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地元料理より、日本製レトルトのほうがおいしい…「タイ馬鹿日本人が造ったカレー工場」に外国人が驚嘆するワケ

プレジデントオンライン / 2024年8月22日 15時15分

調味料メーカーとして1889年に創業したヤマモリは、現在タイカレーのレトルト製造・販売でシェア1位の地位を築いている - 筆者撮影

レトルトのタイカレーを日本で最初に発売し、シェア1位のヤマモリ(三重県桑名市)は、20年前にタイに工場を建設し、地元食材を使ってレトルト商品を作っている。他の食品大手が日本の食材を使用する中、なぜ高い投資をしてでも現地製造にこだわるのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんがバンコク工場を取材した――。

■日本の食材でもタイカレーは作れるが…

三重県桑名市にある老舗企業、ヤマモリは醤油、レトルト製品、タイフードの製造販売をしている。従業員が802人で、売り上げは275億4000万円(2024年3月期)。

同社を大きく成長させたのが現会長の三林憲忠だ。三林は2000年にタイの人々が食べているスパイシーなゲーン(汁物)を「タイカレー」と名づけて売り出した。グリーン、レッド、イエローのタイカレーをレトルト製品として発売し、今ではタイカレーにおいて日本国内ではナンバーワンシェアを誇る。

同社が出しているタイカレーはタイにある工場で作っている。

会長の三林に聞いた。

「なぜ、わざわざ現地工場で作るのか」

すると、彼はこう答えた。

■土壌が違う日本では「本物の香りと味」が出ない

「本物のタイカレーは現地でなくてはできないからです。インドカレーのレトルト製品を作るのであれば日本国内でできます。インドカレーはドライスパイス、ドライハーブで作るから日本でもできる。

ところがタイカレーは生のハーブを入れないと独特の香りが出てこない。私はタイカレーを作る以上、本物でなくてはいけないと思ったので、大きな投資をして現地に工場を作りました。ですから、うちのタイカレーは香りが違います。味も違います。

実は日本でもタイのハーブを栽培してみたのですが、気候と土壌が違うから本物の香りや味が出てきません。レモングラス、コブミカンの葉、小さなナス(スズメナス)は現地産の生でなくてはダメです」

タイカレーに欠かせないハーブ類の一つ、コブミカンの葉。中身は使わず、葉と果皮のみ入れる
筆者撮影
タイカレーに欠かせないハーブ類の一つ、コブミカンの葉。中身は使わず、葉と果皮のみ入れる - 筆者撮影

現在、日本ではさまざまなタイカレーの製品がスーパー、コンビニに並んでいる。そのうち、現地工場でレトルトのタイカレーを製造しているのはヤマモリだけだ。他のレトルトタイカレーは日本国内で製造している。いくつか購入して食べ比べてみたが、確かに香りの点ではヤマモリ製品に一日の長があるような気がした。

では、実際の工場の様子はどうなっているのか?

そこでタイへ出かけることにした。むろん、自腹である。

■日本人が1万人も住んでいる町へ

ヤマモリのタイ工場はバンコクから南へ150km、車で約2時間の距離にある。わたしが行った7月の下旬、バンコクの最高気温は摂氏29度だった。同じ日、東京の最高気温は35度。タイは東京よりも6度も気温が低かった。日本人にとってタイはもはや酷暑の国ではない。避暑地だ。

工場がある場所はイースタンシーボードという工業団地だった。ヤマモリだけでなく日本企業の工場がいくつもあった。日本から赴任した人たちや家族が暮らしているのはシラチャという町で、1万人もの日本人が暮らしているという。シラチャは工業団地から1時間ほどの距離にあり、日本人学校もある。

さて、タイにあるヤマモリの拠点は3つだ。

最初にできたのがヤマモリトレーディング。バンコクにある販売会社である。1995年に設立され、社長は長縄光和。長縄はバンコクのスーパー、日本料理店、ゴルフ場を知り尽くしている男だ。バンコクにおけるヤマモリの顔だ。ヤマモリトレーディングはタイで生産している日本の醤油、レトルトパウチ食品をタイ国内とASEAN地域に販売している。販売する相手先は食品加工会社、レストラン、スーパーなど。

■日本でおなじみ「冷凍唐揚げ」の醤油を販売

ヤマモリトレーディングの主な業務はヤマモリがタイで生産していた醤油を日系の冷凍食品工場に納入することだった。冷凍食品会社が作っていた鶏の唐揚げの調味料として醤油を売っていたのである。ちなみに日本で売っている冷凍の鶏の唐揚げの大半はタイで作られている。

鶏の唐揚げは日本向けの商品だから味付けには日本風味の醤油が要る。現地で作っている中国醤油、タイ醤油は使えないのである。だからといって日本から醤油を輸入すればコストが上昇する。その構造を知ったヤマモリは日本の風味そのままの醤油をタイで生産することにしたのである。目のつけどころがいい。同社の社員数は社長の長縄以下50人だ。

工場の食堂で、現地の従業員向けに出されるまかない。タイは海産物が豊富で、大きなエビやシャコを使った炒め料理も多い
筆者撮影
工場の食堂でシャコの炒め物をごちそうになった。タイは海産物が豊富で、大きなエビやシャコを使った料理が多い - 筆者撮影

2番目の拠点がサイアムヤマモリ。2004年2月に設立された。ここがタイカレーを作っている。

日本のヤマモリと同じ生産設備、生産技術、そして品質管理を導入し、タイの生のハーブを使ったレトルトパウチのタイカレーの他、つゆ・たれ等の調味料の製造を行っている。加えて、タイに住む日本人のために日本風カレーのレトルト食品も製造している。タイ向け商品は日本では売っていない。従業員は150人で日本人は社長の小川智義と工場長の林知崇(ともたか)のふたり。

貿易業務を担うヤマモリトレーディングの長縄光和社長(右)と、レトルトカレーを製造するサイアムヤマモリの小川智義社長
筆者撮影
貿易業務を担うヤマモリトレーディングの長縄光和社長(左)と、レトルトカレーを製造するサイアムヤマモリの小川智義社長 - 筆者撮影

■日本発「ゴマドレッシング」がヒット商品に

3番目がヤマモリタイランドの工場。2015年に操業開始している。それ以前は合弁で製造していた日本風味の醤油をヤマモリ単独で作る工場だ。年間1万キロリットルの生産キャパシティーを持っている。従業員は70人で、日本人は工場長の宮村かおり。なお、サイアムヤマモリ、ヤマモリタイランドの工場は同じ敷地内にある。

3つの現地法人に日本人駐在員は少ない。それは現地のタイ人にオペレーションをまかせているのと、日本人を何人も駐在させるとコストが上がるからだ。大きな投資をしているがランニングコストは抑制している。しっかりしているのである。

さて、サイアムヤマモリで作るタイカレーなどについて、社長の小川はこう言った。

「他にも調味料、ドレッシングやソースを作っていますが、タイとASEANマーケットへ向けたもの。タイカレーはほとんど日本向けです。調味料のうち、最近、タイの国内でヒットしているのはゴマドレッシングです。スーパーマーケットなどで飛ぶように売れています。タイは熱帯の国ですから食事は揚げ物が多かった。しかし、近年、健康志向になり、生のサラダを食べるようになって、ドレッシングが受け入れられるようになったのです」

■名産品の鶏肉とじゃがいもにこだわる

「レトルト食品では釜めしの素なども作っているのですが、タイではなかなか広まりません。タイの食事は基本的に白いご飯におかず2、3品をトッピングして食べるというスタイルです。日本の釜めし、炊き込みご飯は食卓に入っていかないようです」

工場長の林はヤマモリ製タイカレーの特徴は「生ハーブを使っていることと具材の大きさです」と会長の三林が言ったことと同じ口調で語った。

サイアムヤマモリ工場の作業の様子
筆者撮影
サイアムヤマモリ工場の作業の様子 - 筆者撮影

「レトルト食品としては大きな具材を贅沢に使用しています。鶏肉とじゃがいもは特に大きなものを使っています。なんといっても鶏肉はタイの特産品です。日本よりもリーズナブルな価格で質のいいものが手に入ります。

また、じゃがいもがおいしいと言ってくださるお客さまがいらっしゃいます。これは、タイの『スプンタ』という品種。スプンタは栽培時、暑さに強く、調理する場合、煮崩れしづらいという特徴を持っています。甘くておいしいじゃがいもです。スプンタを食べようと思ったら、うちのタイカレーを食べていただくしかないと思います。

辛さについては特に日本人向けにしているわけではありません。タイで食べられているグリーンカレー、イエローカレーとほぼ同じ辛さです」

■唐辛子、ナンプラー、酢、砂糖で味変

辛さについてはタイ生活が長いヤマモリトレーディングの長縄がこう教えてくれた。

「日本人はタイカレーをご飯にかけて、それで一食にしますが、タイの人たちは白いご飯にグリーンカレーをかけるだけではありません。その横に煮物をつけたりして、3品くらい一緒に食べるわけです。

そして、タイの食堂に行くと、卓上には唐辛子、ナンプラー、酢、砂糖の4種類の調味料が必ず置いてある。タイの人たちはおかずに唐辛子、砂糖などを追加して調味して食べます。辛さが足りないと思ったタイ人は唐辛子をどんどんかけます。タイの料理だからといって最初からめちゃくちゃに辛い味つけになっているわけではないんです」

タイ料理に欠かせない生の唐辛子。緑のほか赤や黄色の唐辛子もあり、それぞれで味わいや辛さの度合いが異なる
筆者撮影
タイ料理に欠かせない生の唐辛子。緑のほか赤や黄色の唐辛子もあり、それぞれで味わいや辛さの度合いが異なる - 筆者撮影

そう言った後で、長縄は付け加えた。

「ただ、そうはいっても庶民がいく食堂や屋台のおかずはやっぱり日本人には辛い。日本人がおいしいと言うのはカニが入ったプーパッポンカレーでしょう。これはタイカレーのなかではいちばん辛くないんです」

■髪の毛一本が落ちることも許されない工場へ

食品工場へ入るにはまず全身、着替えなくてはならない。髪の毛一本でも混入すると工場の機能が止まる。厳格なチェックがある。そして、ユニフォームを着て、靴を履き替え、ネットをかぶったうえで帽子をつける。もちろんマスクは必須だ。それからコロコロのゴミ取りで衣服のごみを取り、エアーシャワーの部屋を抜け、靴の裏まで消毒する。

工場内の掲示板には英語とタイ語で、「安全委員会」「品質安全会議」「改善活動」と並んで「防虫委員会」という表示があった。日本の食品工場でも防虫には気を遣っているのだろうが、タイの場合は虫の種類が多いのかもしれない。委員会が虫を監視して建屋に入れないようにしているのだろう。

工場内にはハラル対応と非ハラルの2種の製造ラインがある。タイカレーの製造はハラルのラインだ。ハラルとはイスラム教の教えで「許されている」という意味。ムスリムは豚肉やアルコールを口にしないで生活しているので、それに合わせて調理したものを製造する。

ハラル対応と非ハラルの区画は厳密に分けられている。ふたつの区画は入り口、出口も別だ。また、働く人間もどちらかの区画内と決まっている。

そしてタイカレーの製造ラインは次のようになっている。まず、材料の洗浄、選別、カット、ボイル、炒めの各工程がある。最後にタイカレーのソースと鶏肉などの具材を一緒にする。レトルトパウチ製品にして加熱、殺菌してできあがり。ヤマモリのタイカレーは具材が大きいので、鶏肉などは従業員が1人前のカップに1食分を手作業で入れる。洗浄やボイルなどはほぼ自動化しているが、具材の投入工程だけは人がやらなくてはならない。

■レトルトっぽくない、生ハーブと大きな具材

林は教えてくれた。

「カップに具を入れて最後に混ぜる製法はレトルトでは一般的で、比較的大きな具材の投入時に使用します。ただ一般的には具材のうち1種類か2種類なんですが、うちのタイカレーは4種ほどの具材をカップで固形投入しています。そのため食べた時、大きな具がごろごろと入った見映えにつながっています」

ヤマモリのタイカレーの特徴は生ハーブ、そして大きな具材なのである。ここで製造したタイカレーなどレトルト食品の生産量は日産で約5トンという。

蟹を使ったプーパッポンカレー。たまごを混ぜることで辛さがおさえられ、日本人にも食べやすい味わいだ
筆者撮影
蟹を使ったプーパッポンカレー。たまごを混ぜることで辛さがおさえられ、日本人にも食べやすい味わいだった - 筆者撮影

工場のなかには生のハーブ類があった。コブミカンとスズメナス(小さなナス)だ。栽培しているのはタイの北部に点在する契約農家。そこから運んできて選別、洗浄して使う。ハーブ類のうち、レモングラスはすでにカレーソースのなかに入っていた。

■「タイ馬鹿」の情熱がグリーンカレーを広めた

コブミカンは名前の通り、表皮がごつごつしたミカン。食べても果肉は渋い。使うのは葉っぱと果皮だ。どちらもカレーソースの香りづけになる。葉っぱは洗ったものをそのまま入れる。果皮はすりつぶしてカレーペーストに混ぜる。ただし、少量である。あくまで果皮と葉っぱだけ。果肉、果汁は使わない。普通のミカンであれば捨ててしまうところを使うのがコブミカンという果実の面白い特性だ。

コブミカンの果皮。表面がゴツゴツしている柑橘類で、日本の気候で栽培することは難しいという
筆者撮影
コブミカンの果皮。表面がゴツゴツしている柑橘類で、日本の気候で栽培することは難しいという - 筆者撮影

スズメナスはタイカレーになくてはならない具材で、見た目は大きなグリーンピースだが、食べるとナスの味がする。

極端なことを言えば会長の三林は生ハーブと、このふたつのタイ野菜のために現地工場を建てた。だが、彼が決断しなければ日本に生ハーブを使ったタイカレーは登場しなかっただろう。そして、乾燥ハーブで仕上げていたら、コンビニでいつでも買えるような日常の商品にはならなかっただろう。

三林の本物志向が日本とタイの両国にとって大きなビジネスになったのである。彼は自身を「タイ馬鹿」と称しているが、タイ馬鹿だからこそコブミカンとスズメナスのために進出したのである。

■日本製のレトルトは現地の料理店よりもおいしい

工場で食事をご馳走になった。タイ人従業員向けのまかない料理、日本人向けのタイ料理に加えて、いつも日本で食べているレトルトのタイカレーが出てきた。まず従業員向けの魚の煮物をひと口食べた。そこで終了。辛くて無理。すぐにタイ米を口に詰め込んで辛味から脱出した。ちなみに水やビールを飲んでも辛味はすぐにはなくならない。米の甘みで中和するのが辛味を防ぐコツだ。

見た目はあっさりしているがスープを一口すすると脳天につくような辛さが襲い、筆者はあえなくギブアップした
筆者撮影
見た目はあっさりしているが一口すすると脳天につくような辛さが襲う魚のスープ。筆者はあえなくギブアップした - 筆者撮影

次に日本人向けタイ料理を食べた。プーパッポンカレーである。これはおいしかったし、辛くなかった。そして、レトルトのグリーンカレーと日本米の組み合わせ。いちばん安心して食べることができた。

小川と林は私がレトルトを食べているのを喜んで見ていた。

「当社のグリーンカレーのほうが地元の料理店よりもおいしいと言う従業員は大勢います」

現地工場に限らず、わたしはバンコクの庶民向け食堂、高級料理店でもグリーンカレー(ゲーンキャオワーン)を注文してみた。味はいずれもおいしかったが、具材の大きさで言えば、もっとも大きな鶏肉が入っていたのはヤマモリのレトルト食品だった。

ヤマモリが大きな投資をしてやったこととは日本人にとってエスニック料理だったゲーンキャオワーンを日本の庶民が日常に食べる「グリーンカレー」にしたことだ。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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