のアキレス腱であり、トランプ陣営がさらに攻撃を強めるのは確実だ。

対してハリス氏は元検事という経歴をバックグラウンドにしてトランプ氏を「重罪者」と呼び、対決姿勢を強めている。一方のトランプ氏はハリス氏に対して「ずっとインド人だったのに、急に黒人に変身した」と批判し、人種差別的だと波紋を呼んだ。トランプ氏のこうした発言からは、裏を返せば、「黒人」であるハリス氏がさまざまな属性の有権者から支持を集めるのではないかと、恐れを抱いていることが読み取れる。

■勝敗を分ける「スイング・ステート」とは

選挙戦の行方は、「スイング・ステート(揺れる州)」と呼ばれる激戦州の勝敗にかかってくる。アメリカ大統領選挙は州ごとに選挙人を選び、勝った州では選挙人を総取りできるという仕組みだが、民主党の地盤州(ブルー・ステート)、共和党の地盤州(レッド・ステート)での勝敗は大方見えている。

どちらに転ぶかわからない激戦州となるのは、今回の選挙では西部のアリゾナ、ネバダ、「サンベルト」と呼ばれる南部のジョージア、ノースカロライナ、そして「ラストベルト(錆びついた工業地帯)」と呼ばれる北部のウィスコンシン、ミシガン、ペンシルベニアだろう。

こうしたスイング・ステートで勝つには、有権者の3分の1を占めるとされる無党派層へのアピールとともに、対立政党の支持層を取り込むことが必要となる。そのためにはコアな層からの支持を維持しながら、多様な属性の層に訴求するための政策展開と、自身のポジショニングの再定義が求められる。

【図表2】トランプ氏のセグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング戦略の全体構造(州別)
筆者作成
【図表3】ハリス氏のセグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング戦略の全体構造(州別)
筆者作成

■「強固な中間層を築き上げる」は浸透するのか

選挙マーケティングでいえば、母集団であるアメリカの有権者に対して、政党による「第1次セグメンテーション」があり、次にデモグラフィック(属性)、行動、心理等による「第2次セグメンテーション」をして、ターゲットを決めてポジショニングしていくことになる。

これまでに公表されている情報から読み解くと、トランプ氏、ハリス氏のポジショニングは次のようになる。

▼トランプ氏のポジショニング戦略

・MAGA、アメリカ第一主義
・環境問題より経済優先
・金利引き下げ
・インフレ対策には原油価格低下策
・減税
・関税
・ドル安主義
・財政拡大


▼ハリス氏のポジショニング戦略

・多様性と包括性を重視
・協調と対話のリーダーシップ
・気候変動対策
・人権問題
・社会正義
・中絶問題
・(強固な)中間層を築き上げる

トランプ氏のターゲットは、主な支持層である白人男性、白人労働者層、中間所得層であり、アメリカ第一主義と経済優先を掲げて、白人女性や民主党支持層の非白人層を獲りにいく。2016年に勝利したときと同じように「現状に怒りや不満を抱くサイレント・マジョリティー」に対する訴求が重要となるだろう。

対するハリス氏のターゲットは非白人、女性、若年層、高学歴層であり、白人労働者層や中間所得層を獲りにいく。そのためにハリス氏は国民の3分の2が支持する人工妊娠中絶の権利などを論点にしながら、経済政策においては「強固な中間層を築き上げる」というメッセージを発信している。

【図表4】トランプ氏のセグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング戦略の全体構造(人種・民族別)
筆者作成
【図表5】ハリス氏のセグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング戦略の全体構造(人種・民族別)
筆者作成

■「ダブルヘイター」が有権者の4分の1だった

ただし、工業地帯であり白人労働者層が多いラストベルトの3州の有権者は、経済優先、減税、ドル安を掲げるトランプ氏に比べて、法人税の引き上げ、トランプ氏主張の輸入品一律10%関税に反対のハリス氏には投票しにくい。また不法移民問題を抱える南部2州の有権者も、バイデン政権で副大統領として移民政策に取り組みながら成果を上げることができなかったハリス氏を簡単に支持するとは考えにくい。

一方、バイデン氏が候補者だったときには、トランプ氏もバイデン氏も嫌いな、いわゆる「ダブルヘイター」が有権者の4分の1を占めていると言われていた。ハリス氏は8月6日に民主党の大統領候補に正式指名されたが、この「ダブルヘイター」から得票することができるのか。また「強固な中間層を築き上げる」という経済政策において、白人労働者層がメリットを享受できるのかが問われている。

■トランプ氏とハリス氏の「SWOT分析」

マーケティングでは、外部環境と内部環境をStrength(ストレングス=強み)、Weakness(ウィークネス=弱み)、Opportunity(オポチュニティ=機会)、Threat(スレット=脅威)の4つの要素で要因分析し、改善点や伸ばすべきポイント、将来リスクなどを抽出する「SWOT分析」というフレームワークがある。トランプ氏とハリス氏をそれぞれ分析すると、次のようになる。

【図表6】トランプ氏のSWOT分析
筆者作成
【図表7】ハリス氏のSWOT分析
筆者作成

トランプ氏の強みはリーダーシップ、大統領としての経験・実績、実業家としての経験・実績、メディアへの露出などが挙げられる。弱みとしてはボラティリティ(変動性)の高さや訴訟、スキャンダルなどが挙げられる。そうなるとトランプ氏にとってのオポチュニティ(機会)はインフレ対策、経済、グローバルでの極右への流れ、環境問題より経済優先といったことが挙げられ、分断の拡大や人権問題、環境問題がスレット(脅威)となる。

ハリス氏の強みは検事としての経験・実績やディベート力、気候変動対策、人権問題、中絶問題などが挙げられる。弱みとしてはこれまでの知名度の低さや不人気、副大統領としての実績不足などが挙げられる。オポチュニティとスレットにおいてはトランプ氏とほぼ逆転しており、環境問題や人権問題、分断の拡大がハリス氏にとってのオポチュニティとなる。

■舌鋒鋭いトランプ氏でも討論会への戦略再構築が迫られる

元検事だけあってハリス氏のディベート力は相当な強みだ。テレビ討論会でバイデン大統領を選挙戦撤退に追い込んだトランプ氏であっても、ハリス氏とのテレビ討論会は戦略再構築が迫られたものと考えられている。実際トランプ氏は、バイデン氏と合意していた9月10日のABCテレビ(リベラル系)主催の討論会を白紙に戻し、9月4日にFOXテレビ(保守系)主催で討論会を開催することに合意したと一方的に発表した。その後、トランプ氏は8日、9月4日と10日、25日に米テレビ局と大統領選の討論会を開くと合意したと述べた。

いずれにしても大統領候補に対して、アメリカ国民は「強さ」を求める。民主党の候補者は、強さに疑義があったバイデン氏が撤退してハリス氏になったが、双方の主張の中身はほとんど変わらない。環境問題や人権問題、中絶問題などを訴えるハリス氏か、経済優先を訴えるトランプ氏か。「正義」か「本音」か。今回の選挙では両方が必要だと思われるが、そのバランスが重要になってくるだろう。

■トランプ勝利は「インフレ要因」となる?

バイデン政権の直近の課題として、インフレ対策がある。これに対してトランプ氏は自身の経済政策の中で、原油価格引き下げ政策(石油・ガス産業への優遇策)で応じるとしている。

トランプ氏は、関税の引き上げ、利下げ、製造業の競争力強化のためのドル安誘導、所得税減税などの経済政策を掲げているが、これらはいずれもインフレ要因になり得る。以前に書いた〈「ウクライナ戦争は24時間以内に終了」と断言…"帰ってきたトランプ大統領"が掲げる「復讐と報復の政策集」〉でも言及したが、こうしたインフレを抑制するために、トランプ氏は原油価格低下を促進するとしている。

トランプ氏の目論見通りならばインフレが沈静化してドル安になると言うが、原油価格が低下しなければ逆効果となり、インフレは加速し、金利上昇でドル高になってしまうだろう。

【図表8】原油価格が目論み通り低下しなければ、逆効果
筆者作成

一方でハリス氏にとっても、バイデン政権下でコロナ禍以後、お金をばらまきすぎてインフレが加速したことは最大の弱みとなっている。現在までインフレがなかなか鈍化せず、市民の暮らしを圧迫していることは、アキレス腱となり得る。

■日本にとっては、どちらの勝利がいいのか

では日本経済の先行きを考えたとき、トランプ氏とハリス氏のどちらが大統領になるのが望ましいのか。

前述の通りハリス氏は詳細な経済政策を発表していないが、現バイデン政権を踏襲する場合、日本経済への影響は小さいだろう。一方、トランプ氏が勝利した場合には、2016年にトランプ氏が大統領に就任したときと同じように「トランプ・ラリー」と呼ばれる株価上昇が起こると予想される。トランプ氏が掲げる所得税減税や経済優先の政策が、市場の期待感を醸成するからだ。トランプ氏の政策にはインフレ懸念があるが、大統領や実業家としての経験から、実際にはインフレを上手にコントロールしながら経済成長させることに腐心するはずだ。

アメリカの好景気は日本の好景気にもつながるので、経済だけを考えるとトランプ氏勝利のほうが日本に恩恵があると言えるかもしれない。

ただしトランプ氏は前述の通り経済優先で、気候変動を「フェイクニュースだ」と言い、反ESGの主張をしている。〈なぜAppleは「環境に優しい」と連呼するのか…多くの日本人が気付いていない「世界のビジネスの新常識」〉でも解説したように、気候変動対策は待ったなしの状況であり、ビジネス界においても共通の課題となっている。短期的な利益のために年々深刻化する気候変動への対策を怠ることには不安が残るところだ。

もっとも、気候変動問題よりは経済問題を優先すべきと考える有権者は多い。ハリス陣営には、気候変動対策と同時にトランプ陣営を凌駕するような経済政策を明快に打ち出すことが求められている。

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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。

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(立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント 田中 道昭 構成=野上勇人)

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