日経平均の乱高下は「政府と日銀が市場に負けた」証拠…日本が「円安株高」政策をやめられない本当の理由
プレジデントオンライン / 2024年8月16日 14時15分
■サプライズ利上げの狙いは「円安阻止」
日経平均株価が過去最大の下げを記録した。きっかけは日本銀行による利上げだったが、市場との対話を誤ったというか、市場を舐めた結果、手痛いしっぺ返しを食らったと見るべきだろう。慌てて早期の利上げ継続を否定したことで、日経平均株価は大きく値を戻している。果たして政府・日銀は今後どう動き、乱高下する日経平均株価はどうなっていくのか。
7月31日に行われた金融政策決定会合で日銀は追加利上げを決定した。それまで0~0.1%としていた政策金利を0.25%に引き上げるという内容だったが、多くの市場関係者はこのタイミングでの利上げは予想しておらず、「サプライズ利上げ」となった。
では、なぜこのタイミングで日銀は利上げに踏み切ったのか。おそらく「サプライズ」を起こすことも意図したものだった。狙いは「円安阻止」だったのは明らかだ。
話は3カ月前に遡る。2024年4月26日に開いた金融政策決定会合の後、記者会見した植田和男総裁は、その段階で1ドル=156円前後になっていた円安に対して、「今のところ基調的な物価上昇率に大きな影響は与えていないと判断した」と語った。
■円安による輸入物価の上昇を避けたかった岸田首相
この発言を受けて市場は日銀が円安阻止に本腰を入れて金利引き上げを行うとは考えられないと判断、一気に円安が進み、4月29日には1ドル=160円を突破した。慌てて政府・日銀は為替介入を実施、瞬間的に1ドル=154円台まで戻したものの、円高基調になることはなかった。
5月7日には植田総裁は首相官邸に呼ばれて岸田文雄首相と会談。会談後に「最近の円安については日銀の政策運営上、十分注視していくことを確認させていただいた」と植田氏は内容を記者団に語っていた。
「物価上昇率を上回る賃上げ」を繰り返し標榜してきた岸田首相からすれば、円安による輸入物価の上昇は、国内のインフレに火を付けることになり看過できない。物価上昇に対する国民の不満が高まり、電気・ガス料金への補助金を5月分で終了することへの批判も出ていた。岸田首相からは相当強い調子で円安阻止を求められたのだろう。
植田総裁は5月9日に出席した国会での質疑でも、急速で一方的な円安の進行は日本経済にマイナスだとして、「基調的な物価上昇率について為替変動が影響する、あるいはそういうリスクが高まるときには金融政策上の対応が必要になる」と踏み込んで発言せざるを得なくなった。
■「口先介入」を繰り返した政府と日銀
その後、政府も日銀も、円安を阻止するための「口先介入」を繰り返す。政府は6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2024(骨太の方針2024)」で、プライマリーバランスの2025年度黒字化という目標を復活させて明記した。財政赤字の拡大を予想した円安進行を止めることを狙っているのは明らかだったが、本当に黒字化できるかどうかは未知数だった。また、日銀も国債購入額の減額を打ち出してはいたものの、その規模は明示しておらず、「口先」の領域を出ていなかった。
為替はジリジリと円安に動き、6月末には再び1ドル=160円台を突破、7月3日には一時、1ドル=161円90銭を付けた。もはや円安阻止には、市場が予想していない利上げに踏み切るしかない、というのが「サプライズ」の動機だったのではないか。
植田総裁は利上げを決めた決定会合の後の記者会見でこんなことを述べていた。
「データを見ると、消費者物価総合ないし、除く生鮮が2%を超えている期間も既に2年をかなり大幅に超えているということで、長期化している高いインフレ率が人々に負担を強いていることは、申し訳なく思っている」
サプライズによって何とか円安を止め、輸入物価の上昇による消費者物価への悪影響を止める、そんな決意が滲んでいる。
■ブラックマンデー時を上回る過去最大の下げを記録
ところが、このサプライズが市場の反発を食らう。
株価が大暴落を演じたのだ。2日後の8月2日の日経平均株価は2216円安、週末を挟んだ8月5日は4451円安とブラックマンデー時を上回る過去最大の下げを記録した。ほとんどの銘柄が売一色でなかなか値段が付かない異常事態となった。
もともと今の株高は円安によって支えられてきた。企業収益の改善などが理由として語られるが、その企業収益も米国子会社の収益を円換算すると円安で円建て決算が大きく膨らむという為替効果も含まれている。国内小売業の売上高も物価上昇で水脹れしている。必ずしも株価上昇が、実体経済の改善を映しているだけではないのだ。
■株価の上昇は円安によってもたらされていたと見える
例えば、日経平均株価を金の国内小売価格で割った「金建て」の株価を算出し、岸田首相が就任した2021年10月4日を100として指数化してみよう。日経平均株価(円建て)はピークの今年7月11日には148.4まで大幅に上昇しているが、7月11日の金建て指数は76.1と逆に下落している。
金というのは古来、価値を保存するための通貨で、金価格が上昇するということは通貨価値が下落していることを示す。金の小売価格は1グラム=1万3000円を超え、大幅に上昇しているが、これは円の価値が下落していることを表している。つまり、日経平均株価(円建て)が上昇して「みえた」のは円の価値が劣化しているからで、株価の上昇は円安によってもたらされていたと見ることができるわけだ。
では今回の日経平均の大暴落はどうか。
■市場は日銀の「本気度」を試しにいった
円建ての日経平均株価は2日で6667円下落するなど大暴落したため、指数は7月31日の137.5から8月5日には110.6まで下落した。一方、金建て日経平均株価の指数は73.2から61.4に下落したが、円安分が剥げたことで、円建て日経平均株価の下落が「増幅」されていたことが分かる。金建て日経平均株価の指数は8月15日時点で70.8まで戻っていて、ほぼ株価の実態価値は暴落前に戻っている。
岸田内閣の経済政策は、意図的に「円安」に誘導することで、物価を上昇させ、デフレから脱却することを狙っていたとみられる。物価が上昇すれば、税収も増えて財政悪化も一時的に改善し、内部留保を持つ企業も、金融資産で持つよりも投資に動く。見た目の業績が良くなれば賃金も上がる、と考えていたのだろう。結果的に、円安(円の劣化)によって円建ての資産価格は上昇し、不動産価格や株価が実態以上に上昇することとなった。
日銀の利上げが本気だとすれば、この「円安株高」の流れが逆流し始めることになる。市場はそんな日銀の「本気度」を試しにいったと見ていい。すべてが逆回転を始めるのならば、円安に支えられていた株価は大暴落する。それでも日銀は利上げを一段と進めるのか。
■「円安株高」政策を失速させるような転換は難しい
大暴落後の8月7日、函館で講演した日銀の内田眞一副総裁は次のように述べた。
「わが国の場合、一定のペースで利上げをしないと、ビハインド・ザ・カーブ(政策が後手にまわる)に陥ってしまうような状況ではない。したがって、金融資本市場が不安定な状況で、利上げをすることはない」
「最近の内外の金融資本市場の動きは極めて急激なので、極めて高い緊張感をもって注視し、政策運営において適切に対応していく。当面、現在の水準で金融緩和をしっかりと続ける必要があると考えている」
つまり、株価の大暴落を受けて、利上げには慎重姿勢を取ることを表明したのである。政策金利をわずか0.25%にするだけで、株価が2日で6667円を下げる事態に直面して、日銀は利上げに尻込みすることになるだろう。自民党の支持者には株式を資産として保有する人が多く、株価が下落すると支援者から自民党議員に抗議の声が集まってくる。これまでの「円安株高」政策を失速させるような政策転換は難しいだろう。
そんな中で、岸田首相が9月の自民党総裁選に出馬せず、首相を辞任することを表明した。果たして、ポスト岸田は誰になるのか。そして次の首相がどんな経済政策を取るのか。日本経済の先行きを考えれば、金利を上げて、経済を正常化していくことが重要だが、一方で株価が大きく下がるのが分かっていてそこに踏み出せるのか。次の首相が背負う荷は重い。
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経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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