ヨーカドーの跡地が「世界最大級の無印良品」に…過疎地の商業モールを復活させた「社会的品揃え」の魅力【2024上半期BEST5】
プレジデントオンライン / 2024年8月18日 16時15分
■逆風下にある国内小売
百貨店(Department Store)は、戦前戦後の日本にあって長らく小売の王座にあった。昭和の時代の後半に、この王座に挑んだのが総合スーパー(GMS:General Merchandizing Store)である。1972年にその代表格のダイエーが、百貨店トップの三越を売上高で追い抜いた(佐藤肇『日本の流通機構』有斐閣、1974年)。これは、高度経済成長期のなかで生じた日本の小売の地殻変動を象徴するできごとだった。
しかし、近年の日本の小売にとっては、経済成長期は遠い昔の話となってしまった。小売をめぐるニュースは様変わりしている。国内では経済活動の停滞が続き、人口の減少とネット通販の拡大は止まらない。そのなかで地方では百貨店の閉店などが続く。ピークの1999年には200を超えていた地方百貨店は半減してしまった。
総合スーパーについても、同様の動きが顕在化しつつある。本年2月には、イトーヨーカドーが北海道と東北・信越地方から撤退することが伝えられた。かつては日本全国でダイエーと覇を争っていたイトーヨーカドーが、これらの地域における計17店舗を閉店するという。
■中期経営計画で毎年100店程度の新規出店を打ち出す
一方で、こうした状況のなかでも積極的な出店を着々と続ける企業もある。
良品計画はそのひとつである。現在の良品計画の主力事業である無印良品は、国内に500ほどの店舗を展開している。2021年に発表された良品計画の中期経営計画では、かつて得意としていた都市部の繁華街ではなく、ベッドタウンや地方都市など、より消費者の生活圏に近い立地を中心に、さらに国内で毎年100店ほどの出店を続けていくのだという。
2021年以降の同社の国内事業は、こうした生活圏への出店強化などによって増収が続いている(株式会社良品計画ホームページ「IR情報」)。冬の時代を迎えている日本の小売のなかにあって、良品計画はいったいどのような可能性をとらえたのか。
2020年7月に新潟県上越市にオープンした「無印良品 直江津」は、この新しい展開のひとつのトリガーとなった店舗と見ることができる。
■「コミュニティーセンター型の店舗」という新発想
新潟県上越市の直江津ショッピングセンターから良品計画が出店要請を受けたのは、キーテナントのイトーヨーカドーが同センターから撤退した2019年のことだった。良品計画はこのショッピングセンターの2階部分に、約2000坪(このうち直営エリアは約1500坪)という無印良品としては世界最大級の大型店をオープンする判断に踏み切った。
直江津ショッピングセンターの1階部分には、地元の食品スーパーが新たに出店したほか、既存テナントなどを引き継ぐ専門店街なども設けられた。このとき良品計画は、地方の中心市街地の活性化に役立ちたい、という思いから出店を決断したという。
しかし、直江津ショッピングセンターは、JR直江津駅から徒歩10分ほどの旧市街地にある。一時代前には家族連れなどでにぎわった商業施設だが、ロードサイドの商業施設に買い物客が流れる今、この立地条件で十分な集客を実現できるかという課題があった。
良品計画は検討を重ねた。広いフロアに無印良品の商品を並べるだけでは、地域の人たちに支持される店舗とはならないだろう。他社の商品も幅広く扱う、「社会的品揃え」を充実させたい。そこから編み出されていったのが、コミュニティセンター型の店舗である。
コミュニティセンターとは、地域社会のなかで住民などの交流の場となる集会所、図書館、学校などの公的施設が集積するゾーンであり、都市計画などでは街の中心部に計画的に配置したりする。「無印良品 直江津」は商業施設ではあるが、地域社会の交流に貢献するコミュニティセンターとしての役割も果たす店舗として企画された。
■他社ブランドの人気テナントも出店
オープンした「無印良品 直江津」は、中央を100m以上の通路が貫く大型店舗となった。無印良品ブランドの衣料品や食品、生活雑貨や家具などが並ぶ通常の売場に加え、スターバックスやカルディや久世福商店といった、他社ブランドの人気のテナントも出店している。
「無印良品 直江津」には、他にもユニークな売場が用意されている。地元のJAと連携し、新鮮な野菜や、地元の特産品を取りそろえる「なおえつ良品市場」、絵本や古本なども充実した「Book & Cafe」、地元の有名店のレシピなども取り入れたフードコート「なおえつ良品食堂」、最新のキャンプ用品も並ぶ「MUJI CAMP TOOLS」……。
医療機器を使った測定や健康相談が気軽にできる「まちの保健室」には、調剤薬局も併設され、高齢者向けの体操教室などのイベントも随時開催される。イベントスペースとして設けられた「Open MUJI」は、イベントの開催時以外は無料スペースとして開放され、来訪客が自習や休憩に利用できる。さらに移動販売バスの「Muji to Go」による中山間地での販売などによって、直江津ショッピングセンターを核にしたエリアイノベーションにも挑んでいる。
■地元で暮らす人へのヒアリングから生まれた売り場
これらのユニークな売場やサービスは、「無印良品 直江津」の開店プロジェクトのメンバーが、直江津で暮らす人たちを訪れ、直接話を聞いたりするなかで生まれていった。地域にはどのような困りごとがあるのか、暮らしに何が足りていないのか、どのように街が変わっていって欲しいと願っているか。新しい店舗が既存の店舗と顧客を奪い合うのではなく、一緒になって地域を盛り上げていくにはどのようなスペースやサービスが望ましいか。こうした議論のなかから新たな売場やサービスが生まれていった。
「無印良品 直江津」の開店には、店長に加えてコミュニティマネージャーがかかわっている。無印良品には、店舗のコミュニティセンター化(良品計画では「土着化」という言葉も使われる)を進めるために、店長をサポートするコミュニティマネージャーという職種がある。コミュニティマネージャーは、地域の住民や生産者との交流を進め、共働を通じてともに発展していけるようにつながりをつくる役割をになう。
このコミュニティマネージャーの制度は、「無印良品 直江津」の開店の2年ほど前と、近年になってつくられた制度である。店長とは別に、地元の農家を回ったりしながら、新しいスタイルの売場づくりなどに取り組む責任者を置くことで、新設あるいは既存の店舗のコミュニティセンター化をうながす。こうした活動を先行して進めていたことが、「無印良品 直江津」に結実していった。
■オープン後の業績は順調に推移
オープン後の「無印良品 直江津」の業績は順調に推移している。想定以上に広いエリアからの来客があり、当初の1年間の売上げも想定を上回る実績が出ている。「無印良品 直江津」は、国内売上げ上位10%にランクインし、無印良品を代表する店舗のひとつとなっている。こうした手応えが、先に見た良品計画の中期経営計画における、毎年100店舗ほどの出店という強気の目標を後押ししたのではないかと思われる。
また今年4月には「無印良品 直江津」よりも大きい「無印良品 広島アルパーク」もオープンさせている。この場所には約230坪の無印良品があったが、それを約1870坪に拡大。その結果、直江津を抜いて、世界最大の無印良品となった。これも直江津の成功を受けたものだろう。
■直江津における成功の意味
最後に戦略論の視角から、「無印良品 直江津」の意義を振り返っておこう。直江津におけるコミュニティ型店舗の成功は、良品計画という小売企業の国内戦略に何をもたらしたのだろうか。
現在の日本国内の小売企業の事業環境は厳しい。各種の小売事業のフォーマットのもとで成長を遂げた企業も、ターゲットとなる市場をカバーしてしまえば、成長余力は失われる。そこに全体としての需要の縮小や、新たな競合の出現などが降りかかると、当面はM&Aなどで一時的な業容拡大をはかることはできても、その先の打ち手は詰んでいく。そのままでは、事業を縮小しながら延命をはかるという、負のサイクルに陥ることが避けがたい。
良品計画は、こうしたなかにあって、なぜ国内で毎年100店出店というハイレベルな成長を見込むことができるのだろうか。そのひとつの理由として、「無印良品 直江津」が、無印良品の「無消費(Non-consumption)」地帯への出店だったことを挙げることができそうである。
■企業側が気づかない「無消費」という潜在市場
「無消費」とは、クレイトン・M・クリステンセンが『ジョブ理論』という本(ハーパーコリンズ・ジャパン、2017年)のなかで提示している概念である。クリステンセンによれば、顧客は自身が抱えている「ジョブ」(課題や困りごと)を解決するために、商品やサービスを購入する。購入した商品やサービスでジョブが解決すれば、顧客は満足し、リピーターになるだろうし、解決しなければ別の商品に乗り換えるだろう。
そして「無消費」とは、顧客となり得る人たちが、ジョブを解決してくれるはずの商品やサービスを消費をしていない状態を指す。なぜ、そのようなことが起こるかというと、彼らは、使い勝手の悪さや価格、アクセスの困難さや日常的な接触機会の不足などの何らかの障壁によって、それらの商品やサービスから隔てられているからである。しかし企業が、自社の商品やサービスの利用にはつながっていないこの「無消費」を発見し、消費を阻んでいる問題をとらえて除去することができれば、眠っていた大きな需要を獲得できる。
「無印良品 直江津」のプロジェクトを通じて、良品計画はこの「無消費」に出会ったといえる。従前は無印良品の出店は難しいと見られていたエリアにおいても、地元の住民や生産者の「ジョブ」をていねいに掘り下げ、それを店舗設計に反映するコミュニティセンター化によって、眠っていた需要をとらえることができることを「無印良品 直江津」は示したのである。
■行動を絶やさず可能性を掘り起こす
現在の直江津ショッピングセンターは、無印良品と地元の食品スーパーが核店舗となった商業施設となっている。この組み立ては、良品計画の中期経営計画に描かれる2030年の事業イメージのひとつを先取りするものである。そこには次のようなイメージが示されている。
「地元で信頼されている食品スーパーの横などの、生活圏に、売場面積600坪超で出店し、食品スーパーや協業他社と共に、その地域での生活圏コミュニティセンターを構成する。買い物の場だけではなく、人々の暮らしの場となる。」(良品計画「中期経営計画」p. 17)
ここに示されている事業モデルは、「無印良品 直江津」の組み立てに通じるものであると同時に、良品計画にとっての「無消費」をとらえる道筋を示している。都会の消費者をターゲットに成長してきた無印良品は、郊外や地方都市の消費者の生活圏には、これまでほとんど出店できていなかった。しかし、直江津で実現したように、それまで無印良品とは縁が薄かった顧客を、店舗のコミュニティ化によってとらえることが可能となるのであれば、その先には新しい成長機会が大きく広がる。
冬の時代の国内市場を前に、縮こまってしまうのではなく、行動を絶やさず、「無消費」として市場に潜んでいる可能性を掘り起こす。このマーケティング姿勢こそが、小売業に限らず、企業に新たな未来をもたらすかもしれない。
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神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。
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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)
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