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砲撃を受けた車の中には、人の歯茎と猫の死骸が残されていた…プーチンが「ウソ」と言い張る"殺戮の痕跡"

プレジデントオンライン / 2024年8月21日 9時15分

「死の通り」と呼ばれたヤブロンスカ通りに放置された焼け焦げた車両。中をのぞくと…〈22年4月5日、ウクライナ北部ブチャ〉『移民・難民たちの新世界地図』(新潮社)より

ロシア軍のウクライナ侵攻で、キーウや周辺の街の住民はどうなったのか。現地を取材したジャーナリストの村山祐介さんは「ロシア兵は埋葬を許さず、野ざらしで放置された遺体がたくさんあった。おぞましい記憶をたどることに耐えきれず、組んだ両手を震わせながら話してくれた住民もいた」という――。(第2回)

※本稿は、村山祐介『移民・難民たちの新世界地図』(新潮社)の一部を再編集したものです。

■町外れの空き地に集められた“殺戮の痕跡”

私は数日おきにブチャに通っていたのだが、行くたびに町の変わりように驚かされた。2022年4月5日は大破した装甲車両で足の踏み場もなかった駅前通りは、9日には大型車両以外はきれいに片付けられ、14日にはもう車で通れるようになっていた。

「死の通り」と呼ばれたヤブロンスカ通りも、それと知らなければ素通りしてしまうほど素朴な通りに戻っていた。

路上から消えた殺戮の痕跡は、町外れの空き地に凝集されていた。さびた戦車やひしゃげた装甲車両、炎上して鉄板だけが残ったミニバンなど数十台が並んでいる。

ボンネットに「子ども」と赤く記されたミニバンや、小さな白旗を掲げた小型車もあるが、いずれもガラスが粉々に割れ、車体にも爆片による大小の穴が開いていた。

小型車の中をのぞくと、生臭さとねっとりとした油のにおいがした。絡まった長い毛髪とふさふさした動物の体毛が座席から天井までこびりつき、運転席には歯のついた歯茎の一部と、丸まった猫の死骸があった。ペットを連れて避難しているところを砲撃されたようだった。

駅前通りを9日に再び訪れると、2人の高齢の女性が立ち話をしていた。看護師のマリヤ・ザモジルニ(73)は、4月5日に報道陣のインタビューを受けた男性の母親だった。戦車の残骸のことを尋ねると、マリヤは大きく胸を張って敬礼するようなポーズをした。

「ロシア軍が来たのは2月27日のことです。彼らは『キーウを制圧するぞ』と意気揚々でしたが、ウクライナ軍の攻撃で車両を破壊されて逃げていきました」

■男性の遺体は“1カ月野ざらし”になっていた

3月3日、ヤブロンスカ通りを別の部隊が進軍してきて再び戦闘が始まった。町は占拠され、ロシア兵は張り出し屋根のある家を選んで車両を隠し、住民を路上に追い出した。傍らの知人で元医師のハンナ・ボロディミリフナ(80)は、両手を後ろに組むしぐさをした。

「大勢の人たちが殺されました。目隠しをされた青年と、白い布で後ろ手に縛られた男性がロシア兵に連行されて行きました」

マリヤも話に割り込むように、右手の人さし指でヤブロンスカ通りを指して訴えた。「夫が4人の遺体を見つけました。とてもとても長い通りで、『死の通り』と呼ばれています」

ヤブロンスカ通りに面したハンナの家の前では、近くに住む男性の遺体が1カ月間、野ざらしになっていたという。その状況を聞いていると、近くのパン職人リンダ(48)が話に加わった。

「遺体はずっと置きっぱなしでした。ロシア兵が埋葬させてくれなかったんです。ロシア軍が基地にしたビルの裏にも7、8人の遺体がありました。ガラス工場の近くにいた青年たちです」

そしてリンダは「狙撃手が動く人を見境なく銃撃していました」と言った。通訳のアレクセイが「民間人も?」と確認すると、彼女と、傍らにいた夫で工場勤務のアレクサンドル(51)が同時に声を荒らげた。

「民間人だけです!」

アレクサンドルは感情が高ぶったリンダをなだめ、「私自身の体験を話します」と切り出した。

「民家に4、5人でいたところに自動小銃を持ったロシア兵が入ってきました。スマホを持って行かれて、30分後に『これはだれのだ』と聞かれたんです。『私のです』と答えた人がフェンスの前で射殺されました。『遺体はそのままにしておけ、埋葬したら殺す』とも言われました」

住民たちは路上に放置された遺体を搬送したいとロシア軍を説得し、3月下旬に3回に分けて建機で近くの林に運び込んだ。それが本書のプロローグで描いた雑木林だった。そしてリンダが触れたビル裏の遺体を映した動画を私はこの後、雑木林での葬儀で遺族から受け取ることになる。

■ロシア軍の増援部隊は「ビル」を拠点にした

14日にブチャを再訪すると、現場となった貸事務所ビルの周りは地雷処理が終わっていた。私たちは警備員の許可を得て、裏手への通路をふさいでいた非常線の奥に入った。

地面に敷かれたタイルに沿って20メートルほど進むと、敷地の角に金網とブロック塀で囲われた車3台分くらいのスペースがあった。動画で見た通りの場所だった。

地面のアスファルトとタイルには、血が乾いてできたと思われる赤黒いしみがこびりついている。通用口の階段には、銃弾で砕けたような直径10センチほどのひび割れが9カ所あった。ポリ袋やペットボトルに交じって、ロシア軍の戦闘糧食を入れる緑色の紙袋が散らかっていた。

3月3日に進軍してきたロシア軍の増援部隊は、このビルを拠点にした。向かいに住む元溶接工セルギー(61)は、ビルと自宅を二度行き来させられたと証言した。

「通りで銃撃が続く中、小銃を手にしたロシア兵3人が、片っ端から民家に入って中の様子を確認していました。私が隣人と一緒に連行されたとき、上半身裸で、ズボンだけはいた男性3人が白いフェンスの前にひざまずいていました」

ビルの外で男性と女性・子どもに分けられて長い間立たされた。その間、数十台の戦車や軍用車両が通りをせわしなく行き来し、砲撃していたという。

セルギーはいったん帰宅が許されたものの、また兵士に銃を突きつけられて今度はビルの地下壕に連行された。「玄関を入ってすぐの廊下に、大量の血痕がありました。あらゆるものが壊されていて、いつも銃撃や爆発の音が聞こえました。ロシア兵が大勢いて、司令部になっているようでした」

■地下壕にいた住民たちの証言

地下壕の中は人であふれていた。

「入った時は85人ほどでしたが、解放されたときは125人くらいになっていました。生後2カ月の赤ちゃんや妊婦もいました。私たちは人質にされたんです」

セルギーが地下壕に入って2、3時間は照明がついていたが、その後は真っ暗闇になった。

「狭かったのでずっと椅子に座っていました。換気扇を手で回して空気を入れ替えました」3月7日に全員解放された。姉妹の家に向かったセルギーは道中、2体の遺体を見たという。

「1人は歩道に倒れていて、もう1人は頭を撃たれて出血していました。2人とも民間人です」

知り合いに安否を尋ねると、周りの人が殺害されたという話が相次いだ。

「同級生は夫と孫を射殺されました。孫はスマホでロシア兵の動画を撮ったのが見つかったんだそうです」

買い物袋を手に通りかかった高齢の女性が話に加わった。一緒に地下壕にいたという元医療従事者リイバ・ズカー(68)の場合は、自らの判断で貸事務所ビルの地下壕に逃げ込んでいた。

「領土防衛隊の青年たちに『おばあさん、地下壕に逃げて! ガラス工場で戦闘が起きている!』と言われました。銃撃や爆発が相次いでいたので、ビルの地下壕に避難したんです」

だが、すぐにビル全体がロシア軍に占拠された。「私たちは最初、地下壕のドアにカギをかけたのですが、翌日壊されそうになったのでドアを開けると、ロシア兵が連行した住民たちを連れてきました。セルギーもその一人です」

その後、兵士が1時間ごとに見回りに来た。

「兵士は私たちに『ウクライナの国家主義者が住民を殺して、自宅を破壊している』とうそばかりついていました。私たちは『兵士ではないのだから解放して』と何度も訴えました。『母乳が出ないので赤ちゃんに食べ物が必要です』と言っても、兵士は『明日だ』というばかりでした」

虐殺された8人の遺体が見つかった貸事務所ビル裏。遺体は搬出され、ごみだけが散らばっていた〈22年4月18日、ブチャ〉
虐殺された8人の遺体が見つかった貸事務所ビル裏。遺体は搬出され、ごみだけが散らばっていた〈22年4月18日、ブチャ〉『移民・難民たちの新世界地図』より

■「スマホ」が命取りになりかねなかった

名指しで連れ出された男性たちもいたという。

「地下に降りてきた兵士が5人の男性の氏名を書いたリストを手にしていました。名前が呼ばれて5人とも連れ出されたのですが、戻ってきたのは1人だけで、4人は戻ってきませんでした」

リイバが地下壕に来て5日目の7日午後、子どものいる母親、高齢女性、男性の順に解放された。そのとき、ロシア兵に念を押された。

「スマホは電源を切れ。決して撮影するな」

スマホを使おうにも、町はすでに通信も電気も途絶えていた。町全体がいわばオフラインの状態になっており、スマホは持っているだけで命取りになりかねなかった。

「ロシア兵は若い男性を見るたびにスマホを調べて、『愛国的』な情報がないか調べていました。東部ドンバス地方での従軍経験者や領土防衛隊員の情報とか、ウクライナの国章の写真があっただけで連行されました。兵士たちは、若い男性を殺す裁量を与えられているかのようでした」

村山祐介『移民・難民たちの新世界地図』(新潮社)
村山祐介『移民・難民たちの新世界地図』(新潮社)

ビルの外に出ると、駐車場そばの白いフェンスの前に2体の遺体が転がっていたという。リイバは人差し指で右ほほを指して言った。

「遺体にかけられていた布をめくると、ほおがナイフで切られ、奥の骨や歯まで見えたんです。別の男性は上半身裸で胸を撃たれ、刺し傷もありました」

記憶をたどるのが耐えきれなくなったのか、祈るように組んでいた両手を小刻みに震わせた。

「私は医療従事者だったので血や遺体を怖いとは思いませんが、そんな私にとってもおぞましい光景でした。あんなひどいのは見たことありません……。近所の人たちが遺体を回収したいとロシア軍に掛け合ってくれたのですが、認めてもらえませんでした」

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村山 祐介(むらやま・ゆうすけ)
ジャーナリスト
1971年東京都生まれ。立教大学法学部卒。1995年に三菱商事、2001年に朝日新聞社に入社。ワシントン特派員としてアメリカ外交、ドバイ支局長として中東情勢を取材し、国内では政権や経済を主に担当した。2020年に退社してフリーに。2021年からオランダ・ハーグを拠点に国境を越える動きを追う「クロスボーダー」をテーマに取材し、マスメディアや自身のYouTube チャンネル「クロスボーダーリポート」などで発信している。アメリカ大陸を舞台にした移民・難民を追った取材で2018年にATP賞テレビグランプリ・ドキュメンタリー部門奨励賞、2019年にボーン・上田記念国際記者賞、2021年にノンフィクション書籍『エクソダス アメリカ国境の狂気と祈り』(新潮社)で講談社本田靖春ノンフィクション賞を受賞した。

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(ジャーナリスト 村山 祐介)

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