池上彰の解説に「ああ、そうだったのか」と納得するのはバカである…その時、頭がいい人がする反応は
プレジデントオンライン / 2024年8月16日 15時15分
※本稿は、和田秀樹『60歳からは勉強するのをやめなさい』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■「もの知り=頭がよい」は大間違い
締切の迫った仕事もなく、今晩は少しゆっくりできるかなと思ってテレビをつけると、「……。またやってんのか……」。
その晩のテレビも、視聴率がラクに稼げてお茶の間でも大人気のもの知りクイズ番組を流していました。
いやな番組でも、とりあえず見てからものを言おうという主義のわたしは、こうしてしばらくは番組を観察。しかし、結局ため息をついてスイッチを切ることになります。
それにしても、この国ではもの知りであることがことさら尊ばれるという傾向がとても強く、「もの知り=頭がよい」という、じつに短絡的な評価をたやすく得ることができる仕組みになっています。
もの知りクイズチャンピオンになったタレントや芸人は、それだけで人気者になりクイズ番組の常連の座を勝ち取ります。しかし、わたしに言わせれば、これっぽっちもすごいことではなく、なぜそこまで称賛を集めるのかが理解できません。
たとえば芸人でクイズチャンピオンという人がいますが、たしかにものは知っているのでしょうが、肝心の本業の漫才がちっとも面白くない。
つまり知識量はチャンピオンになるくらいあるのに、知識の加工能力がきわめて低いため、芸に生かすことができず伸びていかないわけです。
■ものを知っていても、バカはバカ
知識の加工能力がないという時点で、わたしなどは「ものは知っていても、頭悪いな、この人」と失礼ながら感じてしまうのです。
この手のタイプは、「学歴をはじめとして高いスペックと知識をもっているのに、何か残念だな」という印象を人に与えます。
しかし、なぜこのようなもの知り礼賛現象が起きてしまうのでしょうか。
先に例に挙げた芸人も、言ってみれば「すごいもの知り」ではなく「単なるもの知り」にすぎません。「もの知り業」という職業があるのであれば成立するのかもしれませんが。
しかし、現実の世界では、もの知りになることを究極の目的にしたところで、それはまったく性能の悪いスマホにさえなれないというレベルの話になってしまうわけです。
AIのシンギュラリティにどう対応するかが論じられているこの時代に、ある知識をひけらかしたところで、すぐに相手にそれ以上の内容の知識をスマホで検索されてしまうわけです。
つまり、こうなると知識の獲得だけを目的にすることには意味がないということになります。
知識を百科事典や耳学問で地道に増やしていかなければならなかった昔なら、一定レベル以上の知識をもっていれば、「へぇすごい」という話になったでしょう。しかしこれからは、
知識量の多さは頭のよさを保証しない。
知識量の多さだけでは優位性は保てなくなる。
この点はきちんと押さえておくべきでしょう。
わたしたちに必要なのは、知識をふまえて、どのように「自分独自のものの見方、考え方を展開できるか」、つまり「知識を思考の材料としてどう活用できるか」、そのことに尽きるのです。
もの知り礼賛のこの国では、それでもクイズチャンピオンを称え続けるのかもしれません。
クイズ番組をよく見るという人と話したとき、彼女は「知識系クイズ番組を見ると知識に結びつくから、頭がよくなると思う。子どもの勉強にもよい」と言っていました。
しかし、残念ながらもの知りクイズをいくら見たところで、頭はよくなりません。一瞬「へぇそうなのか⁉️」と感心して、知識を生かすこともなく忘却してしまうのがオチなのです。
■「常識・理論・学説」は絶対的真理ではない
知識の多さを賢さの証しとして称賛しがちなこの国では、同様に常識(定説)、理論・学説などについても、何ひとつ疑うことなく、絶対的真理として信奉してしまう傾向がしばしば見られます。
しかし、そもそもある時代に支持されている知識や常識、理論・学説などは、これを下支えする前提条件が変われば、当たり前のことですがその都度、書き換えられていくものなのです。
たとえば20世紀の医学は「人体構造はみな同じである」という前提条件のもと、個体差を考慮しない医療が当たり前でした。ですから、ある疾患に対しては、どの患者にも同一の治療を施すということが行われていたわけです。
しかし、同じ治療をしても、ある患者には効果が見られるが、ある患者には効果が出ないという奏効率の差が問題になってきます。これが「人体構造はみな同じである」という20世紀型前提条件の限界でした。
こうしたことから、近年では「人体構造には個体差がある」という前提条件に変わってきています。今世紀に入ってから遺伝子のゲノム解析が飛躍的に進み、診断・治療法の研究開発も加速度的に進展しています。
■正しいとされる知識・学説はつねに書き換えられるもの
たとえば、個体差に応じた「個別化医療(PHC=Personalised Healthcare)」の研究が進んでいます。
これはある疾患に対して投薬治療を行う前に、コンパニオン診断薬を用いて、副作用が出やすい体質なのかそうでないのかを調べ、副作用が出にくい体質の患者に対して治療薬を投与するというものです。
あるいは、がん治療においては、疾患関連遺伝子の解析情報に基づき、より的確な効果を出しやすい分子標的薬の開発なども急速に進められています。
これを見てもわかるように、いわゆる知識と言われるものは、「とりあえずいまの時代のこの状況では、こう考えられていますよ」ということにすぎず、つねに新しいものに入れ替わっていく。
それは不変ではないし、未来永劫にわたって適応可能というわけではないのです。
ですから、いまわたしたちが生きる時代に正しい知識、正しい学説と思われているものも、数年後、数十年後には、「かつてはこんな信じられないような学説が幅を利かせていたんですよ」と面白おかしくテレビで取り上げられるのかもしれません。
医学の世界で言えば、現在、健康常識として信じられている説も、じつは20世紀型前提条件の影響下でつくられたものが、ほとんどと言っていい形でまかりとおっているのも事実です。
いまはまだ多くの支持者を集める説であっても、数年後にはまったくの間違いだったと判明することがないとは言いきれません。どんな高名な権威が提唱する説であっても、それがその分野の最終回答ではないということです。
例を挙げれば、コレステロールや血圧の正常値も……。
わたしたちに必要なのは、「知識や常識、理論・学説などは、あくまでも暫定的なもので、じつは時代とともにコロコロと変わっていく」ということを、しっかり認識してつき合っていくという姿勢です。
■池上彰さんの番組で「ああ、そうだったのか」と納得する日本人
日本では大卒のような学歴のある人でも、ある説に触れたとき、なぜ簡単に「ああ、そうだったのか」と納得しておしまいにしてしまうのか、わたしはとても不思議に感じます。
たとえばお茶の間で人気を誇るジャーナリストの池上彰さんの番組を見て、番組のタイトルどおり「ああ、そうだったのか!?」と大いに納得して満足してしまう日本人は、非常に多いと思います。
しかし、わたしが1990年代前半に留学して以来、精神分析を学ぶためにずっと行き来をしているアメリカではそうではありません。
ある説を聞いたとき、「ああ、そうだったのか⁉️」的な納得の仕方をするのは、初等中等教育(小学校・中学校・高等学校に相当)レベルの人間とみなされ、知的な人物ではないと判断されます。
日本と違って、高等教育(大学・大学院に相当)以上のレベルの人たちは、「ほかの見方もあるのではないか」「その説が絶対とは限らない」「それはこういう理由で違うと思う」「別の条件下では成立しない」というように、自らの頭で思考するのが当たり前です。
そのうえで議論し意見を交え合うという場面に何度も遭遇し、日米の差に愕然としたものです。
■知識伝授系の書籍が非常によく売れる理由
池上彰さんはわたしも好感をもっているジャーナリストです。池上さんご自身は、難解な世界情勢を、少しでも多くの方に身近な問題として捉えてもらうため、いかにわかりやすく伝えるかに腐心されています。
「情報をそのまま鵜呑みにして納得してはいけない」というようなことをおっしゃっているのを聞いたことがありますが、おそらく池上さんご自身は、視聴者や読者には「複眼的に世界を捉えてほしい」と願っているのだと、勝手ながら想像します。
しかし、ここが残念なところですが、多くの池上さんファンはその肝心の忠告や願いを受け止めることなく、毎回「そうだったのか」とつぶやくわけです。ちょっともの知りになった気分になる快感があるのかもしれません。
本来は、「ああ、そうだったのか」のその先、思考の段階に結びつけてこそ、池上さんの番組の存在価値があるはずなのに。
日本人を見ていると、どうも「こんなことも知らないのは恥だ」と感じやすい傾向があるように思います。
「これはこういうことですよ」と懇切丁寧に教えてくれる番組が高い視聴率を誇り、「知らないと恥ずかしいですよ」と読者をあおる知識伝授系書籍が非常によく売れる理由もここにあるでしょう。
■知識依存型の人には生きづらくなる時代
知識を仕入れたらそれで一丁上がりという国民性、もの知りクイズチャンピオンを礼賛したがる国民性、「この人が言っていることなら間違いなし。そのまま信じていいだろう」と、いとも簡単に信じてしまう国民性――これが現実です。
知識をまったくもたない無知は、思考の材料をもたないという点で問題ですが、「知識をもっていれば、及第点をクリアしたことになる」と呑気に考えているとしたら、それこそとても残念で愚かなことだと思います。
そして何よりもこれからの時代は、思考力の欠如した知識依存型の人には生きづらくなることは必至です。AI時代がさらに進めば、「もの知り自慢の使い方知らず」の価値が暴落するのは、火を見るより明らかだからです。
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精神科医
1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。ルネクリニック東京院院長、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師。2022年3月発売の『80歳の壁』が2022年トーハン・日販年間総合ベストセラー1位に。メルマガ 和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」
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(精神科医 和田 秀樹)
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