「10年落ちの半導体を作る」というJASM熊本工場は素晴らしい…日本企業の「最新技術なら勝てる」という勘違い【2024上半期BEST5】
プレジデントオンライン / 2024年8月18日 17時15分
※本稿は、長内厚『半導体逆転戦略』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。
■的外れな「技術信仰」に縛られた日本企業
日本の開発研究者は、と言うより経営判断も入りますから、日本の企業は、と言ったほうがよいのでしょう。とにかく日本の企業は、「新しい技術で性能の良いものさえつくっていれば、消費者は必ずついてきてくれる」という技術信仰の呪縛から長く抜け出せずにいました。つまり、技術面でのトップに立っていさえすれば成功すると思い込んでいる会社がほとんどだったということです。
その信仰がいかに的外れであるか、について述べることにします。
ソフトバンクが携帯電話事業に乗り出した際、携帯電話キャリアでは3番手だったのですが、先行のNTTドコモとau以外にビジネスで儲かるキャリアはないだろうと言われていました。しかし、新規参入のソフトバンクは切り札を手にしていました。iPhoneの独占供給権です。当時の日本では、iPhoneを手に入れるためにはソフトバンクの携帯電話に加入するしかありませんでした。
iPhoneを手に入れられないNTTドコモやauは、携帯電話メーカーにiPhoneより高性能のスマートフォンをつくるよう要求しました。それを受けた日本のメーカーは、要求どおりiPhoneより高機能・高性能のスマートフォンをつくったのですが、ここでの注目点は高機能・高性能という点です。つまり、iPhoneにない機能があるか、あるいは処理速度が速い、バッテリー容量が大きいなどというより高い性能があるかという話です。
■日本メーカーがiPhoneに惨敗したワケ
しかし、消費者が求めるiPhoneの価値は、そうしたものではありません。デザインはもちろんiPhoneというブランドや、気持ち良くかっこいい操作性にも魅力を感じているのです。それなのに機能・性能が他よりも優れていれば、つまり機能的価値さえ高ければ売れるに違いないと考えるのが、日本のメーカーだったのです。
iPhoneに対抗するスマートフォンを発売した際、当時のNECの社長が「機能・性能、全方位どこから見てもiPhoneより上回っている。これで負けるはずがない」と宣言していました。結果は惨敗でした。
テレビも同様です。常に高画質・高機能であることが必要、下手に安っぽいものをつくってはいけないというようなことばかりを考えて、どんどん自らのマーケットを小さくしていってしまいました。白物家電にもインターネット機能を付けるなど多機能を施し、スマート家電なども高機能製品をどこよりも早く開発してつくる。しかし、肝心の消費者がそんな機能は求めていないので、開発の労力が価格に反映されません。
日本の家電でいま好調なのはどこでしょうか。機能的には平凡だけれどもデザインと価格がこなれたアイリスオーヤマのようなメーカーが成長しているのです。
■TSMC×ソニーG×デンソーの半導体製造企業「JASM」
このように、技術的に優れたもの、機能・性能がどこよりも上であることが日本のエレクトロニクスメーカーの長い間のこだわりになってしまっていたのですが、今回のJASMの熊本工場は違います。
技術的には最先端ではなく10年前のものではあるけれど、いまビジネスとして必要とされているものをつくろうとしているところが、従来の日本のエレクトロニクス産業と比べて画期的なのです。特に現在日本がトップシェアを誇るCMOSイメージセンサーに必要な半導体を、そしていま日本が世界に肩を並べる自動車産業を支える半導体をつくろうとしています。
10年前の、22/28ナノプロセスの半導体が世界中で不足し、増産が追いつかないでいるのは、10年前よりもこのレベルの半導体の需要が大幅に伸びたからです。
自動車用の車載コンピュータのことをECUと言いますが、かつては半導体などまったく使われていなかった自動車に、電子制御技術が入るようになったことで使われ出し、次第にその数を増してきました。現在は1台の自動車のなかで100以上のECUが同時に動いていて、もはや大量の半導体なしでは自動車は動きません。さらには自動運転技術の進化もあって、各種のセンサーや制御用の半導体需要も増えているのです。
■最新の技術より、10年間安定して供給される技術
しかも先に述べたように、自動車に必要とされる半導体は常に新しい技術である必要はなく、むしろ10年間安定して供給される技術のほうが大切なのです。
ある日本のエレクトロニクスメーカーの車載事業部長だった人の話を紹介します。エレクトロニクスメーカーとしては自動車メーカーに、当然新しい技術の良さを説明する。すると自動車メーカーの購買担当者は、「いや、必要以上の性能や機能などはいらない。我が社が最低限必要としているスペックがあればいい。それよりも、品質よく長持ちして、しかも10年以上きちんとつくり続けてくれるのなら買う」と言われたそうです。
日本は、エレクトロニクス製品を次々と新しい商品に置き換えてしまいます。液晶パネルを例に取っても、当時は日進月歩だったので、1、2年おきに次々と新しい規格のパネルが出てきていました。新しいパネルが出たとたん、古いパネルはもう生産しなくなります。そうなると修理用の在庫もなくなるわけです。
■ビジネスとして、同一スペックのものが長期に必要
例えば液晶テレビが壊れたとします。テレビについては、経済産業省による性能部品の保有期限は8年と定められているので、8年間は修理する義務があるのですが、メーカーも在庫として8年前のパネルなど持ってはいません。そこでどうするかと言うと、異機種変更と言って異なる機種に変更するという対応になるのです。
テレビであれば修理代金の代わりに一定の額を払ってもらって、新しいテレビに置き換えます。スマートフォンも壊れたら交換してくれるサービスがありますが、壊れたモデルはもう在庫がないので新しいものと交換させてください、という異機種変更対応になります。3年から5年のスパンでなくなってしまうことが当然視されているのが、エレクトロニクスの製品なのです。
しかし、それと同じことが自動車では許されません。5年経って部品がないので新車と交換しますなどということになったら、自動車メーカーは商売にならないのです。エレクトロニクス製品以上に耐久消費財なので、10年以上の使用に備えなければなりません。したがって、自動車に使うIC部品は最先端高スペックのものより、一定スペックのものを長期にわたってつくり続けなければならないのです。
さらに言えば、新興国での自動車や家電製品の需要も爆発的に伸びたことで、10年前の予想をはるかに上回る量の半導体が必要となってもいるのです。しかし、いまある工場の生産能力だけでは増産も限界が出ているのです。こうした半導体の事情と、エレクトロニクス製品を技術論ではなくビジネスとしてしっかり捉えていないと、今回熊本に22/28ナノ工場をつくる意味はなかなか理解できません。
■「日本発の優れた技術」は中国に取られてしまった
リチウムイオン電池は、旭化成の吉野彰氏がその基本構成を完成させたことでノーベル化学賞を受賞した、日本発の非常に優れたテクノロジーです。この技術をパッケージングして製品化したのが、ソニーや三洋電機、東芝といった日本メーカーでした。その後、リチウムイオン電池事業で大きく業績を伸ばしたのが三洋電機です。
さらにそれを大きな規模で成長させる目論見で三洋を買収したのがパナソニックでしたが、目論見どおりには大きなシェアを取ることができず、中国資本のバッテリーメーカーCATLにそのシェアを奪われてしまったという過去があります。
従来の自動車メーカーは、EVに搭載するバッテリーを専用のものと考えていたのに対して、テスラは標準的な部品を使って安くEVをつくってしまいました。ちなみに中国のBYDは、ブレード型と言われるバッテリーを使用しています。BYDは自動車メーカーであるとともにバッテリーメーカーでもあるので、自社向けに都合のよいものをつくるという、これはまた別の戦略です。
■パナソニックは「テスラからの期待」に応えられなかった
テスラなどは、自社で部材をつくっている企業ではないので、標準的な部材を仕入れて組み立てたほうが安価なのです。そこが垂直統合型企業のBYDとテスラとの違いです。
テスラは、標準的なリチウムイオン電池をとにかく安く大量につくってくれることをパナソニックに期待していたのですが、テスラの中国進出に当たってパナソニックは十分な量のバッテリーを供給できませんでした。
当時パナソニックの社長だった津賀一宏氏も、いたずらに数を追わず品質を追求すると言っていて、その結果、テスラは中国でのバッテリー供給先にCATLを選ぶことになり、CATLはいまや世界トップのリチウムイオンバッテリーメーカーになっています。
ちなみに、BYDのブレード型バッテリーのリチウムイオン電池技術には、古くからある技術であるリン酸鉄リチウムイオン(LFP)系の電池が使われています(※1)。
(※1)https://president.jp/articles/-/65354?page=4
■日本の技術を他国が標準化して、大規模ビジネスに発展
LFPは、蓄電容量は小さいのですが、安価で安全性が高いという特徴を持っています。BYDだけでなく、中国の多くの低価格EVにはLFP系の電池が採用されています。そして、廉価で標準的な技術を採用したBYDのEVが電気自動車市場でテスラを抜いて世界シェア1位に躍り出たことを考えると(※2)、「技術さえよければ、お客様は買ってくれる」ということが神話にすぎないことがおわかりいただけるでしょう。
(※2)https://www.yomiuri.co.jp/economy/20240103-OYT1T50149/
国際的に分業が進みオープンな環境でイノベーションが行われる今日では、特定の企業が少量供給できるユニークな技術よりも、国際的に広く外販でき、標準部品として使うことのできる技術のほうが、使い勝手が良く、コストパフォーマンスも良いので顧客企業や消費者に受け入れてもらいやすいということなのです。
このように日本は、技術的な優良さだけを求め続けた結果、多くの場合であえなく数の力に負けてしまっているのです。特に21世紀になってから、この傾向が顕著に出ています。
21世紀はオープン化と標準化の時代になりました。先にも述べたように、大量に安く供給することで1位を取った者が総取りできるゲームになってしまったのです。例えばシャープが大型化に成功した液晶パネルも、大規模なパネル工場に投資をしたパナソニックのプラズマパネルも、どちらも世界のビジネスでは成功を収められませんでした。
これらに共通しているのは、日本が最初につくった技術を他国が標準化して大規模ビジネスに発展させ、その結果、日本が市場から撤退していくという構図です。太陽光パネルも同様で、リチウム電池もそうなりつつあります。半導体もこれとまったく同じ構図で負けていますが、このように、半導体だけが特殊な例ではないという話です。
■共通する問題点「既存技術を疎かにしてきた」
バッテリーに関して言えば、日本はいま全固体電池の開発を進めています。これが完成すればEVの種々の問題点が解決されるので、日本は全固体電池で巻き返すことができる、と業界関係者は息巻いているようです。
しかし、全固体電池がいままでの、半導体やリチウムイオン電池やパネル類と同じ構図に陥らない保障はどこにもありません。全固体電池は日本でしかつくれないわけでも、全固体電池なら日本が大量につくって世界中に供給できるというわけでもないのです。
日本人がノーベル賞を取ったような技術をもとにしたリチウムイオン電池でさえ、日本はうまく活かせず、結局は中国に取られてしまった事実をどう見ているのでしょう。
これらに共通した問題点は何かと言うと、既存技術を疎かにしてきたことです。既存技術を疎かにせず、それを収益の種として着実に利用することで新たな技術を開発していく、という発想が欠けていたということです。
イノベーションは成熟と脱成熟を繰り返していきます。企業は、脱成熟の時の備えとして新たな製品をつくっておく必要があるのですが、成熟化するタイミングでは収益の刈り取りをすることが必要なはずなのです。日本の場合は、この刈り取りをする時期にも、刈り取りをせずに次に進んできたことが一番の問題ではないか、と思うのです。
日本人は目移りが早く、1つの製品を仕上げたとたん、もう次の開発に目を移してしまう。せっかく仕上げたいまの製品で、儲けを出すための手立てにじっくり取り組もうとしないところに問題があるのです。
■「新しいことは、日本という研究所に任せておけばよい」
筆者は2000年代の半ば頃に、液晶パネルの調査で台湾のメーカーを訪れました。その際に台湾メーカーの人に言われたのは、日本という国は、放っておいても新しい技術をつくってくれる、ということです。
当時はシャープが技術的に一番進んでいると言われていた頃でしたが、台湾メーカーのCTO、つまりエンジニアのトップの人から、シャープの技術はそれほど特別なものではなく、台湾メーカーも関連特許を持っているのでやろうと思えばシャープと同じことはできる。しかし、できても戦略的にやらないのだ、と言われました。
彼はその理由として、新しい技術は不確実性を伴い歩留まりも悪く、そのうえ、新しい技術だけでは数を取ることができない。だから自分たちは、まず日本という実験場が新技術の実験を始め、そこで技術的な課題があぶり出され、技術が安定した後、ビジネスとして大きな規模になると判断できた段階で日本と同じものに大きく投資する、それがもっとも効率が良い方法なのです。新しいことは、日本という研究所に任せておけばよいのです、と話されました。
■いまこそ松下幸之助氏の水道哲学を思い出すべき時
日本の場合は、投資すべき段階で大きく投資をせず、次の技術に行ってしまうので、結局は台湾や中国や韓国の、都合のよい実験場にされてしまうのです。
台湾メーカーの発言を聞いて、経営の神様と呼ばれた松下幸之助氏の言葉を思い出しました。パナソニックは2008年にこの社名を変更しましたが、それ以前は松下電器産業と言いました。その松下電器産業をもじってマネシタ電器と言われていた時代があったのですが、それは、二匹目のドジョウ戦略というか、他社から新製品が出るのを待って、同様の商品をつくり市場に大量に供給したことから付けられたあだ名なのです。
創業者の松下幸之助氏は当時、「我々は東京にソニーという研究所を持っている」と言ったことがあるのです。つまり、新しいものを試行錯誤しながらつくるのはソニーに任せて、それが完成したらパナソニックがソニー以上に大量につくって安価にし、大量に市場に投入する。幸之助氏独自の水道哲学がまさにこれなのです。商品を水のように安い価格で誰もが手にできるものにするという発想なのです。
幸之助氏の「ソニーという研究所を持っている」という発言は、開き直りのようにも聞こえますが、恐らくそうではなく、開発の順序が1番手か2番手かということはそれほど重要ではなく、数において1番手か2番手かということのほうが社会的意義は極めて大きいということを理解していたからではないでしょうか。
しかし最近は、パナソニックがソニーのような企業になってしまっているのです。創業者の残した水道哲学が伝承されることなく消えてしまったことが、パナソニックの一番の問題点だと思います。
新しいことはやらなければなりません、脱成熟に備えるために。しかし、成熟化のタイミングではしっかりと数を追わなければいけないのです。水道哲学こそ21世紀に応用しなければならないのに、それができていないところが、パナソニックの非常に大きな問題点だと思っています。
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早稲田大学大学院 教授
1972年東京都生まれ。京都大学経済学部経済学科卒業後、ソニー入社。映像関連の商品企画、技術企画、新規事業部門の商品戦略担当などを務めた。2007年京都大学で博士(経済学)取得後、研究者に転身。同年、神戸大学経済経営研究所准教授着任。早稲田大学商学学術院准教授などを経て、2016年より現職。2016年から17年までハーバード大学客員研究員。ベトナム外国貿易大学ハノイ校客員教授、総務省情報通信審議会専門委員などを務める。主な著書に『読まずにわかる! 「経営学」イラスト講義』(宝島社)、『イノベーション・マネジメント』(中央経済社・共著)など。YouTubeチャンネル「長内の部屋」でニュースやビジネスに関する動画を配信している。
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(早稲田大学大学院 教授 長内 厚)
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