フィットネス業界の倒産ラッシュが止まらない…その中でチョコザップだけが「ジムの大きな弱点」を克服できたワケ
プレジデントオンライン / 2024年8月19日 10時15分
■復会する前に資金が底を尽く事業者が相次ぐ
フィットネス業界は、淘汰の時代を迎えています。東京商工リサーチの調査によると、2023年度(2024年2月までの実績値)のフィットネスクラブの倒産件数は28件に達し、2022年度の16件から大幅に増加しています。
経営悪化の背景には、コロナ禍での会員数減少が要因のひとつとして挙げられることは明白ですが、これを乗り越え生き残っている企業も少なくありません。
コナミスポーツやセントラルスポーツなど、業界の約7割を占める大手クラブは店舗型のジムを展開して資金力があることから、コロナ禍前に在籍していた会員の再入会を果たすことができれば、経営を立て直し安定させることは可能です。
一方、パーソナルジムを中心とした小規模事業者は、資金力が乏しいことから、会員の再入会を果たす前に資金が底をつき、運転資金さえも捻出できずに市場からの撤退を余儀なくされています。実際、昨年度倒産した28件のほとんどが、資本金1億円以下の小規模事業者でした。
しかし、こうした状況下でも、経営の黒字化に向け自社を成長軌道に乗せることに成功している事業者も存在します。中でも、パーソナルジムを展開するRIZAPグループ(ライザップ)は、無人小型トレーニング店である「chocoZAP(チョコザップ)」を展開して快進撃を続けています。
■大赤字を出したライザップの起死回生の一手だった
ライザップは、健康食品などの通信販売を生業とする健康コーポレーションを起源として2003年に設立され、フィットネスクラブの1号店を2012年にオープンさせています。
「結果にコミットする」をキャッチフレーズに、2~3カ月で飛躍的な体型改善と体重減を目指すトレーニング手法(コミット型プログラム)により、既存のパーソナルジムとの差別化を図ることで急成長を遂げ事業規模の拡大を果たしてきました。
しかし、ライザップもコロナ禍では例外に漏れず業績を落とし、2022年には127億円の大幅な赤字を計上することになります。こうした赤字を解消し黒字化に向けた起死回生の一手として繰り出した打ち手こそがチョコザップなのです。
ライザップは、チョコザップを、「町のサブスクのような存在」にすることを目指しているといいます。着替えや靴の履き替えをすることなく運動ができ、24時間365日の利用が可能であることを売りにしています。
チョコザップの会員数は、2022年7月のサービス開始以来、右肩上がりに推移し、2024年5月には120万人超の達成を見込む(ライザップ2024年3月期決算説明会資料)まで増加し続けています。
これに伴い店舗数は全国で1500店舗に到達し、営業損益では、当初18カ月目での黒字化を目指すことを予定していましたが、14カ月目での黒字化を果たし、回収期間の前倒しにも成功しています。
■チョコザップが急成長を遂げた2つの要因
チョコザップが順調に加入数を伸ばし店舗数増加による規模の拡大を図ることができたのは、「ライト・フィットネス型サブスクリプション(サブスク)」を確立したとの視座から、次の2つに集約することができます。
1つ目は、月額料金をフィットネス業界では実現しにくい低額の2980円(税込3278円)に設定して、スマートプライスによるローエンドモデルを確立したことです。
フィットネス事業は、規模の経済が生かせることから、会員がどのくらいの数に達すれば、損益分岐点を上回ることができるかを導き出すことができます。チョコザップでは、これまでの会員数と営業損益の推移から、会員数がおおむね75万人に達した時点で黒字化が達成されていることがわかります。1店舗当たりに換算した場合、500人以上の会員数が求められることになります。
ライザップは、当初、チョコザップを月額6000~7000円の24時間ジムとして展開する計画でした。しかし、それでは、ANYTIME FITNESS(エニタイム)が、月額7700円で24時間ジムを展開しているように、競合他社との差別化を図ることは難しくなります。
■重視する点は「支払う金額に見合う価値」の提供
また、大手クラブが、月額料金をおおむね4000~1万5000円のレンジに設定して、トレーニングマシーンに加え、スタジオプログラム、プール、風呂、サウナ、シャワー、スカッシュなどの複合施設により、総合型のフィットネスサービスを展開していることから、顧客はチョコザップよりも付加価値の高い大手クラブを選択することになります。
そこで、ライザップが考えたのは、既存のコミット型プログラムと対極に位置する新たなプログラムの開発でした。
コミット型プログラムでは、ベーシックプランが全16回(2カ月)で32万7800円(税込)、プライムプランが2カ月で59万4000円というように、フィットネス業界ではあり得ないほどのハイエンドの料金に設定されています。
この対価として、会員は理想のボディメイクが可能となり、トレーニング集中・目的達成型により「結果が出せる」との視座から、会員の満足度は極めて高くなります。実際、これまでの調査結果では、サブスクを利用し続ける理由として、「支払う金額に見合う価値があるから」との回答が上位に挙げられています。
チョコザップは、このコミット型プログラムとは対極に位置するローエンドの料金を設定することで、支払う金額に見合う価値を実現したのです。
■“サブスクの弱点”をどうやって克服したのか
その価値というのが、2つ目の要因になります。チョコザップが提供する価値は、サブスクに「加入する前のフェーズ」と「加入した後のフェーズ」で考えることができます。
加入する前のフェーズでは、月額料金が極めて低額であるという価値に加え、“服装自由、靴の履き替えも不要”にすることにより、フィットネスクラブに通うハードルを下げることで、顧客が入会しやすくなる価値を提供したことです。これにより、会員の裾野が格段に広がることになりました。
他方、加入後のフェーズですが、ここでは利用者や会員に「継続購入」してもらうための満足感を訴求し続けることで、「顧客ロイヤリティ」を醸成することが重要となります。
製品やサービスに一度や二度満足しても、逆に利用者の期待値は上がりますので、同じもので常に満足してもらえるとは限りません。
加入後の満足感には、加入前の定額によるお得感は含まれませんので、継続して利用者に喜びを与え続ける何らかの「サービス化」(顧客価値の創出)が必要になります。
チョコザップは、ウェイトトレーニングの他に会員が享受できるサービスメニューを定期的に投入することで、継続的なサービス化を図りました。
■脱毛、ランドリー、ワークスペース、カラオケまで…
そのサービスメニューとは、エステ、ネイル、脱毛、ホワイトニング、カラオケ、ピラティス、ランドリー、ゴルフ、ワークスペース、ドリンクバーなどで、これまで、こうしたメニューを増やし続けていくことで、常に高い顧客満足度を実現する状況を作り出しています。
実際、高い顧客満足度は、退会率(ライザップ2024年3月期決算説明会資料)に表れており、2024年3月の退会率は、0.71%(※)と非常に低い数値を維持しています。
※当月の退会数を前月末時点でのアクティブ会員数(退会者を含まず)で割った数値で2022年7月の値を1.00としたときの指数
ただ、これらのサービスを「24時間使い放題」と、いつでも自由に利用できると消費者に誤認させる表示を自社サイトやインフルエンサーを使ってPRしたことから、8月9日には景品表示法違反で消費者庁から再発防止を求める措置命令も受けています。チョコザップ躍進の背景には、こうした電車の中吊り広告やSNSなどを使った大規模な広告戦略をとっている点も見逃せません。
■高額なオペレーションコストをほぼゼロに
サブスクにおいて、恒常的に高い顧客満足度を獲得するためには、このように継続的にさまざまなサービスメニューを増やす、つまり、いわゆる利便性を極めた「サービス化」を図る必要がありますが、サービス化には多大な投資や運用に関わるコストがかかります。
この問題を解消するために、運用面では、セルフサービスに徹することで、無人化により固定費がかからないようにしています。すべてのサービスをセルフ化することでオペレーションコストをゼロに近い状態にしているのです。
他方、投資に関わるコストでは、すべてのサービスメニューを全店舗で利用可能にするのではなく、店舗ごとに利用できるメニューを変えて、可能な限り一定の地域内ですべてのメニューが受けられるようにすることで、1店舗当たりの投資コストを逓減させるよう努めています。
ライザップは、今後もチョコザップにおける新サービスの進化を積極的に続けていく意向です。その一環として、2024年7月に、SOMPOホールディングス(SOMPO)との資本業務提携について、今後の戦略を発表しています。
■チョコザップはまだ“第1形態”に過ぎない
その戦略とは、両社が保有する1000万人規模のデータを連携させて、ヘルスケアのデータプラットフォームを作ることで、チョコザップを“健康の社会インフラ”として構築するというものです。
具体的には、SOMPOの保険契約者にチョコザップへの入会を勧め、運動で得られたデータと健康診断結果とを連携させて健康状態の改善を促すとともに、運動と疾病リスクとの関係性についての知見を蓄積していくことで、2024年後半には認知症の予防などの共同研究を開始する意向です。
ライザップは、チョコザップの展開構想をPhase0~2までの3つで捉えていますが、今回のSOMPOとの資本業務提携は、チョコザップがPhase2に掲げる「他社との積極的協業によるデータ蓄積」や「ウェルビーイングをサポートするサービスの進化を継続」に該当する動きであると捉えることができます。
チョコザップの狙いは、「健康を形成する全ての要素を提供し総合的な健康・自己実現に貢献」していくことにありますが、これを実現していくために、身体的、精神的、社会的健康の総合プラットフォームとしてどこまで完成度を高めてライフタイムバリュー(顧客生涯価値)を高いレベルで維持できるか、今後その真価が問われることになります。
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淑徳大学経営学部教授
淑徳大学経営学部教授。ハーバード大学留学時代に情報通信の技術革新に刺激を受けたことから、長年、イノベーションやICTビジネスの競争戦略に関わる研究に携わり、企業のイノベーション研修や講演、記事連載、TVコメンテーターなどを務める。日本電信電話株式会社に入社後、中曽根康弘世界平和研究所などを経て現職。単著に『世界のDXはどこまで進んでいるか』(新潮社)、『2020年代の最重要マーケティングトピックを1冊にまとめてみた』『サブスクリプション』(いずれもKADOKAWA)など多数。新著に『経営戦略論 戦略マネジメントの要諦』(勁草書房)がある。
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(淑徳大学経営学部教授 雨宮 寛二)
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