間違った指示後のフォロー -上司の鉄則【2】
プレジデントオンライン / 2013年2月5日 11時0分
2011年の箱根駅伝で18年ぶりに総合優勝を果たし、初の大学駅伝三冠を達成した早稲田大学。チームを率いる渡辺監督は、「天才ランナー」と呼ばれた往年の名選手だ。7年間の監督経験から、選手との信頼構築のコツを探った。
■間違った指示後のフォロー
ミスったと気づいたときにどうするか。そこに指導者としての器が試されます。
指示ミスといって思い出される僕の経験は2009年の箱根駅伝です。08年2位の早稲田は、北京五輪に出場した竹澤健介が主将を務め、戦力的に見ても有力な優勝候補でした。その復路がスタートする2日目の朝のことです。
前日の往路で早稲田は2位。1位の東洋大学から22秒差で復路をスタートします。6区を走る加藤創大は、前年に区間賞を取っている山下りのエキスパート。ここで東洋大を抜いて大きく差を開けば、逆転優勝できると確信しました。
「22秒差は楽勝だ。序盤で一気に追い抜いて差を広げろ」
スタート前の加藤にそう指示しました。この作戦に勝機を見出したつもりでしたが、実は冷静さを失っていたのです。
加藤は指示通りに走り、3キロ過ぎで東洋大の選手を抜きました。しかしそのオーバーペースがたたって腹痛を起こし、トップで襷を繋いだものの、2位との差はたった18秒でした。この残念ムードは7区以降の選手にも影響しました。
試合後、加藤本人にも他のメンバーにも素直に謝りました。
「下りの前半が速すぎたのは俺の指示。あれがすべてだった」
指示ミスは、上に立つ人間としてカッコ悪いものです。「威厳を保つために自分の非を認めないほうがいい」という上司もいますが、チームとして成果が出なければいつまでも敗軍の将です。
ミスを反省できなければダメ監督。選手たちも「あれは監督の判断ミスだ」と見抜いています。だから、みんなの前で自分の非を認め、「ごめん」と謝る。そうしないとチームにわだかまりが残り、信頼関係は崩れていきます。わだかまりが増えれば、分裂が起きたり派閥ができたり、おかしな方向へ進みだすのです。
ミスをしたときに謝れるか、謝れないか。これは信頼関係の蓄積で決まります。
僕は選手にできるだけ多く接して、コミュニケーションを密にしようと努めています。月曜を除く毎日、朝練は6時にはじまりますが、いつもグラウンドに一番乗りします。練習前はチーム全体に語りかけ、練習後は挨拶にくる1人ひとりと話します。選手とジョギングしながら会話することもあります。そして週2日は、競走部の合宿所に泊まり、彼らと食事や風呂をともにしています。
長く接すれば、お互いにいろいろな面が見えてきます。部下が上司を見るポイントも、仕事の能力だけではないはずです。人間的な面まで理解できて結びつきは強まるのだと思います。
コミュニケーションがなければ、伸び悩む選手や故障で焦る選手の状況を理解できません。特にスーパースターと呼ばれた人が上に立った場合、注意しなければなりません。「名選手、必ずしも名監督にあらず」。優秀なプレーヤーであった上司ほど部下を見下し、部下のほうも近寄りがたく感じてしまいがちです。心のどこかで部下をバカにしているから、ミスをしてもなすりつけてしまうのです。
誰とでも分け隔てなく接すれば、相手の長所や強みが見えてきます。僕が指導者になって気づいたのは、どんな選手にも優れた点があるということです。
部員は毎年40人ほどいるので、自分と真逆のタイプに接する機会もあります。そこで重要なことは、相手を尊敬できるかどうかです。実績はなくても、いいものを持っている選手はたくさんいて、彼らから学ぶことは少なくありません。監督と選手も、上司と部下も、信頼関係の基盤はお互いの尊敬だと思います。
尊敬があれば、素直に謝れます。謝ることで信頼関係はさらに強くなるのです。
■ムリをさせるとき
昨シーズンの早稲田は、例年以上の猛練習を積みました。特に箱根駅伝の前は、主力選手に故障者が出たほどハードなものでした。早稲田には「すべてこなせば箱根で優勝できる」という伝統的な練習スケジュールがあります。以前は疲労の蓄積と故障を恐れて一部を省きましたが、昨シーズンはほぼすべて実施しました。肉体が悲鳴をあげ、ぶっ壊れる寸前まで、チーム全体を追い込んでいったのです。(※雑誌掲載当時)
きつい練習はチーム全員で取り組みますから、自分だけ休むわけにはいきません。1人だけ逃げられない環境をつくるということです。そこで監督はおだてたり励ましたり、いろいろな言葉をかけていきます。
「ライバル校も同じぐらいやってるよ」
「ここで苦しんでおかなきゃ」
真剣な表情で、前向きな言葉を投げかけると選手は発奮します。
個別のアドバイスは、当然ながら相手を見て言い方を選んでいます。例えば、故障しやすく心配性の選手や、性格が暗い選手には、特に密で細かいコミュニケーションを心がけます。「元気?」と声をかけて「おまえ、生きてるんだか生きてないんだか、わからないな」とわざとつっけんどんに言ってみたり、あるいは日常生活について尋ねたりします。
「いつも部屋で何やってるの?」
「何もやってません」
「何もやってないわけないだろ。ゲームやったり本を読んだりしないの? エッチ本くらい読んだほうがいいぞ」
そんな会話のキャッチボールで、選手が心を開いてくれることもあります。
お調子者の選手は、基本的におだてます。ただ、調子に乗りすぎると失敗するので、半分は厳しくする。いま主将を務める八木勇樹はまさにこのタイプで、よくこんなふうに話しかけます。
「おまえはいいものを持ってるし、これだけ練習して結果が出ないわけないよ。それでも走れないところが、おまえの甘さなんだよ」
彼らはうまく調子に乗せると期待以上の結果を出すので、監督の手綱さばき次第という面があります。
ずば抜けて競技力がある選手は、常人と発想や考え方がまるで違うので、僕は「宇宙人」と呼んでいます。彼らには、まず僕との仲間意識を持たせます。
「おまえは変わってるな。俺と一緒だ」
「いえ、僕は監督と違います」
「そんなことない。俺も宇宙人だからわかるよ」
彼らは意欲的で自己管理にも長けていますから、基本的に自由にやらせます。ただし、たまに見当違いの方向にも突っ走るので、首根っこの大事なところだけ押さえておく必要があります。例えば、将来の目標がオリンピック代表なら、そこにたどり着くまでの過程を描いてみせて、「今年はこの試合に照準を合わせよう」とアドバイスするようなことです。そこさえ押さえれば、あとは放っておいても本人が考えて自ら育っていきます。
このように選手のタイプや状況を見定めながら、チーム全体に厳しい練習を課した結果が箱根駅伝の優勝であり三冠だったのです。ギリギリのところまで無理をしなくては高い成果が望めないのは、駅伝も仕事も同じです。
その厳しい練習の結果、自分のタイムが縮まり、試合で結果を出せるようになれば、チームの士気も高まります。監督の言った通りになったと選手が認めてくれたら、さらに信頼関係は深まります。
組織を強くするためには、全員で厳しい試練に打ち勝つことが必要なのです。
※すべて雑誌掲載当時
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1973年、千葉県生まれ。早稲田大学進学後、エースとして箱根駅伝等で活躍。ヱスビー食品入社後は故障に悩まされ、29歳で現役引退。2004年より現職。著書に『自ら育つ力』。
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(早稲田大学競走部 駅伝監督 渡辺 康幸 構成=伊田欣司 撮影=上飯坂 真、太田 亨、市来朋久)
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