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新幹線代は往復で4万5000円以上…古市憲寿が仕事でも旅行でもないのに、東京と新函館北斗を往復した理由

プレジデントオンライン / 2024年8月27日 9時16分

■課題本を読むために「新幹線に乗る」はアリ

古市 時間についてはどうですか。せっかく読みたい気持ちになっても、読書時間が確保できないと本は読めません。三宅さんは著書の中で「全身全霊ではなく半身で働こう」と提言していました。ただ、現実にはまだ半身で働けない人も多いですよね。

三宅 私は基本、人生で何かをサボって本を読んでいるなと思っていて……。学生時代は勉強を、働き始めてからは仕事をサボって本を読んできたなと。今もメールの返信はすごく遅い。メールの通知に気づいても、「ごめんなさい」と無視して本を読んでます。

最近、友人と携帯小説の美嘉『恋空』の話になったとき、あるシーンが話題になったんです。彼氏が主人公の彼女にメールを送ったのですが、主人公は返信しない。すると彼氏は翌日の放課後に、なぜ返信しないのかと詰め寄るんです。

これを読んで、なんか和やかだなと。今だったら次の日まで待つどころか、彼女のインスタが更新されてないか即チェックですから。『恋空』は20年近く前の小説ですが、当時はそれくらいの時間感覚で人とコミュニケーションを取ることが許されていました。昔に戻せばいいとは言いませんが、せめて読書しているあいだは通知を無視する勇気を持ってもいいかなと。そうでないといつまで経っても半身になれません。

古市 どうしても本を読まなくちゃいけないとき、僕は本しか読めない環境に強制的に身を置くようにしています。思い返すと学生時代はそれなりに本を読んでいました。なぜなら、キャンパスが田舎にあり、通学に片道2時間かかったから。

最近は通信環境がよくなってネットのつながらない場所がほぼなくなってしまいましたが、今もどうしても本を読む必要があるときは、新幹線に乗るようにしています。この前は京都に行きましたし、本ではありませんが昨年『ゼルダの伝説』の新作が出たときは、どうしても邪魔のない環境に身を置きたくて、ゲームのためだけに東京から新函館北斗まで行きました(笑)。

三宅 さすがに普通の人には真似できませんが、日常と切り離した場所と時間を用意するのはいいですよね。私も会社員時代、用事のない平日はカフェに寄って読書時間を意識的につくるようにしていました。

古市 移動時間が長いときにおすすめなのがKindle Scribeです。実は約1年前に僕はICL(眼内コンタクトレンズ)の手術をしています。術後はなるべく目に負担をかけたくないと思って使い始めたのですが、画面が大きくて、僕は液晶よりも目が疲れなかった。

読書用電子端末にはウェブブラウザが一応あるものの、本しか読めないから通知は気になりません。それに、字の大きさを変えられることも大きい。老眼で読書がつらくなってきた人はぜひ試してほしいですね。

古市憲寿の「どんどん本を読むコツ」

三宅さんは紙派ですか。それとも電子端末派?

三宅 紙も電子書籍も両方読みます。それに加えて、実はスマホでも読む派です。スマホは隙間時間というより、ドライヤーで髪を乾かしながらというように「ながら」で使うことが多いかもしれません。

■昔の学歴エリート層が「文学全集」を揃えた理由

三宅 古市さんは目的ありきの読書ですよね。調べるだけならネット検索やChatGPTでもそれなりの情報が手に入ります。それでも古市さんが今、本を読む理由って何ですか。

古市 著者なりの見方に触れられることが今も本を読む最大の理由です。

この前、万博のあったスペインのセビリアという街を訪れたら、朝方にビルの前で行列ができていました。何だろうと思ってChatGPTに質問したら、「聖週間の儀式についてのガイドブックを配っている」と教えてくれました。その場で知りたい情報を得たいなら、たしかにAIは便利です。

しかし、情報の精度では本のほうが上です。本は編集者や校閲など、著者以外にもさまざまな人の手が入ります。また、ある程度売れたものなら第三者のレビューも参考になる。中にはトンデモ本もありますが、僕はまだ本というパッケージに信頼を置いています。

ただ情報の精度が高ければいいという話でもありません。よくあるのが、あるテーマについて、さまざまな文献から引用してまとめた本。それだったらAIに論文を読ませて要約させたほうがいい。きっと人間より上手にまとめてくれますよ。僕が読みたいのは、著者なりの解釈や切り口がある本です。

例えば三宅さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』も、読書と労働の歴史を概観しているだけでなく、三宅さんなりの視点で貫かれています。

三宅 学術的な論文と批評の違いがあるのかもしれません。読書と労働の歴史を論文にまとめあげようとすると、もっと網羅性が必要だし、一つひとつにエビデンスが求められます。

一方、批評は自分の解釈であり、読み手に視点を与えることが目的。私は批評をやっているつもりなので、私の本を「著者の視点がある」と評価してもらえるのはうれしいです。

古市 個人的には、本の構成が二重構造になっているところが興味深かったです。最初に問題提起があり、最後は本を読みたくても読めない人へのアドバイスで締められている。本を読めるようになりたい人は、最初と最後だけ読んで実践すればいい。一方、真ん中は労働と読書の歴史について書かれていて、「昔の人も案外忙しくて本を読めなかったのか」とわかります。

三宅 『花束みたいな恋をした』の感想を見ていると、麦くんに自分を重ねて共感する一方で、「麦はオタクとして努力が足りない」「本を読めないのは自己責任」みたいなマッチョな読書思想も目立ちました。

でも、それって文化や社会、経済の資本に恵まれてきたエリート階層の意見ですよね。普通の労働者はどうだったんだろうと疑問に思って、真ん中は階級と読書の関係を歴史的に見ていく構成にしました。

古市 そもそも昔の学歴エリート層も本は読めてなかったんですよね。三宅さんの本では、昭和初期に円本――1冊1円の装丁が立派な文学全集――が流行ったことが紹介されていました。文学を読むためではなく、書斎にインテリアとして飾り、読んでいるフリをするためだと。

こういう視点を知れば、今も変わらないなと思えます。

例えば本をたくさん読んでいるとアピールするわりに、何年も前からユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』の話しかしないビジネスパーソンっているじゃないですか。

昔も今も、本を読めてないことをコンプレックスに思って見栄を張る人がいるし、みんながみんな本を本当に読めているわけでもない。「本が読めない」と悩んでいる人には、ある種の救いになりますよね。

■「文学部の教授」だから人格が高潔とは限らない

三宅 古市さんは小説も書かれていますが、やはり批評性を感じます。

古市 小説を書くなら、他の作家とは違う自分なりの立ち位置は意識しますね。小説でも批評でもノンフィクションでも、多くの読者は僕と同じように、作家の考えを聞きたくて本を読むのではないでしょうか。その意味で、あらゆる本はファンブックなんじゃないかとも考えています。

三宅 「すべての本はファンブック」は同感です。本のいいところって、WEB記事と違って書いた人がわかること。

私の場合、ある情報を知りたいというより、「この人の意見を聞いてみたい」「この人は雰囲気が合いそうだ」と作家に注目して本を選ぶことが多い。もちろんWEB記事も誰かが書いていますが、書いた人が前面に出てくるものは少ない。本のほうが、書いた人の考えが入ってきやすい気がします。

古市 ファンになるかどうかは読むまでわからないですよね?

三宅 読んでみて想像と違うことは多々あります。でも、裏切られることも本を読む醍醐味の一つだし、むしろ裏切ってほしいとさえ思います。

世間では本の効用について、人生が豊かになるとか人格形成に役立つと言われています。でも、本を途方もなく読む文学部の教授を見ていると、けっしてそんなことはない(笑)。

ならば本を読むメリットはどこにあるのか。

それは、作者が自分の価値観と戦ってくれることでしょう。普通に生活していると、まわりの家族や仕事仲間と価値観がある程度似通ってきます。それは心地いいことだけど、一方でそのままでいいのかなという疑問もあるわけです。

そんなときに本を読むと、作者が別の価値観を提示してくれて、自分の価値観が影響を受けたりする。いいほうに変わることもあれば、悪いほうに変わることもあります。でも、どっちだっていいんです。

私の一冊目の書評集は『人生を狂わす名著50』というタイトルにしました。このタイトルには、いい本は良くも悪くも自分の価値観を揺るがせるという思いを込めました。そこに読書の一番の魅力があるのではないでしょうか。

古市憲寿、三宅香帆

古市 現代は、一人の人と何時間も向き合う機会が少ないですよね。仲のいい友達でも二人きりで一晩語り合うことはあまりないし、大人になればなるほどその機会も減ってきます。その点で、本は稀有(けう)なメディアです。

テレビやYouTubeの番組はカジュアルに楽しめますが、そのぶん出演者と視聴者の関係もカジュアルです。一方、本やラジオは発信する人とじっくり向き合える。しかも、本は亡くなった人とも語り合うことが可能です。

そう考えると、AIの時代になっても、読書はユニークな体験であり続けるのではないでしょうか。

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古市 憲寿(ふるいち・のりとし)
社会学者
1985年、東京都生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程在籍。慶應義塾大学SFC研究所訪問研究員(上席)。有限会社ゼント執行役。専攻は社会学。著書に『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想』『絶望の国の幸福な若者たち』、共著に『頼れない国でどう生きようか』などがある。

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三宅 香帆(みやけ・かほ)
書評家・文筆家
1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了。著書に『人生を狂わす名著50』(ライツ社)、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』(サンクチュアリ出版)、『副作用あります⁉ 人生おたすけ処方本』(幻冬舎)などがある。

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(社会学者 古市 憲寿、書評家・文筆家 三宅 香帆 構成=村上 敬 撮影(人物)=小田駿一 撮影(書籍)=早川智哉)

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