「植田ショック」のウラで中国人民銀行が「金」を爆買い…コストコでも買える「金」の価格上昇が止まらないワケ
プレジデントオンライン / 2024年8月19日 9時15分
北京で2024年7月15日から開かれていた中国共産党第20期中央委員会第3回総会(20期3中総)は18日コミュニケを発表して閉幕した。ひな壇に座る(左から)李希、蔡奇、趙楽際、習近平、李強、王滬寧、丁薛祥ら - 写真=新華社/中国通信/時事通信フォト
■中国・インドなどの新興国が買い漁っている
足元で、金価格の上昇が一段と鮮明化している。8月9日まで、シカゴ・マーカンタイル取引所の金先物価格は約18%上昇した。同じ期間、わが国で人気の“オルカンETF”の基準となるMSCIのオールカントリー株式インデックス(ACWI、ドルベース)は約8%、米ナスダック総合指数は12%の上昇だったことを見ると、金価格の上昇の勢いがわかる。
7月下旬から8月上旬、日米など主要国の株価は急落した。その後、米国などで株価は小幅に持ち直したが、その間も金価格は高値圏で推移した。その背景には、金に対する根強い需要がある。主な買い手は、中国やインドなど新興国の中央銀行や個人投資家だ。わが国など先進国でも、金の保有を検討する人は増えている。
金価格の堅調な展開は、今後も続く可能性が高そうだ。米国や欧州で、右派と左派、保守とリベラルの社会の分断はかなり深刻だ。総選挙後の英国では、移民問題で大規模な暴動が発生している。
また、長い目で見たドル離れや地政学リスクの高まりなどで、世界的に金融市場は不安定化する懸念やインフレが再燃するリスクもある。価値が最も安定している金に対する需要は今後も高まることが想定される。当面、価格の上昇は続きそうだ。
■リーマンショック以降、「金地金」のニーズが増加
基本的に、金価格が上昇する背景には、需給バランスの変化がある。需要が増える一方で供給は増えない。価格上昇の期待が高まることで、ヘッジファンドなどの投資家は金を購入し価格上昇に勢いがつく。
世界的に金の需要は増加傾向にある。金に関する情報提供や分析を行う“ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)”によると、2024年4~6月期、世界の金需要は2000年以降で最高水準に達した。WGCは主な需要を宝飾品の製造、半導体や電子部品など産業用、金地金(きんじがね)や金貨としての保有、ETF(上場投資信託)による金保有、中央銀行による購入などに分けている。
インドや中東などの宝飾品ニーズは時期によって多少の増減はあるものの、趨勢としては右肩上がりの基調を維持している。リーマンショック後、金地金や金貨としての保有は増加基調にあり、中央銀行の保有も増加した。
■高まる需要に対し、金は産出を増やしづらい
2020年の年初以降、新型コロナウイルスのパンデミックで、世界の中央銀行は金保有量を増やした。2021年、世界の中央銀行などによる金保有量は31年ぶりの水準に達した。また、ウクライナ紛争の勃発以降、中国、ロシア、インド、サウジアラビアなど中東諸国、トルコ、ブラジルなど新興国の中央銀行が金の購入を増やした。
一方、供給は伸び悩みの状態にある。産金世界最大手のバリック・ゴールド(カナダ)の予想では、2024年まで採掘や鉱山開発にかかるコストは増加する模様だ。近年の世界的な物価上昇で、掘削に必要な電気、薬品、装置の維持費、人件費などは増加した。生産量は前年から横ばいで推移している。
金の鉱脈は見つかりにくいといわれている。産金会社は、既存の鉱山の掘削を進め金の産出を増やそうとしているが、金鉱石の金含有量は低下傾向にあるようだ。
■中国人民銀行が金を“爆買い”する背景
主な金の需要主体の中でも、中国などの中央銀行の金購入は相場を押し上げた。金は安定した鉱物で耐食性に優れる。多くの人が金に対する一種の憧憬を持つこともあり、金の価値は太古の時代から安定してきた。最近の金価格の上昇については、金に価値が上がったというより、むしろドルなどの通貨の価値が下がっているとみたほうがよいかもしれない。
ウクライナ紛争の勃発後、米国は事実上、ロシアをドル資金決済網から排除した。G7はロシア中央銀行の外貨準備の凍結を決定した。米欧は、“国際銀行間通信協会(SWIFT)”からロシアの主要7行も排除した。
半導体や台湾問題で米国との対立が先鋭化する中国は、基軸通貨の米ドルに自由にアクセスできないリスクを認識しただろう。2023年、中国人民銀行は723万オンスの金を買い越し、公的な機関として世界最大の買い手となったようだ。
ロシア産の割安な原油を輸入し、国内の物価上昇リスクの抑制、石油関連製品の輸出増加につなげたインドも、米ドル依存度の低下に取り組み金の保有を増やした。中印以外の新興国の中央銀行も、外貨準備に占める金の割合を引き上げた。
■「コストコで金の延べ棒が買える」とSNSで話題に
今年5月から7月まで、金価格は高止まりでほぼ横ばいの動きとなった。7月末、中国人民銀行の金保有量は7280万トロイオンスで横ばいだった。高値警戒で中国は金の追加購入を控えていたとみられる。逆に、価格上昇にもかかわらず金を売却していない。ドル依存を引き下げようとする中国の意思が読み取れる。
山東黄金鉱業など中国の産金企業は、アフリカ、南米、オーストラリア、カナダ、中国国内などで鉱山を取得している。中国の個人投資家の金保有動機の高まりも、国有鉱山企業などの資産取得の要因だろう。
2022年春先以降、世界的な物価の上昇もあり、先進国の投資家も金の保有を重視するようになった。わが国でも、金を購入する個人は増加した。足許、米国ではSNS上で、“コストコで金の延べ棒が買える”といった投稿は増えた。8月上旬、米国など世界的に株価が急落してリスクオフが進む場面で、ニューヨーク市場の金先物価格は1トロイオンス2500ドル台を上回った。
■“もしトラ”で世界経済が混乱する恐れも
今後の注目点の一つは、米国をはじめ欧米主要国の政治リスクだ。11月の米大統領選挙の結果にもよるが、インフラ投資、半導体などの補助金、国防関連の支出増で連邦財政は悪化する可能性は高い。
もしトランプ氏が当選すると、米国社会の分断は一段と深刻化する恐れもある。トランプ氏は、「FRBの金融政策に大統領が発言権を持つべき」と主張し、当選の場合には利下げを強要するとみられる。それも、インフレ圧力を高める恐れがある。
また、ハリス氏が当選した場合でも、移民などをめぐる保守派とリベラル派の対立は深まることも考えられる。大統領選挙を経て、米国の政治、経済、安全保障に対する不安は高まり、ドルが減価するリスクが上昇する可能性はあるだろう。
それによってドルが減価すると、米国の双子の赤字(財政赤字と経常赤字)は拡大し、経済成長率は低下することも想定される。その場合には、世界経済の下振れリスクも上昇するはずだ。
■脱「米ドル依存」の動きは今後加速するか
米国の政治不安は、欧州のポピュリスト政治家が勢いづくきっかけにもなるかもしれない。極右や欧州懐疑派の政治勢力が台頭するフランス、オランダ、そしてドイツなどで移民排斥や、ロシアに譲歩し天然ガスの安定調達に支持が集まることも可能性としては考えられる。
トランプ氏のように、政治が金融政策にも介入すべきとの考えも高まりやすい。仮にそれが現実になると、EU、ユーロからの離脱などをめざす世論が欧州諸国で高まるかもしれない。
米国の社会分断の深刻化は、ウクライナ、中東、台湾情勢にも波及する可能性がある。ウクライナ紛争が長期化すると、欧州のエネルギー調達コストは増加し、世界的にも天然ガスの需給が逼迫するかもしれない。中東情勢次第で、原油や天然ガス輸送の大動脈であるホルムズ海峡の封鎖をイランの革命防衛隊がほのめかすことも考えられる。
米国の政治リスクを考えると、再度、世界的に物価上昇懸念が高まる恐れは残る。米欧の政治情勢が不安定だと、主要投資家が中長期的な視点でリスクをとることも難しい。AI関連企業の決算内容で、相場が再度調整することも考えられる。当面、金の保有を増やす中央銀行や主要投資家が増える可能性は高いだろう。
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多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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